第六十二話 囚人は盤上で踊る
二章開始です。
ラグスたちは互いに支えあいながらなんとか囚人坊に至る直線へと戻ってきていた。最初に踏み出した時とは全く違う心持ちに若干の苦笑を互いに浮かべながら。
それでもラグスたちは、生還できたことへの喜びが優っているのか、苦笑を笑みに代え、歩を着実に進めている。いまだ傷の癒えぬ一同であるが、生き残ることが出来たことの喜びか、それとも生への渇望か、全員がしかと前を見据えていた。
そんな折、囚人坊がなにやら騒がしいことに気が付く。しかし、何で騒がしいのか音が反響しあい、そのせいでくぐもって聞こえてくるためになかなか判別しづらい。ラグスたちは互いに視線を交わし、最終的にディックが両肩を持ち上げることで、仕方ないといった態で再度歩を進め始めた。
囚人坊の前にある関所が近づくと、だんだんと音が明瞭に聞こえてくる。いつもなら関所の中に引っ込んでいる衛士なのか刑務士なのかな判別のつかない兵士が迷宮内に入ってきていた。それを見て一瞬怪訝な表情をロイが浮かべ首を傾げるが、理解の色を顔に浮かべる。
「こんなに騒がしければこちらにモンスターが囚人坊のほうへ来てもおかしくないですね」
だから、兵士が迷宮内に入り込んで囚人の護衛というのもおかしいが警護をせざるを得ない状況になっているのである。たしかに兵士の表情は迷惑をこうむっているために、苛立ったものであった。
ロイの説明があったからではないだろうが、一同の進む速度は先に比べると明らかに遅くなっていた。
「だから、なぜ私が、このような不浄に近い場所で寝食をせねばならんのだ!」
歩く速度を落とした一同に、そんな言葉が耳を打った。その言葉に全員が全員意味が分からないと怪訝な表情が浮かぶ。
それは致し方ないことであった。なぜなら囚人迷宮は、当然王国において罪を犯したとされるからであり、それが王国にとって不都合であれば不都合であるほどに刑は重く、もっとも重いとされた場合に収監されるからである。であるからこそ、この囚人迷宮に収監されてしまえば、囚人迷宮内のルールに従わざるを得ない。言ってしまえば郷に入れば郷に従えである。
たしかに、王国のルールを犯したからこその罪であるため、囚人迷宮内でルールを犯すの有りといえば、有りであるが、それをしたらどうなるのか。
この囚人迷宮内におけるルールは単純である。それは、「一つ、迷宮を探索しなければならない。二つ、寝床に入るには武器防具を預けなければならない。三つ、迷宮踏破のアイテムを得、それをアイテム換金所に持ってきた場合のみ恩赦を与えられる」というものである。これは囚人の義務であり、権利でもあった。ただし、これは囚人迷宮の運営側が示したものであり、囚人間の取り決めは含められない。また囚人迷宮のルールの中には暴力的解決を禁止する条項もなければ、極端な話、殺害を咎めるルールもない。
その結果、どうなるのか。それは先ほどまで声高に自らの権利を主張していたものの絶叫で幕を閉じたことからも分かる。その後、しばらく静かになっていたが関所近辺が急に騒がしくなる。関所内から複数の兵士たちが出てきており、扉を開き、重そうな物体を迷宮内へと運びだしてきた。
それを見て取ったロイが、ラグスたちを壁によるように合図を送る。残りの三人はロイの忠告に似た合図に素直に従う。
兵士たちはロイたちに関心を寄せず、人のなれの果てを運ぶ。ロイは兵士たちとすれ違いざまに何を見たのか一瞬眉根を寄せ、口を堅く結ぶ。
人だったものを運び続ける兵士たちは、ロイたちの視界から消えるかに思えたが、視界ぎりぎりの場所で立ち止まり、運んでいたものを迷宮に投げ落とす。
一仕事終わったかのように、首や腕を回し、ぶつくさと愚痴を吐きながら関所へと戻っていく兵士たち。再度すれ違う。その時のラグスたちの顔は、怒気とも悲哀ともとれるものが浮かんでいた。
兵士たちにとって囚人とは監視対象なだけであり、その在り様について関心を寄せるものではない。またその死体についても、その程度のことであることをまざまざと見せつけられるようであった。
ラグスたちはそれぞれ己の立ち位置について考えさせられたのか複雑な表情を浮かべながら、兵士たちを見送っていく。それは自分たちに降りかかってこないことを祈っているかのようでもあった。
バニゼゲとのひと悶着あったが、なんとかアイテムを預け終えたラグスたちは、ようやく腰を落ち着けることができた。全員が全員腰を下ろした瞬間、深い、それは深い溜息が全員から漏れたのであった。それを互いに見合って緩やかな笑みが全員の顔に浮かぶ。いくばくかの資金的余裕がもたらした心理的余裕も手伝っているのか緩やかだった笑みがより深く全員に浮かぶ。
互いに互いの顔を見合わせながら、ディックが一つ頷く。それが合図であったかのようにラグスが静かに声を出す。
「今回のことは、本当にありがとう。いろいろ迷惑をかけてしまって申し訳ない」
そういってザグン、ロイ、ディックの順に顔を見回す。全員が笑みのまま感謝と謝罪を受け入れる。それを見てとったラグスは、蕾が綻ぶように笑みを浮かべた。
「本当に全員が無事でよかったで……」
ロイがそこまで言いかけた時、ディックがロイの体を軽く肘で打つ。何事かとディックを見ると、視線だけで方向を示した。ロイが顔をそちらに向けると睨むような視線を向ける見たこともない囚人たちがいた。
睨むような視線をロイたちに向ける囚人たちは、手に寝藁を持っていることから新人であろうことが類推できる。そこでロイの瞳に理解の色が浮かぶと同時に、後悔の表情が浮き出る。
ロイを見続けていた囚人たちはラグスたちよりも下手――より悪臭のするほうーーに寝藁を引く。その人数は三人であった。
ザグンは気まずげに頭をかくと、声を落として四人にだけ聞こえるように
「ふむ、なんにしろよかった。ここにこれたからには少なくとも次は少し楽になるだろう」
ザグンは全員のレベルアップを示唆することで気まずい雰囲気を変えようとしていたのであろう。ラグスたち全員が頷くことでそれをも了承しているようであった。
そんな雰囲気が変わろうとしていたところに、軽い調子で乱入してくる者が一人いた。
「お~、ちゃんと生還してるじゃねぇか。こいつは僥倖、僥倖」
情報屋のバッツである。ラグスたちが返答を返す間もなく、言を続ける。
「しかし、おめぇらが、全滅したんじゃねぇかって噂も否定されたし、ありがとよ。お蔭で儲かったぜ」
そんなことを言いながらニンマリと笑みを浮かべる。どうやら自分たちの命で賭けが行われていたことにむすりとラグスが表情をゆがめる。
「怒んなって! その代り生きのいい情報やるからよぉ」
なんだってこんなタイミングでこいつはくるんだと嫌悪感丸出しのディックが、顎を軽く上げ、話の続きを催促した。どんな情報であれ、有ることに越したことはない。その情報を信じるか信じないかは別にしても、知っているといないとでは雲泥の差があるからであった。
バッツはラグスたち四人を手で軽く集め、四人にだけ聞こえるような声でしゃべり始める。
「おう、まぁ新人が入ってきたことは見ればわかるだろうがな。その新人の一人を殺ったのはモギャだよ。ほれ、何が楽しいのかまた腹筋鍛えてやがる獣人だ。まぁ王様が無礼な客人を誅したっていったほうがいいかもな」
何かがツボに入ったのかバッツはギャハギャハと笑い声をあげ、話を続ける。
「まぁ、そんなことは些細なことだ……」
ディックは、その言葉がはかれた瞬間、何かを感じたのか腰に手をやるが、腰元には何もないことに気が付き、腰をかき動作を誤魔化す。それと同時に周囲に警戒をむけるかのように視線を動かす。
そんなディックの様子に気が付いたラグスも同様に視線をめぐらすと、一人を収監早々に失ってしまった三人組からぶつけられる濃厚な視線に気づく。しかし、バッツはさらに声を落としながらも話を進めた。
「どうもここにきな臭い奴らがいるらしい」
一瞬、ロイの視線が揺れ、ザグンの目元が険しくなる。珍しくニヤケ顔から真剣な顔になったバッツは、さらに声を小さくして告げる。
「お前たちも巻き込まれないように注意しろ」
ラグスはきな臭いのはお前だろと表情にありありと浮かべながら、バッツの主張自体には首肯する。それはザグン、ディックとロイもそうであった。
それをみたバッツは満足げにニヤケ顔に戻り、立ち上がる。
「まぁ、そういうこった。次もちゃんと生きて帰って来いよ~」
そういいながら振り返り、片手を振りながらラグスたちから離れていく。その顔には凶悪な笑みを浮かべながら。




