第三十二話 囚人たちととある部屋
相談を始めて早一刻が経過しようとしていた。
「寝床どうする?」
話が一段落つき、手持無沙汰になったラグスが何気なく口にしたその一言にザグンの眦が吊り上る。それをみたディックが肩に手を置きながら返答をした。
「まぁ、それはまた今度でいいんじゃねぇかな」
苦笑いを浮かべたディックと眦が上がっているザグンを見てしまったといった顔のラグスが、
「あ、ああ、そうだね。そうしようか」
その返答を受けてディックがザグンの肩を二回たたく。それによってザグンの眦が下がっていく。ザグンにとって囚人とはいえ、死者は悼むべきものという思いが強いようである。ラグスは頬を掻きながら軽く頭を下げた。ディックはそれを払いのけるように、気にするなといわんばかりに手を振る。
することもなくなった一行は、それぞれの寝藁に寝転がり、寝る体制に入った。しばらくするとラグスとザグンから寝息が聞こえてくる。ふとロイが瞑っていた目を開けるとディックが上体を起こし、何かを見ているのが目に入った。なにごとかと視線をディックが見ている方向にやるロイ。そこにはバッツと三人の囚人たちが車座になって何か話しているのが見えた。
「何の話をしてるんでしょうか」
「ん? 起きたのか……まぁろくでもないことは確かだろうよ」
ディックがロイの質問に答える。その答えにロイは苦笑を浮かべた。
暫く見ているとバッツが立ち上がり別のところに移動しようとすると違う囚人たちに呼ばれ、そちらに移動した。そこでなにか物のやり取りをした後、話を始める。その情報売買の現場を見たロイの口が開く。
「僕たちも情報を買うべきなんですかね」
「理想を言えばそうだろうけど、高いだろうし、今はザグンがな……」
今バッツがいるのは六段目、つまりラグス達から見て階級的に四つも上の寝床でのやり取りだ。バッツ自身も四段目に所属しているようだが、迷宮探索に出ている気配はまるでない。いつ出発してもいるし、いつ戻ってもいる。完全に情報屋としての地位を築いているようだ。
ロイとディックがそんな話をしているとバッツが話が終わったのか移動を開始し、自分の寝床に戻る。そして自分と同じ段にいるメンバーと話を始める。
「あれがバッツの仲間なんですね」
「仲間かどうかはわからねぇけど、同じ期であるのは確かだろうな」
そんな返答をしているディックの片眉が跳ねあがる。
「あれ? あいつら……さっきアディルとかいう奴らを発見したっていってた……」
「あ、そうですね。さっきバッツが言ってた人たちですよ」
「これは本格的に襲撃に備えないとやばいな。攻略中の階層もあんまり口にできねぇな」
「けど、僕たちが口にしなくてもバッツがルタボクやバニゼゲに袖の下を渡して聞きだせば意味ないですよ」
「たしかにそうかもしれねぇけどさ、こっちから情報だすのは癪だろ」
「たしかに……そうですね」
その後、暫くディックとロイは無言で他の囚人を眺めて情報収集をしていた。
昇降装置の前まで移動したラグス達は操作盤について議論していた。
「玉を置いてスイッチを押して降りたら、黄の玉石はどうするの」
「ふむ、たしかにな」
「だぁかぁらぁ、さっきからいってるがスイッチを押す奴と玉を持ってくる奴の二人に分ければいいじゃないか」
「僕もそれに賛成です。しかし問題は操作盤から玉を外しても大丈夫なのかという点だとおもいますが、ラグスさんはそう言いたいのですよね?」
「そ、そうそう、それがいいたかったんだ」
「ふむ? そうなのか……」
「なら、そう言えばいいじゃないかよ。まぁそれは試してみないとわからないな」
議論というよりもラグスを説得しているように聞こえるのだが、ラグス本人が体を動かす方が得意といっているのだからそれもまた致し方ないことなのかもしれない。漸く全員が納得したところでスイッチにディック、玉石を置いた台座にラグス、昇降装置の中央にザグンとロイの二人が立つ。
ラグスが玉石に手を掛け、振り向いて頷く。ディックがそれを見てスイッチを押す。どこからか地響きにも似た音が聞こえてきた。ラグスが玉石を手に取り、全力で昇降装置の中央に走る。中央に着いた頃、不意に体重が軽くなったように感じ、少しすると地面に激しく押しつけられた。
何かを耐えるかのような声が聞こえる。目の前には先ほどと変わらない、左右に道が延び正面には台座が存在する場所が広がっていた。辺りを伺いながら台座の前まで移動する。下の階に移動した感覚はあるものの目の前の光景に変化がないことを訝しむ四人。台座の装飾もへこみも第一階層にあったものと同じように思える。
「第二……階層なのかな?」
「たぶんな」
ラグスの疑問にディックがあいまいに答える。ロイがキョロキョロと辺りを見ている。ザグンは腕組みをしながら台座を見ていた。確認のためにも先に進んだ方がいいだろうということで、右の通路を進み始めるラグスたち一行。十メータル程進むと道が左に曲がっていた。
「第一階層でないのは確かだな」
曲がり角を見ながらザグンが小声でいう。全員が頷きを返し、ラグスが大回りをしながら角を曲がる。安全の合図がでたのを見て他の三人が移動する。しばらく直進すると左にまたも曲がっている。それをまた安全確認しながら移動し、進むと道が右に曲がるものと直進するものに別れていた。確認も含め直進していくと左、左と道が曲がり台座の場所に戻った。元の場所まで戻りもう一つの道――右に曲がる道に入る。扉などもなく、ただ直線が続く道に第三階層の恐怖を思い出す。その恐怖が現実になると思えるほどに進んだ頃、ようやく道が左に曲がっていた。全員の口から安堵の溜息が漏れる。
左に曲がると扉が左右に見えた。左右ともに装飾もない扉だが、扉の前に閂のように太さ五十サンチメータルほどの石柱が横たわっている。それによって扉の開閉ができないようになっている。疑問を覚えながら先に進めば、解決できるだろうと思い、道なりに進む。
しばらく進んでいくと巨大な部屋としか表現できないほどに広い部屋にでたのである。そこは今までとは異なり、天井に明かりが届かないほどに高く、そして奥行も左右に関してもラグスたちの位置からは闇が閉ざしておりどれくらいの広さなのか見当もつかない状態であった。
「広いね……」
ぼそりとつぶやいたラグスの声は闇に消えるかのようである。ディックが告げる。
「ここに立っていても何も始まらない。右か左の壁沿いに移動してみねぇか」
その言葉に全員が同意し、ラグスが右の壁沿いに移動し始める。五メータル、十メータル、十五メータルと進むが一向に端が見えない。二十五メータルほど進んだ頃、ようやく端に到達した。
「広すぎないかな……。ここ」
ラグスがそんな言葉を告げるとザグンが言う。
「ふむ、確かに広いな。この広さが必要な何かがあるんだろう」
ロイが頭を振りながらザグンに反応した。
「反対側も同じ距離であると仮定するなら一辺が五十メータルの広さを必要とする何か、をあまり考えたくありませんね」
全員がそのロイの言葉に等しく頷いた。




