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『月の迷宮』  (第1巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より」  作者: nico


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22 第五章 『リデンの森』 その2



 その後、カンとダシュンは暫くの間、『リデンの森』に逗留することになった。

 シャラを追ってペルの捜索に向かうにしても、カンの視力が回復しないことには困難は目に見えている。

 その間、リデンはカンを深い森に湧く『癒しの泉』に案内した。

 その水に毎日繰り返し両目を浸しているうちに・・次第に痛みも薄らぎ、視力も少しずつ回復していった。その合間にはダシュンを相手に剣の修練にも励み、そのとびきり新鮮な森の空気は二人の心身に非常な活力を与えてくれた。



「この渓谷の上流域は、どこなのですか・・」

 時折、泉で出会う森の民トランにカンは尋ねた。元トルクの兵士だったと云う彼は、怪我の治療のために通っていた。


「『精霊の山』に源流があります。そこからの流れがこの渓谷を造っているそうです」

「精霊の山とは、どんなところなのです・・」

「いや、御山には誰も近づくことすら出来ませんよ、リデン様以外は」

「・・じゃあシャラは一体、どこに向かったんだろう・・」

「この先の『タンデの島』の端で、ウルドからの流れと合流しているんですよ・・」

 

 タンデの島というのは、誰も登ることの出来ない切り立った断崖の広大な台地で、岩山に生息する獣や鳥達の聖域だった。

 その自然の要害がまったく異なる二つの世界、人間達の住む世界と森の精霊達の棲む世界を隔てる境界ともなっていた。

 その島を挟んで向う側をシュメリア、ミタン国境のウルドの山岳地帯を源とする『タンデの河』が流れ、島の両端でこの『リデンの渓谷』と合流している。

 更に、ウルドと『リデンの森』の間に位置する『春の森』と呼ばれる一帯には、ウルドの山岳と『精霊の山』双方からの清流が注いでいた。


「・・そのシャラとやらがこの渓谷を通過した件で、その後、この渓谷沿いをずっと監視させました」

 トランは自警団の班長を務めている。

「日中はどこに隠れているのか・・舟の姿は全く見えなかったんですが、夕方が近づくと森の獣や鳥が異常に騒いで、それが何日も続いたんですよ」

「うん、ではそれがシャラだとすると、その『春の森』か、ウルドの方へ向かったということだな・・」

「ウルドの方面でしょう。『春の森』は、リデン様の森の一部ですから・・」


「前にもそんなことはあったんですか。シャラというか・・鳥や獣がやたらと騒ぐような輩がこの渓谷を通過したことは・・」

「いや、ウルドに向かう場合は普通、向こう側の『タンデの河』を通りますからね。大きく蛇行して時間はかかりますが・・。何しろここには普通、やたらとは入って来れないんで」

「入って来れない・・?」

「ええ・・お二人は入って来られましたが。きっとリデン様のお招きでしょう」

「確かに、ご親切なお招きには乗りましたが・・」

 その不服そうなカンの口調に、トランは思わず笑った。

 ・・仲間は皆、熱心に仕事をしているようだ・・。


 『タンデの河』から『リデンの渓谷』に入る辺りは、カンも経験したように常に濃い霧が掛かっていて先が見えない。そのためそこが二手に分かれて、渓谷へ続く河があることさえ気がつかない。

 しかしたとえ知っていても、敢えてその濃い霧の中へ入ろうとする者などいない。

 何故なら、ダシュンさえ怯えたように、濃霧の中を長いこと進むうちに方向感覚を失い、先に進んでいるつもりが、霧が晴れると元の場所に戻っている・・と云うのが常だった。

 

 そのため大きく蛇行しても、流れに沿って『タンデの河』を行くのが正解だった。


 『リデンの森』の警備体制が盤石なのは、最初のお招きで経験済みだが、その各方面に張り巡らされた情報網もまたカンを驚かせた。

 『リデンの森』には、驚くような速さで山々を縫って疾駆する伝令達がいた。

 カンは俗塵を離れた聖域に住まう女王が、意外や極めて世事にも通じていることに驚いたが、そういった伝令達の存在を知り納得した。

 カンも既に何度も、ミタンと情報のやり取りをしていた。


 『森の精霊』への信仰の篤いミタンでは、その精霊達の住む森からの使者は大きな驚きを持って迎えられた。それも、『月の宮殿』の事件当夜に消息を絶ったカンとダシュンの近況を伝えて来たのだ。


 カンはハルに宛てて、ウルド沿いの『タンデの河』上流域を調査するよう要請した。



 一方、同じ年頃のパリと親しくなったダシュンは、時折、その仕事に付き合って森を巡っていた。パリは『リデンの館』の料理長の息子で、毎日森に入っては新鮮なキノコや果実を採取していた。

 

 そんな或る日、同じように何かを摘んでいる姿に目を止めたダシュンは、思わず声を上げた。


「コウ・・!」

 その声に、相手は顔を上げてダシュンの方を見た。


「コウ!コウ・・!」


 呼び掛けられた相手は、しばらく分からないような表情をしていたが、やがてその顔が俄かに崩れ・・笑い顔とも泣き顔とも分からない表情に変わった


「コウ!俺だ、ダシュンだ!コウ!」

「ダ・・ダシュン・・」

「そうダシュンだ、俺のこと思い出したか・・!」



 

 



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