表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/36

26 第六章 『赤い一族』 その1



 シャラは、カンの目を『月の矢』で射った後、それまでにないような力の発動に満たされた。『月の矢』は使うと、そのぶん身体的消耗も激しい。

 ところがその時は、然程の消耗もなかったばかりか、何か身の内に不思議な力が流れ込んで来たような感覚を覚えた。



 その後、その足で一旦王都に戻った。そこで時間を取られたため、後は水路で一気にウルドを目指した。ペルも一緒だったが、『月の宮殿』を抜け出した時からずっと眠らせてあった。

 舟に船頭はいない。舳先に取り付けられた受信盤によって、『月の神殿』の磁力そのものが舟を引き寄せていた。

 

 ・・やがて『タンデの島』近くまで来た時、シャラは迷っていた。

 満月に近づく頃が一番強まるその磁力が、月が欠けつつある今、急激に弱っていた。

 このままでは・・目指す『魔月の宴』の準備に遅れる。こうなったら時間を稼ぐため、『リデンの森』の渓谷を行くしかない。

 しかしシャラにとっては、『精霊の女王』の支配する森は・・出来れば避けたい領域だった。

 彼の持つ力が、極端に弱まるからだ。


 しかし、今回の『魔月の宴』は、ミタンを執り込むための時期として、絶妙なタイミングなのだ。

 意を決してシャラは、『リデンの森』の峡谷へと舵を切った。


 

 ・・厚い霧の塊が行く手を阻み、襲ってきた・・。濃い霧が、魔物のように包み込む。

 ・・そんな中、夜が明けた頃から猛烈な悪寒に襲われ、ガタガタとした震えが止まらない。氷山にでも閉じ込められているかのようだ。

 やがて・・それが急激な発熱を引き起こし、朦朧としたまま、その身体は燃え上がる炎の中に閉じ込められていた。

 陽の高い間、河岸の洞に舟を寄せて休んだが、一向に快復しない。

 舟の溯る力も弱まっている。

 シャラは、その身を渓谷の深い流れに投じたくなる誘惑と必死に戦っていた。


(・・楽になりたいか・・ふふふ・・ならばお前もその身を投じるのだ。さあ・・凍るように冷たい水の中へ・・お前の身体ごと・・深い、深い水の底へ・・さあ・・)


 渓谷の水の底から、目に見えぬ青白い腕が伸びて来て、招いていた・・。


 その後、どうやって『リデンの森』の渓谷を抜けたのかは・・覚えていない。濃霧の中、煉獄の炎と戦っているうちに気を失ったのだ。


 再び気がついた時、その身体は恐ろしい業火から救い出されたかのように熱が退き・・渓谷の断崖を見上げる狭い岩畳に打ち上げられた舟の中にあった。



「シャール・・シャール・・」

 その声に目を開けると、若い女が心配そうに見つめていた。

「・・ああ・・シャール・・気がついたのね・・」

 シャラを乗せた舟は、『春の森』まで流されて来ていた。


 

 その朝、目が覚めると、何時もそうであるように・・サアラにはシャールが近くにいることが分かった。森の泉に来ているのかと思ったが、目覚めの夢に現れたシャールの様子は何か違う。

 急いで泉に行ってみたが、やはり姿はない。

 小屋まで戻ると、泉とは反対側の渓谷に向かった。

 眼下を覗きながら暫く歩いていると・・その先の崖下に小舟が一槽打ち上げられているのが見えた。

 険しい岸壁の道を降りると、その舟の中には・・シャールと瀕死の少女が横たわっていた。



「・・シャール・・この子が・・」

 サアラはその腕に、グッタリとした少女を抱えていた。


 ハッとして起き上がったシャラは、ペルを受け取ろうとして差し出した手を、思わず放しそうになった。燃えるように熱い。身体中が火膨れのように腫れ上がり真っ赤だ。

 シャラはペルを抱き上げ、サアラと一緒に渓谷の岩場を登り始めた。

 そうしている間も、ペルの身体からはまるで溶岩のような熱が伝わって来る・・。


 そのまま泉まで運ぶと、衣を脱がせ、身体ごと泉の水に浸した。

 解熱の薬草を煎じ、毛皮の上に乾いた麻布を敷いてペルを寝かせると、熱が引くまでの数日の間、その泉の脇で過ごした。

 その冷たい水の感触に・・シャラの頭の中には、気を失っていた間の微かな記憶が蘇って来た。

 

 

 ・・気を失ってからどのくらい経った頃だろう・・額のあたりに何か心地よい冷たさを覚えた。

 水の中にいるのだろうか・・渓谷の深い水の底に沈んでいるのだろうか・・。

 その冷たい水が瞬く間に暖まり、そして再び、冷たい水の感覚が・・やがて朦朧とはしながらも・・どこかに連れて行かれそうな不安はしだいに収まり・・その冷たく優しい感触に意識を委ねて、いつしか快復への眠りに入っていった・・。


 シャラが意識を失った時に、シャラの架けた眠りからペルは目覚めた。

 夜半の舟の上。傍らに男が倒れていた。

 起こそうとして触ると、その身体は火のような熱に包まれている。

 ペルは柔らかな帯を外すと、河の水に浸して少し絞っては、繰り返し、繰り返し、その男を襲っている発熱を冷たい織布に移し取った。

 しかし、実際にその危険な高熱を引き受けたのは・・その布ではなかった。


 

 シャラは、ペルの持つ不思議な力に気づきはじめていた。

 『月の矢』を射った時の力の発動、弱った心身を治癒に誘う心地よい手の感触・・。

 振り返ってみると、『月の宮殿』に迎えた時から一目でペルを気に入っていた。


 シャラは、泉の辺の幕屋で、まだ日中もまどろんでいる八才の少女に目をやると、これからの計画を改めて練り直して見ることにした・・。

(・・残念だが・・今回の宴には間に合わない・・)



 兄弟国ミタンを・・シュメリアの属国として完全な支配下に置くには、ミタン王族の無垢な少女の血が必要だった。そのため、年令の釣り合うデュラとペルを婚姻させることにした。

 その後、シュメリア王室のペル妃に何が起ころうと、誤魔化すのは難しくはない。十五才位にでもなれば、八才の頃とは別人だろうから。


(・・しかし、あんなに速やかにミタンの部隊が駆けつけるとは、やはり事前に何かを掴んでいたのか・・ジュメを通してか・・)


                                                                                                                                                                                             

 

                                                                                                                                                                                                           

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ