贖う者 後編
グレファンとアンデット・ミハイルとの戦いが始まった頃、レガリアと千貌との戦いも白熱化していた。
千貌の持つ大杖を魔力を込めて一振りすると、複数の火球がレガリアに向けて発射される。
見切りスキルによって撃ち込まれる軌道を予測。
当たる寸前で躱していくため、熱気が朱色の髪を撫でていく。
「へえ?避けるなんてやるじゃん」
次々と続け様に火球が襲うが元々炎熱耐性のあるレガリアには、例え魔法が当たっても火属性ならばダメージも微々たるものである。
レガリアがまず最初に狙ったのは武器破壊。
火球は兎も角、あの天空から降り注ぐ魔法は非常に厄介である。
あの黒光りする大杖を何とかしなければ、私達は全滅する可能性が高い。
その甲斐あってようやく大太刀の範囲へと入る。
魔法を避け切ったレガリアに対して千貌は余裕の表情でレガリアを待ち受けていた。
最初から闘鬼術を全開にして身を強化し、更に大太刀に纏わせる。
(こちらを侮ってくれているならそれで結構。相手の実力など発揮させずに勝てるのならばそれが1番いいはず)
美しい刀閃は残像を描きながら強化された肉体から放たれる大太刀の速度は音速に迫る。
千貌は軽く眼を見張るが特別な事はせずに大杖で大太刀を受け止めようと防御した。
闘鬼を纏った大太刀が大杖を切断し、その勢いで千貌ごと斬り裂いた。
その判断と未来予測を頭の中でそう思ったレガリア。
しかし、現実は予想と違い、切り裂く感触なく反発する手応えが返ってきた。
派手な金属音を鳴らし、お互いの武器は接触する。
大太刀の刃は火花を散らし詰め寄るも、大杖に傷さえ付けれずに受け止められていた。
よく見ると大太刀の刃は大杖には直接触れておらず、魔力のような波動を纏わせてバチバチと抵抗している。
それでも驚きなのだが、力負けなどせずに拮抗状態だ。
魔法使いであるにも関わらずなんと筋力の強いことか。
その事実に驚きを隠しえない。
「アツっ。君は馬鹿力なんだネ〜。
ギリギリ間に合ったけど予め強化魔法の重ね掛けしておきゃなきゃ厳しかったヨ。
でも残念、狙いは良かったんだけドネ。
その大太刀も業物らしいけど、僕のスターメイズロッドは格が違うハイレア級。そう簡単には折れないよ」
鍔迫り合いの最中に大杖から至近距離で放たれた火球。
身を屈めて2発目までは躱すが、3、4発目と無理な体勢で立て続けに喰らい、燃え盛る火と共に後方へと吹っ飛ばされた。
「はい、終了。少しは楽しめたよ。
さてと、彼方はまだ【闇牢獄】が解けてないし…この鬼娘をサッサと取り込んじゃおうか」
火に包まれ未だ燃え盛っているレガリアに近づいていく。
激しい炎によって息も出来ずに焼かれたこの鬼娘は、生物である以上間違いなく死んでいると確信する。
念のため、スターメイズロッドから火球を5発ほど燃え盛るレガリアへと追加攻撃した後、【生命感知】の魔法も使い、完全に心音すらも止まっている事を確認していた。
ゆっくりと手を伸ばし、燃えるレガリアの首を掴んで持ち上げた。
それ故の慢心。
それ故の好機。
確かにレガリアは修羅鬼の心臓、身体に流れる血流すらも止めていた。
元々が宝箱が為に呼吸などといった生命維持活動は全く必要ない。
それでも念には念を入れ、魔力すらも遮断する為に【擬似心臓】をも停止させ、待っていたのだ。
それを逆手にとられた千貌は、全く疑うことなくレガリアを殺したのだと信じ、油断してしまっていた。
その為、千貌に首を掴まれて持ち上げられたレガリアはそれを機に一気に【擬似心臓】を稼働して覚醒する。
右手だけで貫手の構えをとり、自然な動作で心臓部を狙う。
岩に指を突っ込んだような堅い抵抗はあったが問題なく刺し貫く。
スッと貫いた綺麗な5本指はおびただしい鮮血を伴い、千貌の小さな心臓を掴み取った。
闘鬼術を全指の第一関節の一点集中して纏わせた事で発動までのライムラグを減らし、警戒をさせず、持ち前の肉体能力で千貌を穿ったのだ。
右手の心臓を口へと運び、一噛みで咀嚼する。
甘美な味が口一杯に拡がり、血は極上のワイン、心臓はコリッとして凝縮した濃厚且つ膨大な旨味が身体中に広がった。
「っ!!魔導金糸の衣を突き破るな…んて」
声にならない嗄声。
残った左手も同様に千貌の首を手刀で刈る予定だったのだが…左腕を動かしても感覚がない。
どうやったのか分からないが、左腕がゴトリと斬り落とされていた。
流石に其処までのチャンスは無い。
お返しに私の首を持ち上げた千貌の片手を喰いちぎる。
此れも今迄喰べた中でも格別に美味しい食材で、あまりの美味さに戦闘中でもウットリする事をやめられない。
洞窟内に響き渡る千貌の絶叫。
思わずスターメイズロッドを取り落とし、その右手に嵌めてあった指輪が突然砕け散った。
優しく光る魔力光が千貌の身体を包み込む。
レガリアは突然のことに警戒し、自身の左腕とロッドを掴んですぐにジャンプ。
ロッドは直ぐにアイテムボックスへと回収する。自身の左腕を切断面とくっつながら距離をとって観察を続ける。
…完全に元通りでは無いが、感覚は8割ほど。持続戦闘は何とか可能だ。時間を掛ければ完全治癒するだろうけど、今はこれで充分ね。
千貌の身体を包んだ光が止むと、抜き取ったはずの千貌の心臓と喰い千切った片手は綺麗に再生されていた。
「指に嵌めていた身代わりの指輪がなければ死んでいた…ヨ」
指に嵌めてあった指輪の幾つかは宝石部分が砕け散っていた。
その声には先程までの生意気な態度はない。
「ご馳走さまでした。アナタの心臓と腕は格別。とっても美味しかったですよ」
そう言うレガリアの口角から鮮血が滴り落ちている。それも舌で愛おしそうにゆっくりと舐めとった。
擬態の基となった修羅鬼自身も元々炎熱耐性も強い体質だ。豪火とも呼べる火に包まれていたのに火傷の傷跡など全く無い。
これにより千貌の計算に誤算が生じた。
彼自身が使える属性魔法には火属性がない。
その為このハイレア級の魔杖を入手してからは、込められた火属性魔法をメインに使用していた。
火属性はどの生物にも効きやすい利点と、ロッドをしようすればほぼ無詠唱に近いスピードで魔力を組み込んで火球が形成される。
威力も充分でこれまで幾多の敵を葬ってきた。
殲滅広範囲魔法を使いたいが、目の前の鬼女はそんな隙を与えてくれないだろう。手持ちの魔獣も先程の青蠍で終いだ。スターメイズロッドも何処かに行ってしまったようで見当たらない。
舌打ちしたい気分を抑えながら現状を把握していく。
先程の火球が効かなかったように、敵は充分な魔法対策をしているように思える。
他の属性を試す迄もなくレガリアには特殊な魔法を除いてダメージを与える事は難しいと…誤解してしまった。
「予想外…予想外ダヨ。君は何者だい?何百年と生きてきたけど君のような強力で変種の鬼族には出会った事がない」
強いて言えば、非常に強く理不尽な敵に襲われた過去を思い出した。
禁じられたスキル解放のキッカケとなった出来事と共に千貌は50年程前を思い出していた。
ボクが初めて仮面を得た際に、頭に直接焼き付けられた知識があった。
それは仮面の力によって構成されている不可思議な魔力【異貌の神】より与えられたこと。
そして驚異的な回復能力という恩恵と引き換えに仮面を破壊されればその恩恵は無くなるという事実を知った。
知識を得ていく一方で肉体が見る見るまに大幅なステータスアップと肉体構造の著名なる変化が起こっていく。
一介の魔法使いだった僕があり得ないほどの肉体、素晴らしい魔力と知識を手に入れる事が出来た。
仮面は装備品にも関わらず、自らの意志を持っているようで使用者の得た殆どの経験値を喰らって成長する…装備品というよりかは生物のような定義に当てはまるだよう。
意志を持った武具…それは物語に登場する伝説に登場するような得難いモノらしい。
生まれ変わって成り立てのボクは、何もかもまるで足りていない。
いずれは解放出来るだろうが、様々な能力のある仮面の現在は力の殆どが解放されていない状態だ。
そして使用者は常時一定期間の内にある程度の経験値を仮面を捧げねば、代わりに魔力と生命力を捧げなければならない。
そのため使用者次第では使いこなせず、自滅の危険を孕む矛盾を孕んでいる。
時間をかけて研鑽を積み、彼単体でまでを倒すほどの実力があると自負していたのだ。
そうして何百年の歳月をかけてレベルアップしたが、ようやく仮面に装飾が施されスキルが宿ったばかりだった。
そんな中で何百年も生きてきた中で過去、手強い強敵と呼べる相手も複数いた。
最近では50年前くらいになるが、仮面を得た場所を拠点として活動していた際に侵入者が現れた。この仮面にはまだ秘密がある。
そう確信したボクは解き明かそうと調査するも、その時点ではどう頑張っても何も起こらなかった。
キッカケは彼等が襲ってきた時に初めて発動した。
迷宮のように入り組んだ道を難なく踏破して、恐るべき実力と装備を持った剣士と魔術師に襲われたのだ。
どうやらこの仮面の事を知っていたらしく、ボクの事をレアBOSSだと叫びながら嬉々として襲いかかってきた奴ら。
襲ってきた剣士には魔術師からの十分な支援魔法がかかり、純粋な戦闘能力面では召喚した黄金蟲をも軽く凌ぐ。
属性魔法がかかった剣は黄金蟲の硬化した甲殻を削ぎ落とす。
魔術師は考えられない程のスピードで矢継ぎ早に詠唱し、様々な属性魔法を操り千貌は追い詰められていく。
C級BOSSをも単体で倒せるボクをこうまで追い詰めるなんて…。無敵だと信じていたボクが初めて戦慄した瞬間でもあった。
入手したばかりのスターメイズロッドの広範囲攻撃で1度は侵入者達にかなりのダメージを与えたが、それでも死なずに襲いかかってくる。
死闘を演じたが、遂にボクも瀕死状態となり、致死に近いダメージを負った時にソレは発動した。
不意に意識が遠のいていき、完全に閉ざされた意識と引き換えに、この仮面が変貌し、秘められた能力は発動された。
次に気付けば、酷い倦怠感と飢餓状態。
周辺には途轍もない破壊痕が残るのみで、他には何も無かった。
何とか安全地帯まで移動して自身の状態を確認する。
千貌は大幅なレベルアップを果たしており、経験値の多さに仮面が喜悦の感情を浮かべている。
レベルアップした為か新しい情報が仮面より流れ込んだ。
先程の瀕死状態で意識を失うほどの破壊が齎されたのは仮面の奥の手と呼ばれるスキルで、どうやら宿主を殺させないための緊急処置であるらしい。
また仮面の情報では他にも異貌と呼ばれる神々がこの世界には存在しているらしいとわかった。
この世界の神々の戦いをも少なからず知る事となった。
拠点から膨大な資料を長年に渡り調査し僅かな手掛かりを古代の文献から調べ上げる。
遠方だが異貌の神に連なる系譜の1柱がどうやら存在し、力を奮った記された文献を発見した。
さらなる力の解放に心浮き立ち、惹き寄せられるようにこのサザン地方へと降り立った。
迫り来るレガリアの攻撃に必死に身を躱す。斬られるのも構わず、千貌は付けている仮面を掴み何事か呟いたていく。
次第に仮面の眼の部分から光が宿り始める。
次第に洞窟中を照らす漆黒に輝く閃光が一瞬だけ走った。
この現象は千貌が長年の研究と検証の結果、瀕死を追った時に以外にも引き出せるようになったこの仮面の唯一のスキルが発動した証だった。
生命力の殆どを吸い取られながら、スキル【破滅の混沌】は仮面の閉じられていた第3の濁眼が見開いて悍ましい力が溢れ出す。
ボクと言う精神が食われいく感覚に身を任せながら仮面の能力を行使する。
このスキルは手加減が効かない。鬼女が隠し持っているトゥーサごと殺してしまう恐れがあった。
偶然とはいえ異貌の一柱であるトゥーサのチカラを手に入れる機会を逃してしまうかも知れない事は勿体無いのだが。
そんな事を考えながら気持ちを切り替える。今度意識が目覚めた時はこの未知の実力者たる鬼女も経験値に変わり、新しいチカラが授かっている…そう意識が失うまで思っていた。
彼が最後に見えたのは猛スピードでレガリアが迫ってきている姿だった。
レガリアは千貌の異変にいち早く気付いた。
千貌の全身が影のように揺らめき、急激に黒霧が体周辺に漂い始めた。
極め付けが仮面が先程と違い、眼の部分が計6つへと増えていた。
しかも、生きているかのように不気味に嗤う表情の形を彩っている。
それは見ている者を不快にさせ、どうしようもない悍ましさである生理的嫌悪感を伴う。
仮面に発現した6の眼が怪しく光る。
その光を浴びると精神を蝕む狂気や洗脳などといった精神異常を起こすバットステータスがレガリアを襲ってきた。
幸い、レガリアにはソウマとの契約を結ぶスキル【精魂接続】の影響があり、精神汚染や精神支配に対する攻撃に対してある程度の阻害する耐性を持っていた。
発狂するなどいったマイナス影響は最小限に抑えられて守られているが、魔法生物である自分の精神にも自我を攻撃されているという不快感は拭えない。
眼を直視すれば精神異常が起こり、眼を離せば相手の仕掛けてくる攻撃が見えないと、厄介な攻撃だ。
一般的に耐性のない人間や亜人は、苦しんだ末に自殺やお互いの殺し合う。
例え奇跡がおきて抵抗が出来たとしても、数秒から数分でいずれ飲み込まれてしまうだろう。
本能が冷水を浴びせたのようにレガリアに警告を発する。そしてこの感覚は未来での体験と言わんばかりの霊知の際に、千貌と戦って破れたビジョンを思い出した。
いや、強制的に思い出されたのだ。
考える前にレガリアは駆けた。アレは完全に変貌させてはいけない。
迫るレガリアに変貌していく千貌は触手を無数形成して迎え撃つ。
レガリアの大太刀は影の触手を捉えたが、不思議な事に切った感触がまるで無く、手応えを感じない。
まるで靄を斬ったような感触に戸惑う。
剣撃をすり抜けて迫る無数の触手は防御すら許さずにレガリアの身体へと触れると、そこから生命力が抜きだされたような脱力感を覚え、軽度の目眩がした。
レガリアは更に攻勢へと転じる為に大太刀の武技【紅蓮一刀】を発動させた。
眩く辺りを照らす程の熱量が刀身に宿る。
脚部に闘鬼術を最大限の質量でかけた。
隙間なく迫る触手に対して、今度はバチッと言う火花と共に触手切り裂いて、僅かなダメージを与えた。
千貌の繰り出す攻撃は自身の身体中から闇のように這い出る数本の触手を操り、レガリアを攻め立てる。
鋭利に尖った触手はレガリアの身体を傷だらけにしてどんどんHPを削られていく。
痛覚を遮断しているので、痛みに対して身体が縮こまる事はなく、気にせずに最低限の回避行動と防御のみを行い、千貌に1秒でも早く近付いていった。
触手以外の攻撃にも身体から漏れる黒霧となって度々レガリアを襲いHPを削りとった。
レガリアから紅蓮一刀によるダメージを受けても、千貌が地に触れる場所から大地の生気を奪って地面を侵食し、そこにある大気からも汚染して黒霧と化して自らに取り込んで再生していく。
それはまさに世を蝕む混沌の姿を呈していた。
レガリアはあの霊知により千貌と対戦し、負けている。
しかし、そこから学べた事があった。
この敵は特に火属性に弱いのではないか?と推測を立てていた。
レガリアの保有するスキルでは火属性しかないので検証と確証はとれなかったが、闘鬼術よりも明らかに炎熱付与された攻撃の方が手応えを感じていた。
紅蓮一刀は一度使えばクールタイムが必要であるため、レガリアは切り札であるスキル【蒼炎】を使用し、追い詰める事に成功はしていたが結局は負けてしまった。
最初から【蒼炎】を使えばいいのだろうがソレが出来なかった理由があった。
竜鳥戦でさえ、2連撃で刀が融解していたのだ。
極めて有効なスキルであった【蒼炎】は絶大な攻撃力を以って千貌を追い詰めはしたものの、三太刀目にして大太刀がそのスキルに耐えられずに刀身が半分融解。
形を保てなくなった大太刀が崩れ落ち、武技もスキルも使えなくなってしまったからが上げられた。
前回使用した際の大太刀をみて想像は付いていたが、恐らくはこの【蒼炎】は本来ならレア級の装備では耐え切れないスキルなのだ。
他のレア級とは性能が違うとしても大太刀の耐久度では保たない。
絶大すぎるスキルは容易に使えない諸刃の剣。
炎に特化した大太刀だからこそ、蒼炎の威力に耐え切り、刀身に僅かな歪みで済んだ。
その部分を丁寧に研磨しなるべく細かな歪みを直ったのだが、今のレガリアには完璧に元通りには出来ず、現在まで騙し騙し使っていたのだ。
【蒼炎】を使えば保って三太刀まで。その制限があるからこそ、身体に甚大なダメージを負ってでも、千貌へと駆けつけたのはこの為である。
ここまで到達するのに5秒もかかっていない。
清浄の効果を持つ【蒼炎】を纏った大太刀を影と化した千貌へとむけて、脳天から十字にかけて音速の速さで斬り払った。
二度煌めいた斬閃が刹那の静寂さを物語る。
間も無く千貌からの声にならない絶叫が奔る。
黒霧のような上体を仰け反らせ、霧の衣が拡散されて青い血飛沫を上った。
この清浄な炎は切り口からじわじわと燃え盛り、再生しようと集まる黒霧ごと全てを燃やし尽くす。
大太刀を通して確かな手応えが伝わってきた。
そのまま【蒼炎】を維持したままトドメの一太刀を狙おうとした所、レガリアのうなじにゾワッと鳥肌が立つ感覚に襲われた。
レガリアのいた場所に黒く汚染された大地と大気がレガリアを囲み、千貌を巻き込んだ至近距離で全方位からくる粉塵爆発のような攻撃に晒された。
これは【蒼炎】によって黒霧を吸収して回復に努める事を断念した千貌が、自分を巻き込んででも必ずレガリアを葬り去ろうとした本能の結果だった。
一点集中した事で縦に奥深いクレーターが出来上がり、穴は炭化するほどの自らもダメージを負った千貌がいた。
その凝縮された圧縮爆発はいかな生物をも爆殺し思わせるだけの威力を物語っている。
黒の爆発から輝く大盾を前方に構えたレガリアがいた。
あの爆発に耐え切った各部の身体状況を瞬時に観察。
本体が魔法生物であるレガリアは修羅鬼形態では余分な痛覚を遮断している。
それが無ければ傷の痛みと重傷度で死んでいてもおかしくない傷が身体中に出来ていた。
大盾でカバー出来た部分は比較的軽傷であったが、修羅鬼の後頭部の綺麗な髪は半分以上が焼け落ち、新品で頑丈な鎧は全て吹き飛んで背部には皮膚の黒く変色して焼け爛れた痕が無数にあった。
修羅鬼の炎熱耐性(極)なければ戦闘不能状態に陥り、宝箱本体へと戻っていただろう。
さらに身体からは生命力を大幅に抜き取られ、爆発の衝撃によって全身の骨格にヒビが入り、踏ん張った際に大腿骨と盾を持った左腕の細かい骨が複雑骨折していた。
この大盾が無ければ大ダメージで倒れ伏していたに違いない。
この大盾に掛けられた魔法がなければ吹き飛ばされていただろう。
レガリアはダンテが街へと戻る際にこの大盾を託してくれたことに改めて感謝した。
あの口下手な男が後で再会した時に返してくれればいい…と、無理矢理アイテムボックスへと収納させた。またコウランもレガリアから何かを感じ取ったのか、アイテムボックスに入ってても効くか分からないけどね、と前置きの後、炎熱鋼の大盾にコウランが装備品に付属させる神官魔法を唱えておいてくれたのだ。
咄嗟に取り出した時に薄い膜が大盾を覆っていたから、もしかしたら効果は持続していたのかも知れない。
数々の小さな善意…それらお陰で九死に一生を得たのだ。
(御主人様のお陰で信頼できる良い方たちと出会えました)
心でダンテとコウラン、そしてソウマに感謝する。
レガリアが存在していた事実を確認した千貌は、再度黒霧を発散させ、汚染された大気を集める行動に移る。
その集合した大気に向かい、炎熱付与した打根を投げ付けて黒霧の密集地帯を吹き飛ばす。
そこへ至る僅かな道を作った。
千貌までの距離は7mほどの距離だ。
しかし、今の身体ではその距離が遠く感じる…でも、走らねば。
決意してから大盾から手を離し、裂帛した気合の声を上げて折れた脚を酷使する。
しかし数歩で完全に脚が折れ曲がり、大きく体勢を崩した。
そんなレガリアを見た千貌は動かない筈の仮面の表情をグニャリと曲げて嗤ったような気がした。
即座に千貌の体内から黒い触手が動けなくなったレガリアを襲う。
「手助けする」
そう声が聞こえると、後方から無数の矢が黒の触手に突き刺さる。
はっきりとした魔力を伴う矢は黒の触手を撃退させた。
レガリアの身には淡く輝く光が振り注ぎ、炎症を起こし腫れて骨折していた脚が一時的に繋がれ、再生が始まった。
レガリアは知らなかったがこれは医療用魔法の一つで得意とする術式である。
そしてグレファン達が此方へと向かってくる姿が見えた。
苛立つように黒の触手が増え、攻撃が益々増える。
アルギュースによる矢の援護も永遠ではない。
ここが勝機と直感したレガリアは、残り少なくなったHPから最低限の闘鬼術を絞り出し立ち上がる。
余りのダメージに姿勢がよろめき体幹が崩れるが、そんな事は御構い無しに狙い定めた一突きを繰り出した。
蒼白く燃え盛る炎を纏った大太刀は6つの眼を開いた仮面に突き刺さり、貫通した。
貫かれた仮面より瞬時に体内から蒼き炎が巻き起こり、風船のように膨張した千貌は断末魔の声もなく炎に包まれ、やがて消滅した。
捨て身の攻撃には耐え切ったが限界を迎えていたレガリアはそのまま倒れこんだ。
青銅製のゴーレムを取り出し少しでも体力回復のためにバリバリと貪っていると膨大な経験値が身に宿り、膨張していくのが感じられた。
身を包む一体感に戸惑いながら、脳内にナレーションが聞こえてきた。
【レベルが種族規定値100を突破しました。宝箱・希少種が種族進化します…エラーが発生しました。
パートナー承認不在により持ち越しされます。今後パートナー承認次第進化されます。
…条件を満たした為、固有名レガリアには【希少宝箱固有能力解放】されました。
運命流転、上位職捕食、上位貌人殺害により【体内錬金(C)】【吸収能力付与(C)】【保有希少枠(3)】
…宝箱・希少種に自動書換しました】
長いナレーションのあと、青銅ゴーレムを食べ終わる。少し一息つけた所で得た能力の確認をしながら大太刀の確認をしっかりと行う。
大太刀の点検を行うと、やはり大太刀は3度目の【蒼炎】には耐えきる事は出来ずに、太刀としての形を保てなくなっていた。これでは武器として扱う事も補修も難しい。
また自身の身体もボロボロだった。買ったばかりの鎧も今の戦闘で砕けて素っ裸に近い状態だ。
これだけの相手にこの戦果で済んだのは僥倖なのだろうが…。
溜息を吐くという行動を初めて起こしたレガリアだった。
千貌の仮面が半分以上損壊した状態で力無く転がっていた。
躊躇せずその残骸を踏み付けた。
最後の戦闘に間に合ったグレファン達と合流し、互いの無事を喜んだ。
素っ裸に近いレガリアに対して真っ先に予備の外套をかけてくたのはミランダだった。
「私達が来る前に終わらすなんて…小娘の癖にやるじゃないの」
「それは…どうも」
そう声掛けしながら、脳内では本来ならありえないと思っていた。
この私ミランダでさえドワーフとしての力を持ちながら、雷属性という稀有な属性の籠手の力で敏捷値も底上げされており、C級冒険者の中でも高い戦闘能力を持っていると自負している。
職業も拳闘士の上位職である2次職。
瀕死の重傷を負って若様に助けて頂いてからは、一つ階級が上であるB級冒険者(一流)達ともやりあえるほどの力量を持つと思っていた。
そんな私だったがどう間違ってもこの小娘の戦闘能力は冒険者という枠組みを超えて異常でさえある。
これはイレギュラーすぎる相手よね。将来、敵か味方になるか不確定要素は尽きない。以前からグレファン様にとって害をなす存在になるのではと危惧していた。
今ならレガリアとて仕留めるれる。そう判断する自分もいるのだが…そんな気はもう起こらない。
あるいは、本能がレガリアを認めてしまっているのかも知れない。
直面した生命の危機を乗り越え、認めるに至ったレガリアはミランダ以外にもグレファンやヤラガン、ジーンもきっと同じ思いだろう。
アルギュースの魔法によって最低限傷を治した彼らはアデルの町へと繰り出す。
道中襲いかかってくる魔物も苦とせず撃退しながら無事にアデルの町の門入り口へと到着した。
この後彼らは門で別れて宿に向かおうとするが、すぐに門番から冒険者ギルドより強制召集が掛かっている事を伝えられて冒険者ギルドへと向かう事になる。




