Disc1 track23 『ありえない』
待ちに待った特典会!! まずは───ヴィーク!!
「ロアンヌちゃ〜ん!! やったー!! また会いに来れたっ!!」
両手を大きく広げてフリフリと回しながら、ロアンヌの元へと駆け寄っていく。本日2回目でこのテンション……初めて会えた時は嬉しさのあまり発狂していたのではないだろうか。
そんな心配が脳裏を過り出した直後──息のかかりそうな距離まで近づいて来たヴィークに対し──ロアンヌはなんと……
「あっ!! ありがとう!! また来てくれたんだ!! 嬉しい!! ほんまに、ちっちゃくて可愛いな!!」
『認知完了済み発言』──これは驚いた!! 何千人ものファン1人1人の顔を瞬時に見分けるとは!!
これは相当嬉しいだろうな──そう思い、ロアンヌの顔から少し焦点をずらして、ヴィークの横顔を覗き込むと……
「えええええ&^%%&*(^%$$&*)*&%$#$${{:?{%$@」
「あれ?? 大丈夫!?」
───おっと……嬉しさのあまり、『処理落ち』してしまったようだ。ヴィークは嬉しさのあまり立ったまま、気絶してしまった。
「はい。とりますよ……3,2,1」
しかし、後がつっかえているためか、スタッフはお構いなしの様子でチェキカメラを構えた。一瞬逡巡するような素振りをロアンヌは見せたが、流石はプロ──シャッター音が切られる瞬間は、ヴィークに「ギュッ!!」と抱きついて満面の笑顔でピース!!
「お客様……お客様!!」
「あっ!! 私は何を!!」
(───おっ!! 目が覚めたらしい。よかったよかった)
ヴィークは別のスタッフに肩をトントンと叩かれて、意識を取り戻した。
「大丈夫……??」
「あっ!! はい!! 大丈夫です!! ありがとうございました!!」
「また来てねっ!!」
「はーい!!」
ヴィークは先ほどカメラを構えていたスタッフからチェキ(気絶中だったため、ヴィークは白目)を受け取ると、スタッフの手で、するりと剥がされた。
そして、お次はというと……
「あれ?? あなた……昔、会ったことあるよね??」
「えっ!! すごっ!! よく覚えてますね!! 何年も前なのにっ!!」
ベルの番である。またもやビックリだ……なんと古参ファンのヴィークだけでなく、ベルのことまで覚えていたらしい。ベルの声のトーンが一段と上がった。
「一緒にお仕事した人のことは覚えているよ!!」
「……嬉しい……」
超神対応に心を絆されたベルもまた───すっかりロアンヌの虜になってしまったらしい。そんなこんなで、ベルもチェキを撮り終え、私の番がやってきた………
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「一枚でーす!!」
私はチケットを差し出し、手のひらをスタッフに見せる。危ない物を持っていないことを証明するためだ───そして、ロアンヌの元へと歩み寄る。
ここで……私は彼女と目が会った瞬間……『不思議な感覚』を覚えた。そして、それは彼女も同様だったらしい。
「……あれ……あなた……」
つい先ほどまで、満面の笑みを浮かべていた彼女の顔が───固まった。最初は「私=男」───だと、バレたのかと思った。だが……そうではなさそうだ。私は気を取り直して、挨拶をする。
「えっと……初めまして……」
「あっ!! ごめんなさい!! 来てくれてありがとう!! それじゃあ……撮りましょ!! はい!!」
彼女は、一瞬「ぼーっ」としてしまったことに対する『お詫びの印』なのかどうかは分からないが───力一杯の抱擁で、私を迎え入れてくれた。彼女が身を包んでいる、キラキラと光沢を放つ衣装がこすれる音が聞こえた瞬間……
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
刹那ではあるが一瞬───脳幹に強烈な痛みが、稲妻のように走った。
「!!……うあっ!!」
思わず、変な呻き声をあげてしまい「ギュッ」と目を瞑る。そして……
少しずつ目を開けると、そこは先ほどまで特典会が開催されていた会場ではなかった。まずは恐る恐る視線を上げて天を仰ぐ。
頭上には───青々とした蒼穹がどこまでも広がっていた。
(!?……そんなばかな……夜だったはずなのに!?)
昨日、ベルが分けてくれた豆乳を飲んだ時の様に何時間か気を失ってしまったのだろうか?? 次に周囲の状況を確認……左右には小さな林が広がっているが、向こう側には地平線の彼方まで平野が広がっている。
(──場所まで変わってる?? )
会場の周辺は山で囲まれているため、こんな場所は存在しないはず……ますます意味が分からない。しかもそれだけではない。
(──静かすぎる……)
小鳥の囀りや、風がそよぎ木々がざわめく音……さらに太陽の輝きやそれに伴って生じる陰影が──存在しないのだ。
まるでピースがところどころ抜けたジグソーパズル──そこにあるはずのものが一部存在しない。代わりにあるのは……
(───庭園?? なんだろう……)
もう一度正面へと向き直ると、正面には庭園と言っても差し支えがないほどに広い……花畑が存在していた。そこに植えられているある花は地平線の向こうまで咲き乱れている。
そんな広い庭園に所狭しと咲き乱れていたのは───なんと『青い薔薇』であった。ありえない……なぜならば……
───『青い薔薇』は……『この世界に存在しない薔薇』なのだ。
薔薇には───青い色素を生成する『遺伝子』が存在しない。よって、神話や錬金術の書物などでしか目にすることができない。だから……『青い薔薇の花言葉』は……
───「ありえない」
そうであるにも関わらず───眼前に広がるのは、鮮やかな青で彩られた薔薇……頭上に広がる雲ひとつない蒼空すら……嫉妬のあまり顔を背けてしまうほどに……美しい。
そのあまりにも、優美で狂気すら孕んだ美しさに、すっかり魅了されてしまった私。
「早くこの状況をなんとかしないと」……そう思いつつも、青い薔薇の狂美に呑まれてしまった私は、片膝を地面につくと……目の前に咲いていた一輪の『それ』に───手を伸ばしてしまった……
さらに、私は愛おしさのあまり……花弁を手のひらで包み、香に酔いしれるだけでは飽き足らず───茎にまで手を伸ばしてしまった。
そして……衝動的に、
───手のひらで抱きしめてしまった。
綺麗な薔薇には『棘』がある───例に漏れず、目の前の『青い薔薇』も、そうであった。「ちくりっ」……と灼けるような痛みが両手のひらに走る……
それと同時に───目の前の薔薇は、こう語りかけてきた。
───「触れたな……禁忌の産物に……」
薔薇に『発声器官』など───あるわけがないのに……語りかけてきたのは───目の前の薔薇だと……私は直感した。 そして……
───「お前は私だ」
誰かの声に似ている。誰の声だろう……他の誰よりも近い場所で、何度も聞いたことがあるような……でも、いつもの響きとはやや異なるような気がしなくもない。
「あなたが……私………?? 」
私は、おうむ返しに近い形で返答する。
───「そうだ……。人の手により作られし紛い物。その美しさは真にあらず……」
普段であれば、憤っていただろう。出会って早々、人様を───『紛い物』呼ばわりする無粋な奴の言葉など耳を貸さない。しかし……
「私が偽りの存在であると??」
私は、彼?? ……彼女?? ……、が先ほど発した言葉に興味を抱いていた───「お前は私だ」
突拍子もない発言であったが、なぜか違和感なく、私の胸の奥底まで堕ちてきたのだ。その真意を探ることにした。私は目の前の『青い薔薇』の、次の言葉に耳を傾ける。
───「然り。されど、だからこそ……私は……お前は証明するのだ。赤い薔薇……黄色い薔薇───神により創造されし傑作共に、『肩を並べる存在』であると」
「………………」
その言葉は───胸の奥底に何度押し込めこめても、せり上がって来てしまう生々しい『劣等感』を氷解させた。
……ずっと……思っていたのだ。薬を飲み始めたあの時から。"特効薬"……吹けば飛んでしまうような小指の先ほどの錠剤で───私の命は繋ぎ止められている。
偽りの天才
脆い……脆弱で儚い命……『本物の天才』にはなれない……そんな自分を、後ろめたく思っていた。
(───だけど……)
───「反旗を翻せ。神により築かれた秩序へ……『永遠』や『無限』……そんな薄っぺらく、耳障りの良い言葉など───まやかし 」
目の前に咲き乱れる───『青い薔薇』は……私が今まで巡った薔薇園で見た、どんな薔薇よりも美しい……神の恩寵を賜った自然の産物よりも……
「私は……『天才』……だけど……その才能は───“特効薬”という人類の叡智が生み出した科学の力によって開花した。私は……あなた……『青い薔薇』だ……!! 」
───偽物は本物に勝てない…… 紛い物は真にあらず……
(そんな『不条理』を覆したい……私が……覆す……)
───「私が、お前に授けることができるのは───『気付き』という種のみ……どう育てるかは───お前次第」
「それだけでいい……自らの力で育ててみせる……」
私は目の前で咲き誇る青い薔薇を……一輪でも多く瞼の裏に焼き付けるために、ゆっくりと瞬きながら──自身の言葉を反芻した……覚悟をこの胸に刻むために!!
そして……私は左手に包まれた『まだ形を持たないそれ』を天空へと手向けながら……叫ぶ!!
「狂い咲け……!! 『青い薔薇』……!! 」
───そこで私の意識は、『現実世界』に引き戻された。




