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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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84/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 84

「…エッ? …葉問? …なにを言っているのですか?…」


 「…ごまかすな…葉問…私の目は節穴ではないゾ…」


 「…」


 「…今のオマエの言葉で、わかったのさ…」


 「…ボクの言葉?…」


 「…私を利用する、うんぬんの言葉で、わかったのさ…」


 「…どういうことですか?…」


 「…葉尊なら、絶対に、私を利用するなんて、言葉は、使わないさ…」


 「…」


 「…葉尊は、そもそも、他人を利用しない…そんなことは、しないし、考えもしないさ…」


 「…」


 「…だから、それを口にしたことで、オマエが、葉尊ではなく、葉問だと、気付いたのさ…」


 私は、言ってやった…


 私の言葉に、葉問は、黙った…


 少しの間、黙り込んだ…


 それから、


 「…ホントに、お姉さんには、驚かされる…」


 と、実に、楽しそうに、笑いだした…


 表情が、実に楽しそうだった…


 生き生きとしていた…


 葉尊には、ない顔だった…


 葉尊も、楽しそうな顔をするが、この葉問の楽しそうな顔とは、違う…


 どこが、違うかといえば、葉尊と、違い、葉問の笑いは、どこか、悪魔的といえば、大げさだが、陰があるのだ…


 それは、葉問が、葉尊の隠れた人格だからかもしれない…


 私は、思った…


 葉問は、ジキルとハイドでいえば、ハイドの役割…


 表の顔のジキルではない…


 裏の顔のハイドだ…


 だから、笑いも、どこか、陰があるというか…


 プロレスで、いえば、正統派ではない…


 ヒール=悪役だ…


 が、


 皮肉にも、ヒールの方が、人気のあることが、多い…


 いわば、悪の魅力というか…


 葉問の魅力も同じ…


 どこか、悪の匂いのする姿に惹かれるのだ…


 それは、この矢田トモコも例外ではない…


 例外ではないのだ…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…お姉さんには、ホント、驚かされる…」


 と、葉問が、繰り返した…


 「…まさか、あのオスマン殿下の信頼を得られるとは、思わなかった…」


 「…なんだと?…」


 「…オスマン殿下の存在は、サウジの王室でも、トップシークレット…極秘中の極秘…ごくわずかな人間しか、知らない…」


 葉問が、言う…


 「…ボクも、その存在を知ったときは、驚きだったし、オスマン殿下は、当然ながら、用心深い…決して、他人に、容易に心を開く人物ではない…それが、お姉さんには、あっさりと、心を開いて…まるで、魔法だ…」


 「…魔法だと?…」


 「…あの用心深い、オスマン殿下の心を開くとは、今でも、信じられない…」


 「…」


 「…そして、それこそが、お姉さんの力…矢田トモコの持つ力だと言わざるを得ない…正直、恐れ入る…」


 「…」


 私は、葉問の言葉を聞きながら、葉問が、ファラドを倒したことを、思い出した…


 ファラドは、あのとき、マリアを人質に取って、逃げようとした…


 が、


 マリアが、ファラドの手を噛んで、逃げ出した…


 それを、見た、マリアの母親のバニラが、怒って、ファラドに殴りかかった…


 バニラは、元は、ヤンキー…


 だから、自分の娘が、人質に取られたことに、激怒して、ファラドに殴りかかったのだ…


 が、


 いかに、バニラが、大柄でも、ファラドの敵ではなかった…


 ファラドは、最初こそ、バニラに圧し負けていたが、すぐに挽回した…


 バニラは、呆気なく、ファラドの前に倒れた…


 そして、そのバニラを助けたのが、他ならぬ、この葉問だった…


 葉問は、すぐに、ファラドをやっつけた…


 実をいうと、葉問は、強いとは、思っていたが、ホントに、強いか、どうかは、わからなかった…


 が、


 この一件で、強いことが、わかった…


 頼りになることが、わかった…


 が、


 それだけだ…


 それだけのことに、過ぎん…


 この葉問は、どうにも、信用できん…


 根っからの悪い男では、ないかも、しれんが、信用できん…


 だから、うっかり、葉問の口車に乗っては、大変なことになる…


 だから、用心せねば、ならん…


 用心せねば、ならんのだ!…


 私は、必死になって、自分に言い聞かせた…


 半ば、必死になって、自分に言い聞かせた…


 そうでも、せねば、私が、葉問に、心を奪われかねなかった…


 この矢田トモコとて、女…


 葉問の持つ、怪しげな魅力にはまりかけていた…


 その、なんとも、胡散臭い魅力の罠にかかるところだったからだ…


 私が、内心、そんなことを、考えながら、葉問と、距離を置こうとしていると、


 「…なんだか、ボクは、警戒されているようですね…」


 と、葉問が、苦笑した…


 私は、


 「…そうざ…」


 と、即座に応じた…


 「…オマエは、信用できん…」


 私が、断言すると、葉問が、またも、笑った…


 「…お姉さん…そんなことを、本人の前で言うのは、お姉さんぐらいです…」


 「…なんだと?…」


 「…しかも、言われた人間が、まったく、傷つかないというか…言われても、全然、嫌じゃない…そんな芸当が、できるのも、お姉さんぐらいです…」


 …なんだ?…


 …こいつは?…


 …一体、私を褒めているのか?…


 …けなしているのか?…


 …さっぱり、わからん…


 だから、


 「…オマエ…それは、私を褒めているのか? それとも、けなしているのか?…」


 と、聞いてやった…


 すると、葉問は、またも、笑った…


 それも、実に、楽しそうに、笑ったのだ…


 「…もちろん、褒めているに、決まっているじゃないですか?…」


 葉問が、あっさりと言う…


 「…それになにより、お姉さんは、葉尊の妻…ボクの義理の姉です…」


 …たしかに、言われてみれば、その通り…


 …その通りだった…


 葉問は、葉尊の一卵性双生児の弟…


 が、


 本物の葉問は、すでに、事故で死んでいる…


 葉尊のした、いたずらで、死んでいる…


 そのことで、心に傷を負った葉尊が、知らず知らずの内に、自分の中に、作り出した、もう一つの人格…それが、葉問だった…


 つまりは、葉尊は、自分の不注意で、死なせた葉問を、自分の力で、再生したのだ…


 生き返らせたのだった…


 「…自分の義理の姉の悪口を言うわけはないじゃ、ありませんか?…」


 葉問は、屈託なく笑った…


 「…葉尊(ようそん)という名前は、父の葉敬(ようけい)が、息子が、周囲から尊敬される人間になれるようにと、つけました…真逆に、葉問(ようもん)という名前は、学問で、身が立てられるようにと、つけました…」


 葉問が、語る…


 「…が、実際は、まったく、うまくいきませんでした…葉尊は、ともかく、この葉問は、まったく学問とは、無縁…問という名前が、実に、皮肉に聞こえます…」


 「…」


 「…ですが、この問にも、少しばかり、他人様の役に立つことが、できます…」


 「…なんだ、それは?…」


 「…お姉さんの力になることです…」


 「…私の力に?…」


 「…そうです…」


 私は、その言葉で、考えた…


 そういえば、この前、ファラドに襲われかかったときに、助けたのが、この葉問だった…


 私は、それを思い出した…


 「…まあ、オマエでも、少しは、私の役に立つことが、あるかもしれん…」


 と、私は、少しばかり、葉問を認めてやった…


 あくまで、少しばかりだ…


 そして、


 「…そういえば、葉問…」


 「…なんですか?…」


 「…あの場所に現れたのは、リンダに頼まれたからか?…」


 私の質問に、


 「…」


 と、葉問は、黙った…


 答えなかった…


 「…どうした? なぜ、答えん?…」


 「…お姉さん…」


 「…なんだ?…」


 「…ボクにも、言えないことが、あるんです…」


 「…言えないことだと? …だったら、ウソでも、なんでも、言えば、いいじゃないか?…」


 「…お姉さんに、ウソは、つけません…」


 「…どうしてだ? …どうして、つけない?…」


 「…お姉さんは、純真無垢です…お姉さんを騙すのは、自分の良心が、許しません…」


 「…オマエの良心だと?…」


 「…ハイ…」


 「…そんなものが、あるのか?…」


 「…あります…」


 「…どこにある?…」


 「…お姉さんを助けたのが、その証明です…」


 「…私を助けたことだと?…」


 たしかに、そうだ…


 私は、この葉問に助けられた…


 この葉問が、私を助けなければ、私は、呆気なく、あのファラドにやられていた…


 それを、思えば、やはり、この葉問に感謝するところだった…


 「…あのときは、すまんかった…」


 私は、葉問に礼を言った…


 「…助けてもらって、すまんかった…」


 「…いえ、どういたしまして…」


 葉問が、笑った…


 「…たいしたことでは、ありません…」


 「…そうか…」


 私は、答えた…


 「…お姉さんの役に立って、良かったです…」


 葉問が、屈託なく笑った…


 「…私の役に立って、良かっただと?…」


 「…ハイ…」


 「…なぜ、良かったんだ?…」


 「…お姉さんを利用できるからです…」


 「…私を利用できるからだと?…」


 「…お姉さんは、いつも言うように、誰からも愛されるんです…オスマン殿下からも…葉敬からも…一度でも、お姉さんに接すると、お姉さんの持つ魅力の虜(とりこ)に、なります…」


 「…私の魅力の虜(とりこ)だと? …そんなものは、ないさ…」


 「…あります…」


 「…ないさ…」


 「…あります…」


 「…どうして、わかる?…」


 「…今も言ったように、誰からも好かれるからです…」


 「…」


 「…嫌われる人間は、どこに行っても、嫌われる…お姉さんは、真逆です…」


 「…私は、真逆?…」


 「…それゆえ、お姉さんを敵に回すことは、できません…」


 「…どうして、できない?…」


 「…お姉さんを敵に回せば、同時に、皆が、お姉さんに、同調します…つまり、お姉さんを慕う人間すべてを敵に回すことになります…」


 「…」


 「…つまりは、お姉さんの周りにいるすべての人間…葉敬も、葉尊も、リンダも、バニラも、マリアも、オスマン殿下もすべてです…すべての人間が、この葉問の敵に回ります…そんな愚は、冒せません…」


 葉問が、笑った…


 が、


 その葉問の笑いを見て、考えた…


 一体、どうして、この葉問が、私の前に現れたかのか?


 考えたのだ…


 当然、理由がある…


 当然、目的があるからだ…


 一体、どんな理由が?…


 やはり、オスマン殿下か?


 考えた…


 あのとき、この葉問は、オスマン殿下を、守った…


 つまりは、あの件で、この葉問は、オスマン殿下の信頼を得たのかもしれん…


 もしかしたら、それが、狙いか?


 それが、狙いで、あのとき、オスマン殿下の前に現れたのかも、しれん…


 オスマン殿下の信頼を得るために、現れたのかも、しれんのだ…


 そのことに、気付いた私は、


 「…オスマン殿下?…」


 と、聞いた…


 「…オスマン殿下? なにが、オスマン殿下なのですか?…」


 「…あのとき、現れた理由さ…ひょっとして、葉問…オマエは、オスマン殿下の信頼を得るために、あのタイミングで、現れたんじゃないか?…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…オスマン殿下が、危機に陥ることは、あらかじめ、わかっていたはずさ…だから、あのタイミングで、現れて、オスマン殿下を救えば、オマエは、オスマン殿下の信頼を得られると、思ったんじゃないか?…」


 私の言葉に、


 「…」


 と、破門は、沈黙した…


 沈黙が、肯定を意味した…


 私の指摘が、正しいことを示していた…


 「…どうだ? …その通りだろ?…」


 私は、勝ち誇って、言った…


 が、


 葉問は、


 「…オスマン殿下は、そんな単純な人間じゃありませんよ…」


 と、笑った…


 「…なんだと?…」


 「…ボクは、お姉さんとは、違うんです?…」


 「…私とは、違う? …どういう意味だ?…」


 「…お姉さんだから、オスマン殿下は、信頼できるんです…」


 「…私だから、信頼できるだと?…どうしてだ? 私は、たかだか、オスマン殿下と、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っただけだ? オマエは、オスマン殿下の危機を助けたじゃないか? 私より、はるかに、オスマン殿下の役に立ったはずだ?…」


 「…だから、それは、お姉さんだからです…」


 「…私だから?…」


 「…あのときは、ファラドを倒すことで、お姉さんを助け、結果的に、オスマン殿下を助けることになりました…」


 「…オマエの言う通りさ…」


 「…ですが、ボクが、助けずとも、別になんの問題もありませんでした…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…思い出して下さい…あのときは、園児の保護者に化けたオスマン殿下の配下の者や、お菓子を配る者に扮したオスマン殿下の配下の者ばかりでした…だから、ボクが、ファラドを倒さずとも、ファラドに逃げ場は、ありませんでした…」


 …たしかに、その通りだった…


 あの場は、すべて、オスマン殿下の配下の者で、一杯だった…


 たとえ、あの場に葉問が、現れずとも、ファラドが、無事にすむはずが、なかった…


 「…だから、オスマン殿下は、ボクに感謝なんか、しません…いや、仮に、感謝しても、それと、ボクが、信頼できる人間と、オスマン殿下が、認めるか、否かとは、なんの関係もありません…」


 「…」


 「…お姉さん…」


 「…なんだ?…」


 「…ボクは、お姉さんが、羨ましい…」


 「…どうして、私が、羨ましいんだ?…」


 「…誰かも好かれる…そして、ひとは、誰もが、お姉さんのように、誰からも好かれたい…嫌われたくない…」


 「…」


 「…でも、お姉さんは、天衣無縫というか…自分が、まるで、意識しないのに、誰からも好かれる…そんな人間は、お姉さんぐらいのものです…」


 「…」


 「…オスマン殿下が、信頼するのも、納得です…」


 葉問が、言った…


 「…お姉さん?…」


 「…なんだ?…」


 「…また、会いましょう…」


 それだけ言うと、葉問が消えた…


 葉問が、あっさりと、消えて、葉尊になった…


 葉尊は、


 「…なにか、あったんですか? …お姉さん?…」


 と、きょとんとした顔で、私に聞いた…


 「…なんでもない…なんでもないさ…」


 と、私は、葉尊に、答えた…


 私の十八番の言葉だった…


 葉尊は、納得しなかったろうが、それ以上は、私に聞かなかった…


 私もまた、葉尊に聞かなかったことがある…


 どうして、今のタイミングで、葉問が、現れたということだ…


 葉尊の許可がなければ、葉問は、出現することが、できないと、思っているからだ…


 が、


 聞かなかった…


 どこの夫婦でも、秘密の一つや二つは、ある…


 互いのパートナーに伝えてない秘密は、ある…


 これも、同じだった…


 私と葉尊の間にも、互いに伝えてない秘密があるということだった…


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