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最終章~夢をかなえるためには

「遅ぇ。」


ロビーのソファーから立ち上がった丈治は、案の定。

不機嫌だった。

いや、不機嫌を通り越して、怒りさえも見える。


そんなに、怒らなくても・・・。

一応仕事だったんだし。

今日は、慣れない取締役会で緊張して疲れているのに・・・。


そんな恨めしい思いで、下から丈治を私は思わず睨んだ。


「・・・オラ、部屋行くぞ。」


グイ、と私の腕を掴んで、エレベーターの方へ向かう丈治。


「え・・・部屋って?」


「もう、こんな時間だ。明日、休みだろ?このホテルに部屋とった。」


宿泊は、決定事項らしい。


エレベーターに乗ると、丈治は私の腕を掴んでいた手を外し、手をつないできた。

でも、横をむいて私の方を見ようとしない。


「丈治・・・あの、どうしました?」


「今、話しかけるな。」


「え・・・。」


不機嫌で、ぶっきらぼうというより否定的な言葉が返ってきて、私は思わず固まった。

そんなに怒っているのなら、会わなければいいのに。


かなり、ショックで。

俯いた。


すると、丈治の視界の隅にそんな私が移ったのだろうか。


「あ、ちがっ・・・そ、そうじゃねえっ!」


何故か焦り出す、丈治。

訳がわからず、丈治を見上げると、やっぱり私から目を反らした。

でも、なんだかそれは不機嫌というより落ち着かない様子で、私は訳が分からず首を傾げた。


チン――


エレベーターが私たちの宿泊階に、到着した。

扉が開くなり、丈治は無言で私の手を引き急ぐように大股で歩き出した。

廊下の突き当り角部屋までつくと、私の手をようやく離し、ドアにカードキーを差し込んだ。





「わ、綺麗・・・。」


かなりの高層階で、東京の夜景が素晴らしい。

そして。


「え、もしかして・・・スイートルームですか?」


部屋を見渡し驚いて振り向いた私を、丈治は我慢できないという素振りで、抱きしめた。


「はあー、会いたかった!もう、死ぬかと思った。綾乃ぉ、なんでそんなに可愛い目で俺を見るんだよっ。もう勘弁してくれ。もう、これ以上、俺を惚れさせんなっ。エレベーターん中でお前の可愛い顔なんかみたら、襲っちまいそうで、たまんなかったんだぞっ!」


「え?」


「・・・最初は、一目惚れだった。なんて、上品な女だろうって。上品だけど、嫌みがなくて。きっと、中身まで上品なんだろうって。だけど、本当の中身は全然違って。仕事ならきちんとするのに、私生活は、もう全然ダメで。危なっかしくて、放っておけなくて。可愛くて。自然体で、意外と気が強くて。俺の飯旨いって顔して食って。傷ついた目をしてて。だから、俺が側にいないとダメだって思ってたけど・・・ダメなのは、俺の方だった。離れてみてわかった。お前が側にいないと、俺がダメなんだ。どんな形でもいい。お前と一緒にいたい。嫌だって言うなよ?」


堰を切ったように、丈治の想いが溢れ出てきた。


私も・・・きちんと、丈治に自分の想いを伝えよう。

そう思って丈治の目を見つめ、口を開きかけたのだけれど。


「ああっ、もうっ。可愛いすぎんだよっ!我慢できねぇっ。先にキスさせろっ!」


口を塞がれた。


だけど、直ぐに。

大胆な動きを始めた丈治の舌が、乱暴に私の口から引き抜かれた。


「・・・あんのぉ、クソじじいっ!」


そう言って、丈治は乱暴にポケットから携帯を取り出すと、忌々し気に着信ボタンをおした。

着信欄を見なくても、誰からかわかっているらしい。


丈治は、ぶっきらぼうに短い応答をしてから。

私に、携帯を渡してきた。


「え、私に、ですか?」


「・・・白髪頭のクソじじい。お前に用があるからって、何度も電話してきやがって。お前の携番教えろまで言いやがって。誰が、教えるかよっ!早く終われよ?」


浜田さんが?

よほど急用なのだろうか?

私は慌てて、耳に携帯を当てた。


「お電話かわりました。すみません、何度もお電話頂いたそうで。」


そう言った私に、浜田さんはホッとしたように話し出した。


「よかった、綾乃ちゃんにつながって。クソガキが早く電話切れってうるせーだろうから、単刀直入に話すぞ?綾乃ちゃんの体、子供が出来ねぇって話だが。ちゃんと医者に診てもらったほうがいい。卵巣摘出したの1個だけだろ?今、よく知ってる医者の先生が飲みに来てるんだけど、悪ぃが相談させてもらった。なあ、診断うけたの18年前だろ?随分医学も発達してる。その先生女で、専門は産婦人科じゃねぇけど、スゲー、優秀な先生なんだ。鎌倉学院大学病院に勤めてる。ちょっと、電話代わるから、話すだけ話してみろ、な?」







電話を切った私は、丈治に向きなおった。

途中まで、中々電話を切らない私にイライラしていた丈治だったが。

先生に代わってもらって、私の体の説明を始めてから、丈治が表情を変えた。

内容がわかったのだろう。


「綾乃、お前・・・だから、結婚しないって・・・。」


「大学1年生の時に、10歳上の人とつき合っていて、婚約の話も出て。まあ、相手の方がとても積極的で。私の両親も気に入って。だけど、私の体の事を話したら・・・結婚は考えられないって言われたんです。ショックでしたけど、そういうものだと納得して・・・結婚は一生しないって、その時決めたのです。」


いきなり。


ガッと抱き寄せられ、抱き締められた。


「・・・よかった。」


「え?」


「そいつと、結婚しないで。」


「あの?」


「そういうことなら!もう、遠慮しねぇ!!綾乃、結婚するぞ!結婚しろ!決定事項だ!!」



優しさが、苦にならない男は。

プロポーズも。

私を、苦にさせない。

そんな、言葉をくれた――





それから。

私達は久しぶりに、愛し合った。

やはり、相性がいい、と思った。



丈治に腕枕をされ、私は幸せと、先程の余韻に浸っていたが。


不意に。

頭の中に、不快な感情が沸き起こった。

つまりは、すっかり忘れていた事を思い出したのだけれど。



「丈治!聞きたいことがあります!」


「あ?」


いきなりの私の剣幕に、満足気に私の髪を撫でていた丈治の手がとまった。


「丈治は、留守中元カノに部屋の掃除を頼むのですか?いくら、私の家事能力が低いからって、あまりにもデリカシーが無いとは思いませんか!?というより、私がいるのにまだ元カノと連絡を取っているのですかっ!?」


「何だ、それ。」


惚ける丈治に、怒りながら経緯を話した。


すると、大きなため息。


聞けば、丈治が鍵を預けていたのはカフェのマスターで。

あのマンションの4階に住んでいるのも、マスター。

掃除なんて、誰にも頼んでいない。

人に部屋の中を触られるのは我慢できないから。

私は、良いらしい。

散らかすだけで、片付けないから。

下手に片付けられると、自分とやり方が違って、イラつくらしい。

そう言われると、何か複雑だけれど・・・。


いきなり、丈治が携帯を手にした。

電話をかけたその先は・・・。


「オイ、ゴラァァッ!!いい加減にしろよっ、クソじじいっ!!」


この口調で話す相手は、きっと浜田さん。

ずっと怒鳴りっぱなしだ。

説明も、この調子で怒鳴っている・・・。

そして、丈治は怒鳴るだけ怒鳴って、電話を切った。



「はあ・・・悪ぃ。あのイカレたウェイトレス、クソじじいのセフレなんだ。で、カフェのマスターともデキてる。ったく、自分はクサったことしてやがんのに、クソじじいがお前に滅茶苦茶優しいから、多分焼きもちやいたんだ。クソじじいによく言っといたから、もう、そういうことは、ないからよ。あと、玄関の鍵も変えるから・・・悪かったな?」


「・・・・・・。」


ドン引きです。

だってあの人、私より若かった・・・。


固まっていると、急に丈治が私を抱き寄せた。


「まあ、だけど、嬉しかった。」


何故か、ニヤついている。


「え?」


「だってよ、お前が初めて焼きもちやいてくれたんじゃね?今まで俺に関心持ってくんなかっただろ?俺の名前も聞かねぇし。我慢の限界で、名刺渡したし。なあ、これからは俺にもっと関心持ってくれよ。」


ニヤついていた顔が、いつの間にか真剣になっていた。

自分の気持ちを抑えるに精一杯で、随分と丈治を傷つけていたんだと、今更ながら反省をした。


「関心がなかった、わけじゃないです。ただ、深入りしないように、関心を持たないようにしていたんです。だから、本当は・・・もっと、丈治の事を知りたいです。」


そう言うと、途端に丈治の顔が明るくなった。


「マジか?じゃあ、聞け!何でも答えてやる!」


いや、急に言われても・・・。

でも、凄く嬉しそうな、丈治。


「じゃ、じゃあ、丈治の夢は何ですか?」


「おー、そう来たか。まあな、前は、俺のピアノを1人でも多くの人に聞いてもらいたいっていう感じだったけどな・・・今は違う。」


そう言って、私を愛おしそうに見つめる丈治。


「え?」


「今は、お前を滅茶滅茶甘やかして、幸せにすることだ。だって、それが俺の幸せだからよ。で、お前の夢は?」


私も、同じだ。


「私も・・・丈治の幸せです。丈治と一緒に、幸せになりたいです。」


自然と口から想いが溢れた。


すると、見たこともないくらい、幸せそうに丈治が微笑んだ。

思わず、見とれてしまった。


だけど。



「よし、次だ。」


「え?」


「次の質問をしろ。」


え、まだ続くの?

もう、眠いし、面倒なんだけど。


「あ、お前。今、面倒くさいって思っただろ?」


「え、読心術をお持ちですか?」


「アホか!お前の普段の行動を見ていればわかる!・・・あ、寝るな!俺にもっと関心を持て!お前の夢は、俺の幸せなんだろ?じゃあ、質問しろ!」


え、夢をかなえるために質問しろ、と?


はあ・・・。


私は、チラリ、と丈治を見た。

残念なことに、爛々と期待に満ちた目をしている。


仕方がない。


私は、夢をかなえるために、質問をした。



「・・・・・好きな・・・色は、何です・・・か?」


いや、幼稚園の子供じゃないけれど。

眠くて、他に思いつかなかった。


だけど。


「ぶっ、おま・・・もう、眠くて、面倒で、適当に考えたろー?全くしょうがねーなー。ククッ・・・・。」


適当にした質問に笑う丈治は、滅茶苦茶幸せそうに笑っていて。


だから。

段々瞼が重くなるのを感じながら、私は幸せに包まれた。



そして。

幸せな眠りに入る瞬間。


よく響く低音の声が、耳もとで幸せそうに答えてくれた。



「ネイビーブルー。」






【完】




ありがとうございました。「ネイビーブルー」これにて完結です。つたないお話に、ここまでお付き合いくださり感謝申し上げます<(_ _)>

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