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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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32 第八章 『少女』 その2



 カンは、その翌日も目を覚ましては・・暫くすると眠くなり、食べると再び眠りに就いてを繰り返し、すっかり眠りから解放された。身体も軽く感じられ、骨折以外は傷の具合も驚くほど回復していた。


 その間ダシュンは、サアラの手伝いをして過ごした。

 しかし些か奇妙に思えたことには、最初の日は、たまたま何か煤だらけになるような仕事をしていただけなのかと思っていたが・・その後も、サアラは毎日煤だらけの顔をしている。

 しかし直接聞くのも憚られ、話好きな医者にその異様な風体のわけを尋ねてみた。



 サアラは赤ん坊の頃、この森に置き去りにされていた捨て子で、子供のいない老夫婦に拾われ育てられたのだという。

 老夫婦はサアラを慈しみ育てたが、なにぶん二人とも高齢で、何年か前に相次いで亡くなってしまった。


「その後、一年半ぐらいしてからなんだがな・・一体何があったんだか、あんな風になっちまったんだ。サアラに惚れてた男がいたんだが・・いや、村のもんは皆、惚れてたんだがな。とにかくそのことで何かあったんじゃねえのかって、もっぱらの噂だ・・」

     

 

 ダシュンが少女の姿をハッキリと見たのは、三日目のことだった。

 その日、薪割りをあらかた終えたダシュンは、その薪の束の上に座って休んでいるうちに、麗らかな陽射しに居眠りを初めていた。実際、ここに来てからは、それまでの緊張の日々から開放されせいか、よく眠っていた。


 一眠りして目を覚ますと、目の前をひとりの少女が横切るところだった。

(え、まさか・・!)

 こんなところにいるはずはない・・と思ったが、ここは神殿の近くではある。

 それに、最初の日に遠めで捉えた少女の姿が、些か心に引っかかっていた。


 ダシュンは、急いで少女の消えた家の裏手に回ってみた。


 足を怪我しているらしい野ウサギを抱いて、家の中に入るところだった。

 そう言えば、薪小屋の隣に薬草小屋があった。

 

 驚いた表情で見つめる若者に、少女は真っ直ぐな視線を返した。

 ダシュンは思わず、王族に対する時の正式な礼をしていた。

 それに対して少女の反応は、一瞬、ちょっと不思議そうな表情を見せたものの・・直ぐに、しごく当然の対応に出会った時のような様子を見せて、その目許に笑みを浮かべた。


「ふふっ・・」

 

 そして耳に懐かしい、誰の心にも響く小さな鈴の音を発した。

 小さな王女がちょっとはにかみながらも、鷹揚な態度で・・仕える従士達に与える唯一の褒美のような。


 では、テンドが言っていた神官というのは、シャラのことか・・。そうするとやはり地下道の男はシャラだったのか。つまり、ここに来て帰るところで・・。

(・・記憶をなくしている・・?)


 

 急いでカンに知らせようと表の庭先に戻ると、サアラが井戸水を汲み上ようとしているところだった。 

 代わって・・水桶を引っ張り上げながら、ダシュンはさり気なく言った。


「サアラさん、娘さんと住んでるんでしょう。でも、あんまり見かけませんね・・」

「ええ、でもほんとは私の娘じゃなくて、預かっているのよ」

 サアラは素直な口調で言った。

「ああ、この間、ちょっとテンドさんが言ってました」

「何て・・」

「お姫さまだとか・・」

「あの子に何もさせないからね・・」

 サアラはそう言って笑うと、続けた。

「でも、あの子にはほんとにお姫さまみたいなところがあるのよ。周りの者たちをかしづかせる、みたいなところが」

「ほんとにお姫さまなんじゃ・・」

「そうね、もしかしたら・・」

 冗談めかしたダシュンの言葉に、サアラも面白そうに言った。それから真顔になると、打ち明ける調子で続けた。

「あの子には日中の陽射しは、あまりよくないのよ・・」

「え、なぜ・・」

 驚いて訊いたダシュンに、サアラは預かった経緯を話し出した。



 一人の旅の神官と一緒にペリがここにやって来た時には・・全身の火ぶくれでグッタリとしていて、今からは信じられないような状態だったのだという。

 その神官の話では・・ペリは長いこと陽射しを浴びると弱ってしまう体質で、彼女の両親も同じ病で亡くなったのだと云う。

 それで極力、日が傾いてから旅を続けて来たが、その頃は日程の都合で日中も旅を続けていて、ひどく弱ってしまったらしい。 

 ペリはいずれ、どこかの神殿に迎えられ、そこならその病も治癒するのだそうだ。

 それで神官が引き取りに来るまでサアラが預かり、日中はなるべく外に出ないように言ってあるのだが・・明るい時に外に出られないのはやはり退屈らしく、時々外に出てしまうのだという。


「じゃ、その神官はそれ以来、ここには来ていないんですか」


「・・ええ」

 サアラはちょっと間を置いて、短くそう答えた。




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