第七話
つるりとした白い壁に同じく白い床。艶はないけれどタイルのようなものが貼られたここがなんであるか。この世界のことを知らない皐月でもわかった。が、少しばかり簡素過ぎないだろうかとは思う。
「湯船と洗い場オンリー……。シャワーは無理でも水道は? ていうかここでどうしろと……」
慣れ親しんだ風呂でのように、どこかエコーのかかる自分の声が聞こえる。正直今この場で聞いたところでここには皐月しかいないので、答えなど返るわけもないことはわかっている。が、聞きたい。百歩譲ってシャワーやカランがなくてもいいが、湯船に水が張ってあるだけというのはどういうことだ、と。
そう、水。湯ではなく水でどうやって風呂に入るのか皐月にはわからない。だってレオも、神殿の誰かも『湯を使ってください』と言っていたのだ。当然湯が張ってあると皐月が思うのも仕方ないこと、だろう。
歩いたりする分には過ごしやすい秋口の気温のここ。そんなところで水風呂に入って風邪を引かない自信は微塵もない。かといってもう既にタオル一枚だけの状態で誰を呼べというのか。
「はあ……もっかい服、着るか……」
ため息混じりにトボトボと脱衣場らしき部屋まで歩く。まだ水一つ流していない床は乾いているから、滑ることを考慮せずともいい。だから走ったところで問題ないだろうが、そんな元気はない。風呂に対する期待が大きかっただけに、落胆も深いのだ。
水弾きを良くするためか、妙に艶艶した木の扉。その開き戸を抜けた先が少し前まで皐月がいた部屋で、そこには幾つかの籠がタオルらしき布と共に置いてあった。今皐月がその身に巻いているタオルらしき布は生地的には綿で、有る意味厚手で大判の手拭いのよう。水の吸いは良さそうだが少しばかり透けているのが問題と言えるかもしれない。が、一人での入浴でそれを気にする必要もないだろう、と開き戸を開けた。
「おや、随分と早いですね。女性なのですからもっと長風呂かと思いましたが」
「や、まだ入れてないです────え?」
「入れていない、ですか? 何故です?」
「っえ、あ、うえ? な、なんで……」
「どうかなさいましたか? お顔が普段以上におかしくなっていますよ?」
殊更にっこりと笑みを浮かべるフォルナートの言葉。随分と酷いことを言われている自覚はあるが、皐月はなにも言えなくなった。テンパった。
つい少し前にこの部屋を出た時は誰もいなかった。外にはレオがいたかもしれないが、彼はここに入ろうとはしていなかった。それは覚えている。なのにどうして今ここにフォルナートがいるのか。というか今の自分の格好で異性の前に立っていいものか──浮かんだそれに腰が抜けた。
「っひゃ! った! っく〜」
その所為でか、ノブから手が離れ滑るはずがない、そう思っていた乾いた床に強かに腰を打ち付け、その上開いたばかりの扉に頭も打ち付けた。が、体に巻いたタオルは死守した。乙女の矜恃だ。
「おやおや。とても楽しそうですが、大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫なわけ……ないじゃない、ですか……」
「そうでしょうね。とてもすごい勢いでノブがぶつかりましたからね。ああ、額が赤くなっていますよ。女性なのですから気をつけた方が良いのではないですか?」
どう考えても楽しんでいるとしか思えない声音で告げられる言葉。フォルナートは一体何がしたいのか、皐月にはわからない。いや、多分からかうか、いじめたいかのどちらかだろうとは思うが、そこを自分から口にするのは悔しい。
ズキズキと痛む額を片手で押さえ、ゆったりと佇むフォルナートを見つめる。そこには声音同様に楽しげな彼がいる。
「うう……そこで女性って言うならどーしてここにフォルナートさんがいるんですか……」
「私はあなたに湯殿の使い方を教授するためにここにおりますが?」
「湯殿……お湯の沸かし方ですか?」
「まあそのようなことですね。それで? 私の手は必要ですか?」
必要かそうでないかと言えば必要なのだが、正直に認めるのが癪だと思うのはどうしてなのか。皐月は恨みがましい目で彼を見上げた。本当にどうしてこんなにも彼は楽しげな笑顔を見せているのか。
「はあ、仕方のない方ですね。それではまずこちらを纏っていただけますか? そちらは拭き布であって湯着ではありませんよ」
「ゆぎって……なんですか?」
「あちらの籠に用意があったでしょう? 女性が自宅以外で湯を使う時はこちらを纏って、極力肌を晒さないようにするのです」
フォルナートが差し出しているのは、確かに皐月の記憶にもある。籠の中に置いてあったと。けれど皐月はそれを湯上がりに着るバスローブ的な何かだと思っていた。もちろん随分と生地が薄いので着ることはないだろうと思ってもいたが。
差し出されたそれを受け取る皐月に視線を向けることもなく、フォルナートはサッと浴室に入っていく。そんな彼の背中をぼんやり見送ってしまうのは、まだ皐月が混乱しているからだろうか。
「その戸を閉めてそちらで湯着を着てください。今湯を沸かしますので」
「え?」
「なんですか? 着替えを私に手伝って欲しいのですか? それは流石に願い下げたいのですが、あなたがどうしてもとおっしゃるなら……まあ、吝かではないですが。どうなさいますか?」
「じっ自分で着れます!」
フォルナートが湯船に辿り着くのを見る前に、皐月はそこを出て勢いよく扉を閉めた。扉一枚隔てただけでそこに異性がいる。しかも自分は心許ない格好で。どうするかと悩む時間も惜しいと、皐月はいつの間にか握りしめていた湯着に着替えた。少しでも遅れて、フォルナートが現れたら今度は何を言われるかわからない。ちょっとばかり必死だった。
湯着は膝ほどまでの浴衣に似た造りだった。体の前で合わせて紐で結ぶだけ。タオルと同じくらいに心許ないが、これが正式だと言われてしまっているのだ。今更否やは口にできない。タオルと同程度か、それよりも少し薄いくらいの生地では何も隠せないかもしれない、ということには気づかない振りをした。気づいたら多分今よりもっと恥ずかしさが増すだろうことは確実。羞恥を抑えてでも皐月は風呂に入りたかった。
「着れたようですね。湯も沸いておりますし、どうぞこちらに」
「フ、フォルナートさんも一緒になんですか?」
「ええ。レオからも頼まれましたので」
女性の風呂の世話にどうして男性がつくのだ、と小一時間ばかり問い質したい。でもそれを口にできないままフォルナートを見つめていれば、やっぱり楽しそうな顔のまま、彼が言った。
「この神殿には女性はいません。というよりも、元来神殿には男しかおりません。ですので私がつかない場合、この神殿内の神官があなたの世話につくことになります。その方が宜しかったですか?」
「……よろしくはない、ですけど……」
「では私で我慢してください。私もできるならこの任には着きたくありませんが仕方ないのですよ」
明らかに嫌々であるのだと態度と声音に乗せながらも、フォルナートは殊更優しげな笑みを浮かべた。ああ、彼は機嫌が悪くなるとより笑顔になるタイプの人間なのだ、と今更に気づいた。ということは彼はずっと、自分が彼らの元に現れた時から機嫌が悪かったのだろう。口に出す言葉以上に。
やっぱり自分は誰にも受け入れられていないのではないか。浮かんだそれに肩が落ちた。
「私とエリオット以外に火を扱える者がいないのです」
「え?」
「察しの悪い方ですね。私とエリオット以外は水に風、地しか使えないのですから私が来るのが道理でしょう? エリオットに侍従のような真似をさせる気はありませんし、これが最善なのです。不満があるのだとしてもご自分でできるようになるまでは我慢なさってください」
「……えと、私って火を扱えるんですか?」
「──まずはそこからなのですね」
呆れた声がして、その次に深いため息が聞こえた。なんだかものすごく馬鹿にされているような気がするのは絶対に間違いじゃない。ちょっとばかり落ち込んでいたはずの皐月だったが、悔しさから睨むようにフォルナートを見た。
この神殿に一晩泊まるとは言われたけれど、精霊の力を使えるようになっただなんて言われてない。確かに聖典とやらを全て開いたとは言われたけれど、それが何を意味しているかなんて聞いていない。声を大にして言いたかったけれど、今の自分のこの格好でそんなことを言い募っていたら多分絶対に風邪を引ける。具合が悪くなって、これ以上レオの迷惑になりたくないからなんにも言わないんだからね、と内心で言い募った。断じて負け惜しみではない。
そんな皐月を見てか、クスクスとそれはもう楽しそうに笑うフォルナートに、いつか絶対に仕返ししてやるんだから、と皐月は誓う。が、それが叶うかは今のところ未定でしかない。
フォルナートは桶に向かい何事か呟くとそれを皐月へと差し出し告げる。
「風邪を召されますから、この湯を軽く浴びて一旦浸かってください。あなたに体調を壊されるのは本意ではありませんからね。そうしたらご説明いたしますので」
「──わかりました」
どこにあったのか知れない桶の中身は水ではなく湯。触れた感じでは熱すぎず温すぎない、掛け湯としては最適と思われる温度だった。そう多くはない湯量をやり繰りして両肩から胸元、腰から足先、背中までを湿らす。一瞬温かさに気も緩んだが、すぐに体が冷えてくる。
「素直でよろしいですよ。では冷え切る前に湯船の中に」
「はい……うう……気持ちいい」
透明だった水は爽やかな香りのする濁り湯に変わっていた。湯船は浅く、半身浴に近い形でしか浸かれなかったがそれでも濡れた体で立ち尽くすよりもずっと温まれる。体だってある程度は隠せる。ほっと息を吐いて目を閉じればフォルナートの声がした。
「湯加減はこれで構わないようですね。ああ、そのように座すのではなく、こちらに頭を乗せて寝転ぶようにするのですよ。でなければ肩が冷えるでしょう?」
「寝転ぶ?」
「ええ、もう少し後ろに下がって……ええ、そこです。そのまま背を倒してください」
誘導されるままに動けば浅い湯の中に全身を浸からせられた。体全体が温もりに包まれたことでいっそう気持ち良さで力が抜ける。皐月が知る風呂の形とは違うが、それでも湯に浸かれたことで今まで感じていた緊張は大分薄れたようだった。
「ふあ……気持ちいい、です」
「……随分と気の抜けた顔をしてますね。とても間抜けですよ」
「……フォルナートさん一言以上多いです。ていうか間抜けでもいいんです! お風呂は気を抜ける場所でしょ? そんなのいいから教えてください、火とか水とかのこと」
「そう、ですね。ではお教えしましょう」
そう言いながらフォルナートは湯船近くに膝をつく。皐月の頭側。ツンと引かれたような感覚から、湯船に入れることなく外に出していた髪に触れられたのだとわかる。何をするのだろうか、と普段よりも鈍くなった頭で考える。が、正解だと思われるものが浮かぶよりも先にフォルナートは行動を起こした。
「そのまま楽にしていてくださいね。暴れられると面倒なので──ふむ、意外に髪の質は悪くないようですね。氷精霊、火精霊湯をここに」
「わっ! ちょ、いきなりお湯かけないでくださいよ!」
「ただ話すだけでは時間の無駄です。あなたは湯に浸かる。私は成り立ちをお教えしながら髪を洗う。合理的ではないですか。ああ、体の方はお教えしますのでご自分でお願いします」
「そ、そんなの当たり前です! ていうか髪も自分で……ひゃっ!」
「変な声を出さないでくださいますか? 私にあらぬ疑いがかけられるでしょう?」
じゃあ髪じゃなくて首を撫でるのはやめてください。とは何故か言えなかった。目を開けて映ったフォルナートがあまりにも近かった所為で。
湯船に張られた湯と、フォルナートが髪にかけた湯のお陰で淡く湯気が立つ室内。そこにほぼ裸の自分と、ほんの少し、多分湯の効果で頬が淡く色づいているフォルナート。なんだかこれ以上何かを言えばヤブヘビになりそうな気がしたのだ。
無意識に目をギュッと閉じれば、小さな笑い声と共に髪を撫でるように触れられる。淡く花の香りがしたのは石鹸かなにかなのか。
「精霊の加護を受けるための儀式をあなたは受けました。アレは民草ならば皆経験するものです。そして民草は大抵の者が一つの精霊の加護を受けられます」
「ページが開くってこと、ですか?」
「ええそうです。あの頁が開くことで精霊の御技を知ることができるのです。そして多くの者は一つないしは二つの精霊の加護。貴族に近しい者になれば三つ、四つと増える。これは王家に近くなればなるほどに顕著です。が、あなたのように全てを扱える者は有史以来存在しない」
「──精霊の力って何種類あるんですか? 私はいくつ使えるんですか?」
「力の種類、数について正確な答えは今のところ解明されていません。ただ基本属性は火、水、地、風の四つ。それぞれイグニス、アクア、テッラ、ウェントゥスと言います。それからフィゴーレ、ヴィオが中位属性の光と闇。最後に今のところわかっている上位属性が三つ。カウェルム、グラーティオ、フィアマ。空、氷、炎──の計九つがわかっています。しかし上位の使い手は国でも両手で余るほどしかいませんので、一般では六つと思われているでしょうね。そこであなたですが、あなたは今上げたもの全て、そして知られていないであろうものも全て使えるでしょうね」
「────私、異常じゃないですか? ……えと、参考までに聞いてもいいですか? フォルナートさんたちはどれくらい使えるのか、とか……」
「数だけでよければお教えできますよ」
問えば、そう告げながら湯で髪を流される。するすると撫でるように触れる手は声音や態度ほど冷たくも酷くもなかった。どこか手慣れた感が伝わる。エリオットの髪はフォルナートが洗っているのだろうか。なんてことがちらりと浮かんだ。
予想以上に優しい手つきに肩どころか全身の力を抜いてしまう皐月は乙女回路が多分麻痺しているのだと思われる。危機感はゼロだった。
「私とジョルジェットが基本が二、上位が二の計四つ。エリオットが基本三の上位一の計四つ。レオは基本三、上位が二で神殿親衛隊で一の使い手ですね」
「──アルバロは?」
「彼は基本が風のみで風の派生として特殊が三扱えますね」
「えと、特殊ってなんですか? アルバロだけ使える力ってこと、ですか?」
「いいえ、持とうと思えば誰でも持てる力、と言われていますね」
流し終わった髪を柔らかく拭われ、手櫛で梳かれる。淀むことなく告げながら迷いなく動く手は、やっぱり彼がこの行為に慣れているのだと教えている。その所為なのか、髪に、首筋に、耳にと触れるフォルナートの指に嫌悪感は少しも抱けない。そんなものよりもアルバロが持つという力の方が気になってしまう。やっぱり皐月の乙女回路は麻痺しているのだろう。
「風の派生は上位属性であるカウェルムの派生でもあります。カウェルムそのものではなく、その類似系統がアルバロの持つ力なのです。が、それを持つには他に類を見ないほどの知識量が必要になる、と言われているのですよ。ですからアルバロが言う『王都一の頭脳』は間違いではないと言うことですね」
手櫛で梳かれた後、そっとタオルで髪を包まれる。優しいその手つきに正直皐月はうっとりした。美容師でもここまでの丁寧さはない、と言えるくらいに丁寧で、優しく、自分がフォルナートの大切なものなのだと錯覚するくらいに大事にされている気すらした。
「さて、サツキさん。髪は洗い終わりましたし、知られている力の種についてはお教えしました。次に移ろうかと思いますが構いませんね」
「え? あ、はい。大丈夫、だと思います」
「良い返事ですね。ではまず湯の作り方から始めましょうか」
告げながらさっと手を一振りすると湯船の中の湯が消えた。跡形もなく。
湯着が肌に張り付くのは濡れているから、なのだろうけれどこれでは体の線は全て丸っとわかってしまう。勢い皐月は背を起こした。乙女回路が大分正常化した瞬間だった。
ギュッと体を隠すように両手で抱きしめる。隠れ切れている気は全くしないが、そこはそれ。気合いで気づかない振りをした。
「大量の湯を作るには水と火の属性がなければ無理ですが、少量であれば火のみでも可能です。まあ私も基本属性は火と風だけですが、上位で氷を持っているので火だけの者よりも楽にできますがね」
「そ、それでどうやって作れるんですか? 早く教えてください!」
「ええ、ではまず全ての基本となることを一つ。精霊の力を行使するには頼むべき精霊の加護があること、明確なヴィジョンを持ってその名を呼ぶこと、です」
「──そ、それってどうしたいかを考えて、名前を呼べばいいってことですか? そんなに簡単でいいんですか?」
「簡単、とおっしゃいますが意外に難しいのですよ? 湯を沸かすにもどの程度の加減で、どの程度の量を、そしてどのような価値をつけるのか。それを考えねばならないのですから」
滔々と自分がどのように行使したのか、を口にするフォルナートを無視して皐月は考えた。思い浮かべるだけでそれができるのなら、今自分がなにをどうしたいのか、を。
とりあえず一番に欲しいのはタオルだが、まだ風呂は途中。ならば湯が先。では温度は。となって思い浮かぶのは自宅での入浴温度。皐月は温めの湯に長く浸かるのが好きで、湯温は三十八度が一番好きだ。それを浮かべながら、水の精霊の名を口にした。
「アクア? っわ! すご!」
体感は温めの三十八度の湯。しかもお気に入りのラベンダーの入浴剤の香りまでした。どこからその成分が出てきたのかは全くもってわからないけれど、今まで使ってきたものによく似た湯に皐月は深く考えるのを放棄した。
まず以って精霊という力自体本音を言えばどんなものなのかわかっていないのだ。ただわかっているのはここが不思議な世界。自分のいたところと界が違うところなのだ、ということだけ。それならば深く考えずに便利なものとして享受しよう、と思ったのだ。別に考えるのが苦手、なわけではない。多分。
「──お上手ですね。口頭の説明だけで成功するとは思いませんでした」
「フォルナートさんて……いい性格していますよね」
「おや、お褒めいただき光栄ですね。さて、第一段階は成功しましたので、一つ、とても大切なことをお教えしましょう」
振り向き、フォルナートを見上げる皐月を、同じようにフォルナートは見つめる。とても真剣な目をしている。皐月はそっと背筋を伸ばし、口を閉じた。
「これ以降あなたは思い、その名を呼ぶだけで力を行使できます。それはとても危険なことであると自覚し、そして考えてください。あなたにはきっとできないことはないでしょうから、余計に」
「──使い方次第でなんでもできるってこと、ですか?」
「ええそうです。精霊は使用者の思うままにその力を行使しようとします。民草であればその力は強くはない者が多く、そして過去の習いから簡単なことにしか使えません。ですがそれでも加護を得れば得るほどにその力の余波は大きくなる。あなたは有史以来存在しない、全精霊の加護を受けました。そのことを忘れぬこと。あなたの心一つでこの地の全てがなくなることもあるでしょうから」
「それ、怖すぎます……。便利だけど、頼りすぎない方がいいってことですよね? 頼らずにできることを増やして、危険なことではなく平和的なことに力を使えばいい──ってことですよね?」
「そういうこと、ですね。あなたは民草が知る煮炊きや湯殿の支度などではないこともご存知でしょう? 知らないことには力を行使できない精霊だからこそ、あなたにとっては比類なき力になり、枷になります。それをゆめゆめ忘れることなく正しいことにお使いなさい」
フォルナートの言葉はとても重く、けれどどこか優しく聞こえたのは彼が笑っていなかったから、なのかもしれない。
本当の意味で彼と向き合ったのはこの時が初めてなのだろう。皐月は自分を真っすぐに見つめる彼を見上げ、コクリと頷いた。




