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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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36/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 36

「…リンダ…離せ…」


 私は、怒鳴った…


 「…さっさと、私を離せ…」


 大声を出した…


 だから、一体、何事かと、周囲の人間が、私たちを見ていた…


 それに、気付いたリンダは、すぐに、私を離した…


 「…スイマセン…」


 と、私に詫びた…


 私は、それよりも、リンダが、そんな恰好で、私を抱き締めたことで、パンツが見えないか、どうか、不安だった…


 ハリウッドのセックス・シンボル…


 世界中に知られた、リンダ・ヘイワースが、私を抱き締めたことで、私が、リンダの腕の中で、ジタバタした…


そのせいで、リンダのワンピースが揺れて、パンツが、見えれば、それは、やはり、リンダ・ヘイワースのイメージを損なうものだからだ…


 「…オマエ…二度とするなよ…」


 私は、リンダに言った…


 リンダは、


 「…ハイ…」


 と、頷いた…


 「…いいか、これは、私のためじゃない…オマエのためだ…」


 「…私のため?…」


 「…そうだ…こんな衆人環視の場で、オマエが私を羽交い絞めにすれば、ひとが見る…

私は、当然、もがくし、そうなれば、オマエのその短いワンピースが乱れて、パンツも見える…つまり、リンダ・ヘイワースのイメージが、台無しだ…」


 私は、言った…


 私の言葉に、リンダは、


 「…」


 と、考え込んだ…


 「…リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…たとえ、パンツが見えても、それは、映画の中だけ…金を払った者だけが、見ることができるんだ…それを肝に銘じておけ…」


 私は、言った…


 力強く、言った…


 実は、この言葉は、受け売りだった…


 昔、見た芸能プロダクションの社長が、言った言葉の受け売りだった…


 その芸能プロダクションに所属する人間は、当時、皆、若い女の子で、水着の姿で、大きな胸を売りにしていた…


 が、


 テレビでは、一切、水着は見せない…


 普通に服を着ていた…


 しかし、雑誌や写真集では見せる…


 つまり、彼女たちの水着姿を見るには、雑誌や写真集を買わなければ、ならない…


 そういうことだ…


 それが、その芸能プロダクションの社長の戦略だった…


 それと、同じことを言ったのだ…


 事実、リンダもまた、それを実践している…


 リンダは、普段は、ヤンという名前で、男装している…


 男の格好をしている…


 リンダの姿をするのは、仕事のときだけ…


 今回もまた、リンダ・ヘイワースとして、日本で、CMの仕事を受けるかもしれないから、リンダの格好をして、このクールの本社にやって来たのだ…


 私は、それを思った…


 そして、なにより、リンダ・ヘイワースの格好をすれば、当然、派手になる…


 だから、否が応でも、周囲の注目を浴びる…


 ゆえに、常に言動に気をつけなければ、ならなくなる…


 一挙手一投足が、周囲の注目を浴びるからだ…


 それが、誰よりも、わかっているから、リンダは、普段は、ヤンという男の格好をしているのではないか?


 私は、今さらながら、それを思った…


 考えた…


 私の言葉に、リンダもまた考え込んでいた…


 「…スイマセン…お姉さん…」


 と、しおらしく、私に謝った…


 だから、私は、ここぞとばかりに、


 「…リンダ…オマエはダメな女だ…」


 と、重々しく告げた…


 「…ハイ…」


 「…オマエはダメな女だが、今は、私が付いている…オマエの面倒を見てやろう…」


 私は、言った…


 重厚に言ったのだ…


 自分でも、名言だと思った…


 これ以上ないタイミングで、言ったのだ…


 が、


 その反応は、なかった…


 なにも、なかったのだ(怒)…


 代わりに、


 「…お姉さん…行きましょう…」


 と、リンダは、冷たく言って、目の前に、到着したエレベータの扉が、開いたので、さっさと、歩き出した…


 私は、実に、不満…


 不満だった…


 が、


 なにも、言わなかった…


 文句をたれなかった…


 それは、私が大人だからだ…


 35歳の立派な大人だからだ!…


 所詮は、リンダは、浮世離れした、有名人…


 この矢田トモコのような平凡人の感覚とは、違うのだろう…


 普通なら、


 「…お姉さん…ありがとうございます…どうか、これからも、私の面倒を見てください…」


 と、頭を下げて、私に教えを乞うところだ…


 が、


 それが、なかった…


 なかったのだ(怒)…


 やはり、元は、一般人だが、今は、成功した有名人…


 調子に乗っているのだろう…


 私は、思った…


 そう、思って、無理やり、自分を納得させた…


 

 私とリンダは、二人きりで、エレベータに乗った…


 誰も、いっしょに乗り合わせなかった…


 理由は、単純で、社長室は、最上階にある…


 このエレベータは、社長室専用ではないが、高層階用だ…


 つまりは、1階から、20階までは、あのエレベータ…


 21階から、40階までは、そのエレベータと決まっていて、それ以上が、このエレベータなのだ…


 そして、多くの会社が、そうだが、高層階ほど、常務など、お偉いさんが、いる…


 だから、そこへ行くエレベータは、あまり、利用する人間が少ないわけだ…


 それと、リンダ…


 リンダ・ヘイワース…


 リンダが、短いワンピースで、色気を全開にして、立っている…


 すると、大抵の人間が、男女を問わず、同じエレベータに乗り合わすことを、躊躇った…


 つまり、誰もが、自分とは、違うオーラを全開にして立っていれば、気後れする…


 そういうことだ(笑)…


 だから、このエレベータの中は、私とリンダだけだった…


 私とリンダは、二人だけで、エレベータに乗っていた…


 互いに無言だった…


 目も合わせなかった…


 私は、正直、リンダの態度が不満だったから、自分から、リンダに話しかけるのは、嫌だった…


 が、


 リンダが、なぜ、私に話しかけないのか、わからんかった…


 また、そんなことは、どうでもよかった…


 私は、これから、あの矢口のお嬢様と、再会することで、頭の中が、一杯だった…


 あのお嬢様は、曲者(くせもの)…


 油断ができん…


 なにを考えているか、さっぱりわからんかった…


 この世の中で、なにが、怖いかといえば、なにを考えているか、わからない人間ほど、怖いものは、ない…


 そういうことだ…


 相手が、なにを考えているか、読めれば、簡単に対策を立てることができる…


 だが、なにを考えているか、わからなければ、対策を立てようが、ない…


 そういうことだ…


 あのお嬢様は、変幻自在というか、正直、わけがわからん(笑)…


 わけのわからん女だった…


 だから、困るのだ…


 

 エレベータのドアが開いて、目的の社長室に着いた…


 この社長室を訪れるのは、前回、あのお嬢様と、6年振りに再会して、以来だ…


 6年…


 言葉にすれば、一言だが、実際に、振り返ってみれば、あっという間だった…


 誰もが、そうだろう…


 中学を卒業して、すでに、二十年経つが、たまに、当時の同級生を目にすると、


 …ああ、あれから、二十年経ったんだ…


 と、感慨深くなる…


 それと、同じだ…


 まして、29歳から、今の35歳の6年は、近い…


 短い…


 小学校の入学から卒業の6年とは、雲泥の差だ…


 子供の頃の6年は、めまいがするほど、長いが、29歳からの6年間は、一瞬だ(笑)…


 私は、思った…


 考えた…


 私とリンダが、エレベータから降りて、社長室のある最上階に立った…


 そして、社長室に向かった…


 入り口には、社長秘書がいた…


 私とリンダの姿を見ると、


 「…奥様…リンダ様…お待ちしておりました…」


 と、恭しく、頭を下げた…


 私は、


 「…ご苦労…」


 と、言って、会釈した…


 我ながら、実に、いい気分だった…


 まさか、こんな日が来るとは、思わんかった…


 夢にも、思わんかった(爆笑)…


 あの、派遣社員だった、矢田が、なぜか、日本を代表する総合電機メーカー、クールの社長夫人として、ここにいるのだ…


 正直、これは、夢…


 夢だと、思った…


 が、


 同時に、これは、夢ではないとも、思った…


 なぜなら、私は、いつものスタイルだからだ…


 いつものというのは、着古した白いTシャツに、履きなれたジーンズと、スニーカーだからだ…


 だから、夢ではないと思った…


 これが、夢ならば、私も、もっと、きらびやかな格好をしているに違いないからだ…


 きらびやかな格好?


 自分でも、その言葉に、疑問を持った…


 きらびやかな格好って、一体、なんだ?…


 私は、六頭身の幼児体型…


 どんな格好をしても、その体型は、隠せん…


 隠せんのだ!


だから、公の場では、着物を着る…


 それが、一番、私の体型をごまかすことができるからだ…


 きらびやかな格好などというものは、このリンダや、あのバニラに合っている…


 あのバカな、根性曲がりのバニラに合っている…


 私は、思った…


 美人で、長身…圧倒的な美の持ち主…


 私が、いくら着飾ろうと、所詮は、六頭身の幼児体型…


 どうあがいても、リンダやバニラに勝てるはずがない…


 私は、今さらながら、それを思った…


 そんなことを、考えながら、ふと隣のリンダを見た…


 リンダ・ヘイワースを見た…


 相変わらず、美しい…


 美しいの一言だ…


 圧倒的な美の持ち主…


 それが、この矢田トモコと、二人で、並んで、社長室の廊下を歩く…


 実に、不思議な気分だった…


 実に、似合わない(苦笑)…


 完全な凸凹コンビだった…


 やはり、このリンダと、合うのは、女なら、あのバニラ…


 バニラ・ルインスキー…


 そして、男なら、葉尊…


 私の夫の葉尊だ…


 葉尊は、長身のイケメン…


 実に、合っている…


 このリンダと似合っている…


 私は、今さらながら、思った…


 リンダと葉尊は、幼馴染(おさななじみ)…


 学校で、出会って、すぐに、肝胆相照らす仲になったと言っていた…


 要するに、気が合ったのだ…


 葉尊は、幼いときに、自分の不注意で、双子の弟の葉問を、事故で、亡くした…


 そのトラウマで、自分の中で、無意識に葉問を作り出した…


 言うなれば、蘇らせたのだ…


 事故で、無くした、弟の葉問を、再生したのだ…


 生き返らせたのだ…


 一方、このリンダといえば、実は、性同一障害…


 つまり、カラダは女だが、心は、男というやつだ…


 だから、学生時代もヤンという名前で、男の姿をしていた…


 が、


 それを、葉尊は、すぐに見抜き、お互いが、好きになった…


 つまり、互いに、相手の持つ悩みを共有できたということだ…


 私は、それは、わかったが、本当に、そうか?


 とも、思った…


 リンダと葉尊の関係は、話ではわかる…


 理解できる…


 が、


 そこに、男女の愛情はあるか否かというと、怪しい…


 実に、怪しい…


 極論すれば、男女の間に友情は、成立するかという話になる…


 これは、難しい…


 実に、難しい(笑)…


 私のような平凡な女ならいい…


 私にも、男の友人は、いるし、その男たちとは、別段、男女の関係でも、なんでもない…


 しかし、リンダのような美人なら、話は別だ…


 葉尊のようなイケメンなら、話は、別だ…


 しかも、二人とも、世界的な有名人と、台湾の大金持ちの御曹司…


 ただの美男美女の関係ではない…


 そんな美男美女が、本当に、二人の関係は、友情だけで、愛情は、ないと言っても、信じていいのか、わからない…


 葉尊とリンダの間に男女の関係が、あっても、おかしくはない…


 いや、


 ないほうが、おかしい!


 ないほうが、おかしいのだ!


 私は、思った…


 もしかしたら、


 ふと、思った…


 葉尊は、私を妻にしたまま、リンダを愛人にして、手元に置きたいのかもしれない…


 そう気付いた…


 葉尊が、なんで、私を選んだのか、今もって、不思議だが、とりあえずリンダのような美女を手に入れているから、はっきり言って、妻が、どんな女でも、構わないのかもしれない…


 リンダ・ヘイワースよりも、美しい女は、世界中探しても、滅多にいない…


 皆無というわけではないが、滅多にお目にかかれるものではないからだ…


 だから、とりあえず、美人は手に入れたから、それ以外の女を選んだのかもしれない…


 誰でも、そうだが、フェラーリを手に入れたから、もう一台、フェラーリを手に入れるよりも、日常に使う足として、使う、別のタイプのクルマを手に入れたい…


 たとえば、軽自動車など、最適だ…


 小さいから、小回りは、利くし、なにより、日本の道路事情に合っている…


 だから、それと同じで、すでに、リンダ・ヘイワースという絶世の美女を手に入れたから、普段の女は、私でいいと思ったのかもしれん…


 平凡な矢田トモコで、いいと、思ったのかもしれん…


 それに、台湾の大富豪の御曹司が、私のような平凡な女と結婚することで、庶民をアピールできる…


 あんな、もの凄いお金持ちなのに、あんな、どこにでもいる平凡な奥さんをもらってという話だ…


 所詮は、自己アピール…


 私と結婚したことは、単なる宣伝に過ぎないのかもしれん…


 私は、思った…


 今さらながら、考えた…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…なにを、考えているの?…」


 と、リンダが聞いた…


 まさか、


「…リンダ…オマエと葉尊のことさ…」


とは、言えんから、


「…」


と、黙った…


とっさに、なんと答えていいのか、わからなかったからだ…


そんな私の返答にリンダが笑った…


だから、


「…なにが、おかしい?…」


と、尋ねた…


「…だって、お姉さん…いつもなら、知らんさ…私はなにも知らんのさ…とでも、言って、ごまかすのに…」


 たしかに、言われてみれば、その通りだが、今回は、そんな気力はなかった…


 悩みが、深すぎた…


 ヘビー過ぎたのだ…


 「…お姉さん…」


 「…なんだ?…」


 「…どんな悩みも、生きていれば、消えるものよ…」


 「…なんだと?…」


 「…いえ、生きていれば、悩みは尽きない…今のお姉さんの悩みは、なくなっても、すぐに、次の悩みがやって来る…だから、今のお姉さんの悩みは、じきに消えるということ…」


 …うまいことを言う…


 私は、思った…


 たしかに、リンダの言う通りだ…


 どんな人間も悩みはあるし、その悩みは尽きない…


 そして、今、悩んでいる悩みは、解決しても、しなくても、じきに消える…


 そして、あらたに別の悩みが、生じるものだ…


 私は、思った…


 「…だから、そんなことで、ウジウジ悩んでも仕方がない…時間の無駄…悩むなら、これから、会う矢口のお嬢様のことを、考えて…」


 リンダが言った…


 私は、驚いた…


 まるで、私が、リンダのことを考えていることを、見抜いたようだったからだ…


 「…リンダ…オマエ、私がなにを考えているか、わかるのか?…」


 「…お姉さんが今、考えているのは、私のことでしょ?…」


 「…どうして、わかる?…」


 「…さっきまで、私を見ていたのに、今は、むっつりと、黙り込んで、私を見もしない…だから、わかったの?…」


 「…」


 「…どうせ、お姉さんのことだから、この格好を目にして、私と葉尊の仲でも、疑ってたんじゃないの?…」


 …まさに、その通り…


 …その通りだった…


 「…どんなことでも、疑えば、きりがない…」


 リンダが、笑った…


 そして、


 「…だから、この格好は嫌なの…リンダ・ヘイワースは、嫌なの?…」


 と、笑った…


 「…どういう意味だ?…」


 「…だって、この格好で、男の傍に寄れば、その男の妻や恋人は、私に、夫や恋人が取られるかもと、いつも不安になる…そして、私を敵視する…それが、困るの…」


 私は、リンダの言葉に、唖然とした…


 たしかに、リンダの言葉は、わかる…


 わかるのだ…


 私でさえ、リンダと葉尊の仲を疑った…

 

 普段、リンダと仲がいい、私ですら、葉尊がリンダに取られるのでは? と、疑った…


 ならば、他人なら、もっと、疑るだろう…


 なぜなら、このリンダに匹敵する美人は、滅多にお目にかかれないからだ…


 「…だから、リンダ・ヘイワースになるのは、嫌なの…」


 リンダが言った…


 至極、当たり前のことだった…


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