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「何かあった…… って、真人君と瑞穂は居ないの? 」
何時まで待っても中々来ない面々。そして、その場から動かずに話している様子に美沙は、様子を確認するがてら皆を迎えに歩いてきた。
「少し遅れてまして」
「ふ〜ん…… で、レイサッシュちゃんのその怪我は何? 」
レイサッシュの傷は複数裂傷しているものの、それほど心配するような怪我ではない。だが、決して転んで出来るようなものではなく、何があったのか知らない事になっている美沙が、そのような質問をしても何の違和感もない。
「出先で襲われました」
美沙の質問はプライドに抵触したが、そこで隠す事に意味はないと、偽りなくレイサッシュは答えた。
「ふむふむ……と、すると真人君が遅れているのは瑞穂に魔力を与えた事による怪我の影響よね。ほっといて大丈夫そうだった? 」
「え、ええ…… 恐らくですけど」
「じゃ、いいわね。良雄君、ボケッとしてないでレイサッシュちゃんをさっさと運ぶ。女の子が顔に何時までも傷を負っているのは戴けないでしょ」
心配する所はそこじゃないんじゃないか── と、良雄は思う。しかし、実際にレイサッシュは死ぬような怪我を負っている訳ではなく、真人と瑞穂も大丈夫だとなれば美沙の云う通り、女の子の顔に傷が有るというのが最も大きな問題に感じられる。そして、そう思ってしまえばもう突っ込む気持ちは霧散し、美沙の指示に従うだけになるのだ。
「で、ですよね…… 」
突っ込みたい衝動はあるものの、一瞬で論破されるのが目に見えている。
ぐっ、と気持ちを抑え良雄はリビングに向かって歩きだしたのだった。
「あ、そうそう…… 良雄君。レイサッシュちゃんを運んだら、無限回廊を見てきて、どうにも一匹変なのが迷い込んでるみたいなのよ」
「ふぁっ! マジですか…… 」
── 人使い荒いな。
幾ら軽いとはいえ、レイサッシュを背負いここまで歩いてきたのだ。少しは休みたいというのが本音である。
「マジよ。だって良雄君今回は何もしてないんでしょ。だったら働いてこなきゃね」
「…… はい」
またもこうなる。
レイサッシュを背負って歩きましたよ。と突っ込みを入れたとしても、瑞穂とレイサッシュは怪我をしている。良雄と同じような状況ある真人だって怪我をおして瑞穂を背負って歩いている。
となると、やはり良雄は何もしていないに等しいと云われても反撃する事が出来ない。
「そうねぇ、何もしてないといえばベル君も一緒のようだから、貴方達二人で行ってきなさい」
「ちっ、俺もかよ」
「ですか、でしょ。言葉使い一から学んでみる? 」
「うっ……」
美沙の口調は母親が子供を諭す時に使うものだ。これをやられると大概の子供は黙り、年端もいかない場合は負けを認め泣き出す。
「は、はい、分かりました」
流石にベルの年齢になれば泣きわめくような事はない。それでも一瞬にして、ベルはどうやっても勝てないと悟る。力や技による強さではなく、母親の格という強さがあった事をベルは久々に思い出したのだった。
「さて、と。さ、傷を見せてね」
良雄とベルが部屋を出ていくと、美沙はレイサッシュの顔にそっと手を充てて、ゆっくりと傷口を指でなぞった。
「み、ミサさん? 」
傷を触られてもまるで痛みを感じない。それどころか、スティルに触れられているかのように心地よさを感じてしまう。
「うん、大丈夫。これなら痕になる心配はないわね」
「え、あ、あぁ…… そんなのは別に」
「良くないわよ。今は良くても、何時か後悔するかもしれない。そんな重要な問題よこれ」
真人の事で瑞穂と争い、勝つにせよ負けるにせよ。必ず傷が残っていれば、そこに理由を見つけようとする。
勝ったのならこの傷を哀れんだ。
負けたのならこの傷があったからだ。
そういう風に人間は出来ているのだから、考えてしまうのは仕方がない。だから、遺恨を残さない為に外的要因はないに限る。
美沙は呪を口ずさみ、回復をレイサッシュに掛けた。
「ミサさん」
「何? 」
「ミズホが七聖竜の咆哮を使いました」
「そう…… 」
レイサッシュが何を意図してこの情報を伝えたのか、美沙に分からないはずがない。
レイサッシュは美沙にこう問うているのだ、
貴女達親子は何者なのだ。と──
しかし、美沙は素っ気なくそう返すだけだ。
「驚かないんですね。それは、七聖竜の咆哮が何なのか知らないからって事じゃないですよね」
「セルディアに於いて現存する最強の魔法って事なら知ってるわよ」
「あら、じゃあ現存する理由になった使い手が青の魔女シリア・L・ブラウニーだって事は? 」
ライズ・クラインの右腕にして伝説の魔術士である人間の名を出す。
「真人君に聞いてたの? 」
「いいえ、でも一目貴女を見た時に確信しました。姉様がライズ・クラインと面識があったように、私もシリアと面識あったんですよ」
レイサッシュが初めて瑞穂を見た時、シリアの面影を見た。だから、真人と瑞穂の強い結び付きを感じ、冷静さを保つのに苦労したのだ。
そして、美沙を見た時にシリアの面影の秘密を余す事なく知る。美沙の出で立ちはシリアが年齢を重ねた姿だったからだ。
「ミズホが貴女の娘であるなら、シリアの面影があるのは当然ですよね。そして、こっちに住みながら魔法や向こうの状況に精通している理由にもなる。
私がミズホの才能を信じられたのは、貴女の存在があったからです」
「まあ、元々云う気がなかっただけで、隠すつもりもなかったから否定はしないわよ」
「それでも── 」
美沙の言葉を遮り、レイサッシュは言葉を紡ぐ。
「シリア・L・ブラウニーの娘ってだけで七聖竜の咆哮を使えるっていうのはどういう事なんですか? 」
伝説の魔女の娘なら、それなりの才能を受け継いでいるのは寧ろ自然な事だ。しかし、瑞穂が見せた片鱗は受け継いだ才能では説明出来ない。
「二つ訂正させてくれる? 」
熱くなりつつあったレイサッシュの心を静めるかのように、ゆったりとした口調で美沙は語りだした。
「一つ目はね。瑞穂の使った七聖竜の咆哮が完成品だと思ってる貴女の思い込み」
「えっ…… 」
瑞穂の魔法は里美に依って威力を削られて尚、結界を破壊するほどの威力があった。それで尚、未完成だと云われてもなまじ信じる事は出来ない。
「現存する最強の魔法を甘く見ない事ね。昔使われた七聖竜の咆哮は、100人の魔術士を相手に都市を壊滅させた魔法。たった一人の魔術士が何をしたって、威力を削れるはずがないじゃない」
「確かに…… 」
「もし、瑞穂が使った術が完成されたものなら、今頃大惨事…… この辺だって壊滅してたかもね」
七聖竜の咆哮の使用条件は七竜に認められる事だが、七竜全てに認められる事ではない。故に術が使えたからと言って、七竜全てに認めらたとは限らないのだ。
「たった一人の魔術士を仕止められなかった事から察すると、瑞穂は一竜に何とか及第点を与えられたって所じゃないかな」
「そ、そんな…… 」
レイサッシュは自分の持ち駒の中で最強と言える術を考え絶句した。
未完成だと美沙が言い切る魔法に優る術が自分にはない。伝説級の魔法ならばそれも当然だと思える。
しかし、美沙の言い分からは瑞穂の術の威力は、完成品の七分の一でしかないのだ。
「非常識ってレベルじゃないわ…… 」
「伝説って常識の範囲外だから伝説なのよ」
「うっ…… 」
「ま、それでも使い手は人間だからね。幾ら強い攻撃力を持っている術が使えたって、その人間が最強とは限らないでしょ。
今、貴女と瑞穂が戦えば、術を使わせる事なく貴女は勝つわ。なら、強いのは貴女って事になる」
そういう事よ── と、美沙は優しく笑って云った。
しかし、その後に続いた美沙の話は、瑞穂の才能が遥か遠いものだとレイサッシュに絶望に近い感覚を与えるものだった。




