表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/70

第五十四話 帰宅と再会

 やがて、その秋も暮れ、受験が近づき、私はますます勉強に明け暮れる。学校のみんなは

「がんばってね!楓ちゃんがお医者さんになったら、私の主治医になってもらうわ!」

 とか応援してくれる。心強い。今年のお正月は、両親は帰ってこない。受験シーズンにお母さんだけが一か月間、帰国して、私のサポートをしてくれると言う。

 そして、年が明けて一月半ば、私は久々に公園の見えるマンションに、母とともに帰宅した。

「ごめんね。医学部目指すのが遅すぎて、国公立受験が厳しくて。」

 私は母に謝る。

「いいのよ。この一年で、あなた、飛躍的に成績が伸びたって、予備校の先生もおっしゃってるし、あなたが、とっても努力したのがよくわかる。」

「第一志望は、特待取れるようにがんばるから。少しでも経済的な負担を掛けないようにがんばる、私。」

「大丈夫。お父さんも、娘が医学部入るっていうので、ずいぶん気合が入ってる。……だから、あなたが学生の間は、もしかしたら帰国が難しいかもしれないけど、あなたなら大丈夫でしょう?」

「うん。ひとり暮らし、慣れてるし。」

「医学部は夜遅くなることも多いって言うし、遅くなりそうなら、タクシーとか使っていいんだからね。……安全第一よ。」

「わかった。お母さんに心配かけないように気を付ける。」

 そう言って、私はベランダ越しに冬景色を見せる公園を眺める。家の中に緑はすっかり無くなってしまったけれど、窓から見える公園の風景は、都会の中で、そこだけが自然を主張し、四季のうつろいを惜しげもなく見せてくれる。寒そうにさざめく池の水面を見つめながら、私は心の中で、天野くんを想った。……天野くんの受験も、もう少しだ。励ましてあげたいけれど、まずは自分自身の受験に集中しなくては。

 受験を次々とこなして行き、一か月してから、私は空港に母を見送って、いったんおばさんの家に戻った。


 卒業式、ひさびさに学校に登校すると、みんな心配そうに私を見てくるので私はにっこりと笑って、Vサインを出すと、クラスメイトの顔が一斉に輝く。

「やったね!楓ちゃん!」

 祝福の声に包まれて、私はとても嬉しかった。同じ合格でも、祝ってくれる人がいるのといないのでは大違いだ。

「大学は離れちゃうけど、一年あまり、みんなと過ごせて、とっても楽しかった。これからも友達でいてくれるかな?」

「もちろんだよ!」

 女子高だけに、胴上げ、とまでは行かなかったけど、もみくちゃにされて、合格パーティを開いてくれる、という話まで持ち上がった。その週のうちに開かれたパーティの席で、

「でもさー、私たち、お医者さんと結婚したいなーとかそういう考えはあっても、自分がお医者さんになろうとか、そういうのは考えなかったな。」

 と、友達に言われる。

「私も、そこまで考えて最初から理系やってたわけじゃないよ。いろんな人と接するうちに、初恋の子の死を無駄にしたくないな…とかそういうの思うようになって、だんだんね…。」

 そう言うと、

「でもさ、きっと楓がそういう選択したこと、きっと駆くんも喜んでるよ。」

 そういう声が上がって、私は不覚にも涙する。駆、ほんとに喜んでくれるかな……、今度、一度も行けてなかったお墓参りに行って、駆に報告しないと。

「ありがとう。私、ここに転校して来て、みんなが応援してくれたからこそ、私、医学部に合格できた、って思うんだ。」

 私が涙声で言うと、クラスメイトの子たちも次々と泣きだして、私はみんなと固く抱き合った。転校前はちょっとマシになったとはいえ、前の学校では、愛人とか呼ばれ、謗られて、勉強に集中できない日も多くあった。そのほとんどの原因が、自分の、他人を受け付けない姿勢にあったとはいえ、突然現れた、部外者の私を、暖かく受け入れてくれたこの高校のクラスメイトには、感謝の思いしかない。

「みんな、大好きだよ。」

 泣きながらそう言うと、クラスの子たちは

「私も、楓ちゃん大好き。」

「楓は私の太陽だよ。」

 なんて泣きながら言ってくれる。

「ただ一つ、残念なのは、楓ちゃんにカッコイイお医者さんを紹介してもらいたいのに、楓ちゃんの行く大学が女子大って言うのが残念で…。」

 と誰かが言って、パーティ会場は泣き笑いの渦に包まれて、楽しく終わることができた。たくさんの思い出と、友達。私は、かけがえのないものをたくさんこの学校で得られた。おばさんの家でも、あらためてお祝いとお別れパーティをしてもらって、私はこの懐かしい地を後にした。

 


 卒業式から一週間後、私は公園の見えるマンションに戻ってきた。今度は、一時滞在じゃなくて、再び生活の拠点を戻すため、身の回りのものすべてを、おばさんの家から引き上げて、元通りの場所に直した。

 違うのは、あの時と違って、緑がすごく減っていること。

 モンステラの鉢をリビングに置いて、サボ太郎を玄関の下駄箱の上に置いて。

「やっぱりこれだけじゃ、寂しいかな。」

 私はひとりごとをつぶやく。ほんとうは、前ほどではなくても、もう少し増やしたいけれど……、でも、これから始まる長い学生生活、あまり無駄遣いもしていられない。入学式までは、まだ間があるけれど、何もしないのは落ち着かないので、私は部屋の大掃除や模様替え、入学準備の買い物、そして夜は勉強に明け暮れた。

 そうして三日たったある日。私が買い物から帰って来た日。


「お帰り、楓。」

 太郎が、あの日のように、ふんわりと浮かんでいた。


 私の手から、スーパーの袋がどさりと落ちて、りんごが転がる。

「太郎……。」

 私の唇からつぶやきが勝手に漏れた。

 ………太郎は、あの時とまったく同じ笑顔で、そして、あの時とおなじ制服姿で。

「もう、出てこないって、思ってた……。」

 私が言うと、太郎が首をかしげる。

「どうして?楓、いま、ひとりなんでしょ?」

 ……えっと、太郎の出現条件って、私がひとりでいること、そして、この部屋の中だけで、そして……。

「そっか、今日、水曜日か……。」

 学校も休みになってだいぶたつから、曜日の感覚が忘れつつあった。私は口を引き結んで、スーパーの袋とりんごを拾い上げ、キッチンへ向かう。太郎はふわふわ飛びながらついてくる。私が無言で食材を冷蔵庫に収めはじめると、太郎は後ろから、

「ねえ、楓、怒ってるの?」

 なんて聞いてくる。

「別に……。」

 私が言うと、太郎は私の顔を横からのぞきこんで、

「いや、絶対、この顔怒ってるよ?」

 と言う。

「だって、太郎ってなんなの?さよならも言わずに勝手にいなくなって。私、太郎のせいで風邪ひいて、ひどい目にあった。」

 ……あの日、雨に打たれて、びしょ濡れのまま、太郎が出てくるのを待ち続けた日を思い出す。

「……だって仕方無いじゃん。楓が前触れもなくいきなりタケルくんとつきあったりするから。」

「あんな一方的にキスされることを、つきあうって言わないの!」

 私は太郎に向き合って、怒鳴るように言うと、太郎はびくっとして、後ずさるように後ろにふわりと下がって言う。

「それを嫌とも言わないで、そのあと仲良く駅まで手をつないで帰ってたじゃん。あれってつきあってるってことでしょ?」

「あれは、自分の頭が突然のことを処理できなくて、ぼーっとしてたから……。」

 私は言い訳するように太郎に言って、そんな自分に腹が立つ。結局過去の自分がはっきりしない態度を取ったから、太郎が出て来れなくなっただけじゃないか。

「でも、確かにタケルくんとつきあってるときの楓、あんまり幸せそうじゃなかったよね。そこは僕も依頼者も葛藤があったんだよ。」

「……じゃあ、なんで出てきて、相談に乗ってくれなかったの?」

 私は問う。あの日、私は人生で一番、太郎を必要としていた日、太郎は露ほども姿を見せず、私はひとりきりだった。

「僕も悩んでたんだよね……。タケルくんは楓の心を捕えるためだろうけど、駆くんの気持ちを代弁してたよね、あの時。」

「うん………。」

「あれって、見事にほんと、依頼者の依頼そのものだったから……。さすがに駆くんの親友だな、って感心したよ。よく分かってるんだな……って。」

 そう言って太郎はくるりと回る。

「結局楓は、そうやってタケルくんに強引に揺さぶりを掛けられて、引きずりだされなきゃ、ずっと自分の殻に閉じこもって、誰ともつきあうこともなかったのかな、とも思うし。」

「………そうかもしれないけど。」

 確かにあの頃の私は、居心地の良い自分の殻の中で、時折おとずれてくれる天野くんや、駆の写真を見せてくれるタケルの存在で、ほどほどの寂しさをまぎらわせて、特に不満も無く生きていた。

「タケルくんとつきあったからこそ、楓は天野くんへの気持ちも自覚したし、自分のやりたいことにも目覚めたんでしょ?悪いことばっかりでも無かったと思うけど?」

「…………。」

 私は太郎に何も言い返せなくて、言葉に詰まる。

「……だけどね、ほんとつらかった。あの頃の楓を見てるの。契約上、出てはいけないけど、僕も依頼者も、楓がかわいそうでたまらなかった。学校中にひどい噂が出回って、あげく襲われかけたりとか。」

「………何よ、依頼者、依頼者って。私は未来の子孫にまで同情されないといけないわけ?」

 私は太郎に背を向けて、八つ当たりの言葉をぶつける。久々に出てきてくれた太郎に、こんなひどい言葉しか言えないなんて、私はやっぱりひねくれている。

「まだ気づかない?楓。」

 後ろから、静かに太郎が私に声をかける。

「……何を?」

「僕のほんとうの依頼者。なんで僕、こんなスーツ着て出てきてると思うの?」

「え………。」

「楓、ほんとうは分かってるって思ってた。ドラえもんて言えば、簡単にアイツ信じるから言えよ、って言ったの依頼者だけどさ。まさかそんな単純にずっと信じ込んでるって思わなかった。」

 太郎の意味することが分かって、私は愕然とした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ