25 第五章 『リデンの森』 その5
「・・では、コウは、叔父のジュメ大使が『月の鏡』を通して伝えたことの幾つかを思い出したというわけですね・・」
「まず第一に『月の王宮』とは、文字通り王宮、すなわち月の神の覚えめでたきシュメリアの王宮だろうな。第二に、『月の宮殿』は我々が滞在した、例の噂の男シャラの屋敷。そして『月の神殿』・・・」
「では、今回の件には『月の王宮』、すなわちシュメリアの王宮もやはり・・何か関わりがあるということでしょうか」
ハルはシュメリア王宮での、シュラ王との謁見の様子を語った。
「全ては王位簒奪を狙った、シャラの陰謀と云うことですかな」
ザイルが言った。
「そのようです。それで三つ目の『月の神殿』というのが・・」
「それなんだ・・」
と言って、カンが地図を指差した。
「・・ここが、シュメリアの王都メリス。『月の王宮』の所在地・・で、ここが御大シャラの御屋敷。麗しき宮殿の跡!そして、ハル、この辺りだろ、何やら神殿がありそうなところって言うのは・・この三か所を線で結ぶと・・ほら、見事な三角形の、リデン様おっしゃるところの、扉が開かれるので・・ございまァす・・」
ハルは、カンの妙なテンションの高さに、微かに微笑んだ。
「で、カン殿が向かわれるのは、その最後の一角というわけですな」
カンはシャラを取り逃がし、ぺルを助けることが出来なかったのは、自分の責任だと感じていた。
どうあっても、シャラの居場所を突き止めるつもりだった。が、そこに侵入する手立ては・・。
「そのことで、カン様・・今回こちらに参りました・・」
その辺りを探っていたハルの部隊は、そこに独自の神官養成機関があることを突き止めた。
何らかの理由で・・総本山である都の主神殿の影響を阻止するためらしく、主に地方から人を募っている。採用された者は神官の推薦状を持って、決められた日時に決められた場所に集合するのだという。
「そうすると、後は何とか、その推薦状を手に入れられれば・・」
「はい。こちらに・・」
そう言ってハルは、大神官バシュアの印章の押された三通の推薦状を差し出した。
カンの顔に、愉快そうな表情が表われた。
「・・偽造したのか」
「いえ、そんな危ないマネは致しません。本物でございます。もっとも、その大神官の印章自体はニセモノのようではございますが」
「でかした」
三人の応募者を買収して推薦状を手に入れたハルは、その土産を手に『リデンの森』の伝令と『タンデの河』近くで落ち合った。
「それであの濃い霧の中を無事、通って来れたわけか・・」
「ハル殿。うちに来んか・・」
ザイルが口を挟んだ。
「いずれ、機会がございましたら」
「おいおい・・」
そんなカンの反応にも関わらず、ハルはその誘いもちょっと悪くないと思った。
まだやって来たばかりだというのに、この森の空気がすっかり気に入っていた。
久しぶりに会ったカンも、以前にも増して溌剌としている。
「で、何か他に、その神殿の周辺のことについて分かったか」
「月の云々・・で思い出しましたが、その辺りも『月の宮殿』同様、異様なまでに月の輝きが強いところです」
「輝きが・・強い・・」
数日後、カン達三人は、舟でウルドを目指して出発した。途中まではミタンへの帰路が同じハルも同乗した。
ハルと別れる時、カンはレ二の特別な手法で彫った銀細工の護符をその手に託した。
「これを妻に・・くれぐれも身体に気をつけるよう。無事な出産を祈ると・・」
ミタンに戻ったハルは、『リデンの館』での協議の内容を報告した。
そして、『月の宮殿』の事件に対する何らかの関わりを完全には払拭出来ないとして、シュメリア王室への警戒を怠らないよう訴えた。
しかし、バティ殿下を初め「婚礼の儀」の随行員達全員が、シュメリア王宮の関与を疑問視して危機感に乏しかった。
ハルは宮殿の火事を思い出すよう訴えたが、まるで皆、既にあの恐ろしかった出来事を忘れてしまったかのように、只、そこでの夢のような滞在の日々を語るばかりだった。
おまけに一番肝心なぺルのことは、シュラ王の言葉を真に受けてか・・その無事を確信しているようだった。
「あの子は大丈夫よ」
「ぺルさまのことです。ご無事でごさいますよ」
皆、心配で気も狂わんばかりになっているよりは良いのかも知れないが・・事件直後の疑心暗鬼の様子とは随分違うことに・・ひどく困惑した。
それでハルは、国王クルに直訴した。シュメリア王府からの親書にも重ねて綴られた〝ペル姫に危害が及ぶことは決してございません・・〟と云う言葉の危うさに、ハルが一生懸命、自ら集めた情報も交えて口説くと、王自身も事の重大さを覚えたようだ。
「では、兵の増員を許可して下さいますね。シャラの一党が近々、『月の神殿』で何かを始めようとしているのは確実です。そのため秘密裏に軍を集結させておきたいのです」
王の許可を得たハルが、軍部に急ぐため王宮の裏門に廻った時だった。
「おっと、すいませんです。軍人さん」
入って来る荷馬車とかち合い、御者が道を譲ったハルにそう言った。
「あれは・・」
「シュメリアからです。王宮からだそうで」
門番が言った。
「王宮から・・?何を積んでる」
「酒樽だそうで・・」
「酒樽・・?」
「婚礼時の不祥事に対する詫びのためだとか・・。でも、随分美味い酒らしいですよ。何しろこれでもう三度目ですからね・・荷馬車一杯に積んだのが。あの御者ともすっかり顔馴染みですよ・・」
「三度目・・!?」




