35歳のシンデレラ アラブの女神編 105
…わ、私が、オスマン殿下のお気に入りだから、狙われてる?…
…あの、ファラドに狙われている?…
ようやく、自分の置かれた現実が、わかった…
理解できた…
が、
実感が、湧かなかった…
そんな実感は、まるで、湧かんかった…
むしろ、不謹慎だが、あのイケメンのファラドが、自分に、興味を示してくれるのが、嬉しかった…
不謹慎極まりないが、そんな感情が、湧いた…
文字通り、心の奥底から、湧いたのだ…
そして、それが、表情に、出たのだろう…
「…矢田…なにを、ニヤニヤしている?…」
と、矢口のお嬢様が、聞いた…
途端に、私は、真面目な顔になった…
なにしろ、ファラドに狙われているのだ…
そんな私を狙っているファラドに、この矢田が、心を寄せていることが、バレれば、都合が、悪い…
都合が、悪いことといったら、ないからだ…
だから、私は、
「…別に、ニヤニヤしてません!…」
と、大声で、言った…
必死になって、否定したのだ…
が、
その甲斐もなく、
「…あの、ファラドは、イケメンだな…」
と、矢口のお嬢様が、続けた…
しかも、
しかも、だ…
さらに、
「…あのファラドは、実に、オマエ好みだな…」
と、続けた…
私は、唖然とした…
なぜ、そんなことが、このお嬢様に、わかるのか?
サッパリ、わからんかったからだ…
もしや、このお嬢様は、ひとの心が読めるのか?
まさか?
まさか?
「…どうして、わかるんですか? …まさか、私の心の中が、読めるんですか?…」
私が、勢い込んで聞くと、
「…バカか? …オマエの嬉しそうな顔を見れば、3歳の子供でもわかる…」
と、あっさり、言った…
「…オマエの顔に書いている…」
「…私の顔に?…」
「…矢田…イケメン好きは、いいが、相手を選べ…いや、その前に、オマエは、葉尊氏の妻だろう…不倫は、いかんゾ…」
なぜか、矢口のお嬢様に、叱られた…
叱られたのだ(涙)…
矢田トモコ、一生の不覚…
不覚だった…
「…イケメン好きも、いいが、ときと場合による…自分の敵方の男を好きになって、どうする? 憧れて、どうする?…」
お嬢様が、畳みかけるように、言った…
まるで、私の傷口に塩を塗るように、言った…
私が、少しばかり、ファラドのイケメンに、心を寄せていたのを、見抜いて、それを、いいことに、私を非難する…
なんという女だ!
私は、思った…
むろん、私が、悪いのは、わかる…
この矢田が、悪いのは、わかる…
が、
少しは、遠慮というものが、あっても、いいのではないか?
そう、思ったのだ…
しかも、
しかも、だ…
この矢田は、これまで、このお嬢様の身代わりになり、何度も、このお嬢様の危機を救ってきた…
にも、かかわらず、この扱いだ…
私のちょっとしたミスをあげつらい、まるで、傷口に塩を塗るように、何度も、何度も、指摘する…
果たして、そんな女が、この世にいるのか?
否、いない…
この世の中に、いない…
いるはずもない!…
この世の中に、それほど、極悪非道な女が、いるはずもなかった(激怒)…
だから、頭に来た私は、思わず、
「…徹子の部屋を見ました…」
と、この矢口トモコに、言ってやった…
「…徹子の部屋? …なんだ? …それが、どうした?…」
…それが、どうしただと?…
…なんて、言い草だ!…
「…お嬢様は、徹子の部屋で、私を利用しましたね…」
「…利用? …私が?…オマエを?…」
「…そうです…」
「…いつ、私が、オマエを、利用したんだ?…」
「…徹子の部屋で、園児たちといっしょに、恋するフォーチュンクッキーを、踊っているのを、自分だと、言い張ったでしょ? …あの場面で、踊っていたのは、私です…」
私は、勢い込んで、言った…
切り札を出したのだ…
この矢口トモコが、言い逃れが、できない切り札を出したのだ…
…どうだ?…
…もう言い逃れは、できまい!…
この矢口トモコが、私に屈する日が来たのだ…
この矢田トモコに屈する日が来たのだ…
…ざまあみろ!…
私は、勝利を確信した…
確信したのだ…
「…バカ、アレは、葉尊氏に、頼まれたんだ…」
矢口トモコが、意外なことを、言った…
思わず、私は、耳を疑った…
「…ウ、ウソォ?…」
声を上げた…
「…お嬢様…ウソをつかないで下さい…」
「…矢田…どうして、アタシが、オマエにウソをつく必要がある?…」
「…」
「…さっきも、言ったはずだ…葉尊氏と、もっと仲良くしろと…」
「…葉尊と仲良くすることと、お嬢様が、あのセレブの保育園で、私だと、偽って、踊ったのと、一体、どんな関係があるんですか?…」
「…大ありだ…矢田…」
「…大あり?…」
「…そもそも、オマエは、誰だ? …自分の立場が、わかっているのか?…」
「…私の立場?…」
「…そうだ…」
「…私は、葉尊の妻で…夫の葉尊は、日本の企業、クールのCEОです…」
「…そうだ…」
「…でも、それが、なにか?…」
「…バカか、オマエは?…」
「…バカ、どうして、私が、バカなんですか?…」
「…日本で、知られたクールのCEОの夫人が、まさか、3歳の保育園児たちと、いっしょに、楽しそうに、踊っていては、威厳もなにも、ないだろ?…」
言われてみれば、その通り…
その通りだった…
たしかに、いかに、大企業の社長夫人といえども、3歳の園児たちと、踊っていては、威厳もクソもない…
それに、元々、私に威厳はない…
これっぽっちもない(涙)…
それが、3歳の園児たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊る…
すると、どうだ?
ただの、大人こども…
本当は、大人なんだが、子供にしか、見えない…
大人になりきれてない、子供じみた大人にしか、見えない…
それに、気付いた私が、落ち込んでいると、
「…だから、矢田…アタシが、オマエになりすましたんだ…」
と、矢口のお嬢様が、恩着せがましく言った…
「…お嬢様が、私になりすました?…」
「…そうだ…クールの社長夫人としての、オマエの立場もある…それに、なにより、アタシは、葉尊氏に、義理がある…」
「…義理?…」
「…そうだ…」
「…どんな義理なんですか?…」
「…さっきも言ったように、我が、スーパージャパンの買収だ…ファラドが、葉尊氏の実父の葉敬氏を、そそのかして、我がスーパージャパンを、買収させようとした…それを知らせてくれた、お礼だ…」
…そうか?…
…だからか?…
だから、このお嬢様は、あの場面で、私になりすまして、私を救ってくれたんだ…
私は、思った…
それが、わかった、私は、お嬢様に礼を言おうとした…
が、
お嬢様に、機先を制された…
「…礼は、入らんゾ…矢田…オマエとアタシの仲じゃないか? …水臭い…」
「…お嬢様…」
「…矢田…そんな顔をするな…」
「…お嬢様…」
「…今日は、これで、帰る…世話になったな…」
「…お嬢様…そんなまだ、なにも、出してません…せめて、お茶でも…」
「…矢田…オマエのその気持ちだけで、結構だ…アタシも忙しい身だ…オマエも、葉尊氏と、仲良くしろ…」
と、だけ言うと、お嬢様は、呆気なく去った…
私が、止める間もなく、呆気なく、立ち去った…
なんというか…
まさに、風のような存在だった…
前触れもなく、いきなり、やって来たかと、思えば、こちらが、引き留める間もなく、立ち去る…
なんというか…
考えてみれば、実に、あのお嬢様らしい…
矢口トモコらしいと、思った…
が、
そのお嬢様の存在が、風ではなく、嵐であることに、その夜、夫の葉尊が、自宅に、帰って来て、わかった…
私は、いつものように、葉尊と、夕食を食べながら、お嬢様について、話した…
「…今日の、昼間…矢口のお嬢様が、ウチにやって来てな…」
私が、言うと、
「…矢口のお嬢様?…」
と、怪訝な顔をした…
「…ほら、オマエも覚えているだろ? 以前、クールの社長室で、会った…私そっくりの…」
「…ハイ…覚えています…」
「…あのお嬢様が、今日、この家にやって来てな…」
「…家に?…」
「…そうだ…私は、あのお嬢様に、救ってもらったゾ…」
「…お姉さんが、矢口さんに? どう救って、もらったんですか?…」
「…徹子の部屋さ…」
「…徹子の部屋?…」
「…オマエは、知らんだろうが、徹子の部屋に、私が出たんだ…」
私の言葉に、葉尊が、キョトンとした表情に、なった…
「…いわゆる、地上波のテレビ番組だ…そこで、マリアの通うセレブの保育園で、私が、園児たちと踊ったのさ…」
「…」
「…だが、それを、あの矢口のお嬢様が、自分が、踊ったことにしてな…」
「…矢口さんが。どうして?…」
「…私の立場を考えてくれたのさ…クールの社長夫人が、子供たちと、踊っていては、威厳が、保てんだろ?…」
私が、説明すると、意外にも、
「…そんなことは、ありません…」
と、葉尊が、強く否定した…
「…むしろ、お姉さんらしくて、好感が、持てます…」
「…なんだと?…」
私は、驚いた…
驚いたのだ…
あの矢口のお嬢様から、聞いた話とは、違う…
違い過ぎる…
これは、一体、どういうことだ?…
…もしや?…
…もしや、また利用されたのでは?…
私の背中に、一筋の汗が流れた…
文字通り、冷や汗だった…
「…でも、あのお嬢様は、そう言っていたゾ…」
「…矢口さんが?…」
「…葉尊から、頼まれたと…」
「…そんなことは、言ってません…」
葉尊が、声を荒げた…
葉尊にしては、珍しく、声を荒げた…
「…むしろ、ボクとしては、お姉さんが、子供たちと、踊るのは、賛成です…お姉さんは、ひとの中に、いてこそ、光るひとです…」
「…でも、それでは、世間体が…クールの社長夫人としての世間体が…」
「…そんなものは、考えなくて、いいです…」
葉尊が、力強く言った…
「…考えなくていい?…」
「…そうです…言わせたいヤツには、なんとでも、言わせれば、いい…」
葉尊が、これまで、見たこともないくらい、強い口調で言った…
「…お姉さんは、自分を偽っては、ダメです…」
「…自分を偽る? …どういうことだ?…」
「…お姉さんは、したいことをすればいいです…やりたいことを、周囲に、遠慮なく、やればいいです…それが、お姉さんです…」
「…それが、私?…」
「…矢口さんは、家業のスーパージャパンが、父の葉敬に、買収されないかと、心配なんです…」
「…でも、矢口のお嬢様は、それは、ファラドの仕掛けた罠だと、言っていたゾ…」
「…ファラドの仕掛けた罠?…」
「…そうさ…ファラドが、オスマン殿下を追い落とすために、巻き込んだと…」
私の言葉に、葉尊は、考え込んだ…
文字通り、苦渋の表情になった…
「…そこまで…」
葉尊が、声を絞り出すように、言った…
「…そこまで、矢口さんは、言ったんですか?…」
葉尊の表情が、なにやら、怒気を孕んだものになった…
結婚して以来、一度も見たことが、ない表情だった…
が、
それは、一瞬…
わずか、一瞬だった…
すぐに、いつもの穏やかな表情に、なった…
「…ボクは、お姉さんを巻き込みたくなかった…」
葉尊が、落ち込んだ声で、言った…
「…お姉さんには、いつもの、お姉さんで、いて、もらいたかった…」
「…どうしてだ? …どうして、私を巻き込みたくなかったんだ?…」
「…この騒動に、巻き込むことで、お姉さんが、変わってしまうことが、怖いんです…」
「…私が、変わる? …どうして、変わるんだ?…」
「…この騒動は、ハッキリ言って、薄汚い…ひとを、騙したり、裏切ったり…そんな世界です…そんな世界に、お姉さんを、引きずり込みたくは、なかった…巻き込みたくは、なかった…」
初めて、聞く言葉だった…
おとなしく、真面目な葉尊から、聞く言葉とは、思えんかった…
が、
夫の葉尊の言葉だ…
尊重せねば、ならん…
妻たるもの、尊重せねば、ならんのだ…
だから、
「…大丈夫さ…」
と、私は、断言した…
「…私は、なにも、変わらないさ…」
「…いえ、変わります…」
「…どうして、変わるんだ?…」
「…汚いものを、見れば、自分の心も、汚れます…よく、ギャング映画やヤクザ映画で、あるでしょ? 年上のヤクザが、自分の可愛がってる年下のヤクザに、殺しとか、一切させない…どうしてだか、わかりますか?…」
私は、葉尊の言葉に、少しばかり、考えたが、わからんかった…
だから、
「…わからんさ…」
と、答えた…
「…それは、汚したくないからです…」
「…汚したくない? …どういう意味だ?…」
「…例えば、それまで、ひとを、殺したことがない人間が、ひとを殺したとします…すると、人間が、変わります…」
「…どう、変わるんだ?…」
「…色がつきます…それまで、真っ白だった人間も、黒くなったとまでもいえないまでも、薄汚れます…それが、わかってるから、可愛がってる、子分の手を汚させないんです…それと、お姉さんは、同じです…」
「…同じ?…」
「…お姉さんの長所は、その明るさです…誰もが、お姉さんと、接すると、癒されます…それが、父やボクのいるビジネスの世界でも、どっぷり浸かると、人間の嫌な面をたくさん見ます…その結果、お姉さんから、その明るさが、消えるのが、怖いんです…ひとを殺すようなことは、しないまでも、人間の嫌な部分をたくさん見れば、ひとは、変わります…だから…」
葉尊は、そこで、言葉が、詰まった…
それ以上、言葉が、出なかった…
その言葉を聞きながら、どうして、これまで、この葉尊が、私に、以前、オスマン殿下のことを知らないと、言い張ったか、わかった…
要するに、私を巻き込みたくなかったからだ…
だから、知らないフリをした…
そういうことだった…
今、葉尊が例を上げたヤクザ映画ほどのことは、なくても、現実のビジネス世界でも、十分、ドロドロしているからだ…
他人を裏切ったり、出し抜いたり、十分、ドロドロしているからだ…
そして、私が、その中に巻き込まれ、染まるのが、この葉尊は、嫌なのだろう…
そう、思った…
そう、理解した…
と、
そこまで、考えて、気付いた…
葉尊が、私と結婚した理由だ…
葉尊は、いつも、私を褒める…
私の人柄を褒める…
が、
裏を返せば、その人柄に、憧れているということだ…
自分にないものを、私が、持っていて、それに憧れているということだ…
と、言うことは、どうだ?
おとなしくて、真面目な葉尊…
それは、ただの見た目で、その実像は、真逆…
その爽やかな外見とは、裏腹に、どす黒い性格を内に秘めているのでは?
そう、思ったのだ…
ひとは、見た目では、わからない…
長く、接していても、わからないことは、たくさんある…
私は、まだ葉尊と、結婚して、半年…
お世辞にも、長い付き合いではない…
私の知らない葉尊…
葉尊の真の姿…
それを、思うと、正直、怖かった…
もしかしたら、そこには、私が、見たこともない葉尊が、いるかも、しれないからだ…
その一方で、そんな葉尊を見てみたいとも、思った…
女心は、複雑…
実に、複雑だった(笑)…




