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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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36 第九章 『銀色の狼』 その3



「サアラ・・マンザを見なかったかい・・」

「え、あ、あの・・」

「・・知ってるのかい」

「い、いえ・・」

「どうしたんだい・・サアラ・・どこにいるのか知っているのかい」

「い、いえ、わ、分かりません・・。最近ずっと、あ、会ってないので・・」

「会ってない・・そうだねえ・・。あの子、酒ばっかり飲んでてねえ・・」

 

 ガックリと肩を落としたマンザの祖母は、ぶつぶつ独り言を呟きながら、ふらふらとした足取りでもと来た道を戻って行った。


「マンザどこだい・・どこにいるんだい。出て来ておくれ・・」



 その後しばらく森の住人達も、皆、手分けをして捜したが、もちろんマンザの姿は再び家族の前に現れることはなかった。

 ・・身近な人が行方知れずになると、人々は悲しみを癒すため、『精霊の森』へ行って幸せに暮らしていると言う・・。しかしその森から消えてしまったら、一体、何処に慰めを求めたらよいのか・・。



「・・マンザをどこに隠したの・・」

 サアラは尋ねた。

「え、何をだって・・」

「・・狼に・・殺された人・・」

「ああ・・」

 シャールは無関心そうな声で応えた。

「か、川に・・投げ入れたの・・!」



 渓谷を臨む場所に立って、遥か下の流れを見つめていたサアラは、今でも時折、親友の捜索をしているヨウに出会った。

「ああ・・君もかい、サアラ。俺も思ったんだ。でも、この渓谷は深くて、浚うことも出来ない・・。実際、マンザは最近、酒浸りでね。いったい何であんなふうになっちまったんだろう・・。それで酔っぱらって川にでも落ちたんじゃないかって。君に失恋してどこかに行っちまったって言う奴もいるけど・・」 

 ヨウの静かな落ち着いた声を聞きながら、サアラはボンヤリと渓谷を見つめていた。

 家庭を持ったせいか、ヨウの態度は急に大人びたように感じられた。

「あいつ・・泳げないんだ・・」

「・・・」

 サアラの頬を、ふいに涙が伝った。


 そんなサアラに、ヨウは一瞬どうしたものかと思った。

 しかし慰めるようにサアラを抱いたその腕には、以前のような些か頼りなげな感じはなく、既に守るべきものを持った男のそれだった。

「ミドロに・・喰われちまったのかな・・」



 以来、サアラはまるで・・月が欠けてその姿を隠すように、人目を避けて暮らすようになった。

 顔には煤を塗り、その上にご丁寧にも被り物で目深に覆い、まるでそうすることで誰の視界からも自分が消えてなくなる・・とでも思っているかのようだ。

 集落に出かけることもなく、早朝から夕刻まで一人で畑を耕し機を織っては、美しい森の片隅で何年もまるで隠者のように暮らしていた。


 それまで森の外れに行く時には、村人達は皆・・目の保養・・花を愛でに・・などと戯言を言っていたものだったが、そんなサアラのあまりの変わりように、あの老夫婦が『森の精霊』の賜物と自慢した拾い子は気がふれたのだと噂し、次第に誰も寄りつかなくなった。


 それでもヨウだけは、時折、獲れた獣の肉や必要な物を持ってサアラの家の戸口に置いていた。

 マンザもいない今、彼にとってサアラはより身内に近いような存在だった。

 しかしそれでも、その煤の奥から覗く瞳は、彼の心を十分魅了して止まなかった。たとえ愛する妻や、可愛い子供たちに恵まれた今でも・・。



 そして・・自らをその闇に閉じ込めたようなサアラだったが、月が満ちる夜だけは、いともたやすく・・いともたやすく、すべての闇の覆いが取り払われた。

 いつしか、春の森の愛娘、精霊の森のサアラは・・その日々のすべてを、ただその驚くほど魅惑的な官能の夜のためにだけ生きていた・・。


 

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