表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニートな僕が、異世界の薬で馬鹿になり覚醒する  作者: しろホーネット


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

549/568

昔の考えの人間が昔のやり方でやるとどんな問題が起きるか?

東京都心のタワーマンション28階。

夕暮れが、ガラス張りのリビングを琥珀色に染め上げていた。

サカグチ・カオルは、最高級のワークチェアに深く腰掛け、4枚のマルチディスプレイを眺めていた。画面上では、自己資産が秒単位で脈動し、数字の羅列となって彼を映し出している。

「……結局、根っこは同じか」

カオルは、指先でキーボードを叩き、思考をメモに書き留めた。

巷では、彼のような存在を「勝ち組ニート」と呼ぶ。高卒で飛び込んだ職場。待っていたのは、文字通りの地獄だった。

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」「俺たちの若い頃はもっと厳しかった」

そう宣う上司たちは、カオルが過労で倒れ、血を吐いても笑っていた。精神と肉体が限界を迎え、20歳を前にして彼は社会からドロップアウトした。

だが、彼はただの敗北者ではなかった。

そこから這い上がったのだ。

今、彼は働かなくても生きていける。だが、その瞳は空虚ではない。

カオルは考えていた。

「昔は良かった」と懐古する者たちの正体を。

彼らは、過去を美化している。かつて自分たちが受けた理不尽、耐え難い苦痛、そして自分たちが加害者として振る舞った「ひどいこと」を、脳内のフィルターで都合よく濾過しているのだ。

「武官なき文官、文官なき武官……」

カオルは呟く。

現代は、理屈ばかりをこねくり回し、リスクを取らない「文官(頭脳派)」が増えすぎた。野球に例えれば、リードばかり気にするキャッチャーだらけのチーム。実際にバットを振り、泥にまみれて走る野手がいない。

一方で、かつての「武官(行動派)」たちは、平和な時代においてその牙を身内に向けている。

カオルの脳裏に、以前相談を受けた知人の顔が浮かんだ。

その知人は、優秀さゆえに年上の上司から執拗な嫌がらせを受けていた。ミスを誘発するように情報を遮断され、評価を下げるために根も葉もない噂を流される。自分のメンツを守るためだけに、次世代の芽を摘み取る。

それはもはや政治であり、醜い生存競争だった。

「自分の椅子を守るための策謀。それが、彼らの言う『昔のやり方』か」

カオルは、手元のタブレットに「人材再生学校・構想案」というファイルを開いた。

彼が稼いだ金は、贅沢のためにあるのではない。

「今の人間が根性なしで理屈屋だ」と嘆く老いた武官と、「理不尽な精神論で潰される」若き文官。この歪な断絶を繋ぎ止めるための教育。それこそが、彼が見出した社会貢献の形だった。

カオルはキーボードを叩く。

『:防衛的攻撃性の解体』

『旧世代の人間が、なぜ若者の足を引っ張るのか。それは、彼らにとっての成功体験が「耐え忍ぶこと」と「力による支配」に依存しているからだ。彼らは、自分より仕事ができる若者を「秩序を乱す敵」と見なす。』

ふと、階下の喧騒を想像した。

そこには、今この瞬間も、上司の機嫌を伺い、メンツを守るための泥仕合に疲弊している人間たちがいる。

「平和な時代でも自衛官は必要だ」とカオルは思う。

それは軍事的な意味だけではない。自分自身の尊厳を守り、理不尽な攻撃から身を守るための「心の武官」が必要なのだ。

「根性がないのではない。消耗させる場所が間違っているんだ」

カオルは立ち上がり、窓の外を見下ろした。

眼下には、血管のように張り巡らされた道路を、無数の車が流れている。その一台一台に、組織という名の檻に閉じ込められた人間が乗っている。

カオルは自問する。

人間とは何か?

利害だけで動く計算機か。それとも、過去の傷を癒せないまま、連鎖的に誰かを傷つける悲しい生き物か。

「俺が作りたいのは、キャッチャーばかりのチームじゃない」

カオルは再びデスクに戻り、チャットツールを開いた。

そこには、彼が密かに資金援助をしている若き起業家や、挫折した元技術者たちのコミュニティがある。

彼は彼らに、投資だけでなく「知恵」を授けている。

老害たちの嫌がらせをどう受け流すか。自分の価値をどう守るか。そして、いつか自分が上に立った時、同じ過ちを繰り返さないために何をすべきか。

「カオルさん、例のプロジェクト、妨害が入りました。親会社の役員が、自分のメンツが潰されると言って……」

画面に飛び込んできたメッセージに、カオルは静かに微笑んだ。

想定内だ。

「昔のやり方」で挑んでくるなら、こちらは「未来のルール」で書き換えるまでだ。

「政治をしようじゃないか。ただし、誰かを蹴落とすためじゃなく、誰もが自分の戦場で『武官』になれる場所を作るための政治を」

カオルの指が踊る。

数億円の資金が動く。それは、旧いシステムを破壊するためではなく、新しい種を植えるための整地費用だった。

28階の静寂の中で、サカグチ・カオルは独り、戦っていた。

それはニートの妄想ではない。

莫大な資産を武器に、人間の本質を見つめ、この社会の教育と人間関係を根底から作り変えようとする、孤独で高潔な革命だった。

夜の帳が下りる頃、彼のディスプレイには、新しい学校の設計図が鮮やかに描き出されていた。

そこは、ミスを許容し、理屈を血肉に変え、本当の意味での「根性」――すなわち、困難に立ち向かう知性と勇気を育む場所になるはずだった。

「さあ、始めよう。過去を美化する老人たちにも、未来に怯える若者たちにも、まだ見ぬ景色を見せてやる」

カオルの瞳に、タワーマンションの光が反射し、銀河のように輝いた。

彼の戦いは、まだ始まったばかりだ。


(しかし思う。自分も年をとれば同じようなことをするのか?新しい知識を武器に挑んでくる若者にどう対抗する?年寄りが味方する若者は、年寄りのことも考える若者だろう。中には、未来を考える年寄りもいるはずだ。そんな年寄りに、若者はついていく。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ