35歳のシンデレラ アラブの女神編 21
「…しかし、今日は、焦ったゾ…」
私は、その夜、夫の葉尊と、自宅で、食事をしながら、言った…
「…焦った? …どういうことですか?…」
葉尊が、聞いた…
「…リンダさ…」
「…リンダ?…」
「…そうさ…今日、リンダとバニラが、昼間、この家に来たのさ…だから、話をしていて、なんとなく、リンダに早く結婚しろ、と、忠告したのさ…」
「…どうして、そんな忠告をしたんですか?…」
「…バニラさ…」
「…バニラですか?…」
「…いっしょにいたバニラが、お父さんの葉敬との間に娘がいるのを、思い出したんだ…そしたら、リンダも、私といるよりも、男でも探せと思ってな…」
「…お姉さんといるよりも、ですか?…」
「…そうさ…私といても、仕方がない…女は、歳を取れば、価値がなくなるとは、いえんが、リンダのような美人は、やはり、不利になる…」
「…不利に、ですか?…」
「…そうさ…リンダは、葉尊…オマエと、同じ、29歳だ…だが、それが、私と同じ35歳になれば、やはり、今よりも、美貌が衰える…だから、私といっしょにいるよりも、早く、イイ男を探して、結婚しろと、忠告したのさ…そしたら…」
「…そしたら?…」
「…いきなり、私を抱き締めて、私が、好きだと、ぬかすんだ…」
「…お姉さんが好き?…」
「…そうさ…お姉さんといっしょにいる時間が好きだと言うんだ…どうかしているだろ?…」
私が、言うと、葉尊が考え込んだ…
「…」
と、黙った…
だから、
「…どうした? …葉尊?…」
と、聞いた…
すると、
「…お姉さんは、好かれるんですよ…」
と、葉尊が穏やかに、告げた…
「…好かれる? …私が?…」
「…リンダが、お姉さんと、いっしょにいる時間が好きと、告白したのは、ボクにもわかります…」
「…わかるだと?…」
「…ハイ?…」
「…なにが、わかるんだ?…」
「…お姉さんといっしょにいると、誰もが、楽しいんです…」
「…楽しい? …葉尊…オマエもか?…」
「…ハイ…」
「…そうか…」
私は、言った…
正直、私は、仮に、私が私以外でも、私といても、楽しくもなんともない…
私は、美人でもなんでもないし、頭は、平凡…
はっきり、いって、どこにでもいる女…
世間にありふれた女だからだ…
だから、
「…よくわからんさ…私は仮に、自分が、自分以外の他人でも、私といっしょにいて、楽しいとは、思わんゾ…」
「…それは、お姉さんが、自分のことだからですよ…」
「…自分のことだから?…」
「…そうです…リンダのことが、いい例です…」
「…リンダのことだと?…」
「…ハイ…お姉さんが、リンダを見て、お姉さんといっしょにいるよりも、早くイイ男を見つけて、結婚しろと、アドバイスをするのは、当たり前というか…」
「…」
「…でも、当のリンダ自身に言わせれば、イイ男を探すよりも、お姉さんといっしょにいる方が、楽しいんです…」
「…私といるのが、楽しい?…」
「…誰もが、自分のことは、わかりません…むしろ、他人の方が、自分を冷静に見ている…お姉さんが、リンダに、せっかく、そんな美人なんだから、お姉さんといるよりも、早くイイ男を探して、結婚しろと、アドバイスをするのは、至極当然というか…でも、リンダ自身にとっては、そんなことより、お姉さんといっしょにいるのが、楽しいのでしょう…」
「…そうか…」
私は、言った…
私といっしょにいて、なにが、楽しいか、さっぱりわからんが、リンダが、楽しいというなら、それでいい…
私は、思った…
私は、考えた…
すると、葉尊が、
「…誰もが、自分のことは、わからないものです…」
と、続けた…
「…ボクが、これまで29年生きてきて、お姉さんといっしょにいる時間ぐらい大切な時間は、ありません…」
なんと、大げさな…
私は、唖然とした…
この私といっしょにいる時間が、そんな大切とは?…
わからん…
さっぱり、わからん…
「…リンダも同じです…きっと、バニラも…」
「…でも、あの二人は、私に意地悪をしたゾ…」
「…意地悪?…」
「…そうさ…今度、クールが、アラブの王族を招くパーティーで、私が、そのパーティーに出席をして、なにか、しくじっても、私を助けてやらんと、ぬかすんだ?…」
「…お姉さんを助ける?…」
「…そうさ…私は、一般人だ…パーティーに不慣れさ…だから、パーティーに出席して、なにかしくじったら、困ると、思ってたら、私がしくじっても、金輪際、私を助けないと、リンダが、言ったんだ…」
「…リンダが?…」
「…そうさ…それで、私が怒ったのさ…リンダとバニラに早く、この家から出て行けと、怒鳴ったのさ…そしたら、リンダが、今も言ったように、お姉さんが好きだと、私に言って、私を抱き締めて…私は、リンダとどうこうなるつもりはないゾ…いくら、世界中に知られたセックス・シンボルでも、私は、至って、ノーマルさ…それに、現に今、すでに、葉尊、私はオマエと結婚している…」
私が言うと、葉尊は考え込んだ…
それから、
「…リンダが、お姉さんと好きというのは、性的な意味は、なにもないと思いますよ…」
と、注釈した…
「…ただ、言葉通り、お姉さんといっしょにいる時間が好きなんだと思います…」
「…私といる時間が好き?…」
「…そうです…お姉さんは、学生時代も友達が、多かったでしょ?…」
「…多かったさ…どうして、わかる?…」
「…お姉さんを見れば、わかります…」
「…私を見れば、わかる?…」
「…お姉さんは、いつでも、どこでも、みんなに愛されています…あのリンダもバニラも世界中に知られた存在です…当然ですが、プライドも高い…だから、街を歩けば、目立つし、チヤホヤされて、いい思いも、できるはずです…でも、そんなことより、お姉さんなんです…」
「…私?…」
「…リンダもバニラも、本業の女優や、モデルの仕事が、ないときは、大切な時間です…自分のプライベートな時間だからです…でも、その大切な時間を、お姉さんといっしょにいたいのです…二人にとっても、それが、楽しいのです…」
「…楽しい?…」
「…お姉さんには、魅力があります…誰もが、お姉さんといっしょにいたいと、思い、お姉さんの力になりたいと、思います…」
「…私の力に?…」
「…仮に、お姉さんに百人のファンがいれば、百人分の力を得ます…千人のファンがいれば、千人分の力を得ます…」
「…どういう意味だ?…」
「…仕事がいい例です…」
「…仕事?…」
「…たとえば、お姉さんが、仕事で、なにか、困ったり、一人ではできないほどの作業を任されたとします…でも、きっと、お姉さんは、そんな状況になっても、誰かが、助けてくれたんじゃないんですか?…」
…たしかに、葉尊の言う通り…
…夫の葉尊の言う通りだ…
私は、短大を卒業して、これまで、さまざまな仕事=バイトを転々としていたが、私が、困ったときは、必ず誰かが、助けてくれた…
私は、それを思い出した…
「…でしょ?…」
夫の葉尊が、私の様子を見て、我が意を得たりとばかりに、言った…
「…ひとに嫌われる人間は、どんな職場や学校にいても、嫌われます…だから、どんな状況になっても、誰も助けてくれません…」
「…」
「…お姉さんは、そんな人間たちと真逆です…リンダもバニラも苦労人です…」
「…苦労人…あのリンダとバニラが?…」
「…誰もが、簡単に現在の地位を得たわけではありません…おおげさにいえば、生き馬の目を抜く世界で、生きてきたわけです…だから、二人とも、ひとを見抜く目はあります…そんな二人も、お姉さんには、甘いというか…とにかく、お姉さんといっしょにいたいのです…」
「…そうか…」
私は、答えた…
この葉尊と話すと、会話は、通じるのだが、どうもイマイチ、納得ができん…
なにを、どう言おうと、この平凡な矢田トモコといても、ちっとも、楽しいとは、思わん…
葉敬の愛人である、バニラはともかく、リンダは、あれほどの美人なんだから、イイ男を掴まえて、さっさと結婚しろと言いたい…
世界中に知られたセックス・シンボルだ…
世界に知られたリンダ・ヘイワースが結婚となると、そのニュースが、瞬く間に、世界中に知られるだろう…
世の男たちに嘆きや悲嘆は、大変なものだろう…
私は、思った…
リンダ…
リンダ・ヘイワース…
そういえば、リンダ・ヘイワースをアラブの王族が狙っているという話は、どうなったんだ?
やはり、あれは、フェイクニュースというか…
本当の狙いは、リンダ以外なのか?
謎だった…
葉尊は、それを一体、どう思っているんだろうか?…
聞いてみたくなった…
「…葉尊?…」
「…なんですか?…」
「…アラブの王族が、リンダを狙っているという話だが…」
私が言うと、珍しく、葉尊の顔色が変わった…
私は、驚いた…
いまだかつて、夫の葉尊が、女のことで、顔色が変わったことが、なかったからだ…
「…リンダは、ボクの大切な友人です…」
と、葉尊が言った…
私は、その言葉で、初めて、リンダ・ヘイワースに会ったときのことを、思い出した…
私が、初めて、リンダ・ヘイワースに会ったのは、夫の紹介だった…
夫、葉尊の友人である、ヤンとして、会ったのが、最初だった…
ヤン=男装したリンダ・ヘイワースと、会ったのが、最初だった…
つまり、葉尊にとって、リンダ=ヤンは、今、葉尊が言ったように、大切な友人だということだ…
「…だから、アラブの王族がリンダを狙うというなら、ボクは、全力を持って、阻止します…リンダを守ります…」
葉尊が顔色を変えて言う…
「…ですが、その情報も眉唾物です…」
葉尊が、いつもの柔和な表情に戻って、言った…
「…きっと、お姉さんも、その情報をどこからか、聞いて、今、言ったんだと思います…」
「…」
「…ですが、おそらく、それはない…」
「…どうして、わかる?…」
「…父の葉敬にとっても、リンダは、大切だからです…」
「…お父さんにとって?…」
「…言葉は悪いんですが、父の葉敬にとっても、リンダとバニラは、大切な武器なんです…」
「…武器?…」
「…父の経営する台湾の台北筆頭の広告には、リンダとバニラが、よく掲載されてます…世界中に知られたリンダとバニラが、台北筆頭の広告に出ることで、台北筆頭の製品もまた世界中に知られます…だから、現時点で、父は…葉敬は、リンダとバニラを手放すつもりはないと思います…」
「…そうか…」
私は、言った…
言いながら、頭の中で、考えた…
そういえば、最初は、あのリンダは、もしかしたら、アラブの王族に、強引に連れて行かれるかもしれないと、怯えて、バニラに相談しようとしていた…
私は、それに、気付いて、二人に除け者にされては、困ると、思い、バニラといっしょにリンダの家に行った…
それが、発端だった…
それが、始まりだった…
あのとき、確かに、リンダは、悩んでいた…
が、
今日、昼間、会ったときは、全然、悩んでいなかった…
むしろ、アラブの王族が、リンダをアラブにお持ち帰りするかもしれないと、いう噂は、ウソだと、断言した…
その根拠は、世界中に張り巡らした、リンダの情報網…
世界中に張り巡らせたといえば、大げさ過ぎるが、いわゆる世界のセレブの間では、誰が、リンダの熱狂的なファンか、情報が、共有されていた…
現に、イギリスのウイリアム王子が、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと、リンダ自ら、断言した…
つまりは、最初、リンダが、悩んでいたときは、まだ、その情報が、リンダの元に届いていなかったということだ…
私は、気付いた…
だから、あの時点では、まだリンダは、怯えていたわけだ…
それに、気付いた私は、ふと、昔、バイトをしたときの経験を思い出した…
ある会社で、バイトをしていたときのことだ…
私は、たまたまだが、日本を代表する大きな会社で、将来、出世が、約束されているエリートと、組んで、仕事をしたことがあった…
そのエリートは、当時は、主任で、いくつかの仕事を抱えていたが、メインは、私との仕事だった…
はっきりいって、二人で、組んで、朝から、夜まで、一日中、仕事をしていた…
だから、そのエリートの一日は、すべて、わかった…
なにしろ、出社から、退社まで、私といっしょに組んで仕事をしていたのだ…
私は、バイトだから、そのエリートと、対等の身分ではないが、そのエリートの一日の過ごし方は、わかっていた…
が、
あるとき、そのエリートが、会社で、同僚と、立ち話をしていたときに、不意に、
「…○○は、今、危ないんですよ…」
という話をした…
さらに、
「…ここで、頑張らないと、上に上がることは…」
と、続けた…
私は、驚いた…
なんに驚いたかといえば、私は、そのエリートと朝から夜まで、組んで仕事をしていたから、そのエリートが、そんな社内情報に触れる機会があるとは、思わなかったからだ…
なにしろ、一日中だ…
一日中、いっしょにいたのだ…
だが、そのエリートは、私の知らない社内事情に、精通していた…
これは、一体、どういうわけだ?
どこから、その情報を仕入れた?…
私は、考えた
そのとき、私は、ふと、気付いた…
考えられるのは、電話だった…
仕事で、会社の他の人間に電話をかけたときに、社内の人事の噂話を聞いていた違いない…
だから、知ったのだ…
そして、それを知っているのは、彼がエリートだからだった…
将来が嘱望された人間だったからだ…
だから、この人間には、知らせなければ、ならないと、周囲が配慮していたのだろう…
そのエリート以外にも、やはり、別の会社で、将来、偉くなることを、約束された人間を見たときも、同じだった…
要するに、社内の人事に異様に、精通しているのだ…
人事部に所属しているわけでも、ないのに、なぜか社内の情報に、異様に詳しい(爆笑)…
当然ながら、誰か、周囲の者が、その人間に、教えているからだ…
私は、思った…
そして、不謹慎ながら、同時に、思ったのは、そんな将来を嘱望された人間が、いわゆる出世コースをはずれたら、どうなるか? ということだ…
きっと、そのときは、情報が手に入らなくなるに違いない…
私は、思った…
当たり前だが、周囲の人間の態度が違ってくる…
だから、仮に、情報は得ても、それまでの半分か、それ以下に変わるのではないか?
私は、ふと、思った…
そして、それは、あのリンダにも、当てはまる…
リンダ…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
いわゆる、美の化身…
世界中の男の憧れだ…
世界中の男が、リンダと一夜に共にしたいと、夢見る…
世界中に知られた美人だ…
が、
その美貌が、衰えれば、どうだろう?
リンダは、今、29歳…
私が、間近に見ても、驚くほど、美しい…
が、
例えば、40歳になったら、どうだろう?
先日、顔に皺が、一本あるのを見つけて、大騒ぎしたぐらいだ…
やはり、40歳になれば、老けるだろう…
美容整形をして、皺をなくすことは、できるが、若さを維持することは不可能…
できない…
と、なれば、リンダのファンも激減するだろう…
私は、思った…
そうなれば、リンダに情報が入らなくなるのではないか?
リンダの力の源泉は、その美貌だ…
さっき上げた、将来を嘱望されたエリートと、同じだ…
エリートが、出世街道から外れれば、情報が入らなくなるのと、同じで、リンダもまた、情報が入らなくなるのではないか?
ふと、気付いた…
いつのまにか、リンダのことから、過去に私が接したことのある、エリートのことを、思い出した…
まったく、今現在の私と関係のない過去のことを思い出した…
いつものことだった(笑)…




