第18話「いただきますと頂きました」
白茶けたアスファルトに強い日差しが差し、
空には入道雲がこんもりと浮かんでいる。
航と響は、郊外のホームセンターへ向かって並んで歩いていた。
「今日も暑くなりそうだな。最近、ぜんぜん雨降らないな」
航が額の汗を指で拭いながら言う。
「うん。でも、この雲はそのうち降るよ。
夏の雲って、ため込んでから一気に来るから」
響は空を見上げたまま、少し楽しそうに答えた。
白い雲の縁が、陽に照らされてくっきりと浮かび上がっている。
「降るなら、帰ってからの方がいいな」
「それは分からない、雲低いからね」
少しだけ不安な顔だけど、ちょっとだけ笑って、
響は歩調をほんの少し早めた。
アスファルトの照り返しで、足元が揺らいで見える。
ホームセンターの看板が見えてくると、風向きが変わり、
木材売り場特有の乾いた匂いが、かすかに混じってきた。
「今日、何買うんだっけ」
「やすり、ニスのマボガニー色。あと……」
一瞬言葉を切り、響は航を見る。
「小さい刷毛。細かいところ用」
自動ドアが開き、ひんやりとした空気が二人を包んだ。
外の強烈な夏が、ふっと遠のく。
「生き返る……」
「確かに、ゆだっちゃうね」
そう言って、響も少し肩の力を抜いた。
売り場をひと回りしながら、和気あいあいと買い物を続ける二人。
模型製作のための小さな部品を選んでいる、その頃――
仁とエミリーは、
ステーキと海鮮の店「フライングフィッシュ」でメニューを開いていた。
店内にはサーフボードとV8エンジンが飾られ、
ジュークボックスからは80年代の洋楽が流れている。
「ここのランチサービス、ステーキが1.5倍ナノヨネ」
「俺もよく来るけど、肉食うならやっぱココだな。
何気に海鮮もいけるぞ」
「じゃあワタシ、300gの1.5倍で
Tボーンステーキ、ランチセット」
「俺はヒレの300gの1.5倍で、ランチセット」
ほどなく運ばれてきたのは、
1.5倍で450gとは思えない巨大な肉の塊だった。
セットのサラダとライスは普通の大きさのはずなのに、
なぜか小さく見える。
周囲の客から、思わずどよめきが起こった。
「なんか、500g以上ないかこれ。
エミリー、大丈夫か?」
「大丈夫。ウレシイ。いただきます」
「おう、いただきます」
厨房の奥から、高校のOBである大川パイセンが、
にこにこしながら親指を立て、また厨房に引っ込んでいった。
「ねえヒトシ。
ニホンゴの“いただきます”って、いいコトバじゃない?」
「そうだな。ばあちゃんが、
残さず命をいただくことだって言ってた」
「イイネ。そういうの、ワタシノ国にもあるのよ」
周囲の驚きの視線をどこ吹く風と受け流し、
二人はごくごく普通に食べ進んでいく。
ほぼライスとサラダを食べ終え、
ステーキも残り少なくなったころ――
雷鳴とともに、
バチバチと大きな雨粒が落ちてきた。
やがて、景色が白くにじむほどの大雨になる。
「降ってきたな。
こりゃ、しばらく出れんぞ」
「……あれ。
なんか、ワタルとヒビキじゃない?」
買い物帰りの突然の雨に、
航と響は避難と昼食を兼ねて、
フライングフィッシュに飛び込んできた。
航は大きな袋を抱えたままこちらに気づき、
一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにいつもの調子に戻る。
「よう仁。相変わらずここ好きだな。
今日はエミリーと一緒か」
フリーズしている響をよそに、そう言った。
そのとき、
エミリーが意を決したように一歩前へ出た。
テーブルの端を、ぎゅっと指でつかみ、
顔を上げる。
「ワタシタチ、付き合うことになったの。
だから……ヨロシクネ、ワタル、ヒビキ」
一瞬、店内の音が遠のいた気がした。
仁は、
「え、マジっすか」
という言葉を喉の奥で噛み砕き、
「ああ……そうだな。
付き合うことになった。
二人とも、よろしく」
と、少し照れたように言った。
その言葉で瞬間解凍された響が、勢いよく話し出す。
「えええっと、いつからなの?
どういうことなの?
ちょっと航、知ってたの?」
「たぶん、こうなるの分かってたよ。
おめでとう、仁。エミリー」
そう言って、混乱する響を別の席へ連れていく。
遠くで「まあまあ、響」という声が聞こえた。
「ゴメン、仁。
こういうカンジで言うことになって、ドウシテモ……」
小声で話すエミリーは、
いつもの元気が少しだけ揺らいでいる。
「You don’t need to say sorry.」
(謝らなくて大丈夫)
仁も、小声で返す。
「Thank you for understanding.」
(理解してくれて、ありがとう)
「じゃあ、雨やんだら海岸でも散歩しよう。エミリー」
「うん。ヒトシ、ワタシも行きたい」
大きな雨音は、次第に静かになっていった。
二枚のステーキ皿の上には、
付け合わせまで、きれいに食べ終えられていた。
フォークとナイフが、
静かに並んでいた。
――ごちそうさま。




