第五十二話 囚人と魔法と
石がぶつかり合う音が岩をくり貫いたかの如くの部屋に大きく響く。
その音の元をたどると首を大きく逸らさねばならないほどであった。その部屋にあったのは石の巨人としか言えないものであった。しかし、その巨人の胸部はえぐられ、巨人の心の臓なのであろうか、光彩を放つ神秘的な石が晒されていた。
その神秘的な石が心の臓のようにみえるのは、その光彩が拍動を打つかのように強弱をつけているからであった。
その拍動は、徐々に早まってきており、それをまんじりとせず見守るような格好で男が一人立っていた。その男ーーロイは少々痩せぎすな小男で髪は肩まで伸ばし、多少の髭無精をなくせば幼いともいえそうであった。その巨人が親の仇でもあるかのように眦を釣り上げその様子を観察している。
そんな男を無視するかのように巨人はやや後傾姿勢で両腕をだらんと垂らしピクリとも動いていない。拍動がさらに加速していき、明滅しているといっても過言で無いほどになっていた。
なにかが起こる、そんな予感にロイは何が来てもいいようにやや腰を落とし、その様子を伺う。それと同時に魔法を放つためにその準備を始める。
その直後、石がこすり合わせられるような不快な音が石の巨人から放たれ始めた。それはゴーレムが動き始める音であった。その音に連動しているのか、ゴーレムから剥落した、元ゴーレムの装甲ともいえる石がどういう現象なのかゴーレムの前に浮遊し始める。
それを目にしたロイの瞳が大きく開かれた。
剥落した石群は、意思でもあるかのように一箇所にまとまり、明滅を繰り返し続けている光彩を放つ石の前に移動した。その後、微妙な位置調整をしているのか小刻みな動きをしたのちに完全に静止したようにみえた。それと同時にゴーレムから発せられる音も止まる。
訝しげな表情とともに、まるで観察者であるかのように怜悧な光をその瞳に湛えてロイがその様子を伺う。
ゴーレムが一瞬ビクリとうごく。その後、明滅を繰り返していた光彩を放つ石から光線が、ゴーレムの前に浮遊している石に向かって放たれた。
まさに光の早さであった。その瞬間にゴーレムの前に浮遊していた石まで淡くゆっくりと明滅を繰り返すようになったのである。二つに分かたれた光彩を放つ石は、一つはゴーレムの胸部に収まり、もう一つはゴーレムの周囲を周遊し始めた。その動きはまるでロイが手にした制御器のような動きであった。
「まさか……!」
ロイが驚愕に声を上げる。
周遊を始めた光彩を放つ石は、その光を軌跡のように放ちながらその速度を上げていく。そして軌跡が完全に光の輪のようになった頃、音もなくゴーレムの頭上にその直径を縮めながら移動していった。その光輪はまるで王が戴く王冠のようにゴーレムの頭に完全にはまる。
ロイはその光景を呆然とした面持ちでみていた。
ゴーレムの頭にはまった光輪は、その明度を徐々にあげていく。その明かりにロイが耐えきれなくなったように目を堅く瞑り、腕を眼前にあげて遮るような行動をとった。
その瞬間、まるでスキルをつかったかのようにゴーレムが淡く光っていたが、目を瞑っているロイには預かり知らぬことであったのは致し方がなかったのかもしれない。
眼前に掲げた腕をかいくぐり、堅く閉じた瞼までも突き刺し通していた光が徐々に弱くなることを感じ、恐る恐る目を開くロイ。そんなロイの目に飛び込んできたのは、焼けただれた壁から這いだしてきたままの形のゴーレムであった。
それを見たロイの顔には様々な感情が浮かんでいた。驚愕、懐疑、疑問、理解、そして揺れ動く意志。一瞬、右手後方にいまだ倒れたままであろうザグンをみるためにかゴーレムから視線をはずし、奥歯を噛みしめるかのようにゴーレムに向き直る。最後に浮かんだらしき表情は、俯いたはずみで前髪によって隠されていた。
俯いたままのロイの体が淡く光、ロイの周囲に二つの石が浮かび上がり、ゴーレムに襲い掛かる。
石が衝突する音が部屋に響く。しかし先ほどとは違った結果が生まれていた。ロイの投射した石がゴーレムに接触した瞬間、真っ二つに割れ地面に落ちて消え去ったのである。
その消え去った石を、チラリとみて再度体を淡く光らせるロイとその頭上に鎮座しているかのごとくの制御器。今度は水の塊であった。それはまるで槍のように薄く長く伸ばされている。そんな水の槍ともいえるものを投射。
ゴーレムの胸部に一瞬突き立ったかのように見えた瞬間、形が保てなくなったのか、その勢いも相殺され地面に降り注ぐ形となる。
更に光るロイ。右に円錐型の石と槍のような水。それを同時に投射。結果はこれまでと全く同じであった。
ゴーレムがその歩を進め始める。ロイとゴーレムとの距離はゴーレム二歩分。後一歩踏み込まれれば、ロイはゴーレムの有効攻撃範囲に入ってしまう。それを恐れたのか、倒れているザグンとは反対方向に数歩下がり、また一歩分の距離を稼ぎ、魔法を放つ。
後退と魔法を繰り返すロイ。それは丁度部屋を円周するかのような動きであった。そんな動きをしながらゆっくりとした動きのゴーレムに対応し、攻撃を受けないようにし続ける。
前衛のいない魔法使いは無力である。しかし、何もできないわけではない。それがとりわけ難しいだけであった。
魔法を使う一瞬、魔法使いは必ず棒立ちになる。射出制御、対象制御、範囲制御の三段階でアーツを使用するため、その間だけ極度の集中が必要になるからである。この棒立ちになる時間は、魔法にどれだけ熟練していようがなくなることはない。いわんや、それは戦闘時においては致命的であった。また通常は魔法使いは魔法を習得することにのみ、時間を費やす。そのために他の回避や攻撃の手段を会得していないというのも問題なのであった。
ロイが部屋を円旋回するかのように移動し、丁度ロイの視界にゴーレムとザグンが入った辺りでのことであった。ロイの表情に喜色が混じる。
ザグンが意識を取り戻したのか頭を振りながら起き上るところであった。
ザグンは、周囲の状況を把握するためなのかキョロキョロと辺りを伺う。気絶する前よりゴーレムの形状が多少違うことと一心不乱といってもいいほどに連続して魔法を使っているロイがその視界に飛び込む。未だ戦闘継続中であることに安堵をし、勢いをつけて立ち上がる。胸部に鈍い痛みを感じるのか、胸に手を当て、自らの武器の位置を探る。
果たして、その武器は、未だゴーレムの脚に突き刺さったままであった。
「ロイ、武器に魔法を中てられるか」
不意にザグンの声が聞こえたからか、ロイはビクッと体を震わせ、若干嬉しげな声で
「はい!」
と答えた。繰り返し放っていた魔法が、ゴーレムに突き刺さったザグンの武器――金属の棒に向かう。
金属が石とぶつかり、激しい音を奏でる。てこの原理で左腿のあたりの石がごっそりとはがれるとともザグンの武器が地面に転がり涼やかな金の音を鳴らす。
それと同時に弾かれるようにザグンが金属の棒に駆け寄り、それを手中とする。そのまま、ゴーレムとロイの間に挟み込まれるような位置に移動し、手中にした武器の持つ位置を微調整した。
その間にゴーレムは頭頂にいただく明滅をする石を淡く光らせる。その瞬間、剥落していた左腿の装甲とでもいうか、その石があつまり、まったく元の状態にもどしてしまっていた。
「回復……魔法なのか?」
「そのようです」
その様子を見ていたザグンとロイはそんな言葉を交わす。
「しかし、先ほどよりも状況はかなり改善された……と思いますゴーレムの弱点は胸部装甲下にある光る石です」
ゴーレムを睨みつけながらそれを聞いていたザグンは、力強く頷いた。




