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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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58/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 58

「…リ…リンダ…ゆ、許してくれ…わ、わたしを、ゆ、ゆるしてくれ…」


 私は、呟いた…


 心の中で、呟いた…


 いや、


 心の中だけで、呟いたつもりだったが、不覚にも、声に出してしまった…


 すると、


 「…矢田ちゃん…許すって、なにを許すの?…」


 と、いうマリアの声がした…


 私は、その声で、目を開けた…


 私の細い目を開けた…


 「…そうね…一体、なにを許すのね?…」


 と、今度は、リンダの声がした…


 リンダ=ヤンの声がした…


 私は、恐る恐る、リンダの顔を見た…


 すると、そこには、普段の穏やかなリンダ=ヤンの顔があった…


 さっきまでの、陰湿な暗い目をしたリンダ=ヤンではない、普段のヤンがいた…


 私は、それを見て、ホッとした…


 が、


 ただ、ホッとしているわけではなかった…


 やはりというか…


 このリンダ・ヘイワースにも、後ろ暗い過去があるに違いない…


 私は、それを悟った…


 誰にも、知られたくない、過去があるのかもしれない…


 そして、ひょっとしたら、それに私が、言及したと思ったから、リンダの顔色が、変わったのかもしれない…


 そう、気付いた…


 いずれにしろ、このリンダ・ヘイワースという女にも、謎がある…


 私は、思った…


 きっと、この矢田トモコにも、知られたくない過去があるに違いない…


 が、


 安心しろ、リンダ…


 私は、そのことには、触れんさ…


 なにしろ、触れれば、この矢田トモコの身に危険が及ぶかもしれん…


 そんなことは、ゴメンさ…


 私は、思った…


 と、その間にも、クルマは、疾走した…


 ピンクのベンツが、街中を疾走した…


 私は、ヤン=リンダとの会話を終えると、ふと、窓から、外を見た…


 このピンクのベンツを見ている人間が、大勢いるのでは? と、考えたのだ…


 こんなド派手なピンクのベンツが、街中を走っていれば、どんな人間が、そんなクルマに乗っているのか? 考える…


 不思議に思う…


 それが、普通の人間だ…


 普通の人間の感覚だ…


 私は、思った…


 だから、ジッと、窓から、外を見た…


 私の細い目をさらに、細くして、外を見た…


 外にいる、他人の反応を見た…


 すると、


 「…矢田ちゃん…なにを見ているの?…」


 と、マリアが聞いた…


 「…外のひとの反応さ…」


 私は、答えた…


 「…反応って?…」


 「…こんなピンクのベンツに乗っていれば、一体、どんな人間が、こんなクルマに乗っているのか、普通は、気になるさ…」


 「…エーッ! …矢田ちゃんでも、気になるの?…」


 「…当たり前さ…私は平凡…平凡な女さ…マリア…オマエの母親のバニラや、このリンダが、このピンクのベンツから、華やかなドレスを身にまとって、降りるには、ちょうど、いいさ…いわば、このクルマは、イベント用さ…」


 「…イベント用って、なに?…」


 「…今も言ったように、映画の宣伝や、パーティーに出席するために、乗りつけるクルマさ…このリンダや、あのバニラも、きれいなドレスを身にまとって、人前に出るには、この派手なクルマが、似合ってるさ…でも、今は、そうじゃない…」


 「…そうじゃない?…」


 「…そうさ…たかだか、保育園のお遊戯大会さ…だから、こんな派手なクルマは、必要ないさ…」


 私が、力説すると、


 「…そうかな…」


 と、隣のヤンが、口を挟んだ…


 「…どういう意味だ? …ヤン=リンダ…」


 「…葉敬は、バカじゃないってこと?…」


 「…なんだと?…」


 「…意味もなく、こんなピンクのベンツを用意するわけがない…」


 「…じゃ、どういう意味があると言うんだ?…」


 「…それは、わからない…でも、なにか、意味があるはず…」


 私は、ヤン=リンダの言葉に、


 「…」


 と、黙った…


 たしかに、そう言われてみれば、なにか、意味があるのかもしれないと、思ったのだ…


 何度も言うが、葉敬は、台湾の大富豪…


 一代で、台湾の大企業、台北筆頭を、作った、台湾では、伝説的な人物だ…


 なにより、この矢田トモコを、葉尊の妻に選んだ男だ…


 まさに、ひとを見る目がある(笑)…


 いわば、そんな慧眼(けいがん)の持ち主が、わざと、ピンクのベンツに乗れと、このクルマを差し出した…


 やはり、なにか、理由があると思うのが、当然だった…


 が、


 その理由は、保育園に近付くに従って、呆気なくわかった…


 保育園に、近付くにつれ、なにやら、高級車の大群が、嫌でも、目に入ってきたからだ…


 あまり、クルマに詳しくない私でも、窓越しに、普段見慣れない、高級車の群れに気が付いたのだ…


 「…な…なんだ? …このクルマたちは?…」


 私は、言った…


 すると、隣のヤンが、


 「…やっぱりね…」


 と、笑った…


 笑ったのだ…


 だから、私は、


 「…なにが、やっぱりなんだ?…」


 と、ヤンに聞いた…


 「…金持ちの見栄の張り会い…」


 「…見栄の張り合いだと?…」


 「…今の言葉で、いえば、マウンティング…互いに相手を格付けする…」


 ヤンが、笑った…


 「…それが、わかっているから、葉敬は、わざと、こんなピンクのベンツを用意したに違いない…普通の…オリジナルの高級車じゃ目立たないから…」


 「…そうか…」


 私は、言った…


 が、


 言いながらも、どこか、腑に落ちなかった…


 本当に、それだけが、このピンクのベンツを用意した理由だろうか?


 疑問に、思ったのだ…


 私が、もし、葉敬なら、なにか、別の意味があるような気がする…


 もちろん、ここで、目立つ意味もある…


 金持ちが、大勢集まる中で、ひと際、目立つには、このピンクのベンツのようなクルマに乗ることが、一番だからだ…


 私は、そんなことを、考えながら、窓越しに、高級車の大群を見た…


 見続けた…


 「…到着しました…」


 と、運転手が、告げた…


 私は、


 「…そうか…」


 と、立派に腕を組んで、呟いた…


 「…着いたか…」


 私が、重々しく言うと、


 「…矢田ちゃん…どっかの社長さんみたい…」


 と、マリアが言った…


 「…社長だと?…」


 「…うん…でも、矢田ちゃんが、腕を組んでも、似合わない…全然、偉く見えない…」


 マリアが、あっけらかんと、言った…


 私は、頭に来た…


 いかに、3歳の子供といえども、言っていいことと、悪いことがある…


 私は、少しばかり、悩んだが、やはり、ここは、マリアを注意するところだと、思った…


 思ったのだ…


 「…マリア…」


 「…矢田ちゃん…なに?…」


 「…ひとを軽く見てはいかんゾ…私は、立派な女さ…」


 「…エッ? …矢田ちゃんのどこが、立派なの?…」


 「…立派さ…立派に決まってるさ…なにしろ、私は、クールの社長夫人…クールの社長の葉尊の妻さ…」


 「…でも、それは、矢田ちゃんが、偉いわけでも、なんでもなくて、葉尊さんが、偉いんでしょ?…」


 「…それは、そうだが…」


 「…だから、矢田ちゃんは、偉くない…」


 マリアが、断言した…


 私は、頭に来た…


 いかに、3歳の幼児とはいえ、面と向かって、偉くないと、言われれば、誰でも、頭に来る…


 だから、


 「…私は、偉い…偉いんだ…」


 と、怒鳴った…


 すると、マリアが、


 「…矢田ちゃんは、偉くない…全然、偉くない…」


 と、怒鳴り返した…


 「…なんだと?…」


 私は、怒った…


 自分でも、大人げないと思うが、マリア相手に本気になった…


 3歳の幼児相手に本気になったのだ…


 すると、脳裏に、あのバニラの顔が浮かんだ…


 あのクソ生意気なバニラの顔が浮かんだのだ…


 …やはりな…


 私は、急に、納得した…


 …やはり、血は争えん!…


 私は、思った…


 母親が、あのバニラだ…


 あのバカ、バニラだ…


 やはり、このマリアもバカなのかもしれん…


 ふと、気付いた…


 これまでは、3歳の幼児だから、大目に見てきたが、これで、わかった…


 わかったのだ…


 今日を限りに、このマリアとも、お別れさ…


 いや、


 今日を限りではない…


 今を限りに、お別れさ…


 私は、思った…


 だから、開口一番…


 「…帰るさ…」


 と、言った…


 「…エーッ? …帰るって?…」


 リンダが、声を上げた…


 「…帰ると言ったら、帰るのさ…リンダ、オマエとマリアは、ここで、降りたら、私は、このまま、このクルマに乗って帰るさ…」


 「…お姉さん…そんな…」


 「…そんなも、こんなも、ないさ…いかに、3歳の幼児とはいえ、こんなクソ生意気なガキといっしょにいるのは、たくさんさ…」


 「…クソ生意気なガキ?…」


 「…そうさ…普段、私に世話になっているくせに、私をバカにするとは…とんでもない、ガキさ…」


 私は、言った…


 「…矢田ちゃん…ごめんなさい…」


 マリアが謝った…


 が、


 私は、許さんかった…


 許すわけには、いかんかった…


 「…マリア…もう二度と、オマエの面倒は、見てやらんさ…」


 私は、断言した…


 「…いいな…」


 私は、念を押した…


 「…お姉さん…そんな…こんな子供に…」


 「…リンダ…歳は関係ないさ…ひとには、言ってはいけないことがある…それを、このマリアは、言ってしまったのさ…」


 すると、それを聞いた、マリアが突然、泣き出した…


 「…矢田ちゃん…ごめんさない…ごめんなさい…」


 と、言って、大声で、泣き出した…


 が、


 私は、そんなマリアに一ミリだって、同情せんかった…


 同情せんかったのだ…


 「…泣きたければ、いくらでも、泣くがいいさ…」


 私は、言った…


 「…そんな手が、通じるのは、子供のときだけさ…大人になれば、そんな手は使えんさ…」


 私は、言った…


 言いながら、ふと、横目で、リンダを見た…


 リンダ=ヤンを見た…


 ヤンが、一体、どんな反応を示すのか、興味があったからだ…


 いや、


 興味があっただけじゃない…


 さっき、ヤンが、物凄く陰湿な目で、私、矢田トモコを見た…


 それを思い出したのだ…


 だから、一体、ヤンが、どんな反応を示すのか、気になったのだ…


 ひょっとすると、またも、ヤンが、陰湿な目で、この矢田トモコを脅すかもしれんからだ…


 だが、そうなったら、あっけなく、マリアを許してやればいい…


 ふと、そう思った…


 そう、思いながら、リンダ=ヤンが、一体、どういう反応をするのか、待った…


 どういう態度を取るのか、待った…


 すると、ヤンが、口を開いた…


 「…マリア…泣くのは、止めなさい…」


 優しく、マリアに語りかけた…


 が、


 泣きやまない…


 すると、ヤンの表情が、変わった…


 一気に、鬼の形相になった…


 「…泣くな…マリア…泣いても、誰も、同情なんか、しない…」


 ゆっくりとだが、ドスの利いた声で、ヤン=リンダが、言った…


 その声に、驚いて、マリアが、泣くのを止めて、ヤン=リンダを見た…


 「…涙が、女の武器だなんて、思っちゃダメ…いくら、泣いても、誰も、同情なんて、しない…だから、自分一人の力で、なんとかするしかない…」


 リンダ=ヤンが、まるで、自分自身に、言い聞かせるように言った…


 「…マリア…よく覚えておきなさい…」


 ヤン=リンダが、別人のように、重々しく言った…


 言ったのだ…


 それを隣で、見ていた私は、怖かった…


 実に、怖かったのだ…


 もう少しで、小便をちびる寸前だった…


 それほど、怖かったのだ…


 元々、私は、小心者…


 気が弱かった(涙)…


 それを悟られるのが、怖くて、威張っているだけだった…


 なにより、私は、暴力が苦手だった…


 暴力の匂いのする相手が苦手だった…


 だから、リンダが怖かった…


 今のリンダは、暴力の匂いが、プンプンしている…


 だから、怖かったのだ…


 そして、それは、私だけではない…


 この矢田トモコだけではない…


 マリアも感じた様子だった…


 「…リンダさん…いつもと、違う…」


 マリアが、ポツリと漏らした…


 「…いつものリンダさんじゃない…」


 私は、マリアの言葉で、考えた…


 なぜ、リンダ=ヤンが、いつもと、違ったか、をだ…


 おそらく、それは、さっき、私が、リンダの過去に触れたから…


 触れられたくない過去に触れたからだと、気付いた…


 おそらく、そのせいで、リンダは、苛立っているのだろうと、気付いた…


 だから、大げさに言えば、いつもは、女神のような優しいリンダが、いつもとは、違った…


 リンダは、ヤンのときも、いつも、いっしょ…


 基本的に優しい…


 それは、あのバニラとの決定的な違い…


 バニラは、日本でいえば、元ヤン…


 元は、ヤンキーだ…


 が、


 このリンダは、違う…


 にもかかわらず、今は苛立っていた…


 よほど、触れられたくない過去を思い出したに違いない…


 私の言ったことが、一般論にも、かかわらず、当たっていたに違いない…


 だったら、もっと、的確に、リンダの過去に触れたら、一体、どうなるのだろう?

 

 ふと、思った…


 そんなことを、考えていると、いつのまにか、マリアが、泣くのを、止めていたことに、気付いた…


 マリアが、いつのまにか、泣くのを、止めていた…


 私は、すぐに、マリアが、リンダが怖かったからだと、気付いた…


 私同様、マリアもリンダが、怖かったに違いない…


 だから、リンダの言う通り、泣くのを止めたのだ…


 私は、このとき、リンダの意外な一面を見た気分になった…


 そして、このリンダ=ヤンを、決して、怒らせないよう、気を付けようと、心に誓った…


 私では、到底、太刀打ちできない…


 歯が立たないからだ…


 そのことを、固く、心に誓った…


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