35歳のシンデレラ アラブの女神編 53
「…雑草の強さ?…」
葉尊が、私の言葉を繰り返した…
「…そうさ…そして、それは、リンダも同じさ…」
「…リンダも?…」
「…リンダも平凡な家庭の出身さ…だから、オマエの父親の葉敬の支援を受けたんだろ?…」
「…それは、そうですが…」
「…だから、考える…」
「…なにを、考えるんですか?…」
「…どうすれば、ファラドから、逃げるか? …逃げ切れるか?…」
「…」
「…そして、リンダ=ヤンも雑草だから、あらゆる手を使う…そこに、タブーはない…」
「…」
「…そうだろ? 葉問?…」
私は、言った…
目の前の葉尊の表情が、変わった…
明らかに、驚いた…
動揺した…
「…お姉さん…一体、なにを?…」
「…隠しても、無駄さ…」
「…無駄?…」
「…葉問…オマエが、リンダに、バニラの娘のマリアを利用しろ、と、教えたのか?…」
私が、聞くと、
「…」
と、葉尊、いや、葉問が、黙った…
「…リンダが、出て行った後、気付いたのさ…リンダは、そこまでは、しない…」
「…どういう意味ですか?…」
「…マリアを利用しようという発想は、リンダには、ないさ…」
「…」
「…だから、リンダの頭では、考え付かない…だとすれば、誰かが、リンダに知恵をつけたことになる…そして、そんなことが、できるのは、葉問…オマエぐらいさ…」
「…」
「…葉問…相変わらず、悪知恵が働くな…」
私が、言うと、
「…どうして、今、お姉さんの前にいるのが、葉尊ではなく、葉問だと思うんですか?…」
と、聞いた…
「…簡単さ…」
「…簡単?…」
「…オマエは、偵察に来たのさ…」
「…偵察?…」
「…オマエが、リンダに知恵をつけた事実に、私が、気付いたか、否か、見に来たのさ…」
「…」
「…オマエは、リンダに、マリアを利用しろと、知恵を付けた…そして、その事実に、私が、気が付くか、どうか、見に来たわけだ…」
「…」
「…葉問…相変わらず、薄汚いというか…やることが、うさん臭いな…」
「…うさん臭い?…」
「…そうさ…もっと、正々堂々と勝負したら、どうだ?…」
「…正々堂々と、ですか? …お姉さん…それで、ファラドに対抗できますか?…」
「…」
「…答えられないでしょ? だから、ボクは少しばかり、リンダに知恵をつけてやったんです…なにより、リンダ=ヤンは、葉尊の親友です…葉尊も、リンダに、もう会えなくなれば、哀しむでしょう…」
「…言うことは、それだけか?…」
「…どういう意味ですか?…お姉さん?…」
「…私が、オマエの狙いに気付いてないとでも、思っているのか?…」
「…狙い? …どんな?…」
「…オマエの狙いは、ずばり葉敬さ…」
「…葉敬…」
「…マリアは、葉敬の娘…それを使うことは、葉敬にプレッシャーを与えることになる…」
「…プレッシャー?…」
「…そうさ…葉敬は、マリアを目の中に入れても、痛くないほど、溺愛している…それを、使うんだ…それを知れば、今すぐ、そんなことは、止めろと、葉敬は言うだろう…」
「…だったら、リンダは、どうなるんですか? ファラドの愛人になっても、いいんですか?…」
「…そこまでは、言ってないさ…だが、リンダと、マリアのどちらかを取れと、言われれば、間違いなく、葉敬は、マリアを取る…」
「…」
「…葉問…オマエは、それが、わかっている…」
「…」
「…そして、もう一つは、オマエ自身の延命さ…」
「…延命?…」
「…オマエは、以前、会ったときに、私に言ったな…私が、葉尊といることで、葉尊は、本物の葉問を失った心の傷を癒すことができる…それが、私を葉尊の妻に選んだ、葉敬の狙いだと…」
「…」
「…そして、葉尊が、過去の傷が癒えたとき、自分が消えると…」
「…」
「…そして、あのとき、オマエは、それを甘んじて、受け入れるかのようなことを、言った…だが、それは、ウソさ…」
「…どうして、ウソなんですか?…」
「…今回、マリアを使おうとしたことさ…マリアを使うことで、葉敬にプレッシャーを与えることになる…」
「…それは、お姉さんの深読みのし過ぎです…ボクは、ただ、リンダに知恵を貸しただけです…」
「…それは、ウソさ…」
「…ウソじゃ、ありません…」
「…ウソじゃないとしたら、オマエ自身が、気付いていないだけさ…」
「…気付いてないだけ?…」
「…そうさ…誰でも同じさ…例えば、オレが死ぬときは、事前に言ってくれ…オレは死なんか、全然恐れちゃいないと、普段から口癖の男がいて、たまたま友人が医者だった…それで、その男の言葉通り、その友人の医者が、あるとき、その男に、末期がんであることが、わかったから、それを告げたそうだ…そしたら、その男は、どうしたと思う…」
「…わかりません…」
「…見ている人間が、ビックリするほど、怯えたそうだ…死にたくない…死にたくないといって、誰が見ても、ウソだとわかる民間の薬を高額で買ったりして、見ていられなかったそうさ…」
「…お姉さんは、ボクもそれと同じだと?…」
「…そうさ…オマエは意識していないだけで、死が怖いのさ…だから、マリアを使おうとした…」
「…」
「…葉問…オマエもまた、自意識過剰な男さ…」
「…自意識過剰…ですか?…」
「…そうさ…オマエは、いつも自信たっぷり…自分の力を過信している…が、本当は、結構、気が小さいんじゃないか?…」
「…どうして、そう思うんですか?…」
「…今回、マリアを使おうとしたことさ…オマエが本当に意識していないで、マリアを使おうとしたのならば、それは、きっと、無意識に…オマエが意識しようとしまいと、心の底では、死にたくない…消えたくないと、願っているのさ…」
「…」
「…葉問…オマエも所詮、人間だ…そんなに強くはないさ…」
私は、断言した…
そして、黙った…
葉問が、どう反論するか、見たかったからだ…
葉問は、私の言葉に、しばし、悩んでいた…
それから、おもむろに、口を開いた…
「…たしかに、お姉さんの言う通りかもしれません…」
「…そうか…」
「…自分では、意識していないだけかもしれません…」
「…そうか…」
「…ですが、オスマンが、リンダを救う突破口になる可能性は、高いです…」
「…」
「…ボクは、ボクなりに、リンダを助けたいんですよ…お姉さん…」
「…」
「…リンダ=ヤンは、葉尊の親友であると同時に、このボク、葉問のかけがえのない友人でもあります…」
「…」
「…だから、助けたい…それで、出てきた策が、オスマンでした…」
「…そうか…」
「…そして、ファラド…アラブの女神です…」
「…アラブの女神だと? …それはファラドと結婚した女が、サウジで、アラブの女神と呼ばれるほどの権力を持つという意味だろ?…」
「…それもあります…」
「…それもある? じゃ、別の意味もあるのか?…」
「…お姉さんの言うファラドの過去です…」
「…過去だと?…」
「…おそらく、そこに、ヒントがあります…」
「…ヒントだと? だったら、葉問…オマエは、それがわかるのか?…」
「…たぶん…あくまで、想像ですが…」
「…だったら、さっさと言え…いますぐ私に話せ…」
「…本当だか、どうか、わからない話を、ここでお姉さんに話すわけには、いきませんよ…」
「…なんだと?…」
「…それに、話せば、お姉さんは、その話に縛られる…そして、もしそれが、間違っていれば、取り返しのつかない事態にも、なりかねない…」
「…」
「…とにかく、オスマンです…お姉さん…オスマンに接触して、下さい…」
葉問が言った…
そして、それを最後に、葉問は、消えた…
葉尊に戻ったのだ…
本来の私の夫、生真面目な葉尊に、戻ったのだ…
葉尊に戻った夫に、
「…葉尊…逃げちゃ、ダメだ…」
と、告げた…
「…スイマセン…」
「…どんなときも、逃げちゃダメさ…」
「…ハイ…」
「…と、言いたいところだが、逃げても、いいときも、ある…」
「…それは、どんなときですか?…」
「…あらゆる策を考えて、逃げるのが、最善の策だった場合さ…」
「…」
「…今のオマエが、そうだろ?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…葉問に、カラダを譲ることによって、リンダを助けようとした…」
「…」
「…オマエでは、リンダを助けることができない…だから、葉問に助けを求めた…違うか?…」
「…」
「…いや、答えたくないならば、答えなくてもいい…誰もが、得手不得手がある…」
「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」
「…戦争でいえば、実際に、銃やミサイルを手に戦うのか、それとも、作戦を考えるかの違いさ…」
「…」
「…葉尊…オマエの役割は、正攻法で、表の世界で、成功すること…活躍することだ…」
「…」
「…真逆に、葉問は、少々、薄汚い工作と言えば、失礼だが、汚れ仕事が合っている…」
「…汚れ仕事?…」
「…そうさ…たとえば、スパイのような仕事さ…」
「…お姉さん…いくらなんでも、それは、言い過ぎじゃ…」
「…言い過ぎなんかじゃないさ…葉問には、それが合っている…そして、葉尊…オマエは、そんな葉問を利用しているんじゃないか?…」
「…」
「…オマエができないことを、葉問にやらせているんじゃないか? …違うか?…」
「…お姉さん…いくらなんでも、それは…」
「…まあ、いい…オマエには、オマエの目的があっていい…」
それ以上、私は、なにも、言わなかった…
そして、それは、葉尊もまた、同じだった…
私は、この夜、初めて、葉尊を批判した…
これまで、一度だって、葉尊を批判したことは、なかった…
が、
この夜ばかりは、違った…
どうしても、自分を抑えることができなかったからだ…
実を言うと、私は、葉尊という男が、疑問というか…
信じられなかった…
心の底から、葉尊を信じることができなかった…
なぜなら、葉尊は、いつ見ても、人柄が良く、誰の悪口も言わない…
愚痴もこぼさない…
ある意味、聖人君子のような人間だ…
が、
そんな人間は、これまで、私は、誰一人、会ったことが、なかった…
35年間、生きてきて、一人も見たことが、なかった…
他人様の悪口を言えとは、言わない…
が、
果たして、そんな聖人君子のような人間が、この世にいるのか、私は甚だ疑問に思う…
少しばかり、他人の悪口を言い、少しばかり、愚痴をこぼすのが、普通の人間だと思うのだ…
が、
それが、葉尊には、一切ない…
だから、信じられないのだ…
本心を隠している…
本心を決して、誰にも、見せない…
そんなうさん臭さを、感じてしまう…
それに比べると、葉問の方が、好きだった…
葉尊に大事にされてはいたが、正直に言って、葉問の好きだった…
なぜなら、葉問の方が、人間くさく、信用できるからだ…
葉問は、うさん臭い…
一癖も二癖もある…
が、
それがいい(笑)…
ある意味、人間臭く、わかりやすい…
こんな人間、いるいる…あるある…と、誰もが、同意する…
納得する…
が、
葉尊には、そんな人間臭さが一切ない…
だから、いかに、葉尊に優しくされようと、イマイチ信じられない…
心の底から、信用することができない…
だから、今夜、わざと、葉尊に告げた…
いわば、罠にかけたのだ…
トラップを仕掛けたのだ…
が、
当たり前だが、葉尊は、そんなトラップには、引っかからなかった…
さすがというか…
が、
私の葉尊に対する気持ちは変わらない…
どうしても、心の底から、信用することができない気持ちは変わらない…
そういうことだった…




