第三十一話 囚人たちと寝床での出来事
バニゼゲに武器と取得品を渡す。道中の話し合いの結果、光の玉はバニゼゲに預けることにした。身体検査を受け、取得品の清算を行う。
「もうオークとやり合ったんですか。はやいですねぇ。ヒッヒッ」
ルタボクがオークからの取得品の牙を手に取りながら驚く。他の囚人と比して攻略ペースとしてはかなり早いほうであることを示すオークの牙をしげしげと眺めたあと、
「オークの牙一本につきコイン四枚、金属の棒一本コイン六枚の計十四枚ですね。ヒッヒッヒッ」
ルタボクが丁寧にコインを十四枚、カウンターに置く。それを奪い取る様にラグスが受け取りカウンターから離れる。寝床に戻り、コインをロイが分配する。
「一人あたり二枚にしますか、三枚にしますか?」
一人あたり二枚であれば、六枚のパーティ用資金になるし、一人あたり三枚にすれば、パーティ資金は二枚となる。もともと取り決めの通り原則的に計算をするのであれば前述の計算になるし、パーティ資金を少し減らして分配するのであれば後述の計算になる。それをロイは問うた。
食糧的問題であれば、まだバッツやジーたちから貰った肉を少しかじった程度でありまだまだ残っているし、水と黒パン合わせて二枚であるから買えないこともない。しかし、コインを貯めて武器や防具を買うのであれば三枚あれば一枚貯蓄ができる。そういった思惑もあっての質問でもあった。
もう一点、パーティ用資金は食糧や水の購入によってコインが減ることもないので現状では、二十三枚残っている。ラグスたちはそれぞれ十八枚となる。
「う~ん、二十三枚か……松明が確かコイン二枚だよね……回復薬が……」
ラグスが手元のパーティ資金用の小袋を覗きながら頭の中で計算をしていく。
雑貨屋で売られていた回復薬は液体状の一般的にポーションと呼ばれる類のものであり一つコイン十枚であった。このポーションは、植物製の筒に入っており封がされている。この封には簡易術式が込められており開封しない限りはポーションの効果は損なわれない。しかし一旦封を解いてしまうと早急に使わなければ効果を損なうのであった。ポーション自体は飲み込むにしろ傷口にかけるにしろ効果は一定であるため緊急時には効果的であるが、少量を使って複数回使用するといった使い方ができないのが難点である。
「……ふむ、だとしたら今回は一人三枚でどうだ」
ディックが一瞬ムッとした顔になるが、すぐに怠惰な表情に戻す。あまりにも一瞬すぎて他の三人には気が付かれなかった。ロイは質問をしたが三人を見ることなく地面のコインを見ながら告げる。
「そうですね。それがいいかと……」
ザグンの提案を肯定する。ラグスも計算が一段落したのか賛成の意を表す。ディックも頷きをもって賛同するのであった。ロイがラグス以外の二人にコイン三枚を渡し、自分でも三枚取り、最後にラグスに三枚と二枚を別々に渡す。それが終わると安堵の溜息を吐くロイ。金銭は不和の元であり、探索者たちもどんなに長く共にしていたとしても、この分配時に関しては常に気を使う。
「コインもあるし、松明と回復薬買わない? 安心のためにもさ」
コインを自分用とパーティ資金用にそれぞれ入れたラグスがそんな提案をする。全員が了承する。その了承はもともとそのためのパーティ資金なのであるから当然ともいえた。また、戦闘後の休息時間が伸びているという現実もある。敵対するモンスターが強力になっていっていることから仕方がないこととはいえ、戦闘ごとに長時間の休憩を挟むのは、金銭的には優しいものがあるが効率的にはあまりよろしくない。このパーティの目的が全員生存して迷宮を突破するのであれば早く攻略を進めていく方が吉といえる。さすがに何十年もかけて攻略するとは考えていないのだから……。
全員が雑貨屋に移動する。一人で行くと疑われた際に悪魔の証明をしなければならなくなるため、各人の前で取引を行うことで極力疑われないようにするための方法である。
雑貨屋の店員ベルベにディックが代表して注文をする。
「ポーション二本と松明一本をくれ」
「あいよ。コイン二十二枚だ」
一瞬で無くなるコイン。手にするポーションの効果を疑うことはないがそれでも差し出すコインの重さと比してさみしいものを感じる。
ベルベが一行に声を掛ける。
「今すぐ出発するわけじゃないんだろ?」
ラグスが頷きを返事とする。それを見てベルベがさらに続ける
「なら、松明はアイテム預かり所に直接渡しておこう。ポーションはどうする?」
「ああ、それも頼むよ。三三三番のところに入れておいてくれればいいよ」
自分の番号とともに依頼しておく。手元に持っていると手癖の悪い奴に何をされるかわからないという思惑もあった。何しろここは囚人迷宮、どういう種類のものかわからないがそれでも犯罪者の巣窟なのである。心配をして心配しすぎということもない。ラグスがポーションをベルベに渡す。
ロイが武器屋の前まで移動し、武器屋店員のルンカと何事かを話しながらそれを見ていた。雑貨屋の話が終わったのを見て取ったロイが戻ってくる。
全員が再び寝床に戻ってきた頃、まるで見張っていたかのように――事実見張っていたのであるが――バッツが近寄ってきた。それに気づいたディックが身構える。
「おいおい、取って喰おうってんじゃねぇんだ。そんな構えんなよ」
胸の前で両手を見せながらおどけた表情を浮かべながら言い、バッツが話を続ける。
「いいはな……お前たちにとってはいい話をもってきたんだぞ」
言いかけた言葉を言い直しながらバッツがラグス達を見回す。胡散臭げな表情でディックがバッツを見ている。ラグスが言葉を続けるように促す。
「お前らの前に入った囚人……アディルたちが全滅したそうだ」
そういって出発口あたりを指差す。ラグス達がつられてそちらを見る。
「ほら、今出てきた奴らがいるだろ。あいつらが全滅したアディル達を発見したそうだ。五階層つってたかな。まぁうらやましいよ。全滅したパーティを見つけるなんてよ。装備ごっそりいただけるわけだしなぁ」
そんなことをいうバッツ。それのどこがいい話なんだとザグンが怒ったような表情でバッツに訴える。
「おいおい、話はこれからだ。そんな睨むなよ」
またもおどけた様子でそれを躱し、話を続けるバッツ。
「んでだ、いい話ってのはな、お前らの前の囚人が全滅したから、一個お前たちの寝床が繰り上がるってことさ」
ヘラヘラと笑いながらどうだとばかりにラグス達を見回す。やはりそれのどこがいい話なんだとばかりにザグンの眦がさらに吊り上る。それを無視し更に口を開くバッツ。
「あとな、前の囚人が全滅したら一個後の囚人がその寝藁を貰えるんだわ。いやぁラッキーだぜお前らは、なんせ入ってきて四日で寝床が繰り上がるし寝藁が増える。ほれ、いい話だろが」
それまでおちゃらけた様子で話していたが最後の言葉を吐くと同時にバッツから威圧を感じた。
「せっかく話をもってきてやったのに、なんだぁその態度は」
そのまま怒りをぶつけるかのような言葉にロイが一言。
「お話はありがたいです。ありがとうございます」
軽く頭を下げながら言う。それをみてバッツは溜飲を下げたのか鼻息一つ盛大にはき、肩で風を切りながら戻っていく。それを見送ったディックから言葉が漏れる。
「さすがにさっきのはまずいぜザグン」
ディックまで何を言うかとザグンが口を開く。
「しかしだな。あのように悪し様にいわんでもよかろうが」
「死んだら身ぐるみはがれて終わり。ここじゃ当然だな」
ザグンの言葉を途中で切り、諦念とも取れる表情をしながら言い切るディックとその言を頷くという程ではないが肯定しているかのようなロイ。
「私たちはある意味競争をしているのですよ。対価は命。ザグンさんもご存じかと思いますが、この迷宮は死刑執行装置なんて言われています。それは厳然たる事実なんです」
ラグスが頷く。ザグンが泣きそうな、情けないようなそんな表情をしながら口を噤む。ラグスがザグンの盛り上がった肩を軽く叩き、
「仕方がないよ。俺たちがそうならないように頑張るしかない」
励ましの言葉を掛ける。ザグンが深い長い溜息を一つはく。気持ちを切り替えることにしたようだ。それをみてロイが小声で言い始める。
「先程のバッツの言ですが、気になることが一つあります。それは全滅したら装備をいただくという所です。これを考えれば深く潜るほど他の囚人からなにか仕掛けられるかもしれませんし、いい装備をもっているという話が出れば襲われる可能性が増えるということにつながります」
そんなロイの疑惑にディックが肯定し小声で話す。
「そうだな、それは考えられるぜ。他にもバッツは他の囚人たちを完全に把握しているな。アディル達っていってたからさ。俺たちも他の囚人のことをしってたほうがいいかもしれねぇ」
ラグスもそれには同意するようで、言葉を挟む。
「確かに他の囚人を知っていれば情報交換できるようになるかもしれないしね」
ラグスの言に全員が頷いた。
そんな相談の話は尽きなかった。
皆さんならこんな時どうされますか?




