第六話
外側は真白い石積みだったが、室内は淡い桃色の壁をしているのか。なんだか少女趣味な色合いだけれど、落ち着いた飴色の家具には合っているかもしれない。きっと重厚な椅子や机、書架で硬く、そして暗くなりがちな室内を明るくしているのだろう。全くインテリアに詳しくない皐月は、目の前に座る人物を見つつ思う。もちろん逃避である。
重厚な執務机を挟み、同じように椅子に腰掛ける皐月は小さくため息を吐く。ここは旧神殿内にある、神殿長室──らしいとしか知らないが、どうして自分がここに連れて来られたのか。それを思い返してみる。なにかいい打開案が浮かぶかも知れないから、と。
アルバロの顔にダメージを与え、ちみちみと一個だけになった取り分を食べ終わる頃、レオが皐月を呼びに来た。準備ができたようだ、と。そんな彼に連れられて、神殿内に入ったのは今から一時間ほど前のこと。
入ってすぐにレオから別の男性への案内に代わって、皐月は奥まった場所にある部屋に通された。ちょっとだけレオと離れるのが怖いと思ったのは、案内人の男性よりもレオの方が慣れた人物だからなのか。ヒラヒラと手を振って、自分を送り出した彼は、それは優しげに笑ってくれた。まるで大丈夫だよ、とでも言うように。それでちょっとだけ皐月の心も落ち着いた。
それから少し歩いて、向かったのは玄関扉と同じ色合いの、けれども少しばかり飾り気のない扉のついた部屋。
室内は窓一つなく、閉塞感を覚えるくらいの広さしかなかった。明かり取りになりそうな窓一つなく、蝋燭一つきりしかない部屋のわりに暗くはなかったことも覚えている。きっと外壁と同じような白い壁が仄かに光を放っていたからなのだろう、と思うがどうして光っていたのかまではわからない。多分何某かの不思議な力でも込められているのだろう。だって精霊なんて存在がいるのだから、と妙な理由で納得した。けして考えるのが面倒だったわけではない、はずだ。
室内にはあの小屋にあったような丸い机と丸い椅子が一つずつ。
案内人に言われるがまま、背もたれもない椅子に座った。そして言われた一言。
『そこにある聖典に触れてください』
彼が示したとおり、机の上には古びた本が一冊あった。けして小さくはないはずの机がおもちゃのように見えるほどに大きな本が。
装飾的な細工がなされた不思議な革表紙の本で、その大きさに見合うだけの厚みを持ってもいた。枕に最適な広辞苑と同じくらいの厚さなのに、大きさはその三倍くらい。そんな本を持ち上げて読むのは無理だな、と皐月は思った。同時に枕には向かないな、とも思ったことは余談だろう。
赤に青、黄色と緑の迷彩には絶対にならないだろう複雑怪奇な斑模様の革表紙。革表紙ならば元は何かの動物なのだと知識としては知っている。が、どんな動物がこんな色をしているのかと激しく疑問に思うが、粛々と俯いておいた。多分今この場で問う内容ではないのだろう。そう皐月にもわかったから。
薄暗い、でも全ての輪郭ははっきりと見える室内。その中でも自ら発光しているように感じるものが一つ。大きく丸い石だ。
革表紙の中央に嵌ったそれが妙に気になったけれど、きっと光っているように気がするから。透き通った、滑らかな乳白色の石も、それを留めるための銀細工も、とても繊細で神殿の壁面の模様に似通っていた。同じ意匠で細工したのだろうから、だから目を惹かれるだけ。これも記憶に焼き付けておこう。きっともう一度見ることはないだろうから、とじっくりと見つめる。
太いベルトで留められた革表紙の本なんて、ファンタジー映画の小道具にでもありそう。ベルトの留め具も、天に向かって刻まれていたあの尖塔にもあった蔓模様が刻まれていることにも気づいた。同じように革自体にも、本の上辺に向かうように、周囲を覆うように、そして石を飾るように。その中でやはり一番気になるのは石を留める銀細工。もしかしたらこの銀色も自分の知る銀ではないのかも、なんてことを思いながら、皐月はそっとその手を伸ばした。
ちなみに何故触らなければいけないのか、説明は一切されていない。レオたちにも精霊の加護を得る儀式とは教えられたが、なにをどうするのかも聞かされていない。多分お互いにどちらかが教えると思っているのだろう。だから今、そのどちらからも教えられていないのだろう、と皐月は思う。
けして今、自分がそれを知らないのは聞き忘れたわけではない。ただちょっと拗ねて、いじけていた時間が長過ぎて聞き損ねただけ。詳しい説明なんてされてなくても、こうして手順を教えられているのだから問題ない。と脳内で言い切っていた記憶もある。
とにかくそうして皐月は本に触れる。少しだけファンタジー展開を期待して、胸をときめかせもした。ちらりとアルバロの言葉も蘇った。だからか、皐月はこの儀式が怖いとも思わず、きっとできるはずと思えた。雑草根性は認めたくないが、ある意味アルバロさまさま。落ち着いて臨めるのはアルバロのお陰と言えないこともないのだから、後でお菓子の一つも進呈しておこうか、と余所事を思ってもみた。
さらりとしてるけど、しっとりもしてる。ほんのり温かくもあるし、冷たくもある。自分の知っている紙と違う、どこか変わった感触なのだな。それがその本に触れて覚えた感想。それはほんの瞬き一つ分で変わった。
その変化に皐月は驚いた。と、同時に妙に納得もした。だからこの部屋に灯りが少なかったのか、と。
そう納得してしまうくらい突然に、部屋の中が光で満ちた。それも発光源は皐月の手元にある本。あ、本当にここファンタジーなんだ、と今更ながらに納得した。皐月はとっくに精霊の力を間近で見ている。旧神殿に向かう道すがらで。けれどジョルジェットが足を癒してくれたあの時、皐月自身は足が痛かったのと息が上がっていたのとで意識もしていなかった。多分便利だな、くらいしか。
そんな程度しか認識していなかったところにそんな光の渦攻撃。パニックになって悲鳴を上げなかった自分を皐月は褒めたい。まあ、実際は驚きすぎて固まって、口も開けなかっただけなのだが。
そうして本が光り、同時にベルトが跳ね上がるようにして外れ、風もないのにページがめくれだした。かなりのスピードのそれにも驚いた。自動で開くにしても速過ぎて読めないでしょう、と。ちょっと驚いたポイントがおかしい自覚はあるが、異論は認めない。だって読めとばかりに開かれたと皐月には思えたのだ。もちろんなにかの声が聞こえただとかはないのだが、それが正解の気がして、つい行動してしまった。いつまでもめくれ終わらない本に手を伸ばす、という。
けれどあれは正直失敗だったのではないかと皐月は思う。
もしかしたら自分は禁止されていることをしてしまったから、こうして神殿長室らしいところに連行されたのじゃないか。え、知らない人に説明するの? 不安しか生まれないんだけど。ていうかしっかり触ってもいいところを教えてくれたらよかったのに。そんなことがぐるぐると脳内を巡る。
もし責任転嫁して逃げられるなら、光の速さで逃げたい。偉い人、しかも見も知らない世界のそんな人に呼び出されるなんて、死亡フラグが──と浮かんで気づく。女子が少ないらしいのだから、きっと自分のことも死なせはしないはず。ていうかもしかしたら死ぬまで懐妊フラグが立ってしまうのだろうか、と別の不安が生まれた。
ああ、もう本当にどうしてここに連行されたの! と巡る、終わりのない不安の渦の原因は、皐月が見つめる目の前の人物の所為かもしれない。
重厚な執務机越しにいるその人。酷く深刻そうな、それでいて嬉しげにも感じられる顔、つまりはよくわからないくらいに変な顔をしている、と皐月が思ってしまう表情を浮かべるのは壮年の男性。彼が神殿長だと、ここまで案内してくれた人物が言っていた。が、神殿長は皐月が来たことに気づいているくせに口を開かない。それも三十分以上も。
なにかの罪を言い渡すのなら早くして。そう焦れてしまうくらいに重い沈黙が室内には満ちていて、自分と彼との二人しかいないこの空間では助けもいないし、怖いし困る。本当にどうすればいいのかわからない。そんな風に皐月が爪先を見つめて途方に暮れかけた頃、声がした。
「本を──」
「え?」
「そなたはあの聖典を誠に開いたのか? あれに触れ、全てを開いたと聞いたが、それも誠か?」
唐突に届いた言葉は硬く、どこか焦りすら滲ませたもの。勢いで顔を上げ、彼を見つめたが、探るような目で見られただけ。彼は皐月を見据えながら続けた。
皐月自身わけもわからないでいるこの場で、そんな問いかけをされても答えようがない。言われた通りにしただけなのに、どうしてそんな聞かれ方をするの? と思ってしまう。
禁止されたことをして叱られているのなら、自分が悪いと反省することもできる。けれど彼が問うのは指示された手順に従った結果に起きたこと。皐月には本が開いたことが儀式の通りなのか、それとも違うのかも判断できない。どう答えたらいいのだろうか、と迷ってしまう。
多分正直に答えるのが一番正しいのだとはわかる。けれどそれで最悪のフラグが立ってしまったらどうしよう。永久懐妊フラグはごめんこうむりたいです、と誰にともなく言ってみる。もちろん脳内で。
が脳内にいるのも皐月でしかなく、答えなど出るはずもない。故に皐月は素直に答える前に、自分が聞きたいことを聞くことにした。
「あの……聖典? が開くのは儀式の一環ですか? それとも異常なことですか?」
質問に質問で返すのはよくないとわかっているが、わからないことが多すぎた。自分にとってなにが有利になって不利になるのか。きっとその最たるものは自分が女であることなのだろう。それだけは皐月にもわかるが、今この場で神殿長のこの男性が聞きたいことがわからない。だから聞いた。
もっともそれがどんな風に自分に関わるのか、皐月にわかるわけもないのだが、知らないままでいるのは嫌だった。全て自分に関わるのなら、自ら知って、自らで判断したかった。せめて信用の置ける誰かに相談できるようにしておきたかった。
「──正常とは言えない」
少しの沈黙の後返った言葉。やっぱりか、と思ってしまった皐月になんの罪があるのだろうか。内心青ざめながら、皐月は彼の言葉の続きを待った。
「が、異常とも言えぬ。儀式のおりにあれを開くのだ。開けぬ者は儀式を仕損じたことになるのだが、そのような者は落ちもの以外はごく稀なこと。この界の民草であれば百年で片手にも満たぬ」
「じゃ、じゃあ開いたこと自体は問題ないんですね?」
「ああ。問題はない。だがそなたは落ちものなのであろう? 落ちものは儀式自体が成功することも稀であれば、開いても一つの頁のみ。民草も多くて二つ三つの頁だけしか開かれないはずなのだ」
「……一つか二つ。えと、それってどこか特定のページだけが読めるということですか?」
「読むのではない。開くのだ。その者に適した頁が、その者のために開く。しかしそなたは全てが開かれたのだろう?」
「は、い……そうです」
やっぱり異常事態だった。本が自動で開くのは正常らしいけれど、開きすぎたことが異常。でももしかしたら本が壊れていたのかも知れないでしょう? と聞くには神殿長の顔を真剣すぎた。
「これまでの歴史を紐解いても、そなたのように全てが開示されたことは一度としてない。……そなたはあれを全て読んだか?」
「……読んだ、と言っていいのかわかりません。確かにページは開きましたし、その内容も全て目には映りました。でもすごい勢いで通り過ぎるみたいに映ったので、その内容までは……」
「そう、か──」
途端に訪れる沈黙。皐月は自分の儀式で起きたのが非常事態宣言が出るようなことなのだと知って、言葉も出ない。ただ焦った。フラグが立つのが怖かった。永久懐妊フラグも怖いが、世界を救ってくださいフラグも困る。武道の心得もなければ、特別な発想力もない自分なら多分最弱の敵に打たれる。むしろ落とし穴に落ちてもポックリ逝ってしまえるかもしれない。とりあえず救世主的フラグは全力回避するのだ! と意気込んだ時、彼は小さな鈴を鳴らした。
透き通るような涼やかな音。とても小さく華奢な鈴から出たとは思えないほどはっきりと聞こえるそれが何の目的で、と皐月は首を傾げた。
数分も間を置かず、声がした。
「失礼いたします。お呼びでしょうか神殿長」
「ああ。控えの間の者をここへ。通すのは隊長だけでよい」
先ほど皐月を案内した男性ともう一人とが恭しく入室してきた。どうやら彼らを呼ぶための鈴だったのだな、とは気づいたが理由がわからない。控えの間ってなに? と聞ける雰囲気でもない。皐月は空気を読んで口を閉ざした。
「畏まりました」
一人が部屋を出て、もう一人は室内で動き始める。そんな姿を見るともなしに眺めながら、『控えの間にいる者』はレオやフォルナートたちのことなのだろうか。彼らにも怒られるのだろうか、それとも喜ばれるのだろうか。皐月には儀式の結果が成功であるのかわからなかったため、それすらも判断できない。
失敗なら開かない本が開いた。つまりは失敗ではなかったはずなのだから、成功。最悪は防げたはず。だけれどもそれが正解なのかわからない。開かれすぎた場合はどうなるのかわからない。どうしよう、と皐月は頭を抱えたくなった。
早くレオたちに来て欲しいような、欲しくないような不安が生まれる。それともこの人に先に聞いた方がいいのか、と神殿長を見やったその時目の前に白く艶やかな釉薬のかかったカップが置かれた。
ああ、あの人お茶の準備をしてたんだ。チラリと見た琥珀色に透き通ったそれに手をつけるべきか否か。それにも悩んだ。
「どうぞお召し上がりください。あいにくと菓子はございませんが果物がございます。お口に合えばよろしいのですが、こちらもよろしければ」
「え、えと……ありがとう、ございます」
「ああ、コストリッタか」
「ええ、初物ですので乙女にお出しするのがいいかと思いまして。とても甘い果物ですよ」
ふわりと人好きのする笑みで告げられ、小さな皿に乗った赤に白の差しが入った不思議なものを差し出される。一口サイズに切り分けられたそれは皐月の目には生肉のようにも見えた。それもサイコロステーキ状のバラ肉。
恐る恐るそれに手を伸ばそうか、お茶を飲もうか悩みかけた頃、待ち人が現れた。
「神殿長、お連れいたしました」
「入れ」
現れたのは先ほど皐月を案内した男性と、レオ一人。彼以外いないことに不安を抱きかけたが、レオの浮かべる笑顔を見て皐月はホッと息を吐いた。神殿長よりも彼らの方が皐月には近しい存在になっているからなのか。とりあえず怒られるかもしれないと思ったことは、生肉状の果物に上書きされてしまっていた。
「此度の儀式でそこなる乙女は全ての頁を開いた。これは過去ないことで、彼女は女神レリアの全てを知ったことになる」
「っ全てを、ですか? サツキが、彼女が本当に全てを開いたのですか?」
「ああ、誠だ。そこにいる神官が見届け人となっておる。光と共に全てが開示された、そうだな?」
「はい。レリアの雫があれほどに光るところも、あの様に頁が開き、止まらぬことも初めてのことでございました」
唐突な問答が始まった。神殿長の言葉にレオが上擦った声で返す。あ、すっごい非常識なことをしたんだ、と皐月は今更納得した。異常事態なことは理解していたが、そこまでのことだとは思っていなかったのだ。
レオは一つ息を飲むと、ゆっくりと低い声で問うた。まるで何か秘めるために声を潜めたかのようだった。
「──神殿は彼女に害することはない、ということでよろしいですか?」
少しばかり物騒な言葉が聞こえ、皐月は自分の隣に立つレオを見上げる。害するってなんですか、と問いかけるには真剣すぎるその顔つき。ここに来るまでの間には見たことのないそんな表情に口を噤んだ。とりあえずレオは怒っていなくて、そして自分の味方なのだ。それだけわかれば十分なはずだから、と。
「女神の全てを知る者を害するわけがない。むしろ用心するべきは王だろう。王は他国に優位に立ちたいと思っていると聞く。乙女が持つ力を知ればどうなるかはわかる、だろう?」
「ご忠告痛み入ります。つきましては神殿長。彼女をこの地でしばらくの間匿いたいと思うのですが部屋を一つ、ご用意いただけないでしょうか」
「え、それって……」
「サツキ、少し待っていて。必ず君にいいようにするから」
私置いて行かれるんですか? 聞きたかったその言葉は口に出せなかった。
皐月がレオたちに出会ったのは、彼らがあの小屋にいたから。皐月がそこに落ちて来たから。可能性の問題で言えば彼らが自分とずっといるはずはない。それに今更に気づいて。
もしかしたら迷惑だったのだろか。でもここで頼れる相手はレオや彼らしかいない。だけどそれは自分の都合で彼らの都合じゃない。むしろ彼らにはここまで連れて来てもらっているのだから、これ以上望んではいけないのかもしれない。皐月は手のひらを握りしめた。
「──それはならん。この地は王都にあって王都ではない。故に争いの種になりかねん乙女を匿うことはできない。夜明かしのための部屋ならば用意ができるが、それ以上のものは無理だ」
「しかし王都ではっ!」
「無理だ。この地を血で染めるわけにも、王の手を入れるわけにもいかぬ。……輿は用意する、落ちものと気づかれんような質素なものを。それに乗せ、疾く王都の神殿に隠せ」
「それは……」
「そうだ。零番隊のそなたら以外にこの乙女を守れる者はない。故にそなたらの元で匿うが道理だ」
どうやら自分は押し付け合われているらしい。突然見知らぬ場所に来てしまって困惑しているのは自分。一番の被害者は自分なはず、と皐月も思いたい。そう思っていられるなら、ずっと心が楽だから。
けれど自分がいることで誰かの、特にレオやフォルナート、アルバロたちの迷惑になっていることは自覚している。少しは慣れて、話すこともできるようにはなった。けれどそれはあくまで限られた時間の中で必要だったからのこと。彼らが円滑に目的地に着くまでに必要だったから、馴れ合ったのかもしれない。
だから自分が受け入れられたからじゃない。浮かんだそれに目頭が熱くなるのは涙が滲み始めているから。けれどここで泣くのは卑怯すぎる。困っているのは自分だけじゃないのだから、しては駄目。皐月は唇を噛んで堪えた。悔しいのか、悲しいのか、わからないことが怖かった。
「やはりそれしかない、のでしょうか」
「王都に匿うは危険がつきまとうだろう。だがその危険はこの地でも同じ。しかしこの地にはないものが王都にはある。……そなたらがそば近くにあれるのだろう? この地にそなたらを逗留させることは難しいが、王都でならばそれは容易い。やはり道理、であろう?」
「そう、ですね……それが道理なのでしょう」
そっと呟くようにしてレオの口から漏れた言葉は、やはりそれを望んでいないのだと感じさせる。皐月は俯いて、自分の爪先を睨んだ。嫌々守られたくないと言っても、なにも知らない自分になにができるのか。なにもできやしない。
やっぱり私悔しいんだ。もう子供みたいに泣いて、我儘を言って、もっと困らせてしまおうか。なんてできもしないことまで浮かんでしまう。
「わかりました。彼女は、サツキは僕らが守ります。王からも、その他の力からも」
そう言ったレオの手が皐月に触れた。落ちた肩の上、労わるような温もりが伝わって余計に泣きたくなる。皐月はゆっくりとレオを見上げた。その顔は何度も見たことのある、だけど初めて見るようにも感じる、とても優しげな笑みを浮かべている。
誰を、なにを信じていいのか。皐月にはやっぱりわからない。だけどレオのこの笑顔と言葉は信じてもいいのかもしれない。信じたい。そう強く思う。