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「参ったな、さんざん聞かれた事を俺が云う羽目になるなんてな。
── 藤さん、何でアンタがここにいる? 」
「理由、説明が必要かい? 」
「万が一って事もあるだろ」
「いや、ない」
藤村里美は顔色一つ変えずにそう云い切る。
「藤村先生どうして? 」
「ん、そのどうしては、何故こんな事をするのか── そう云う意味かい、結城? 」
首に当てられたナイフを警戒して、小さく頷く瑞穂。
「そうだね。有り体に云えば交渉の為かな」
── 交渉? 馬鹿云え…… こんなのは只の強迫だよ。
真人は心の中だけでそう悪態をつくつもりだったのだが、どうにも止められなくなってしまった。
「変わった教師だとは思っていたけど。まさか、元教え子に刃物突き付けて脅しを掛けてくるような真似をするとは思わなかったな」
「一応、敵になるのだから当然だろ」
「それで、要求はコイツか? 」
未だに起きる素振りを見せない顔無しをちら見して真人は聞く。
真人が指摘したように既に見放されているのは確かな事だが、悪魔喰いまでも不要になる道理はない。ならば回収に動くのは当然の事だった。
「そう、使えなくなった奴に持たしておくには過ぎた玩具だからね。かと云って、アンタと正面から向き合うのは馬鹿のする事だろ」
「敵に回らずにいればそんなの気にする必要はないだろうに」
「あはは、そうだね。その通りだよ」
藤村里美は楽しそうに笑いながら、そう云い返す。
「でもさ、私がアンタ達の味方になる可能性なんてなかったじゃない。いいとこ敵じゃないお姉さん止まりでしょ? 」
そりゃあそうだ── と、真人は素直に思う。
何が悲しくて知人を血生臭い世界へ巻き込まなければならない。まして、それが自分の気に入っている者なら尚更である。だからこそ、瑞穂を置いて一人でセルディアに向かったのだ。
「普通じゃない世界を望んでも、碌な事にはならない。藤さんなら、そんなの当たり前のように分かってると思っていたんだけどな」
「どっちの世界も実は何も変わらんよ。普通に生きて幸せになれる奴もいれば、碌な目に会い続ける私の様な者もいる。だったら、普通じゃない世界で生きる方が楽しい。
神城が知る私は、そんな考え方をする奴じゃなかったかい? 」
「そうだったかな…… 」
残念ながらその通り。真人の記憶にある藤村里美は、そう云う思考の持ち主だった。しかし、かと云って人を傷つけて楽しむようなネジ曲がった思考をするような人物でもない。
── 何かがおかしいな。
歯切れの悪さと同様に、消化しきれない違和感があった。
「悪いな神城。アンタが納得するだけの時間を与えてやるつもりはないんだよ。交渉事の基本、知っているだろ? 」
交渉には様々な状況があるが、基本動揺した方が負ける。つまり、相手を動揺させるアイテムを数多く持っている方が圧倒的に優位な立場にいられるという事だ。
現在の状況に照らし合わせてみれば、真人の心にしこりが残ればそれは藤村里美の優位点となる。
「ま、どんな優位に立っていても最後は力押しでひっくり返る事なんてザラにある」
「そうさせない為の人質だろ」
「あー云えばこー云う、口の減らない先公だな」
「偉そうに云うな、このクソガキが」
こうして云い合っていても、私怨の欠片も出てこない。
一体何で?── 里美が敵になる理由が見えない。
「俺は結構、アンタが気に入ってたんだけどな」
「あら奇遇ね」
「けど、これ以上何しても事態は好転しないみたいだ」
「その通りよ。だから、大人しくその子を渡しなさい」
元々、敵である顔無しを渡す事は、真人にとって何の痛手もない事だ。実際、この状況で引き渡せば向こうで勝手に処理してくれて敵が一人減る。自らの手を汚す事なく抹消出来るのだから、それは寧ろプラスといえる。
また、例え殺されず二度、真人の前に立ち塞がったとしても弊害にもならない。
これは慢心ではなく、純然足る資質の差から来る真実だった。
更に続ければ、肝心の悪魔喰いも秀明の手によって分割された状態では、何が仕掛けられているか分からないので回収するつもりはない。
「渡さない理由はないんだけどな。末路が見えているこんなガキを見棄てるとなると寝覚めが悪い」
「こいつはその年でもう何人も殺してきているような奴だよ。そんなのと大切な妹を比べるような価値はないでしょ。
ま、アンタらしいと云えなくはないけど」
「らしいかどうかは、見解一つで180度変わるから、褒め言葉としては取らないでおくよ。それに── 」
チラリと里美の足元を見ると、続けて何もない右側に視線を送り、また里美に視線を戻す。そして、
「別に瑞穂の事は一切心配なんぞしてないからな」
「なっ! 」
真人の言葉に反応を示す瑞穂。
「ハナから、このガキと瑞穂を比べる必要なんてないし、もし瑞穂を傷つける様な真似をすれば、藤さん、例えアンタだって殺す。
そう理解しているからの人質── だろ? 」
「あら、そんなの考えた事もないわね。私は、結城が傷つく可能性があるなら、アンタは大人しくしていると考えただけよ。そして、その考えは間違ってない。だからこその恫喝でしょ」
真人と里美の腹の探り合いが続く。
経験による分析は里美に分があり、本人もそこは自信があった。しかし、只自分の考えを隠すのではなく、同時に遂行する事の難しさを実感するに至る結果になっていく。
「本当に大人しくしているだけで、瑞穂が傷つかないのならそうしてた。けど、藤さんの足元に張られた罠と伏兵の存在はいただけないな。
── てめーの事だよっ! こそこそ動くなっ! 」
真人が右手を振るうと、少し前に視線を送った少し先、良雄とレイサッシュがいる方で地面が爆ぜた。
「うぉっ! 」
小規模な爆発に良雄は声を上げ、こういう事に免疫があるレイサッシュは声を上げるような事はなかったが怪訝そうな表情をしていたのだが、
「誰か居るなら出てきなさい。マサトは威嚇だけど、私はそういうのは苦手なの。
── 出てこないなら、一寸大きいの行くわよ」
レイサッシュは、見えない存在を感知出来ていない。しかし、真人が感知している以上、そこに居ると確信してそう警告を放つ。
「あちゃー、バレない自信があったんですけどね。流石は先輩、噂通り抜け目ないですね」
「先輩? 」
「その節はどーも」
姿が誰の目にも分かるようになった時、真人はその人物が一度逢った事のある者であると知った。
「君か」
「はい、お話するのは初めてですね。敵として向き合いたくはなかったですけど」
舌をペロりと出しながら、違和感がまるでない。そんな風貌を持った少女がそこに居た。
「東雲、あっさりバレてるんじゃないよ」
「センセー、そんな事云ったってフツーじゃ気付かないよ。先輩が異常なんだって」
東雲と呼ばれた少女が使っているのは、結界魔法の一つであるが自分を包み込む魔力壁の力の流れが内側に向かっているという特徴があった。
これにより、魔力が結界外に漏れる事がなくなり、また結界そのものが気配や姿を完全に消す為、そこに居ると認識させる為の情報がない。東雲が絶対的な自信を持っているのも当然だった。
「で、何で先輩は分かったのかな? みょーに気になるんだけど」
「んなの、教えると思うか? 」
「いーじゃん、別に減るもんじゃないし」
「いや、確実に減るもんがあるぞ」
真人の言葉に「何それ? 」と、いうような表情をする東雲。
「情報漏洩は、色んな意味で寿命を縮めるんだよ。得意がってペラペラ喋る奴は決まって短命だ」
「あはは、確かにそれは云えるかも」
良雄と顔無しの戦いの中でもあったように、手の内は曝け出さないのが吉だ。今、何故看破出来たのかを隠しておけば、それは真人のメリットになる。だが、そうでない場合もある。
圧倒的強さを持つ者が手の内を曝け出した場合、抑止力になるのだ。無駄な戦いを避ける事もまた、メリットであるのだ。だからこそ、真人はこう提案をした。
「だがな、俺の問いに答えるなら教えてやらん事もない」
「んふっ、等価交換ですか…… いいですよ。先輩の聞きたい事が私の聞きたい事より高価じゃなければ答えます」
クスクスと笑いながら、東雲はそう答えたのだった。
あかん、書いてる時間が…… あまり話が進んでないのに文字数少な目。
申し訳ありません。