第三話(3)
「飴咥えてるなんて、珍しいな。」
そう言って、俺は席に着く。
「いや、だって甘いもの食べるといいらしいじゃん? 脳に。」
「え……?」
思わず照屋の机を見る。
そこには、昨日までなら絶対に置かれていなかったであろう英単語帳と、小テストの範囲が書かれたプリント。
今まで勉強というか、ペンを持つことすら嫌がっていた照屋が、小テストの勉強をしている。
疑問が浮かばないわけがない。
「だって、透と色々やるってなったら、先生に捕まってるなんてもったいないじゃん!!」
「……先生に捕まる?」
「赤点取ったら補習。補習行ったら遊べない。遊べないなら透と動画撮れない。つまり私は困る!」
「いや、最後の一個だけだろ。」
「細かいことはいいの!」
照屋はそう言いながら、英単語帳を開く。
しかし、数秒もしないうちに眉間にしわが寄った。
「……interested……?」
「”興味がある””だよ。」
「へぇ。」
「いや、書いてあるだろ。」
「読めないんだよ。」
「威張るな。」
「でもさ、透。」
照屋がシャーペンを指先でくるくる回しながら、俺を見る。
「私もやるんだから、透もちゃんとやってよね。」
「……分かってる。」
「動画。」
「うん。」
「歌。」
「うん。」
「絶対有名になる。」
「……そこまで言ってない。」
「言ってなくてもなるの!」
照屋は自信満々に笑った。
その顔を見ていると、不思議と否定する気が起きなかった。
「じゃあ……俺もやるか。」
「おっ!」
照屋が身を乗り出す。
「何から?」
「まずは曲。」
「曲?」
「歌ってみたを出すなら、何を歌うか決めないと。」
そう言った瞬間、俺の頭の中にいくつもの曲が浮かんだ。
流行っている曲。
好きな曲。
何度も聴いた曲。
歌いやすそうな曲。
けれど、どれもしっくりこない。
「……何がいいんだろう。」
「透が一番好きな曲でいいんじゃない?」
「でも、難しい曲だったら?」
「知らん!」
「おい。」
「だって透の歌でしょ?」
照屋はそう言って、少しだけ真面目な顔になった。
「最初くらい、透が歌いたい曲を歌えばいいじゃん。」
「……。」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
歌いたい曲。
そんなもの、考えたことがなかった。
いつも聴いている側だったから。
誰かが作った曲を聴いて、勝手に自分の気持ちを重ねていただけだった。
「……SS。」
「おっ、出ましたSS!」
「一番好きだから。」
「じゃあ決まりじゃん!」
「でも、難しいぞ。」
「いいじゃん。」
「俺、カラオケで81点だぞ。」
「知ってる。」
「……。」
「でも、あれ楽しそうだったじゃん。」
「……そうだった?」
「うん。」
照屋は笑った。
「歌ってるときの透、いつもより楽しそうだった。」
俺は何も言えなかった。
自分では、そんなことを考えたこともなかった。
ただ、歌っている間だけは、余計なことを考えなくて済んだ。
家のことも。
親のことも。
自分のことも。
誰かと比べることも。
全部忘れられた。
「……じゃあ、SSにする。」
「よし!」
照屋が小さく拳を握る。
「曲決めた!」
「まだ決めただけだろ。」
「じゃあ次!」
「次?」
「録音!」
「……早くない?」
「何言ってんの。スターへの道は待ってくれないよ?」
「スターって……。」
笑いながら、俺は机の上に置かれたプリントを見る。
その隣には、照屋の英単語帳。
――まずは、一歩。
そう思った。




