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交差世界の無能力者  作者: 湯豆腐
第一章
9/19

9.非凡

 俺たちは申し訳なさでいっぱいの家を静かに去ることにした。家主がいないとしてもさすがにこれは酷い有様だ。部分的に原型をとどめている塀はくすぶりのない白さを保っていた。塗り直されて日が経っていない証拠だった。


 世界から人類が激減して、さらには異能の力で暴れる者が現れる。器物破損なんていう罪状はもうない。だからこの惨状を見ても誰も何もできない。日光が反射するガラス片を踏みながらそう思った。


 戦いの最中こそ会話ができたが、それから何も話すことはなくただ歩いた。ひとつの民家を通り過ぎるたびに、壊れた家を振り返り見比べていた。比較する対象が見えなくなった頃には、コンビニが見えた。


 ピロリン。


 「ここのコンビニは客が入るたびに奇怪な音を発するのかしら」


 「どこのコンビニでもこんなもんだろ。ん、その言い方だとここに来たの始めてなのか?」


 「ええ、初めてよ。でも、こんなところにコンビニなんてあったかしらね」


 「あったんじゃねーの。それか最近になって新しくできたかだろ。10m圏内で同系列の店舗があったりするんだから気にすることはないだろ」


 「……」


 俺たちはこのコンビニに向かってたんじゃないのか?土地勘のない俺には目的地についてよく知らない。だが、何かが違うと氷月の顔を見て思った。


 てかなんでコンビニなんだ?俺たちは……保存食だか何か、食料を調達するために買い物に来たはずだ。もっと品揃えのいい場所に行くべきじゃなかったか。一番近い店屋がコンビニだったからだっけ? 途中でスーパーの看板を見たはずだぞ。


 どうにも腑に落ちない。誰かに手招きされたから入店したような、自分たちの意思とは違う、何者かの力が作用している気がしてならなかった。


 店に入り、まずインスタント食品の棚へ向かった。コンビニに並ぶ商品は消費期限がギリギリのものが多い。こんな世界で商品を入荷するのは難しい。だから長持ちする食品が望ましい。


 白い縦長のカップラーメンや横に平べったい赤と緑の容器を手に持ちながらあれこれ考えていると横から声がした。


 「あなたはどこに向かうつもりなの」


 「いや、全然知らないけど」


 旅に出るとまでは聞いたが、どこに行くかなんて聞いてない。そもそも目的地とかあるのか?どっかに魔王の城とか建ってたり、世界樹とか生えてたりして、そこを目指してたりするのか。


 「私たちは旅に出るのよ。お腹が空くたびに最寄りの家屋に忍び込んで、お湯でも沸かすつもりなのかしら。それに、お店なんて探せばいくらでもあるのだから、そんなかさばるものを持ち歩くのは得策な判断とは言えないわ」


 「なるほどなるほど。でもほら、一個ぐらいあってもいいんじゃないか? 備えあれば憂いなしって言うしさ」


 「旅に生きるうえで重要なことは、いかに今を生きるかだと思うけれどね。もちろん今後の心配をすることも大切だろうけど、まずは目先のことを考えるべきだと思うわ」


 そこまで言われると、途端にカップラーメンの形状に不満をもつようになった。家で保管しておくぶんにはいいが、持ち運ぶのはとても不便そうだ。


 俺は手に持っていた容器を棚に戻して、近くにあったレトルト食品を見た。これなら平べったくて携帯しやすそうじゃないか。箱は買ったら外のゴミ箱にでも捨てておけばよさそうだ。


 すでにブラックのチョコレートや黄色のカロリーが高そうな商品が何個か入っているかごにそれを入れた。


 「次は水でも買いましょうか」


 そう言って氷月はかごを置いて飲料水コーナーへ向かっていった。


 「……備えあれば憂いなしだよな」


 新たにレトルトのカレーをもうひとつ入れたかごを持って氷月の後を追った。


 「それにしても人がいないわね。お客がいないのは分かるけど、店員がひとりも見えないのはどうかと思うわ。いまなら何をしても大丈夫そうよ」


 「いや、なんもするつもりないから」


 人はいなくても防犯カメラに収められちゃうから。レジには人がいないだけで、裏にいるだろ絶対。クーラーついてるし。


 「人様の家の窓を割って不法侵入、さらに荒らし回った犯罪者の言うことは信じられないわ」


 適当にペットボトルの飲料水をかごの中に入れて、他に必要なものがないか確認する。目立って必要なものもないので、需要ができたときに再度買い足すということで話がまとまり、俺たちはレジに向かった。


 しかし、意外と品揃えがいいもんだ。災害が発生すれば、コンビニとかは窃盗が多発しそうなものなのに、まるで今朝方に入荷したような並びだった。


 適当に商品を手にとって消費期限を見ても、猶予は3日はあった。コンビニの経営事情は知らないが、在庫があったとかそんなものだろうか。


 レジには入ってきたときと同じように誰も立っていなかった。肉まんやからあげは今もほかほかと温められている。このコンビニだけは世界の変化から置いてけぼりにされて、今なお平常に経営されているような不思議な雰囲気があった。


 カウンターにかごを乗せたときに、そこに招き猫が置いてあることに気付いた。客を招くという意味を込めて挙げられた左手は、あまり効力を発揮していない。


 「近くで解体作業に従事していた兄ちゃんたちじゃあないか。このコンビニも解体するつもりだったりするのかい」


 カウンター越しにおじさんがいた。発せられる雰囲気からは独特なものがあり、気のいいおじさんという感じだった。店の制服を着ていることから店員であることが分かる。店の外に一台だけバイクが停まっていたからいることは分かっていたけど、やっと出てきたのか。


 「普通に買い物をしにきただけですよ。というか見てたんですか?ひとりだけなのに仕事をほっぽり出して」


 「店の近くでいきなりお祭りが始まるものだからね。それにここには客なんて来ないからね。そりゃあ、少年、見に行くしかないだろうに」


 見に行ったということは近くまで来ていたということか。こっちは命がけだったというのに、見世物のように見ていたのか。


 「でもねえ、お嬢ちゃんの力を借りてズルをしちゃあいけないよ。あっちはあれでも真剣勝負のつもりだったんだからさ。ほら、形式上でも決闘なんだから、君たちは正々堂々と対峙するべきだろ?」


 何というか、掴みどころのないおじさんだ。戦いをお祭りだと言ってしまえることや、あれが俺の力ではないことを見抜いているところ。なんなんだこいつは。


 「それはそうと、お嬢ちゃんはかわいいね。まるで のようだ。そう警戒しなくてもいいだろう。安心していいさ。ちょっと裏へ来てくれないか?」


 得体の知れないおじさんは、逆さまにした招き猫を本物の猫を触るように陶器の足を撫でつけて言った。考え事をしていたためか、何を言っていたのか部分的に聞き流してしまったが、ナンパでもしているらしかった。


 「おいおい、それは職務上よろしくないことだよな! なあ氷つ──」


 さっきまで後ろにいた氷月はいなくなっていた。おじさんのほうを向くとおどけた顔をしていた。こいつ、何をやったんだ。


 「あんた、氷月に何をした」


 「あっはっは。そうこわい顔をしないでくれよ。何をしたかなんて君だって聞いていただろ。少し呼んでみただけ、ただそれだけのことだよ」


 「そんなことで赤の他人に氷月が従うわけないだろ!あんたが能力でどこかへやったんだろ」


 「……クールダウンしなよ少年。君はお嬢ちゃんを信じている口ぶりをしているようだけど、もう少し考えて見たらどうだい。特に彼女の能力について」


 対象の時を止める力だ。それは万物に作用する絶対的な能力。先の戦いでは、速水の時間を止めることで相手に時間の認識をズラして錯覚させた。対象は止められていることに気付かない。


 気付かない。すると──。


 「まあ僕の能力でどこかへ行ってしまったというのは、至極正しいけどね。ただ君への能力が解除されたのは彼女にとって少し予想外だったかもしれないね」


 「どこへやったんだ」


 「この世界以外の場所とだけは言える。ああ、大丈夫だ。僕の目的のためには君も同じように連れて行く予定だからね。その商品は餞別だと思って持っていってくれて構わないよ」


 この男の言ってる意味が分からなくなってきた。本当にこいつは何者なんだ。それにさっきからの言動。こいつは氷月を知っている?


 氷月の能力が解除された?この世以外の場所?分からない。何だよそれ。連れて行くってどこにだよ。


「それじゃあ、頼んだよ」


 男は含み笑いを浮かべ逆さまの招き猫を撫でながら、なんらかの能力を発動させらしい。浮遊感を感じ、黒々しく底の見えない闇の沼に体が沈んでいった。









 「くっ」


 コンビニで意識を失ったのは覚えている。だがなぜだろうか、仰向けになったまま前を見つめると雲一つない空が悠々と広がっていた。


 「やっと目覚めたのね。待ちくたびれたわ。早く情報をあつめないと」


 「氷月!?」


 まだ完全に状況呑み込めていない俺だった。コンビニで謎の男と出会い、時間に流されるまま会話していたら、いつの間にかこの世界にとばされていた。


 とばされていた?そうだ、この状況はあの男が意図的に作った状況。こんな知らない場所にとばされているということは、あの男の能力はハッタリではなかったようだ。


 氷月は俺より幾分か早く状況を呑み込んでいたのか、食料よしなどぶつくさ独り言を呟いていた。いつもは存外クールだが、心なしか焦っているように見えた。


 「くそっ」


 しかし情報か…。確かに今のこの状況では、できるだけ早く情報を集め、自分たちの置かれている状況を把握する必要がある。


 氷月の能力はおそらく使えるままだろう。上手くいけばそれなりに情報を集めることはできるはずだ。


 「それにしても異世界か」


 元々この世界に来る前も能力が使えたりと、充分現実離れしていたが、それでも漫画や小説などに出てくるようなことが起こり、少しワクワクしているのも事実だった。


 とりあえずは氷月との異世界ライフを楽しむとしよう。

遅くなって申し訳ありませんでした。次からは第二章となります。今後ともよろしくお願いいたします。

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