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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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112/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 112

…この葉問の背後に、誰かいる?…


 それは、この矢田トモコの思い込みか?


 思い込みに過ぎないか?


 それとも、


 やはり、事実か?


 悩んだ…


 迷った…


 が、


 さすがに、目の前の葉問本人に、聞くわけには、いかんかった…


 いや、


 聞いたところで、答えるわけがないからだ…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…では、お姉さん…今回は、これで…」


 突然、葉問が、言った…


 「…これでって?…」


 私は、慌てた…


 「…リンダは、どうする?…」


 「…どうするも、なにも、お姉さん次第です…」


 「…私次第?…」


 「…このカラダは、葉尊のカラダ…この葉問は、居候のような身の上です…」


 「…居候だと?…」


 「…このカラダの主人は、葉尊…ときどき、この葉問に、カラダを貸してくれるだけです…だから、葉問でいられる時間は、短い…」


 「…」


 「…だから、今日は、これで、お別れです…」


 「…待て、ちょっと待て、葉問…」


 私が言う間に、あっけなく葉尊に代わった…


 一瞬の間に、人格が、激変した…


 明らかに、一瞬前までとは、別人になった…


 私は、


 「…葉…葉尊…」


 と、言った…


 つい、声をかけた…


 「…お姉さん…」


 と、これも、葉尊が、反射的に、声をかけた…


 「…どうか、しましたか?…」


 「…なんでもない、なんでもないさ…」


 「…なんでもないって? …でも…」


 「…私が、なんでもないと、言ったら、なんでもないのさ…」


 私は、葉尊に凄んだ…


 すると、葉尊も、それ以上、なにも、言わなかった…


 私は、自分でも、おかしいと思うが、葉尊には、強気に出れる…


 が、


 その一方で、葉尊には、あまり物が言えない…


 ぶっちゃけ、相談できない…


 が、


 真逆に、葉問には、相談できる…


 なんでも、言い合える…


 これは、一体、どうしたことだ?


 正直、自分でも、さっぱりわからない…


 真面目な葉尊には、なにも、言えず、ヤンキーな葉問には、なんでも、言える…


 これは、ひょっとして、私は、葉問が好きなのか?


 葉問と、結婚したいのか?


 ふと、思った…


 すでに、葉尊の妻である自分が、こんなことを、考えるのは、おかしいが、ふと、思った…


 なぜか、私は、夫の葉尊よりも、葉尊の弟の葉問の方が、話しやすいのだ…


 どうしてだか、わからない…


 だが、そうなのだった…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…ヤン…リンダ…」


 と、いきなり、誰かが、言った声がした…


 声の主は、当然のことながら、葉尊だった…


 「…今度ばかりは、危ないかもしれない…」


 葉尊が、言う…


 が、


 それは、私に言うというよりは、独り言を言っているようだった…


 だが、私は、反射的に、


 「…どうして、危ないんだ?…」


 と、聞いた…


 独り言だから、答えないかも、しれないが、訊かずには、いられなかった…


 「…相手が、悪すぎます…」


 「…相手というのは、オスマン殿下か?…」


 「…ハイ…」


 私は、葉尊の答えに、


 「…」


 と、沈黙した…


 が、


 なにより、疑問だった…


 さっきの葉問の言葉から、リンダが、オスマン殿下の懐に、飛び込み、情報を得ようとするのは、わかる…


 が、


 どうして、そんなに、情報を得たいのか、不思議だった…


 リンダは、有名人…


 ハリウッドのセックス・シンボルと言われるほどの、お金持ち…


 その美貌を生かして、成功している…


 そんなサクセス・ストーリーを絵に描いた人生を送っている、リンダが、どうして、もしかしたら、殺されるかもしれないことを、しようとしているのか、謎だったのだ…


 それとも…


 それとも、認識が、甘いのだろうか?


 誰でも、そうだが、自分には、評価が、甘い…


 オスマン殿下が、熱狂的なリンダ・ヘイワースのファンだから、たやすく、オスマン殿下の懐に入れるとでも、思ったのだろうか?


 葉問は、それは、危険だと、言ったが、もしかしたら、リンダ本人には、その認識が、ないのかしれない…


 事態を甘く見ているのかも、しれなかった…


 だから、


 「…どうして、リンダは、そんな危険なことをするんだ?…」


 と、つい、私も口走った…


 別に、葉尊に答えを期待しているわけでは、なかったが、言わずには、いられなかった…


 が、


 すると、葉尊が、すぐに口を開いた…


 「…たぶん、生きている実感が、欲しいんだと、思います…」


 「…生きている実感?…」


 「…ハイ…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…リンダ…ヤンは、危険なことが好き…」


 「…危険なことが、好きだと? どうして、好きなんだ?…」


 「…その間、生きている実感が、湧くからです…」


 「…」


 「…リンダ…ヤンが、モデルを目指した理由も、たぶん、同じです…」


 「…同じだと? なにが、同じなんだ?…」


 「…モデルになって、有名になれば、誰にも、自分の存在が知られ、生きている実感が、湧きます…」


 「…」


 「…でも、今のリンダは、その刺激が、普通になり、より大きな刺激が、欲しいのかもしれない…」


 葉尊が、沈痛な表情で、言った…


 「…これが、バニラのように、子供でも、いれば、いいのですが…リンダには…ヤンには、それが、できない…」


 「…どうして、できないんだ?…」


 「…リンダは、心は、男…それでは、カラダが、女でも、子供を産むことが、できない…」


 たしかに、そうだった…


 世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースは、心が男…


 だから、リンダ・ヘイワースは、幻…


 あくまで、リンダが演じているに、過ぎない…


 本当のリンダは、心が、男だから、いつも、男装している…


 ヤンの格好をしている…


 だから、リンダに子供を産むことは、できない…


 「…バニラのように、マリアがいれば、マリアを生きがいにできる…マリアのために、生きようと思える…」


 これも、葉尊が、独り言のように、言った…


 「…でも、リンダには、それがない…だから、刺激を求める…刺激だけを求める…」


 葉尊が、続けた…


 が、


 「…だからこそ、お姉さんが、必要なんです…」


 と、いきなり、葉尊が、言った…


 よく、わからない展開だった(笑)…


 わけのわからない展開だった(笑)…


 どうして、私が、必要なのか、わからなかった…


 どうして、そこで、いきなり、私の名前が、出るのか、不思議だった…


 「…どうして、そこで、私の名前が出るんだ?…」


 と、私は、聞いた…


 聞かずには、いられなかった…


 「…刺激というものは、体験すれば、するほど、より大きな刺激を求めます…それが高じて、最大限の刺激を得ようとすれば、戦場に行くしか、なくなります…」


 「…戦場?…」


 「…要するに、戦争です…そこで、行われるのは、命のやりとりです…それは、これ以上ない刺激です…」


 「…刺激…」


 「…つまり、刺激には、際限がありません…だから、お姉さんなんです…」


 「…だから、私?…」


 「…お姉さんの存在は、刺激と、真逆…癒しです…」


 「…癒し?…」


 「…ハイ…お姉さんと、いっしょにいると、ホッとします…」


 「…私と、いっしょにいると、ホッとする?…」


 「…ハイ…」


 「…だから、お姉さんだけが、リンダを止められます…」


 「…ちょっと、待て…葉尊…オマエがいるだろ? …オマエは、リンダの親友だろ?…」


 「…それは、そうですが、ボクでは、無理です…」


 「…無理?…」


 「…お姉さんだから、できるんです…」


 葉尊が、断言した…


 「…刺激よりも、癒し…それが、人生で、一番大切だと、リンダ…ヤンに、教えられるのは、お姉さんだけです…」


 「…私だけ?…」


 「…元々、リンダ=ヤンは、無鉄砲のところが、ありました…そして、今、思えば、その根底には、彼女の抱える性同一性障害が、あると、思います…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…性同一性障害に生まれれば、普通でも、悩みます…が、それに、輪を加えて、リンダは、絶世の美女…にもかかわらず、心は、男…これで、悩まぬ、人間は、いないでしょ?…」


 たしかに、葉尊の言う通りだ…


 あんなスタイル抜群の美女に生まれて、心が、男では、自分でも、どうしていいか、わからない…


 それこそ、数え切れない数の男に言い寄られているにも、かかわらず、


 「…私は、心が、男だから…」


 と、言うことは、いえない…


 なにより、それは、言い訳だと、思われる…


 信じて、もらえない…


 だから、より、悩むのだろう…


 そして、その悩みもまた、危険なことを、すれば、忘れられる…


 危険なことをすれば、どうすれば、その危機を乗り越えることが、できるのだろうと、考える…


 その結果、悩まなくて、すむからだ…


 いや、


 悩んでいる時間が、なくなるからだ…


 例えば、戦場にいれば、悩んでいる暇は、ない…


 モタモタしていれば、自分が、死ぬかも、しれないからだ…


 だから、悩んでいる暇は、ない…


 そういうことだ…


 私は、それを思った…


 「…刺激よりも、癒し…それを、リンダに教えてくれたのが、お姉さんです…」


 「…私?…」


 「…だから、ボクも、陰ながら、ホッとしていたんですが、今回は…」


 「…今回は、なんだ?…」


 「…刺激が、強すぎました…なにしろ、ファラドとオスマン殿下の争いです…サウジの…いや、アラブ世界を、大げさに、いえば、二分するかも、しれない、大きな争いです…刺激が、強すぎます…」


 「…アラブ世界を、二分する争い?…」


 「…誰が、サウジの次の国王になるかで、サウジの権力構造が、変わります…そして、サウジは、アラブの大国…サウジの権力構造が、変われば、下手をすれば、アラブ世界を二分する争いになります…」


 「…」


 「…だから、もしかしたら、リンダは、その刺激に、心惹かれたのかも…」


 「…」


 「…だから、お姉さん…リンダを…ヤンを、救えるのは、お姉さんだけなんです…」


 葉尊が、力説した…


 が、


 そんなことを、言われても、困った…


 私は、平凡…


 平凡な女だ…


 そんな大きなことを、言われても、困る…


 現に、今、自分が、どうすれば、いいのかも、わからない…


 自分が、どう動けば、いいのか、さっぱりわからなかった…


 「…一体、私は、どうすれば?…」


 と、つい口走った…


 「…どうすれば、いい?…」


 私は、まるで、救いを求めるように、葉尊を見た…


 正直、こんなシチュエーションで、夫の葉尊を見るのは、初めてだった…


 初めての経験だった…


 私は、なぜか、葉尊には、いつも、上から、目線だった…


 どうしてだかは、自分にも、わからんかった…


 たぶん、葉尊が、おとなしいからだろう…


 だから、言いやすい…


 だから、つい上から目線になりがちだった…


 それと、私が、6歳年上というのも、あるかもしれない…


 葉尊は、6歳年下だから、自分が、上になりやすい…


 それも、あるかも、しれない…


 そして、あまり認めたくないが、コンプレックスも、若干ある…


 なにしろ、葉尊は、お金持ちの御曹司…


 片や、


 私は、平凡な家庭の出身…


 だから、普通に考えれば、頭が上がらない…


 だから、真逆に、上に立ちたがる…


 本当は、下だから、上に立ちたがるのだ(笑)…


 ちょうど、以前、会社で見た、社員の学歴コンプレックスと、同じかもしれない…


 高卒のひとが、新卒で、入った同学年の大卒に負けられないと、思う…


 だから、態度が、上から、目線になる…


 が、


 失礼ながら、頭の違いは、私でも、一目でわかる…


 わからないのは、当人だけ…


 高卒の社員だけだった(笑)…


 私は、今、それを、思い出した…


 そして、いかに、それが、傍から見て、滑稽か、考えた…


 一歩引いてみれば、爆笑ものだ…


 が、


 私もまた実生活では、同じかも、しれないと、思った…


 誰でも、自分のことは、わからない…


 その典型だったかも、しれない…


 自分以外の人間のことは、わかるが、自分のことは、わからない…


 その典型だったかも、しれない…


 私は、今、夫の葉尊を見ながら、そんなことを、考えた…


 考え続けた…


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