5
「やったあ~」
良雄の剣戟によって、地面に叩き付けられた顔無しの頭部が塵と化したのを見て、瑞穂は歓喜の声を上げた。
「ああ、良くやった── と、云うべきだな」
真人も瑞穂に同調するかのように云ったのだが、
「お兄ちゃん? 」
真人の顔は真剣身を帯びていた。
「ま、ただアイツの置かれた状況下を考えればだが」
すぅっと右手を良雄に向け、
「風障壁」
説明もなく、真人が術を放つとの同時だった。頭部がない顔無しの体が風呂敷になったかのように拡がり、良雄の体を包み込んだ。
「んじゃ、ま、俺の出番という事で行ってくる。── だから、な瑞穂。出来れば袖を放してくれないか? 」
「あっ…… ゴメん」
あっさりと良雄が呑まれたというのに、顔色一つ変えない真人。
間違いなく何か策を打っているのだろうが、どんな策なのか分からない瑞穂は呆然としていた。
「俺が今まで何をしてきたかなんて、会話なんかしなくても見てれば分かる。で、だ。その分、余った時間は別のもっと面白い会話に使えるだろ。だから── しっかり見てろよ」
「は…… う、うん」
瑞穂の人生の中で、三本指に入るくらいの驚きだった。
真人の言葉は間違いなく瑞穂を思いやっての事。それは間違いない。しかし、瑞穂が知る真人では決して口にする事がない言葉なのだ。
相手を思いやるだけでなく、特に女性に対しては喜びを与える言葉…… それが自分に対して好意を持っているなら、その効果は絶大だ。
── ホントに何をやってたんだコイツ。
嬉しさの中に、あまりにも自然にそう云った真人に焼き餅がプクプクと膨らむ。これこそ正に一朝一夕でさらりと云える事ではない。
瑞穂が会えなかった日々、真人の横には自分ではない誰かがいて、真人とそのような言葉のやり取りをしていたのだ。
さっきは喜びと踊りが先行し、思わず返事をしたものの今は嫉妬の方が優性になっている。
焼き餅が過ぎればどろどろの嫉妬になる。と、いう事は煮餅の方が表現として正しくはないだろうか? そんな事を考えた瑞穂は苦笑して、
── 私はまだ病んでない。
と、自分を言い聞かしたのだった。
「お兄ちゃん、後で話すの楽しみにしてるからね」
「お、おう? 」
「色々、聞かなくちゃいけない事が一杯だわ」
言葉の節々にある棘が真人に刺さる。
── 何か間違えたか、俺……
家族ではない女性との付き合いが、真人の女性対応スキルを上昇させたが、まだまだマスターレベルには程遠いようだ。
「と、いう訳だから一秒でも早くやっちゃってね。時間が勿体無い」
「ま、別の意味でも急ぐに越した事はないから行くが、何だかな…… 」
気勢を削がれたように真人は、良雄達に歩み寄る。だが、一歩一歩近付く度に、その表情はどんどん戦う者の顔になっていく。
イレ込まず、平常時よりは体が火照っている程度の気合。全力を出さなくても、充分に実力が発揮出来る状態にある。
「さて、と」
懐から剣の柄を取り出すと、真人は両の手に力を込める。すると、信司から受け取った雷の剣の柄は上下二つに分かれた。
これによって長剣としては、短い柄が二つ出来上がる。ただ、小剣や中剣の柄としては充分な長さがある。
オーソドックスな武器を使っていた真人だが、この武器を手に入れてから色々試した結果、自分に最も適した武器だと思っていた。
「手荒く行くぜ、臆病者」
分けた柄をそれぞれ両手に持って、真人は地を蹴り顔無しとの間合いを一瞬で詰める。そして、
「風斬り、雷の剣っ! 」
二本の柄からそれぞれ剣を呼び出し、良雄を包む影を斬り裂いた。
「本物の魔力の味は美味だろ、顔無し? さあ、隠れてないで出てこいよ」
真人の一撃で、良雄に取り憑いた影は霧散し姿を消した。それでも、顔無しの気配は消えてない。
「何故、お前がここにいる? クライム・クライン」
良雄から少し離れた場所で、一度は霧散した影が集まり形作る。
「ったく、本当に何故何故よく聞かれる日だな。ここはどちらかと云えば、俺の領域だぜ。お前がいるより、よほど不自然じゃない。
── それとも何か、お前の甘アマな計算だと俺がいちゃマズい、か? 」
「くっ! 」
甘い計算と罵りを受ける程、楽天的な思考はしていない。そんな自負を持っていても、現在のラフィオン最強の戦士と正面からやりあう事などまるで考えていなかった。
「忠告しておくが、逃げようとしても無駄だぞ」
「安心しろ。まだ逃げる訳にはいかないんでな」
せめて良雄が持つ悪魔喰いの欠片を回収しなければならない。それが最低限の必須事項だった。もし、それすら出来ずに戻ったら、最悪死を迎えるか、最良であっても自分の悪魔喰いは回収される。
折角手に入れた力を回収されれば、自分の価値など無くなる。価値のない存在を許容してくれる程、あの場所は優しい世界ではないのだ。
「そんな楔に囚われてるから、秀明にいいように使い捨てられるんだよ」
「それがどうした。使えなくなった者は切られる── そんなのは当然の事だ」
そう当然の事なのだ。少なくとも、顔無しはその程度の覚悟を持って仕えてきた。
「いいか、アイツは俺がここに来る事が分かっていて、お前をここに向かわせた。と、云う事は── 」
「既に切られている、と」
「そういう事だ」
「そんな戯言を…… 」
信じたくはないが、自分が犯した失態が頭を過る。
先の戦闘中で離脱、それほど大きな失態ではない上に、戻ってきた秀明は何も変わった様子を見せなかった。寧ろ、裕司の荒れようが頭に残り自分以上の失態を犯した事は明白だった為に、切り捨てられるなど片隅にも想像もしなかった。しかし本来、秀明はそんなに甘い人間ではない。
使えないと判断すれば、失態の有無に関わらずばっさりと切り捨てる事が出来る人間なのだ。
「いや、まさか…… しかし…… 」
「俺の行動なんて予測はつく。やるべき事を予測すれば、こちらに戻る時間もまた然りだ。だったら、俺の言葉に嘘はないと分かるだろ? 」
「…… だとしても、否、だったら尚更」
可能性として低くとも、真人を倒す事が出来れば評価は一転する。
「無駄な根性出している場合じゃないと思うがな。だが、お前がその気なら── 」
「なっ、何だ! お前…… 」
真人がその言葉を締める前に、顔無しは奇声を発した後、沈黙し影は姿を消した。
「見せ場を奪われたな」
構えた双剣が無駄になった事を真人は悟ると、そくさくと剣を懐にしまい臨戦態勢を解除した。
「な、何が起こったの? 」
顔無しが突然姿を消し、真人が動揺もなく警戒を解いた事で、瑞穂は走り寄って聞いてきた。
「ん、ああ、相棒がな── 」
「相棒っ! 」
瑞穂の頭に尖った兎耳の幻影が見えたような気がした。
「相棒って男よね? 」
「いや、女だが…… ぐっ! 」
素知らぬ顔して、しれっと真人が云うと、瑞穂はおもむろにその拳を真人の腹に打ち込んだ。
「はっ、腹パンはねぇだろ…… 」
「五月蝿い、この浮気者っ! 良雄君もいつまで寝てる気よ」
と云い、今度は良雄に腹蹴り。
「えっ、そりゃあんまりじゃ…… 」
瑞穂の為だけじゃないとはいえ、限界を超えて戦った良雄に対しての行為ではない。だが、
「いっ、いってぇー! な、何だ一体?── って、瑞穂ちゃんか、だったらしゃーねーな。
── って、おま、真人か。何でいるんだ? 」
「三回目……ったく、ま、そんな事よりお前よく平然と受け入れられるな? 」
気絶していたところに、腹蹴りを喰らって目覚めた瞬間に混乱もしない。ある意味超人の域に達しているようだ。
「だって瑞穂ちゃんだからな。寝覚めとはいえ、キレたらどんな逆ギレするか…… 」
恐ろしいとばかりに、青い顔をして震える良雄。
「そっか、ずっとお前が瑞穂を護ってくれてたんだな」
外面だけはいい瑞穂が、そこまで素を見せるという事は、その者を信用しているという事だ。そんな信用を一年で勝ち取った良雄がどんな努力をしてきたか、真人には手に取るように分かる。だから、唇だけを動かして「ありがとう」と伝えたのだった。
「ま、苦労はしたけどな。そんな事より、あの影はどうなったんだ? お前がやったのか? 」
「いいや、顔無しをやったのはアイツだよ」
闇の向こうから、ゆっくりと一人の女性が少年を抱え歩いてくる。
「レイサッシュ・ミルレーサー── セルディア、ラフィオン土の神官長で、今の俺の相棒さ」
「へぇ、こりぁ…… 強いな、あの娘」
こちらに向かってくるレイサッシュを見ながら良雄は呟く。
瑞穂も美沙と比べると美女というより美少女に分類されるのだが、レイサッシュは誰と比べるまでもなく美少女だった。
そして、その美少女は少年を片手で軽々と抱え、こちらに歩いてくる。その異様な光景に良雄だけでなく、瑞穂も目を奪われている。
「ああ、そうだな」
「しかし、お前、いきなり姿を消したかと思えば、あんな娘とキャッハウフフの二人旅か── 全くけしからんな」
「それを云うなら、お前だって瑞穂と二人でいただろ? それでけしかる展開になるのか? 」
「あ、…… ないわ〜」
「そういう事だよ」
男二人が溜め息混じりに語るのを見て、余計にイライラを募らせる瑞穂。
「馬鹿共」
と、呟き。真人に背を向け、完全に拗ねるモードに入っている。
そんな事をやっていると、レイサッシュはもう小声で話しても伝わる距離まで来ている。しかし、
「お、おい、真人。何か彼女の御機嫌斜めじゃないか? 」
「お、流石に瑞穂に危険関知能力を開発されているだけはあるな。
── 確かにあれは相当機嫌が悪いトキの顔だ」
「あーゆーとき、瑞穂ちゃんで例えるなら、一切の理性は通用しない。感情剥き出しになるんだが…… お前、彼女に何をした? 」
「い、いや、そこまで怒らすような事はしてないはずだが…… 」
ここに来るまでの道程を思い返してみる。
ライズ・クラインとの会合を終えた後、二人は城に戻り、そのまま北の森へ向かった。そこには信司が知る唯一の門があるからだった。
そこまでの道程でも色々な事があったが、少なくともレイサッシュの機嫌を損ねるような事はなかった。
── と、すると。
無限回廊に入ってから、真人が何か仕出かしたという事になる。
「ここに来た後、争っているような気配を感じてな。その内の一つが顔無しだったから、レイに本体を任せて俺はこちらに来たという訳だ。
効率を考えても悪い選択じゃないし、レイと顔無しの実力差を見ても危険はない── 怒る要素は0だろ」
「確かに…… でも、一つ気になるな。彼女、今までここに来た事あったのか? 」
「…… さあ? それは知らないが多分ないんじゃないか」
「お前な…… 」
幾ら強いと云っても、女性を見知らぬ場所でたった一人にして、その上、敵と戦わせる。それで不安を感じない者などいるのだろうか── いや、いない。
大の男でも不安だらけのシチュエーションなのだから、そりゃあ怒るのも当然だった。
「馬鹿なのか」
「お前だけには云われたくない」
真人と良雄がそんな漫才を繰り広げてると、全く速度を変えずに歩いていたレイサッシュが目の前まで到達し、その手の中にいた少年をポイと放り投げた。
「あ、あのレイサッシュさん」
「何よ」
「酷く不機嫌でいらっしゃいませんか? 」
「別に」
真人の問いに簡素に答えるだけで、その後は何も云わないレイサッシュ。
「良雄、俺は馬鹿でいい。だから、こういう時どーすればいいか助言をプリーズ」
「お、俺に聞くなよ」
「そうは云っても、他に聞ける奴がいない」
「だったら、謝れ。兎に角、平身低頭誠意を見せるしかあるまい」
誠意か──
何が悪いのか今一掴めていない現状、伝わる気がまるでしない。
── ならばいっそ、男らしく。
「随分、時間が掛かったんだな。お前らしくもない」
「ええ、右も左も分からない場所で、あっちに顔無しがいるからよろしくって、置いてきぼりを喰らったお陰でね。
方向も乱雑な指示しかないから、歩いている内に本当に合っているのか不安になるし、やっと見つけたそれらしき者はこんな少年で、とてもじゃないけどあの顔無しとは思えずに、四苦八苦させられたら、そりゃあ時間も掛かるわよ」
「あの…… すんませんでした」
この時点で真人も自分の失態に気付いていたが、咄嗟に謝ったのは良雄である。
「何、この人?」
初対面で土下座に近い謝罪をされて、流石に面を食らった様子で怒りがぶっ飛んだようだった。
「猿渡良雄。一応、仲間で友達かな」
それでいて、自分がやるべき事を代わり努めてくれた恩人でもある。
「へ、へ〜、ちょっと変わってる? 」
レイサッシュの問いに無言で真人は頷く。そして、
「けど、いい奴なんだ。それとな、ホントに悪かった。お前の口から理由を聞くまで、何が何だか全く分からなかった」
「── もう別にいいわよ。結果としてこうして顔無しを倒したし」
視線を落とし、連れてきた少年を指差した。
「なあ真人、顔無しって、さっきの影だよな。それがこのガキなのか? 」
少年の年令は十二、三歳。寝ている姿はあどけなく、悪意に満ちた影の主とはとても思えない。そして、レイサッシュにしてみれば、十歳やそこらで一国宰相と同格のウォッカに成り済ましていたという事実が、すぐに正体の看破が出来なかった最要因だった。
「間違いないわ。その証拠に眉間と腹部に痣が出来てるでしょ。マサトの攻撃ならその程度じゃ済まないはずだから、多分貴方がつけた傷じゃなくて」
「あ、確かに」
良雄が剣戟を当てた箇所と寸分違わずに、青アザが出来ていた。これを見ていたから、レイサッシュは顔無しの正体を知る事が出来たのだ。
「戦闘力はテンで及ばなくても、コイツはコイツでとんでもない才能を持ってるって事か」
「── けど、そいつは天才じゃないよ。前にもこんな話したよな、少しは自分を自覚しなよ神城」
「── ! 」
終わったと思い油断をしていた── 訳じゃない。誰一人その気配を感じる事が出来なかったのだ。そして、突然現れたその気配は、瑞穂の首筋にナイフを当てながら、そう云ったのだった。




