最終章 再び緑のコートで。 二
「もうそれから俺らはまともに口もきかなくなって、クラブの奴らにも、『どうしちゃったの?お前ら』とか言われたけど、俺も駆も、別に、って何にも言わなかった。……でも、絶対バスケでは負けたくない、って思ってたけど、それも全然かなわなかった。」
タケルは悔しそうな顔を隠そうともしない。
「駆は上背はないけど、とにかくすばしっこくて、捕まえることができない。マンツーマンやっても、五回に一回ぐらいしか、勝てない。……それでもせめて、アイツにバスケだけでも勝ちたくて、俺、必死で練習した。マンツーマン練習は絶対駆を指名した。」
タケルは上を向く。座ったまま、バスケットのゴールを見つめているようだ。
「中学入学してからは、俺らは親友じゃなくて、ガチのライバルだった。部活では火花散るぐらいガチンコで勝負してるけど、プライベートで二人でつるむことは皆無になった。……でも、あの日、俺、駆がほかの奴に言ってるの聞いたんだ。」
「……なにを?」
「駆と楓が、告白もまだで、つきあっても無いって。あの時、部室で、ヤスっていうやつと、駆が話してるの、俺聞いちゃって、ヤスが『あの子と、どこまで行ってんの~?』みたいなこと、嫌らしい口調で聞いてて、それ聞いてるだけムカついたんだけど、駆が、『俺ら、そういうんじゃないから、まだ、ただの幼なじみ。』とか、ヤスにはあっさり言ってて、拍子抜けした。」
「…………。」
私は、何も言えず、うつむく。
「駆、ヤスに言ってた『でも、来週からはガチでつきあうから。俺からちゃんと言う。』って。なんで口の軽いヤスにそんなこと言ってるんだろうな、て俺、ぼんやり思ってた、で、一方で安心してた。なんだ、駆、意外とヘタレじゃん……案外、来週になっても告白できないんじゃね?とか思ってた。」
「それ、いつのこと?」
「駆が死ぬ、前の週の木曜か金曜。」
タケルに言われて、私は最後に一緒に帰った日のことを思い出す。来週も一緒に帰ろう、って私が言うと、「はじめて楓から誘ってくれた」って、駆が嬉しそうにしてた。駆は、待ってくれていたのかもしれない。私が、ちゃんと駆と向き合う勇気を持てる日まで。
私の目から、涙がまたこぼれ落ちる。お互いの気持ちになんとなく気づきながら、なかなか一歩が踏み出せなかった、幼かった私たち。
「週末は、俺ら、初遠征だったから、どうせ駆が告白しようと思ってんのは、部活のない水曜の放課後だ、って予測はついてた。どうやって邪魔してやろうか、そればっかり考えてた。ガキだったな、俺。」
タケルは悲しそうに笑った。
「水曜日、アイツより先に俺のほうが楓に告白したら、駆の友達に告白されたってことで、楓が動揺して、駆にすぐにOK出さないかも、とかそんな馬鹿なシュミレーションとかしてたりしてたりした。そして……月曜。」
タケルの声が、不意にかすれる。
「部活に来たけど、駆はあんまり調子が上がらない感じだった。風邪ひいてんのかな、っていうぐらいキレがなくて、動きが鈍くて、そんなアイツに、俺、マンツーマン、めっちゃくっちゃ仕掛けた。具合悪いなら、熱でも出しちまえ、って思って、俺、具合の悪そうなアイツに、すげえ無茶させた。俺、ただ、駆が熱でも出て、二、三日休めばいい、ぐらいにしか思ってなかった。まさか、あんなことになるとか、想像もしてなくて……俺。」
タケルは頭を抱える。私の目からも熱い涙が幾筋も流れる。タケルが何を言わんとしているか、やっとわかった。その日、床についた駆は、永遠の眠りについたのだ。
「……死なれてしまうと、俺、ひたすら駆に申し訳なかった。俺がつまんない嫉妬でアイツを振り回して、命を縮めたんだ、そうとしか思えなかった。葬式で、楓がくるったみたいに叫んでるのも、全部俺のせいだ、って思って、二人にただ、申し訳なかった。」
タケルの声は、小さくかすれる。
「駆がいなくなってしまうと、俺、ほんとはすごく駆が大事な友達だったんだよなって、再認識させられたし、真っ白な顔して、無表情で歩いてる楓から笑顔を奪ったのも、俺なんだよな、って思って、毎日が地獄みたいな気分だった。」
タケルの悔恨の言葉を聞きながら、私は涙が止まらなかった。私は、本当に、バカで、自分のことしか見えていなかった。タケルがそんな苦悩を抱えて、ずっと生きてるなんて、全然知りもしなかった。
「ごめんね、タケル。」
涙の中で、やっとそれだけ、私は口にする。
「……なんで楓が謝るの。悪いのは全部俺なんだけど…。」
タケルは弱々しく言う。
「楓が転校しちゃって、俺、むしろほっとした。楓の顔見るたびに、俺、罪悪感に苛まれてしょうがなかったから。一時はバスケやめることも考えたけど、とにかく、アイツが見るはずだった景色を、俺が代わりに背負って、見せてやるしかないんじゃないかって思って、ひたすらバスケだけに打ち込むことに決めたんだ。」
バスケの試合には必ず駆の写真を持っていくっていって、肌身離さず駆の写真を持っていたタケルを思い出す。
「それでも、監督が、駆の名前出して俺を煽るのは正直、参った。駆のことを考えてバスケやってんのは確かだけど、それを他人から言われるのは鳥肌立つぐらい嫌だった。だから、高校は地元離れてやるって、心に決めてた。」
「そっか…。」
タケルが決意を秘めて、入学した先にいたものは……、駆の死で心を閉ざしきった私だったんだ。私は、あの場に存在するだけで、タケルの心を苦しめてきたんだ。私は申し訳なさで固く目をつぶる。
「あの頃の楓は、中学入学したときの、コロコロよく笑ってる楓とは全然違って、髪形も重たくて、地味になってるし、何よりも、笑顔が一つも見えなくて、いつも廊下を目を伏せて歩いて……なんか、俺、それ見て、勝手に腹立ててた。」
「ごめん、イライラさせて。」
「だから、なんで、楓が謝るんだよ。」
タケルは声を荒げる。
「いつまで引きずってんだよ、って正直思った。俺は、駆のことは忘れたわけじゃないけど、俺は俺なりに消化して、それなりの日を送ろうと思ってるのに、楓の暗い顔は、いつまでも俺の罪の記憶を思い起こさせる。そう思って、勝手に逆恨みしてた。」
私は頭を垂れて、何も言わず、反省する。
「イラつくから、いろんな女の子と遊んでやった。どの子もみんな華やかでそれなりに綺麗だけど、でも、誰も好きにはなれなかった。バスケもどんどん調子が上がっていったし、一年でレギュラーも取れたし、地元から離れて、俺、かなり調子乗ってた。ただ、楓の暗い顔だけが、目障りだった。」
タケルは低い声で、話を続ける。
「もう、自分が楓をどう思ってるのか、自分でもよくわからなかった。あんなに好きだと思ってた気持ちは無くなってたけど、でも、相変わらず視界にまったく入らないっていうのもムカついた。絶対、バスケで目立ちまくって、こっち振り向かせてやるって、意地になってた。今の俺だったら、絶対駆よりも上手くなってるだろ?ってわけわかんない自信もあったし。」
「……小松さんは?タケルの特別じゃなかったの?」
「俺にとって、最初は小松もその辺の女の子と大差なかった。本人が彼女ヅラしてんのは気になったけど、マネージャーとしては便利だし、好きにさせておいた。正直、恋愛よりもバスケのほうが重要だったし、その場限りの甘い言葉言えば、女の子なんて誰でも手に入った。」
「でも、試合中の小松さんとタケルは特別な関係に見えたよ?」
「小松の存在が重要になってきたのは、二年になってきてから。レギュラーは取れたし、二年になったら本格的にタイトルも欲しいし、トップアスリートになるために、もっと高みに行けるか、真剣に考えて、それで小松の気持ちを利用して、ほとんど俺の専属にして、体調管理とか練習スケジュールの見直しとか、小松に最大限協力させた。」
「そっか……。」
「試合中の二人の決め事とか、いろいろ作って、……まあ、彼女兼マネージャーって言ってもいいのかな、とか自分の中でも思ってきた。どっちかっていうより、異性っていうより、同志に近い関係だな、とは思ってたけど。」
「やっぱり、タケルにとって小松さんは、そういう存在だったんだね。」
「……でも、小松一人に絞りきるってほど、自分の気持ちは高まらなくて、やっぱりいろんな女の子と遊んでた。それに関して、小松が何にも言わないのも、都合よかった。」
「アイツの火遊びなんて、慣れてるもの。」そう意地を張っていた小松さんの背中を思い出す。本当に愛する人ができた今の私は、それがどんなにつらいことか、少しは理解できる。……あの頃と違って。
「バスケで活躍すると、周りがだんだんうっとおしくなっていった。試合中の応援が多いのはありがたいんだけど、アイドルとかスターとか、そんな称号、別にいらなかった。そして、かなり目立つようになっても、楓は相変わらずだった。」
また謝りかけて、私は口を開くのをやめて、ベンチの下へ目を落とした。
「廊下で翳のある顔で、目を伏せて歩く楓とすれ違うたび、相変わらずかよ、って舌打ちしてた。駆があんだけバスケ好きだったんだから、さっさと立ち直って、おまえも見に来いよ、って思ってた。そしたら、アイツが見ていたはずの世界を、俺が見せてやるのに、って思ってた。逆恨みしてるくせに、楓の目に俺が映らないのは、もっと腹が立ってた。」
私のことをうっとおしく思っているようで、気にかけてくれているタケルの気持ちを言葉の端々から感じる。
「そんなこと考えてたら、突然、楓が来た。敵の応援席にな。もう、意味わかんねえ、って思った。」
あり得ないものを見たように、茫然とこっちを見ていた、あの日のタケルを思い出す。
「来たと思ったら、相手側の応援かよ、とことん嫌味かよ、っていうか、楓、俺が駆にしたこと実は知ってて、ほんとは恨んでんのか?とかすっげえ色々考えたわ。当然調子は大崩れだし、監督に怒鳴られて、とにかくどこに楓が座ってようが、目立ちゃいいんだろ、と思って、ヤケクソで点取りまくった。」
「うん、すごかったよ、タケル。大活躍だった。こんな人が、うちの高校にいるんだ、って感心した。ほんと、私、何にも知らなくて馬鹿だった。」
ごめん、と言う言葉が口から飛び出そうになるのを、なんとか抑える。タケルの抱えてきた思いを、同じ空間にいながら、まったく感じとることのできない、鈍すぎる自分が情けなかった。
「ほんと、楓は俺が誰かも、何にも気づかないんだもんな。」
タケルの言葉に、苦い笑いが含まれる。
「……ちょうどその頃、俺、梅崎と席が近くて、割と仲良くしてたんだけど…、しっかりしてるっていうか、なんか飄々としてる奴で、俺のバスケでの活躍とか全く興味なさそうで、なんかそれが気楽で、よくしゃべってた。俺に対して、物理の理論とか話すから、そっちはさっぱり意味不明だったけど。」
言われて、私は懐かしく思い出す。傘の中で、ホイヘンスの原理について、とうとうと語ってくれたっけ。
「ある日梅崎が、なんか似合わないファンシーな袋もって爆笑してると思ったら、笑いながら中身見せてくれて、それに白い消しゴムがぎゅうぎゅうに詰まってて、『これ、傘借りたお礼に、って物理で一緒の女の子がくれたんだ』とか楽しそうに言うんだ。」
「あったね、そんなこと。」
「うん、だいたい俺がファンの女の子にもらうものって、手作りの菓子とか、マスコットキャラとか、気の利いた子はタオルとか、音楽CDとか映画のDVDとか、そんなものが多いのに、消しゴムはさすがに無いな、って思って、なんか俺まで愉快になった。『やば、俺、この子のこと、結構好きかも』とか梅崎が言い出して、俺、それが楓のこととも知らずに、『いいんじゃね、いっちゃえよ。』とか言って、女の子の口説き方とか伝授してた。」
そうか、わざと参考書忘れて連絡先聞き出すとか、一日おきのメッセージとか、映画の誘い方とか、口説き方が的を射すぎてて、梅崎くんのイメージに合わないと思ってたら、タケルの手法だったのか。そう言われたら納得がいく。
「梅崎は、『地味に見えるけど、結構可愛い顔してるし、なによりも流されない感じがいいんだよ』とか言ってたけど、二週間ぐらいしたらさっぱりした顔で、『あまりに流されなさすぎない子で、玉砕したわ。なんか、ずっと片思いで好きな人がいるらしい』とか言って、俺もそれきり、そのことは忘れてた。」
「そっか…。」
「今考えたら、駆に妙な嫌がらせしたりせずに、俺も中学の時、さっさと告白して、楓に振られておけばよかったのかもな、梅崎みたいに。そしたら、あんなに初恋をこじらせることもなかったのに。」
そう言って、タケルは大きなため息をついた。
「梅崎がうらやましいよ。」
そう言って、タケルは一時黙った。




