第十九話 囚人たちなりの祝福
本日二話同時掲載にしております。
理由についてはあとがきに記しておきます。
表現を若干修正(2013/3/3)
バニゼゲに番号を告げ装備を預け、衛兵に身体検査を受けた後、木製のドアを開く。バニゼゲに術式刻印入り武器を預けた時の顔を思い出し、ラグスがニヤリとする。一歩前に進むとバッツが目の前に来て、ラグスたちが全員いるか確認する。
「全員生還!」
バッツは振り返りながら叫ぶ。それを聞いた囚人たちから歓声が上がる。何事かと怪訝な顔を浮かべるラグスたち。わらわらとバッツに群がる囚人たち。不本意な結果に座ったまま小さく罵声をあげる囚人たちもいる。その中にはジーたちの姿も見えた。
「おらぁ! 配当がほしけりゃ並べ!俺には腕は二本しかねぇんだ!」
どうやらバッツが胴元になりラグスたちが生還するかどうかを賭けていたようである。どの囚人がいくらかけたのか倍率はいくつかすべて覚えているのかなにも見ずにコインを渡す。
「おめぇに配る配当はねぇ!」
賭けに負けたらしい囚人が厚顔にも並んでいたようだ。それを非難するバッツ。それを見た他の囚人たちから手と脚が飛び、列から離されるボロボロになった厚顔な囚人。それを見てスッと列から離れる者もいた。その後はひたすらコインが渡される。
囚人迷宮内には娯楽の類の道具が一切ない。サイコロも札すらもない。そんな中唯一の娯楽、それが囚人たちの文字通り生死を賭けた賭け事だった。中には無関係を装ってる囚人もいることから賭けていたのは全員ではないらしい。しかし、もともと罪を背負っているからこそここに居る者たち。地上では荒くれや非道で鳴らしたものも一人や二人ではない。こういった賭け事が始まったのも当然のことなのかもしれない。囚人の掟である寝所の位置決めにしても賭け事じみているのは確かだ。それを自分たちでやられてしまったラグスたちは憮然とした表情になる。そんなラグスたちにバッツがコインを渡しながら声を掛ける。
「まぁまぁ、落ち着けよ。あとでとっときのご褒美があるからよ」
妙に溌剌とした笑顔で言う。どうも相当な儲けが出たらしい。ジーたちもコインを受け取る。ラグスたちに笑顔を向ける。
「お前らならやってくれると思ったぜ」
そういって列から離れていく笑顔のジーたち。最後の一人にコインを渡すと、バッツが笑顔で腰につけたバックを漁る。中から出てきたのは大きめの肉で出来た保存食であった。雑貨屋で買えば一つコイン四枚は取られる代物である。それを四つ取り出す。
「ほれ、賞品だ」
そういってラグスたちに押し付けるように渡してくる。全員に肉を渡し終えて文句一ついう暇を与えず鼻歌交じりに自分の寝床に戻っていくバッツ。それを呆然と見送るラグスたち。
手の中には肉がある。迷宮探索は肉体と精神を酷使する重労働である。それを黒パンだけで凌ぐというのは難しい。肉が食べれるという興奮も手伝い、ラグスたちは怒るに怒れなくなってしまった。
ラグスたちは釈然としない表情のまま、肉を袋に入れ、アイテム換金所へ向かう。
目の前にコインの山が六つできていた。一山十枚で形作られている。術式刻印の入った武器の値段である。鑑定用術式の刻まれたモノクルを掛けたルタボクがしげしげと斧を眺めて、バニゼゲとヒソヒソと話し合い、ニヤニヤと笑いあう。
そんな二人に気が付きもせず、いろいろありすぎて感情の起伏が乏しくなってきたのかあまり表情を見せない顔で五つの山を見るラグスたち。バニゼゲとのヒソヒソ話は終わったのかルタボクが次のアイテムの鑑定に入る。さらにコインが積まれていく。その数、全部で六十六枚であった。それを受け取り寝床へ戻る。
ラグスがロイにコインを渡し、ロイが床に分配していく。一人十三枚、ラグス、ザグン、ディック、ロイの順で受け取り、残り十四枚。それをパーティ資金用の小袋にラグスが入れる。それまで無表情だったラグスの口が鋭角に上がる。それが伝播したのか他の三人も口元に変化が現れる。
「肉もある。コインも増えた」
ラグスが述懐をするように言葉を続ける。
「他の囚人たちも迷宮も気に入らない。だけど、今は許せるな」
不快な匂い、不快な住人、不快な状況の中、一瞬かもしれないが今ここに確かに幸福を感じたラグスが告げる。
「酒がほしいくらいだよ」
ラグスの意見にザグンが同意し、他の二人も頷きを返す。全員が笑顔になる。
その後、暫く会話が止まった時、ジーたちが雑貨屋の方向から近づいてくる。それに気づいたディックが小声で三人に警戒を呼び掛ける。
それに気が付いてはいるが、なお気楽な様子で近づき、ラグスたちのところで立ち止まるジーたち。
「いやぁ、お前たちのおかげで結構な儲けがでたよ。ありがとさん」
そういって手に持っていたものをラグスたちそれぞれに投げる。それは先ほどバッツから受け取ったものより小さな肉の保存食だった。コイン二枚の代物である。
「さっきバッツからもらったぞ?」
ザグンが遠慮するかのように肉を突き出しながら言う。
「いやいや、これは俺たちからの祝福ってもんだ。遠慮すんなよ」
ディックが何かを押しとどめるかのように口を引き締め、表情を隠すように肉を見る。ザグンがそれならばと肉を引っ込める。
「いや、ほんと感謝してるんだぜ。これからも仲良くしていこうや」
そういってジーたちがラグスたちの返事も聞かぬまま笑顔で歩み去る。小声が聞こえぬ程度まで離れた所でザグンが小声でいう。
「あとが怖いな」
「バッツとジーたちには特に注意する必要がありますね」
ロイがそれに答える。
今回は実害は特になかったが、今後も背後でこそこそしている可能性がある。さらに必要もないのに肉を渡してくる欺瞞的な親愛行動。その胡散臭さを指摘しているのだ。
「出会った時には注意しろなんて言っていたけど、バッツとジーたちはつながっていると考えた方がいいだろう」
ディックが言う。三人が頷く。ロイが更なる指摘をする。
「問題は他にもバッツたちとつながっている人たちがいる可能性もありますし、別のグループも当然あるでしょう。そうなると今回のような婉曲な行動もあれば、こちらと利害が対立する場合もありえますし、別グループとの闘争に巻き込まれる可能性もあります。最悪、直接・間接を問わず物理的妨害も覚悟がいるかもしれません」
ラグスがため息を一つつく。
「こんなところでも権力闘争か……」
飽き飽きしたとでも言うかのようにラグスが言う。
「人間、二人いれば派閥ができるなんて言いますからね……」
苦笑いを浮かべながら、ロイが仕方がないといった風に返答する。ロイもそれなりに経験しているようだ。ある意味、この囚人間権力闘争の警鐘を鳴らしてくれたこと自体が囚人なりのお祝いなのかもしれない。それが幸か不幸かは別にして……。
「まぁ、有名な探索者の言うとおり『迷宮には牙がある』ってことだろ」
そう諦念を込めた言葉を発するディック。
しばらくそんな話し合いを続けるラグスたちであった。
母さん、囚人たちは今日も元気です。
お気に入り登録が100を超えたので、感謝の意味も込めてもう一話、掲載します。
本当は、どうしてもしておかなきゃならない説明を話の都合上こんなに後回しにしてしまって焦ってるなんて言えない……!
ごめんなさいの意味も込めて二話掲載としてます……。
力量不足で申し訳ないです。




