第二十話 囚人の魔法談義
本日は二話同時掲載となっておりますので、未読の方は一つ前からお読みください。
理由は、前の回のあとがきを読んで頂ければお分かりになると思います。
表現を若干修正(2013/3/3)
ジーたちが去り、話すこともなくなってきた頃、ラグスがロイに尋ねる。
「魔法ってさ、才能がいるのはわかるんだけど、どうやって使ってるんだ? 何度もアーツ発動させてるみたいだけど」
不意な質問にロイが返答に困る。
「どう……といわれましても……」
最適な回答を頭の中で模索する。
「僕、一応魔法学院を出ているので話せることと話せないことがあるんです」
魔法を使うには才能がいる。その中でも比較的裕福な家系のもののみが通う学院、それが魔法学院である。この国では魔法学院は一つしかないため、単に魔法学院とだけ呼ばれている。そこでの大体の魔法使いは、魔法学院所属ということにアドバンテージを感じる者が多い。得てしてエリートが秘密主義的な行動を取る場合がある様に魔法使いたちも御多分にもれず秘密主義が大半である。その秘密主義的行動から考えられたのか魔法を習う際に宣誓がなされるようになったのである。その宣誓とは、魔法の使い方を魔法使い以外に可能な限り他言しないというものであった。
これは過程がどうというよりも結果さえ示せばいいであろうという考え方から端を発し、自分たちがより優位に立つための戦略でもあった。より高度な魔法の使い方を占有することで技術的優位性を保つことの味を覚えたのである。これと似たような環境にあるのが術式刻印師であるが、こちらは迫害を受けた経緯を持つので前提が多少異なる。
この魔法学院所属時の宣誓には、いくつかの制約が課される。その制約を恐れてのロイの発言であった。この制約については一般の人々に語られることはない。だからラグスたちは制約については知らない。しかし、ほぼすべての魔法使いが高度な魔法の使い方についての説明は渋ることは一般的に知られており、ある種、この手の質問は一部でタブーとされつつある。
「えっ、魔法学院出てるの? エリートじゃないか!」
高度な魔法が使える魔法使いは、そう多くはない。そして高度な魔法を使うものは須らく魔法学院を卒業している。魔法学院卒の魔法使いは一般的には国に仕官するし、少数の者が魔法研究職に着く。どちらも専門的希少性を有する職であるためにエリートと認識されるのが普通である。
少々照れながらロイがラグスの賞賛を軽く無視して話を戻す。
「まぁ、そういうわけなので、初歩的な部分でしか話せません」
そう断定されてしまったため、ラグスは頷くより他なかった。頷いたラグスを見てロイが説明を始める。
「まず、魔法を使用するには三段階の過程を経なければなりません。それが射出制御、対象制御、範囲制御の三段階でこの時点でアーツを用いてます。
射出制御ですが、たとえば自然治癒力上昇の魔法の場合、大体は手をかざしているわけですが、戦闘中前衛にそのような行動をとるのはほぼ不可能に近いので魔法を射出するように制御しなければなりません。
そこで一般的に用いられるのが汎用射出制御用の魔術構築です。汎用射出制御というのは四色属性すべてに用いれるように汎用に改良されたものです。汎用ですから属性による射出時のブレといったものまでの制御はできないのですが、使い勝手からいってこちらを使用する方が緊急性が高い場合には推奨されて……」
「ちょっ、ちょっとまて、わかった。もうわかったから!」
いきなりすらすらとまるで本を音読しているかのように話し続けるロイに驚いて、話はまだ始まったばかりなのにもうこれ以上無理とばかりにラグスが止める。ザグンが今の説明で興味を覚えた部分を質問する。
「ふむ、汎用射出制御用の魔術構築といったが、魔法と魔術ではなにか違いがあるのか?」
宣誓に引っかかる質問が出てきたので説明にまたも悩むロイ。
「そうですね、ちょっと言えない部分もあるので要約すれば、魔術というのは魔法という結果を出すために必要な制御技術と認識していただければ大体正解かと……」
正確にいえば、魔法を制御するために三つの制御をおこなわなければならないが、その際にいくつかの条件を加味する必要がある。例えば射出制御の場合には、その条件とは射出する速度、ブレの補正、そして魔力供給量の変化などがあげられる。このいくつかの条件からできるだけ適切な条件を選びだし、それらを適切に処理することを魔術制御と呼んでいる。高度な魔法を使う場合、魔術制御を行うために自分の体より外側もしくは内側に魔力によって外部場をまず形成する。そこにアーツを使い、必要な制御を込める。最後に各属性の激発因子を外部場に込めることで、特定の魔法が発動するのである。この具体的な条件の部分及び激発因子の部分が高度な制御に欠かせないものであるため話せない部分であった。
汎用射出制御とは、射出制御に必要ないくつかの条件を一般化することで汎用化に成功したものであり、この研究が結果を出すのに三十年という月日が掛かっている。
三十年もかかってしまった理由は、魔法使いがそれ以外の人々に秘密主義なのと同様で魔法使い同士にも秘密主義だからであった。それが日の目を見ているのには理由がある。結論から言えば汎用射出制御を開発した魔法使いが象牙の塔における熾烈な権力闘争に勝利したからである。象牙の塔とは比喩的表現ではなく、実際に象牙でできている塔が魔法研究職の職場となっているのである。
「ふむふむ、わかりやすいな。ところでロイは魔法学院に所属していたらしいが、初級の魔法しか使えないのか?」
痛い所を突かれたのか、一瞬ロイの顔がゆがむ。それを理性で無理やり平常の表情に戻し説明する。
「それはスキルの<魔法制御>に関連してくるんです。魔法制御というのはさっきの三つの射出、対象、範囲の総称をいうんですが、これには熟練が必要で、高度な魔法はそれだけ高度な制御をしなければ軽くて不発、下手すれば暴発してしまうんですよ。だから現状魔法制御スキルが低くなってしまっているので、初級の魔法しか怖くて使えないんです。これがなければ上級魔法までなら可能だったのですが……」
魔法には大きく分けて初級魔法、中級魔法、上級魔法、超級魔法の四種類が存在する。それぞれ威力、制御難度によって魔法が振り分けられている。初級の場合は、外部場もしくは内部場と呼ばれるものの魔力形成すら必要がない。しかし超級魔法に至っては通常の魔法制御の熟練度を最大にあげてすら失敗する可能性のほうが高いという超高難度な魔法となっている。
ザグンが地雷を踏んでしまったことに気付き、謝罪する。
「これは悪いことを聞いてしまったな。すまん」
ロイが軽く手を振って気にするなと合図する。
「せめてあともう少し<魔法制御>の熟練があがれば皆さんに簡単な補助魔法を掛けられるのですが……」
魔法はさきほどあげた初級、中級、上級といった分類以外に、使用用途によって振り分けられる場合もある。それは攻撃魔法、補助魔法、回復魔法という分類方法である。
使用用途による分類において比較的容易に制御可能なのが攻撃魔法で、次いで補助魔法、最後に回復魔法となる。しかし、四色属性及び光闇属性にそれぞれ得手不得手が存在し、不得手のものであればあるほど制御難度が跳ねあがるという問題もある。そのために単純に分類することが本来は難しいのであるが、必要に迫られて制定されているのが実情である。
自分の発言が更に場を暗くしそうなことに気づき、場の雰囲気を和ませるために更に言葉を続けるロイ。
「この迷宮は、今のところ魔力が一定なので、魔法使いとしては探索しやすい迷宮ではありますね」
魔力供給量、これはすべての制御をする際に必ず要る条件である。各制御を魔術構築するために大気中に存在する魔力をそれぞれの制御に必要な量だけ調整して分けるのであるが、これが足りないと制御不足に陥ってしまうし、最悪魔法が使えなくなってしまう。
迷宮の中にはまったく魔力が存在しない迷宮というものもあり、ここでは魔法使いに出番がなくなってしまう。
逆に大気中に魔力が多すぎる場合もある。この場合、魔法使いは<魔法制御>があるため魔力を中和することも可能であるが、それ以外の場合、魔力酔いに罹るときもある。
魔力酔いが発生するかどうかは体内の魔力耐性にもよるため全員が罹るとはいえないが、魔力酔いが原因で体内で魔力不調和が起こり、最悪中毒症状を起こす。魔力中毒になった場合、よく見られるのが混乱、幻覚や内臓不全といった症状である。これらの症状を発生させる魔力酔いには、現在治療方法が存在しない。
サンディマヤ侯爵は囚人迷宮とする前に、派兵するために事前にこの魔力酔いが発生するかどうかの調査は行っている。その方法は人よりも弱い小鳥を使ったものである。
「ほう、それは不幸中の幸い……だな」
一瞬自分の言葉が地雷を踏んでいないか気になって言葉に詰まるが、問題ないだろうと判断し言葉を続けたザグン。
「ええ、まったくもってその通りですね」
気を使ってもらったことに感謝を示すために笑顔で返すロイ。何かを思い出したかのように全員を見回して告げる。
「そういえば、前々から頼もうと思っていたのですが、魔法制御の熟練と水属性の熟練をあげるために、寝る前にでも自然治癒上昇の魔法を掛けさせてもらっていいですか?」
全員が笑顔で了承の意をロイに伝えたのであった。
閑話とすべきか幕間とすべきかどうか迷ったのですが、ロイの過去もちょっと出てますからそのままメインナンバーに加えました。
まさかロイから過去を出すとは考えていませんでしたが都合上ロイからということになりました。
これからもちょいちょい過去に触れていくと思います。
がっつり語ることはまずありませんが……。




