第十八話 囚人たちの失敗
台詞を若干修正(2013/3/3)
齧歯のように飛び出た部分とその反対に輪になっている部分を持つ二つの金属。一つは黒く塗られており、もう一つは白く塗られていた。微かに銅の匂いがする。そんな二つの金属はラグスの手の平に乗せられていた。
「鍵……だね」
「鍵だな」
ラグスが二つのくぼみから手に取り、左手で黒い鍵を、右手で白い鍵を持っているのである。ザグンの肯定を受けてラグスが再度鍵を見る。色以外特に特徴もない鍵である。
「使う場所があるとしたら通り過ぎた三つのドアか、鉄格子の向こうか……だな」
ディックがまるで別の如く周囲を見ながら告げる。ロイが部屋の壁にある装飾されたレバーを指差す。
「問題はもう一つ、あのレバーです」
ロイの動作につられて、ラグスとザグンがレバーを見る。
「う~ん、これまでの動きから考えてあのレバーでどこかが開くんじゃないかな? 壁とか鉄格子とか……」
ラグスが鍵を左手に持ち直し何気なくレバーに近づき、レバーに右手を掛ける。
「まっ、やってみればわかるさ」
そう言ってレバーを下ろし始める。その時、ディックがなにかに気が付いたのか焦った顔で、
「やめろ!」
ラグスが振り返った瞬間、レバーが下がりきりガコンッと部屋の中に音が響く。
不意にラグスの足元の床が消失した。ラグスの驚愕した顔を瞼に焼き付け、一瞬ロイが目を瞑る。再度ガコンッと音がした後、少し間を開け四度同じ音がした。
そっと瞼を開くと、レバーにぶら下がっているラグスの体が見えた。次に目に入ったのは必死な形相のラグスの顔であった。
「ふんばれ!」
ザグンが声をあげ、床に開いた穴の縁まで走り寄り手を伸ばす。ディックもロイも近づく。穴の底には鋭い刃が天井に向けてそそり立っていた。そこにもがく様な白い人型の骨がいくつかみえる。
ラグスが左手で何かを投げる。ディックがそれを目で追う。床で二回金属音がした。鍵だ。
ザグンが手を伸ばすがラグスの左手には届かない。ラグスの右手が徐々にレバーを滑る。死の緊張感から手に汗をかいているのが原因だった。レバーの先端で何とか引っかかっている状態だった。ラグスの表情が必死なものから悲壮なものに変わっていく。
ディックが焦って周辺を見るが使えそうなものは見当たらない。ディックの目にロイが映る。今にも泣きそうな顔で床にしゃがみ込んでいる。ディックは振り切るようにラグスを見る。手がレバーから滑り落ちそうになるラグスが見えた。その時、ディックの顔に絶望と憐憫が浮かぶ。
「壁だ!壁を蹴って腕を掴め!」
ザグンが叫ぶ。ラグスが左脚を壁にかける。ザグンが強く頷く。手が滑りレバーから離れる瞬間、ラグスは砕けよとばかりに壁を蹴りつける。一瞬の浮遊感にラグスの顔が不安に染まる。ラグスの一秒が無限の時間に感じられる。空に浮かぶ感覚、
ザグンの右腕に重力の楔が圧し掛かり、苦悶の表情が浮かぶ。左腕でぶら下がるラグス。
「ぬおおおおおおっ」
ザグンは、その腕を掴んだラグスの体を神から授けられた力により一気に引き上げる。ザグンの助力を受け、ラグスの右手が床を掴み、穴から這い出る。
四つん這いになったラグスとその下で床に倒れ込んだザグンから二つの激しい息遣いが聞こえる。呆けたようなロイが言う。
「よかった……」
むっつりと壁に背を寄りかからせながら腕を組むディック。ザグンがラグスの肩を二回たたく。ラグスがザグンを避け床に寝転ぶ。
「は、ははっ」
ふいにラグスが笑い出す。怪訝な表情でラグスを見るディック。
「たすかったぁ」
絶望から一転の安堵に気が抜けてしまったように笑うラグス。ザグンも同じく笑い始める。それにつられてロイまでも笑う始める。ディックは腕を組みながら器用に肩をすくめる。
「失敗は成功の母」と研究者たちは次があることが前提で言う。しかし迷宮探索ギルドではギルド職員が探索者に何度も言い聞かせている言葉がある。またそれを訓告として子供に伝える者もいる。優しくない世界だからこそ、それは言われ続ける。それをディックが口にする。
「成功は一瞬で終わり、失敗は永遠に続く」
笑い声が止まり、全員がディックを見る。ラグスが反論しようとするが、ディックはそっぽを向きながら、
「俺が困るだろ……」
そう言う。前衛が一枚居なくなる。頼もしい戦友が居なくなる。言外にそう込められた言葉がラグスに刺さる。何も言えなくなるラグス。
「探査は俺の仕事だ……」
静かな、そして確かな怒声がそこにあった。これまで多少の危機はあった。しかし全員で潜り抜けられた。そこにクリティカルなものがなかっただけだ。そしてそれを人は幸運と呼ぶ。
『迷宮には牙がある』、有名な探索者の言葉だ。それはモンスターを指し、トラップを指し、最後に人を指す。成功云々の言葉と同じ、慎重であれと伝えているのだ。
たしかに今回のラグスは不用意に過ぎた。これまでの成功の上に胡坐をかいてしまった。ディックの制止が遅かったこともあるだろう。ザグンやロイが一瞬でもそれを止めなかったことも含める。
ラグス、ザグン、ロイ三人とも暗い顔になる。
「全員で抜け出すんだろ。こんな糞みたいなところは……」
ディックがそういう。頷く三人。ラグスがディックを見ると長い茶色の髪に隠れて顔が見えなかった。髪からそっとこちらを覗くように見える耳が赤く見えた。
「ああ……そう……そうだな。今回はすまなかった」
ラグスが全員に謝る。ロイが激しく首を振るとなにかの飛沫が飛ぶ。その残滓を袖で拭う。
「なにがなんでも私は……私たちはここを抜け出すんだ」
ザグンが言ったそれは、これまで言ったどれとも違う想定でも仮定でもない決定の言葉であった。それと同時にディックの言葉を胸に刻み込んだという言葉でもあった。全員が同意する。
ここは囚人迷宮、なにかの罪を背負う者たちが集う稀有な迷宮。そこに新たな同志が生まれた。全員が何の罪を背負っているのかお互いにわかってすらいない。しかし、命を繋げる、お互いが生存し続けることをこのパーティの一義とした瞬間であった。
迷宮から祝福がラグスたちに届きました。
ラグスたちは拒否したようですが。
なぜ、投稿したのに投稿されていないことになるのか。
始めてのことなのでシステム的なことはよくわからないなぁ。
ちなみにこのあとがき、書くの三回目です(涙目)
お気に入り登録者数が100を超えそうなので、作者はうれしさのあまり模造刀で我流剣舞してます。




