35歳のシンデレラ アラブの女神編 88
「…ファラドに会いたくないか? だと?…」
私は、仰天した…
まさか…
まさか…
ここで、ファラドの名前が出るとは、思わんかった…
いや、
名前が出るのは、いい…
それを、思えば、つい、今さっき、ファラドとオスマンの関係を、このリンダ=ヤンが、説明したばかりだ…
が、
まさか、
「…ファラドと会いたいか?…」
などと、聞かれるとは、思わんかった…
思わんかったのだ…
だから、
「…リンダ…オマエ…ファラドの居場所を知っているのか?…」
と、聞いた…
すると、
「…フッフッフッ…」
と、笑って、ごまかした…
私は、頭に来た…
「…リンダ…ちゃんと、答えろ!…」
私は、怒鳴った…
私は、頭に来たのだ…
他人様の家に、いきなり、やって来て、
「…ファラドに会いたい?…」
と、聞いて、私が、
「…ファラドの居場所を知っているのか?…」
と、真逆に、聞けば、答えない…
まるで、私をからかっているようだ…
だから、余計に、頭に来たのだ…
「…オマエ…私をからかいに来たのか?…」
と、怒鳴った…
が、
またも、
「…フッフッフッ…」
と、笑って答えない…
私は、それを見て、我慢の糸が切れた…
「…言いたくなければ、言わなくていい…さっさと帰れ!…」
と、私は、怒鳴った…
「…いいな!…」
と、言って、玄関に向かって、歩き、玄関のドアを開けようとした…
が、
その姿を見て、さすがに、リンダの顔色が変わった…
「…ちょっと…冗談よ…冗談…」
リンダが、焦って言った…
「…冗談だと?…」
私は、怒って言った…
「…そう…冗談…」
「…冗談も、言っていいときと、悪いときがあるのさ…」
私の怒りは、治まらなかった…
「…今は、悪いときさ…」
私が、あまりにも、怒るものだから、リンダが、驚いていた…
「…お姉さん…どうして、そんなに怒るの?…」
と、リンダが、聞いた…
「…たかが、冗談じゃない…」
リンダが、言ってから、
「…なにか、お姉さん…いつものお姉さんじゃない…」
と、言ってきた…
「…なんだと?…」
「…なんだか、ピリピリしている…」
私は、リンダの言葉に、
「…」
と、答えられなかった…
返答ができんかった…
たしかに、自分でも、わからんが、妙にピリピリしている…
原因は、わからんが、妙に、ピリピリしている…
「…お姉さん…ひょっとして、アレ?…」
「…アレとは、なんだ?…」
「…やっぱり、マリアのこと?…」
「…マリアのことだと?…」
「…そう…マリアが、心配なんでしょ?…」
私は、リンダの問いかけに、
「…」
と、答えられんかった…
たしかに、言われてみれば、その通りかもしれん…
が、
私自身に、その自覚はなかった…
が、
それを否定することも、できんかった…
たしかに、マリアのことも、心配だ…
が、
それを言えば、あのお嬢様…
矢口トモコの動向の方が、もっと心配だ…
なにしろ、あのお嬢様の経営するスーパー、スーパージャパンを、私の夫の葉尊の父、葉敬が、買収しようとしている…
その事実の方が、はるかに、衝撃的だった…
だから、ピリピリしているかも、しれんかった…
自分でも、気付かぬうちに、ピリピリと、苛立っているのかも、しれんかった…
実を言えば、マリアと、あの矢口のお嬢様を、比べれば、マリアの方が、私と、近いというか…
よく、いっしょに、遊んでやっている…
だから、本当は、マリアのことが、心配だといえば、いいのだが、正直、そこまで、マリアのことは、心配ではなかった…
やはりというか、それは、私が、マリアの母親ではないからだろう…
そして、私は、一度しか、会っていないが、あのオスマン殿下を信頼できた…
信用できる人間だと、思った…
それも、これも、私が、他人だからだろう…
よく言えば、冷静に、オスマン殿下を評価できる…
これが、母親のバニラの立場ならば、やはり冷静では、いられないだろう…
信頼できる…
信用できる…
と、思いながらも、一抹の不安がある…
それが、肉親というものだろう…
私は、思った…
だから、バニラのことを、悪く言うことは、できん…
むしろ、バニラが、微笑ましいというと、大げさだが、バニラを見直した…
バニラが、あれほど、マリアを可愛がっているとは、思わんかった…
可愛がっていることは、わかっていたが、今回の件で、それが、一層わかった…
だから、
「…マリアのことは、心配さ…だが、もっと、心配なことがある…」
と、言った…
「…もっと、心配なことって?…」
「…矢口のお嬢様さ…」
「…あのお嬢様…お姉さん、そっくりの…」
「…そうさ…」
「…どうして、心配なの?…」
「…どうしてと、言われても…」
私は、言い淀んだ…
どうしてと、言われても、正直、答えることは、できんかった…
あのお嬢様のスーパーが、私の夫の実父、葉敬に買収されるかもしれん…
正直、私は、あのお嬢様と出会って、ロクなことは、なかった…
いつも、利用された…
ただ、利用された…
外見が、私そっくりだからだ…
が、
不思議と、憎めんかった…
なぜだかは、わからない…
私と同じ外見だから、親近感があるのかもしれない…
いや、
それ以上に、私が、あのお嬢様に、性格の悪さとか、意地の悪さを感じないのが、大きいのかもしれない…
接していれば、相手の性格がわかる…
あのお嬢様は、生粋のお嬢様にも、かかわらず、妙にずる賢いところがあるが、なぜか、憎めん…
ハッキリ言って、何度も煮え湯を飲まされたが、憎めん…
心の底から、憎むことが、できんかったのだ…
そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…優しいんだ…」
と、リンダが、言った…
「…優しい? …私が?…」
意外な言葉だった…
これまで、言われたことがない言葉だった…
「…だって、そうでしょ? …お姉さん…あの矢口さんに、さんざ、利用されたようなことを、以前、言っていたでしょ? それなのに、心配するなんて…」
言われてみれば、その通り…
その通りだった…
ぐうの音も出なかった…
「…もっとも、それが、お姉さんのいいところだけれども…」
「…私のいいところだと?…」
「…なんていうか、お姉さんって、憎めないのね…いっしょにいると、結構ズルいところも、あって、ひとを出し抜こうとするんだけれども、肝心のときに、ためらっちゃたり…優柔不断っていうか…ひとがいいというか…」
「…」
「…そして、お姉さんの友人たちは、皆、お姉さんのそんな姿を見てる…だから、お姉さんは、信頼される…信用される…愛される」
「…」
「…矢口さんも、同じ…」
「…お嬢様も、同じだと?…」
「…例外じゃない…だから、安心して、お姉さんを、利用した…利用できた…」
「…私を利用できた?…」
「…マリアの通うセレブの保育園のお遊戯大会…あそこで、矢口さんは、自分を宣伝するつもりだった…」
「…自分を宣伝だと?…」
「…自分が、広告塔になって、子供たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊る…その姿を、テレビで、流して、少しでも、自分に、いえ、スーパージャパンに親しみを持って、もらう戦略だった…私をCMに出演させて、有名になった商品を、スーパージャパンで、独占的に契約して、販売する…その他、イスラムのハラール食品を、大手のスーパーに先駆けて、スーパージャパンで、販売する…すべて、自社の宣伝…スーパージャパンの売り上げを上げるため…」
「…」
「…そして、その目的は、達成されたかに、見えた…」
「…達成にされたかに、見えただと?…」
「…そこに、思わぬ邪魔が入った…」
「…邪魔?…」
「…葉敬よ…」
「…お義父さん?…」
「…葉敬が、スーパージャパンに興味を示した…」
「…」
「…いえ、正確に言えば、葉敬が、興味を示すように、葉敬に接触した人間がいた…」
「…誰だ、それは?…」
「…ファラドよ…お姉さん…」
「…ファラドだと?…」
「…そうよ…葉敬の趣味が、スーパー巡りだと知って、葉敬に近付いた…いえ、それ以前に、マリアの背景を探った…」
「…マリアの背景だと?…」
「…鈍いわね…お姉さん?…」
「…なにが、鈍いんだ?…」
「…ファラドは、オスマンを追い落とそうとして、その機会を窺っていた…そして、オスマンが、マリアを、気に入っていることに、気付いた…」
「…」
「…だから、これを利用しない手はない…まずは、マリアの背景を探った…マリアの父親は、誰で、母親は、誰なのか? …どんな家庭の娘なのか、をね…」
「…」
「…その結果、思がけないことが、わかった…」
「…思いがけないことだと?…」
「…マリアの母親と父親…」
「…それが、どうかしたのか?…」
「…バニラは、警戒して、決して、保育園には、姿を見せない…お手伝いさんに、マリアの送迎をさせて、決して、自分の姿は、見せない…世界でも、有名なモデルの、バニラ・ルインスキーが、マリアの母親だと、知れれば、自分の仕事に影響が出る…まさか、23歳の若さで、3歳のマリアの母親だと、世間に知られるわけには、いかない…」
「…」
「…そして、葉敬…」
「…お義父さん?…」
「…マリアの父親が、葉敬だと、バレるのは、もっと困る…」
当たり前のことだった…
が、
ファラドは、偶然にも、マリアを、調べて、その事実を知った…
そして、それを利用しない手は、ないと、考えたに違いなかった…
「…そして、あの矢口さんが、お姉さんとルックスが瓜二つだと知った…しかも、あの矢口さんが、お遊戯大会のスポンサーになって、お菓子を提供するという…正直、お姉さん、そっくりの矢口さんだから、なにか、目的があると、ファラドは、気付いた…同時に、そのときを、狙って、オスマンを拉致すれば、いいとも、ファラドは、考えた…」
「…」
「…つまりは、すべてのきっかけは、オスマンが、マリアを気に入ったこと…それを、オスマンを追い落とそうと考えたファラドが、利用したことよ…」
なんと!
すべてのきっかけが、マリアだとは、思わんかった…
そんなこと、夢にも、考えんかった…
私は、驚いた…
驚いたのだ…
「…で、リンダ…オマエは、その内幕を、誰に聞いたんだ?…」
私は、聞いた…
まさか、自分で、考えたわけでも、あるまい…
誰か、この女に知恵をつけた人物がいる…
それを、考えたのだ…
すると、
「…お姉さん…鈍いわ…」
と、またも、私を鈍いと、罵倒した…
私は、頭に来た…
「…鈍いだと?…なにが、鈍いんだ?…」
「…だって、考えてみて…こんなこと、私に、告げる人間なんて、私の周りでは、一人しか、いないでしょ?…」
私は、リンダの言葉に、しばし、考え込んだ…
しばし、悩んだ…
その結果、一人の人物の名前が浮かんだ…
っていうか、あの人物しか、思い浮かばんかった…
あの男しか、考えつかんかった…
「…葉問か?…」
私は、言った…




