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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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31 第八章 『少女』 その1



「・・『春の森』か・・とても美しい森だ・・」

 

 視力を失ったカンの感覚そのものが、森の若葉に反応していた。

 そんな森の活力に助けられて、二人はせせらぎの脇の小道に沿って歩き出した。


「・・ここはもう、リデン様の森なんですよね・・」

「ああ・・」

「何だかホッとしますね・・」


 ・・暫く行くと、一軒の小屋があった。正面に廻ってみると、その庭先で一人の女が粉を練っていた。

 大掃除でもしていたのか、その顔は煤で汚れている。

 

 ダシュンはちょっと咳払いをして注意を促すと言った。

「こんにちは・・」

 

 女は二人の姿に、慌てたように被りものを目深に被った。

 が、ダシュンは、そこから覗く女の瞳の美しさに驚いた。


「あの・・すみません、吃驚させて・・迷い込んでしまって・・。連れが、沢から落ちて怪我をしてるんですけど・・どこかで少し休ませてもらえませんか」


 突然現れた僧服の男達の要求に、何ら躊躇する様子も見せず、女は近くの納屋を素早く整えると言った。

「・・こちらで休んでください」


  ついでにカンの傷口も看てくれたが、それは明らかに沢から落ちた傷ではなく、かなり深い斬り傷だ。が、女は何も言わずに水で傷口を洗うと、きれいな布で塞いだ。

「少し休んでから、テンド先生を呼びに行ったらいいわ・・」

 

 それから、気分を落ち着かせる薬草のお茶を沸かして・・二人に勧めた。

 二人は、自分達のためにテキパキと適切な処置を施す女に感嘆した。

「・・食事の支度をじゃましてしまって・・すみません」

「大丈夫よ・・娘と二人だけですから」

 それを聞いて何故か嬉しくなったダシュンは、干し肉を練り込んで焼くのを手伝った。

 

 ・・暫くして、美味しそうな匂いが辺りに立ちこめた。

 女はその焼き菓子を籠に入れてダシュンに渡すと、もう一つの籠とお茶を持って家の中に入っていった。


 ダシュンも納屋に戻ると、空腹だった二人は直ぐに食らいついた。

「ん・・こりゃ美味いな」

「美味いっすねえ・・」

 一気に食べ終わると、直ぐに藁の上にゴロリと寝転び、二人共・・いつの間にか深く寝入っていた。


 再び目が覚めた時には、既に午後の日差しに変わっていた。

 失血の酷かったカンは・・まだ寝入っている。  

 ダシュンは女に集落までの道を聞いて、向かった。



「めずらしいこったな。サアラが集落まで使いをよこすなんて・・」

 

 医者のテンドと一緒に小屋の近くまで戻ると、庭先に小ぎれいな格好をした少女の姿が目についた。

 遠めからは、頭巾に隠れたその顔はハッキリとは見えない。

 少女は二人が来るのに気づくと、家の中に入ってしまった。


「あの子が噂のお姫さまだな・・」

 テンドが言った。

「お姫さま・・」

「見れば分かるだろう・・」

 確かに、母親の格好に比べ格段にキレイな成りをしていた。

「サアラさんの娘さんですか・・ずいぶん大きいんですね」

「娘・・?いや、ヨウから聞いた話では・・」


 一年近く前、旅の途中だというシュメリアの神官が、親を亡くして一緒に旅をしているという少女をサアラの元に預けていった。少女は両親の死のショックで、それ以前の記憶をなくしていた。

 サアラは可愛い妹が出来たと喜んで預かり、それ以来、その神官が再び迎えに来る日まで・・少女をまるでお姫さまのように、大事に世話をしているのだという。


「・・しかし、いくら可愛いからって、大した手伝いもさせねえってのはどうかな・・嫁に行ってから苦労するぜ。それこそ、ほんとに王子さまにでも貰ってもらわねえとな・・」

 そう言ってテンドは笑った。



「こりゃまた、えらく腫れてるな・・」

 テンドは、納屋で休んでいたカンの足を見るなり言った。

 しかし、その前に斬り傷の方を診て・・よくこの傷で持ったものだと感心した。


「こりゃ、サアラは医者になれるぜ・・。ま、あんた方もただ者じゃなさそうだがな・・神官か何かかい、その恰好からすると」

「まあ・・・」

 二人はまだ身元を明かしていいものか判断がつかず、あやふやにそう言った。

 が、医者は気にした様子もなく足の方に取り掛かった。


「折れてるな・・ここだ・・しばらく動けねえぞ」

 そう言って、腫れ上がった部分に包帯を巻き、その上に当て木をして更に包帯でグルグル巻きにした。

「・・で、目もどうかしたのかい。こりゃ診療代が大変だね」

 冗談めかした口調でそう言うと、目の状態も診はじめた。 


「どうしたんだい・・これは」

「月の光にやられてね・・」

「・・月の光・・日の光なら直接見るとよくねえがな・・」

 テンドは暫くジッと何かを考えるように、その目を見ていた。


「・・何度か、お前さん方と同じような恰好の神官かなんかを、猟師が運び込んでな、山で倒れてたって。中にはこんなふうに目を遣られてたヤツもいたな。結局、皆、ダメだったがな・・」

「・・・」

「お前さんたち・・どこから来たんだい」

「・・以前は、『リデンの森』に暫く滞在しておりました。リデン様のお館に・・元々はミタンから・・」

「ほう、リデン様の客人かい。なら、ワシらの客人でもあるわな」

 

 カンは『リデンの森』での目の治療について話し、この森でも同様の治療は出来ないかと尋ねた。

「同様の泉はあるが・・いや、あったが、何故か何年も前からその強い効力は失ってな。今では、殆どただの水だ・・」

「それはどこに・・」

「すぐこの近く・・森の奥に入ったところだよ。ま、全く効力がないこともないだろう。・・毎日、目に浸してみなされ。今のこの状態じゃ、ミタンにせよ、リデン様のところにせよ、戻るのは大変だ。足ばっかじゃなく、へたに動くとまた傷口の方も開いちまう。・・何やら派手な立ち回りでもやったようだが、しばらくここで直してから戻るんだな・・。・・サアラなら大丈夫だ。この傷の処置の具合をみれば分かるだろ、素晴らしい娘だ。元々はな・・」

 

 カンはテンドに、『リデンの森』の伝令を捜してくれるよう頼んだ。

 テンドは明日また診に来ると言い、サアラに、暫くあの客人を置いてやってくれと頼んで帰って行った。


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