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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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86/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 86

「…どうした? バニラ? 泣いているのか?…」


 私は、聞いた…


 が、


 バニラは、答えなかった…


 私は、待った…


 再び、どうした? と、聞くのは、容易い…


 が、


 ここは、聞いては、いかんところだと、思った…


 だから、我慢した…


 しばらく、バニラが、声を発するまで、待った…


 ようやく、


 「…ごめんなさい…お姉さん…」


 と、バニラが、私に詫びた…


 涙声で、私に、詫びた…


 「…マリアが心配なの?…」


 バニラが涙声で、言った…


 「…オスマン殿下が、悪いひとじゃないのは、わかる…でも、心配なの…」


 バニラが説明した…


 やはりというか…


 バニラは、マリアが、オスマン殿下と親密になるのが、不安なのだろう…


 オスマン殿下は、見かけは、3歳の幼児だが、中身は、30歳の大人…


 立派な成人男子だ…


 マリアは、3歳の幼児だから、本当は、子供同士の恋愛にも、達する年齢ではない…


 にも、かかわらず、心配なのだろう…


 私は、


 「…オスマン殿下は、そんな人間じゃないと思うゾ…」


 と、言ってやった…


 「…それは、わかってます…でも、心配なんです…」


 バニラが、涙声で、言った…


 そして、そう、バニラに言われると、私としても、なにも、言えんかった…


 バニラの心配は、わかる…


 わかるのだ…


 よもや、そんなことは、ありえんと、思っていても、どうしても、心配なのだろう…


 その心配は、わかる…


 マリアは、まだ3歳の子供…


 仮に、十年経っても、まだ13歳だ…


 が、


 そのマリアをお嫁さんに、欲しいと、オスマン殿下が、言ったら、困ると思うのだろう…


 言いたくは、ないが、オスマン殿下は、小人症…


 その小人症のオスマン殿下と、結婚することで、躊躇するところだが、さらに歳は、27歳も違う…


 これで、母親として、悩まないといえば、ウソになる…


 うーむ…


 一体、どうすれば?


 どうすれば、いい…


 私は、悩む…


 悩むのだ…


 と、私が、バニラをどう説得するか、悩んでいると、


 「…ママ…誰と、電話しているの? …矢田ちゃん?…」


 と、電話の向こうから、声が、聞こえてきた…


 「…そうよ…」


 バニラが、言うと、


 「…ママ…貸して…」


 と、マリアの声がして、それから、


 「…矢田ちゃん…」


 と、私に話しかけてきた…


 だから、私は、


 「…マリアか?…そうだ…私だ…矢田トモコさ…」


 と、名乗ると、


 「…キャー…矢田ちゃんだ!…」


 と、嬉しそうな声が、した…


 「…会いたい!…」


 「…私もさ…」


 「…どこで、矢田ちゃんに会えるの?…」


 「…どこと言われても…」


 私が、戸惑っていると、


 「…パーティーで、会えるわ…」


 と、いうバニラの声がした…


 すると、


 「…パーティー?…」


 と、マリアが、尋ねる声がした…


 「…そう…パーティー、お姉さんも来るわ…」


 バニラが、答える…


 「…矢田ちゃんも、来る?…」


 「…来るわ…そして、オスマン殿下も…」


 「…オスマンも?…」


 驚く、マリアの声が聞こえてきた…


 「…そうよ…オスマン殿下が、きっと、マリアをエスコートしてくれるわ…」


 「…エスコート?…」


 「…面倒を見てくれるってこと…」


 私は、電話の向こう側から、聞こえる、バニラとマリアのやりとりを聞いて、


 「…いいのか? …バニラ? …」


 と、聞いた…


 「…ハイ…よろしくお願いします…」


 バニラが、丁寧に返した…


 「…クールが、台北筆頭が、そんなに、お世話になっていたら、断れない…」


 バニラが、涙声で言う…


 「…お姉さん…」


 「…なんだ?…」


 「…私は、オスマン殿下を信じます…」


 「…殿下を信じるだと?…」


 「…ハイ…」


 「…そうか…」


 と、だけ、私は、言った…


 本当なら、バニラは、マリアと、オスマンを、パーティーで、会わせたくないに、違いない…


 が、


 クールや、台北筆頭が、オスマンの力で、アラブで、商売が、有利に進んでいると、聞かされた以上、マリアをパーティーに、出席させるしかないと、思ったのかもしれない…


 いや、


 それを言えば、オスマンとマリアは、今も、同じ、あのセレブの保育園に通っているはずだ…


 だから、毎日、顔を合わせているはずだ…


 が、


 それと、パーティーで、顔を合わせることは、違うかもしれない…


 私は、思った…


 「…オスマン殿下を信じます…」


 電話の向こう側から、バニラが繰り返した…


 …オスマン殿下を信じる…


 そう、自分に、言い聞かせているようだった…


 すると、


 「…矢田ちゃん…また、会おう…」


 と、マリアが、言った…


 だから、


 「…パーティーで、会うさ…」


 と、返した…


 「…うん…わかった…」


 マリアが返事をした…


 それで、終わりだった…


 結局、この日は、それで、終わった…


 電話を切ると、私は、なんとなく、気分が、ブルーになった…


 オスマン殿下は、悪い人間ではない…


 一度、会っただけだが、悪い人間とは、思えない…


 が、


 バニラの心配も、また、わかる…


 わかるのだ…


 そして、それを、思えば、世の中、どうにも、ならぬことがあると、思った…


 オスマン殿下には、悪いが、殿下が、小人症に生まれたのは、その好例だ…


 好例といえば、殿下に失礼極まりないが、かわいそうという言葉では、言い切れないほど、運が、悪い…


 たまたま、小人症で、生まれたに過ぎない…


 が、


 その代わりに、アラブの至宝と呼ばれるほどの優れた頭脳を得た…


 が、


 私が、殿下なら、


 「…だから、どうした?…」


 と、言いたい…


 そんな、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れた頭脳を得るよりも、人並みのカラダを得たかっただろう…


 が、


 それは、無理…


 できない…


 そして、それを、思えば、気分は、ブルーになる…


 世の中、どうにも、ならないことがあると、思って、ブルー=憂鬱になる…


 そういうことだ…


 バニラの件も、同じ…


 まさか、オスマン殿下が、マリアに求愛するとは、思えないが、やはり、気になるというか…


 ハッキリ、言えば、距離を置きたいのが、本音だろう…


 オスマン殿下と、マリアが、仲良くすれば、リンダではないが、マリアをサウジに、お持ち帰りでも、されたら、困ると、思うからだ…


 そんなことは、ありえないと、思っていても、どうしても、頭の隅から、そんな考えが、離れないに決まっている…


 そして、そんなことを考えれば、考えるほど、やはり、気分が、ブルーになる…


 落ち込む…


 誰が悪いとか、いいとか、そんなことを言っているわけではないが、気分が、憂鬱になる…


 そんな気持ちだった…


 私は、そんなことを、考えながら、ふと、自分の身近な、人間たちを思った…


 リンダ…


 バニラ…


 葉尊…


 葉問…


 葉敬…


 マリア…


 たちだ…


 まだ3歳のマリアを除けば、誰もが、決して、幸せには、見えない…


 いや、


 別に、不幸だと、言っているわけではない…


 誤解して、もらっては、困る…


 私が、言いたいのは、皆、お金持ちで、ルックスもいい…


 本来、この矢田トモコなど、知り会うことなど、できないひとたち…


 いわば、上級国民…


 上流階級の人たちだ…


 が、


 誰も、そのお金とルックスを得ている割には、幸せそうには、見えない…


 本当なら、もっと、弾けるほど、幸せでいいはずだ…


 が、


 そんなことは、まったくない…


 私が、彼らや、彼女たちと、接して、思ったのは、地位や名声を得ても、中身は、私と変わらない…


 いや、


 中身は、私と変わらないといえば、彼らや、彼女たちに失礼だが、私と同じように、日々、悩んでいる、等身大の姿だった…


 これは、冷静に考えれば、驚きだった…


 彼らや、彼女たちは、古い言葉で、いえば、殿上人…


 私など、決して、近寄れない存在だ…


 お近付きになることのできない人間たちだ…


 にも、かかわらず、この矢田トモコと、同じように、悩んでいる…


 これを知ったときは、文字通り、驚きだった…


 そして、人間は、変わらないと、思った…


 どんな人間にも、悩みがある…


 その悩みの違いは、大きさだけ…


 大小の違いだけだ…


 そう気付いた…


 そして、なぜか、シンデレラの話を、思い出した…


 あの話は、貧乏で、継母たちにいじめられた、かわいそうな娘が、王子様に見初められる話だ…


 が、


 あの後、シンデレラは、どうするのだろう? と、思う…


 生まれも育ちもまるで、違う…


 そんな貧乏なシンデレラが、いきなり王宮に入り、后(きさき)となる…


 そんなことを、王宮に住む人間たちが、受け入れるだろうか?


 答えは、否…


 否だ…


 きっと、王宮に仕える、使用人や、王子の親族に、いじめられるに、決まっている…


 身分違いの人間が、やって来たと、いじめられるに、決まっている…


 なぜ、いじめられるのか?


 それは、誰もが、本心では、シンデレラが、羨ましいからだ…


 身分の低い、女が、王子をゲットした…


 ならば、私にも、チャンスがあったと、考えるだろう…


 片や、王子の親族は、


 「…あんな身分の低い女と、どうして、結婚したのだろ?…」


 と、思って、シンデレラをいじめる…


 そうすれば、シンデレラが、自分から、王宮を離れるのではないか? と、期待するのだ…


 以上は、まったくの、私の想像だが、現実も、似たようなものだろう…


 実をいえば、この矢田トモコも、境遇が、似たようなものだが、私が、運が良かったのは、王宮に住んでいないことだ…


 私にとっての王宮、つまり、台湾で、葉尊の父親の葉敬と、豪邸にいっしょに住めば、私とて、今、想像した、シンデレラと同じ目に遭っても、驚かない…


 が、


 私は、運よく、葉尊と、二人で、住んでいる…


 だから、そんな周囲の人間の嫉妬や嫌がらせとは、無縁だった…


 そして、クール…


 私は、夫の葉尊が、社長を務めるクール本社にも、滅多に顔を出さない…


 これもまた、私に有利に働いた…


 元々、クールは、日本企業…


 経営が、傾いて、斜陽になった、クールを、葉尊の父の、葉敬が、買収した…


 葉敬が、経営する台湾の大企業、台北筆頭の子会社になった…


 きっと、それだけで、昔から、クールにいる人間たちは、葉尊をよく思わないだろう…


 そんな場所に、葉尊の妻である、私が出向けば、これもまた、下手をすれば、イジメの対象になるというか…


 葉尊には、できない皮肉や嫌がらせを受けるかもしれない…


 が、


 私は、それを、事前に察知して、回避したわけではないが、クールには、滅多に、行かなかった…


 理由は、単純…


 私は、公私混同が、大嫌いだからだ…


 夫の葉尊が、社長だからと、チヤホヤされるのも、嫌…


 嫌だ…


 なぜなら、私は、私だからだ…


 私は、矢田トモコだからだ…


 矢田トモコ本人の力だけで、評価されたいからだ…


 それだけだ…


 が、


 ここまで、書いて、考えた…


 別の考えが浮かんだ…


 もしかしたら、誰も、そんなことを、考えてないかもしれないと、思ったのだ…


 どんな人間も、誰もが、自分に興味がある人間は、少数…


 ごく少数の人間だ…


 例を上げれば、結婚だ…


 私の、高校時代、クラス中の男子から、告られた美人のクラスメートがいた…


 そのクラスメートは、ちょうど、女優の常盤貴子を小柄にしたような美人だった…


 だから、モテるのは、わかる…


 が、


 その女優の常盤貴子を小柄にしたクラスメートを、当時、好きだった、同じクラスの男子たちで、今も、その常盤貴子似のクラスメートを好きだという人間は、おそらく誰一人いないだろう…


 その美人の同級生は、


 「…アイツらは、アタシに夢中だったから…」


 と、言いたいだろうが、すでに、高校を卒業して、十年以上たった35歳の今、彼女のことを、考える、男もまた皆無だろう…


 たまたま、街で、見かけたりすれば、


 「…アイツ、今、なにしてるんだろ? 結婚したのかな?…」


 と、でも、考えるぐらいだ…


 そして、それ以上は、なにも、考えないだろう…


 もはや、自分とは、縁もゆかりもない人間だからだ…


 そして、それこそが、真実だろう…


 誰もが、自分が、思うほど、自分のことを、他人は、思ってくれない…


 それが、真実だ…


 私は、そう思った…


 思いながら、その日を過ごした…


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