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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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22/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 22

「…お姉さん…なにを考えているんですか?…」


 私が、考え込んでいると、葉尊が言った…


 だから、私は、


 「…リンダのことさ…」


 と、答えた…


 それから、


 「…いや…リンダは、以前、自分がアラブの王族に、口説かれて、アラブに連れて行かれるかもしれないと、怯えていたのに、昼間、この家に来たときは、そんな様子は、全然なかった…」


 「…お姉さん…なにが、言いたいんですか?…」


 「…つまり、前回、私と会ったときと、今日、昼間、会ったときの間に、リンダは、アラブの王族の狙いが、自分じゃないと、気付いたと、思ったのさ…」


 「…」


 「…お姉さん…なにが、言いたいのですか?…」


 「…いや、その情報を、リンダが、どこから、得たのか、気になってな…」


 私は、言った…


 言いながら、ジッと、目の前の夫の葉尊を見つめた…


 「…お姉さんは、その情報が、もしかしたら、ボクから得たと?…」


 「…まさか、そんなことは、言ってないさ…」


 私は、言った…


 「…ただ…」


 「…ただ、なんですか?…」


 「…リンダの情報網は、凄いと、思ってな…」


 「…情報網…」


 「…リンダ・ヘイワースのファンの情報網さ…一般人のじゃない…セレブのファン専用のネットワークさ…その中には、イギリス王室のウイリアム王子もいるらしい…」


 「…」


 「…それを、知りたいから、今日は、葉尊の代わりに、やって来たんじゃないか? 葉問…」


 私は、言った…


 目の前の葉尊の表情が、固まった…


 明らかに、固まった、緊張した顔になった…


 「…い…いったい、なにを、根拠に、そのような…」


 「…リンダさ…」


 「…リンダ?…」


 「…アイツが、言ったんだ?…」


 「…なにを、言ったんですか?…」


 「…アラブの王族の接待…なにが、目的かは、わからないが、クールというか、台北筆頭というか、こちらは、葉尊、葉問、リンダ、バニラと、一丸となって、戦うと宣言したんだ…」


 「…」


 「…それで、葉問…オマエを思い出してな…」


 私が、言っても、目の前の葉問に、変化はなかった…


 むしろ、今さっき、葉問と、私が、目の前の葉尊を、葉問と、見破ったときの方が、動揺していた…


 「…どうして、それで、お姉さんは、ボクが、葉問だと思うんですか?…」


 「…オマエが、今、リンダを守ると、言ったからさ…」


 「…それが、なにか?…」


 「…葉尊なら、そんなに力を込めて、リンダを守るなんて、言わないさ…」


 「…だったら、葉尊なら、どう言うんですか?…」


 「…ただ、驚くさ…」


 「…驚く?」


 「…そして、守ると言うさ…でも、そんなに、大げさには、言わない…オマエは、葉尊になりすましたつもりかもしれないが、葉尊は、真面目だが、バカではないゾ…」


 私の言葉に、葉問は、考え込んだ…


 それから、急に、楽しそうに、笑った…


 すると、それまでと、表情が、一変した…


 同じ顔で、あるにも、かかわらず、雰囲気が一変したのだ…


 別人になった…


 「…まったく、お姉さんには、叶わない…」


 葉問が、笑った…


 「…子供っぽく、抜けているかと思えば、突然、鋭いことを、言う…まったく、一人の人間の中に、二人の人間がいるようだ…」


 「…それは、葉問、オマエだろう…」


 私は、言った…


 すると、葉問は、またも、照れ臭そうに、笑った…


 「…たしかに、お姉さんの言う通りです…」


 私は、目の前の葉問を見ていて、まるで、手品を見るようだと、思った…


 突然、目の前で、同じ人間が、入れ替わったのだ…


 別人になったのだ…


 顔もカラダも、服も同じ…


 それが、葉尊から、葉問に入れ替わることで、まったくの別人になったのだ…


 別人になることで、雰囲気が一変した…


 それを、間近に見て、つくづく、人間は、外見だけではないと、思った…


 顔もカラダも服も、まったく同じなのに、別人なのだ…


 真面目で、おとなしめの葉尊から、どこか、不良っぽく、やんちゃな雰囲気を持つ、葉問に変わった…


 すると、まったく変わるのだ…


 文字通り、目の前で、優れた手品を見るようなものだった…


 マジシャン=手品師が、種明かしをして見せても、わからない…


 そんな優れた手品を、目の前で、見せられたようなものだった…


 「…それと、もう一つ…」


 「…なんですか?…」


 「…リンダの目的さ…」


 「…リンダの?…」


 「…リンダは、おそらく、わざと、私の前で、葉問…オマエの名前を出したに違いないさ…」


 「…わざと? …どうして、ですか?…」


 「…きっと、オマエを呼び出したかったのだろう…」


 「…ボクを?…」


 「…魔法使いではないが、リンダの言葉で、葉問…オマエがここに現れた…葉尊が、葉問…オマエと入れ替わることで、葉尊には、できないことが、オマエには、できる…」


 「…」


 「…リンダは、そのスイッチを入れたのさ…」


 「…」


 私は、言った後、ジッと、葉問を見つめた…


 ただ、ジッと見た…


 葉問が、どういう態度を取るか、知りたかったからだ…


 「…まったく、お姉さんには、叶わない…」


 葉問が、笑いながら、さっきと同じ言葉を発した…


 「…まったく、お姉さんには、驚かされる…ときどき、こちらが、想定していないことをする…」


 「…」


 「…だから、まったく、予想できない…」


 言いながら、いつのまにか、葉問の顔が真剣になった…


 「…だったら、お姉さん…リンダの目的は、なんだと言うんですか? …ボクを呼び出した目的は、なんだと言うんですか?…」


 「…それは、私にも、わからんさ…ただ…」


 「…ただ、なんですか?…」


 「…オマエが必要なんだろう…」


 「…ボクが、必要?…」


 「…そうさ…」


 「…だったら、どんな必要があるのですか?…」


 「…それは、わからんさ…でも、リンダには、リンダの目的があるのかもしれん…」


 「…目的…どんな?…」


 「…例えば、葉敬からの独立?…」


 私が、言うと、


 「…エッ?…」


 と、目の前の葉問が、絶句した…


 「…考えられないことじゃないだろ?…」


 「…どうして、そう思うんですか?…」


 「…リンダが、葉敬からの独立を考えた場合、もっとも、必要になるのは、援助者さ…」


 「…援助者?…」


 「…葉敬の庇護から外れるということは、別の誰かの庇護を受けるということ…例えば、それが、アラブの王族さ…」


 「…」


 「…だから、別の見方をすれば、リンダが、安心したのは、アラブの王族が、リンダのスポンサーになってくれると、約束したからかもしれないさ…」


 私が、言うと、葉問が、


 「…」


 と、黙った…


 それから、少しして、


 「…その可能性も否定できない…」


 と、言った…


 「…だろ?…」


 「…ですが、それならば、どうして、ボクが…葉問が、必要となるんですか?…」


 「…」


 「…ボクを呼び出す以上、ボクにしか、できないことがあるはずです…」


 「…」


 「…葉尊ではなく、ボクにしか、できないことがあるはずです…」


 葉問が、穏やかに告げる…


 …たしかに、その通り…


 …その通りだった…


 …それを忘れていた…


 たしかに、リンダがアラブの王族を使って、葉敬からの独立を画策している可能性は、あるが、それならば、なぜ、葉問を必要とするか、その説明には、ならない…


 「…お父さんを説得するためじゃないか?…」

 

 私は、とっさに、思った…


 「…葉尊は、おとなしいから、葉敬には、逆らえない…だから、葉問、オマエを呼び出した…」


 「…それは、ありません…」


 「…どうしてだ?…」


 「…ボクが葉敬と仲が悪いからです…」


 …そうだ…


 …それを忘れていた…


 「…葉敬は、ボクの…葉問の存在を、認めていない…」


 …その通りだった…


 葉問は、葉尊が、作り出した、もう一つの人格…


 本物の葉問は、事故で死んだ…


 だから、葉尊が作り出した葉問は、本物ではない…


 本物の葉問ではない…


 だから、葉敬が、葉問を認めないのは、当たり前…


 当たり前のことだった…


 葉問を認めるということは、葉尊の存在を否定することに、他ならない…


 いや、


 否定するということは、大げさかも、知れないが、認めることはできないだろう…


 なにしろ、本物の葉問は、死んでいる…


 今、私の目の前にいる、葉問は、葉尊が、作り出した別人格…


 本物ではない…


 本物の葉問ではないからだ…


 私は、それを思い出した…


 「…葉問…」


 私は、言った…


 「…オマエは、そんなに命が惜しいか?…」


 私は、言った…


 直球だった…


 「…命が惜しい? …どういうことですか?…」


 「…オマエの存在さ…葉問…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…葉問…オマエには、実体がない…」


 「…」


 「…葉問…オマエは、葉尊に憑依した、幽霊のようなものさ…」


 「…」


 「…だから、葉尊に憑依できなければ、消滅する…オマエは、それが、わかっている…だから、怖いのだろう…」


 私の言葉に、


 「…」


 と、葉問は、無言だった…


 考え込んでいた…


 それから、しばらく考え込んでから、


 「…たしかに、それもあるかもしれない…」


 そう言って、笑った…


 笑ったのだ…


 が、


 その笑いは、実に魅力的だった…


 夫の葉尊には、悪いが、悪の魅力といえば、大げさだが、葉問が笑うと、なにか、陰の魅力がある…


 どこか、後ろ暗い、魅力がある…


 そして、女は、それに惚れるのだ…


 なにか、過去を引きずるような、ある種、胡散臭い魅力がある…


 真面目を絵に描いたような葉尊には、ない魅力…


 葉尊と結婚すれば、安定した生活を得ることができる…


 が、


 つまらない…


 危険がないからだ…


 トキメキがないからだ…


 一方、葉問と結婚すれば、スリリング極まりない生活を送るかもしれない…


 誰かを、追ったり、誰かに、追われたり、まるで、映画のようなスリリングな毎日を過ごせるかもしれない…


 そして、そんな毎日は危険過ぎて、困ると言いながら、どこかで、憧れる…


 そんな女は、まるで、夢見る少女…


 が、


 どんな女も、そんな夢見る少女の一面は、持っているものだ…


 それが、葉問に会うことで、一気に開花するというか…


惹かれるというか…


 そんな少女の一面が出る…


 顕在化する…


 いわば、怖いもの見たさ…


 コイツは悪い男だと、自分自身に言い聞かせながらも、葉問に惹かれる…


 惹かれ続ける…


 こんな男と、人生を送れば、自分の人生が、どうにか、なってしまうかもしれない…


 一方で、そう思いながらも、惹かれ続ける…


 はっきり、いえば、悪の魅力に他ならない…


 しかも、葉問は、知的だ…


 ただのケンカ自慢の、頭の悪い男には、惹かれないが、知的で、陰のある葉問には、大げさにいえば、知的な女も憧れる…


 昔、見た、映画俳優の市川雷蔵が、そうだ…


 雷蔵の代表作の一つが、眠狂四郎だが、雷蔵の主演作を期間限定で、映画館で、上映すると、見るからに、高学歴の女性が、大勢集まったそうだ…


 雷蔵には、どこか、高学歴な女性が惹かれるものがあるのだろう…


 知的で、陰がある…


 それが、市川雷蔵の魅力だった…


 その雷蔵と、葉問は、同じ…


 似ていた…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…お姉さん…なにを考えているんですか?…」


 と、葉問が聞いた…


 「…オマエのことさ…葉問…」


 「…ボクのこと?…」


 「…一体、どんな女が、オマエに憧れると思ってな…」


 「…」


 「…案外、リンダも、オマエを呼び寄せて、二人きりで、人生を送りたいのかもしれないな…」


 私が、言うと、葉問が、笑った…


 文字通り、笑ったのだ…


 「…お姉さん…それはないです…」


 葉問が、含み笑いを浮かべなら、答えた…


 それから、


 「…しかし、お姉さんは、面白い…」


 と、笑った…


 「…リンダの目的について、アレコレ語って、ボクを驚嘆させるかと思えば、一転して、リンダが、ボクを好きなんじゃないかというような、間の抜けた質問をする…」


 「…間の抜けた質問だと?…」


 「…そうです…リンダ…リンダ・ヘイワースは、大げさにいえば、地獄を見た女です…」


 「…地獄?…」


 「…つまり、辛酸を舐め尽くして、現在の地位を得たと言いたいわけです…そんなリンダが、ボクに憧れるわけがない…」


 「…」


 「…リンダが、憧れるのは、お姉さん、アナタです…」


 「…私?…」


 「…そうです…純真無垢で、裏表がなく、誰からも好かれる…お姉さんは、まるで天使です…」


 「…天使? …私が?…」


 私は、驚いたというより、呆気に取られた…


 葉問は、切れ者だと信じていたが、実は、ただのバカだったのかもしれん…


 私は、遅まきながら、その事実に気付いた…


 「…むろん…天使というのは、外観ではありません…中身…魂のことです…」


 「…魂だと?…」


 「…お姉さんには、誰もが、癒されるのです…まるで、冬に焚火を囲むように、お姉さんを前にすると、ホッとする…リンダもバニラも、仕事が休みのときには、いつもお姉さんと、いっしょにいる…それは、二人の魂が、お姉さんといると、安らぐからです…」


 …コイツ…


 …葉問…


 やはり、バカだったのか?


 私は、思った…


 真面目な顔をして、私の魂が天使だとか、なんとか、わけのわからないことを言う…


 まさに、バカ…


 バカ認定だった…


 だから、私は、


 「…オマエは、バカか?…」


 と、言ってやった…


 普通は誰も面と向かって言えないが、さすがに頭に来たからだ…


 「…私の魂が、天使だ、なんだと、わけのわからないことを言って…」


 私が、怒ると、


 「…さすがに、天使は、大げさ過ぎました…」


 と、笑った…


 「…ですが、間違ってはいません…」


 「…なんだと?…」


 「…お姉さん?…」


 「…なんだ?…」


 「…お姉さんは、自分の魅力に気付いていないだけです…」


 「…私の魅力?…」


 「…お姉さんの周りには、いつもひとが集まります…どうして、集まるのか、自分で、よく考えてみることです…」


 葉問が言う…


 それだけ、言うと、


 「…では、今日は、これで、失礼します…」


 と、葉問が言った…


 すると、葉問の表情が一変した…


 これまでのどこか、毒気のある表情が、一変して、真面目な顔になった…


 葉尊に戻ったのだ…


 「…葉尊…オマエか…」


 「…ハイ…そうです…お姉さん…なにか、あったのですか?…」


 「…なんでもない…なんでもないさ…」


 私は、言った…


 葉問が、今、言ったことを葉尊に言っても、仕方がないからだ…


 「…でも、お姉さん…」


 「…私が、なんでもないといったら、なんでもないのさ…」


 私は、力強く言った…


 すると、


 「…ハイ…」


 と、葉尊が黙った…


 私は、満足だった…


 葉尊が、それ以上、追及しないのもそうだが、葉問に会えたのも嬉しかったからだ…


 …葉問か…


 …一体、なんで、現れたのだろ?…


 それを考えると、私の大きな胸が、期待と不安に揺れた…


 まさに、さざ波のごとく、揺れた…


 私の胸の中の期待と不安の表れだった…


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