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第三十九話 思い出の動物園

 タケルとの約束の日曜日、試合は少し離れた場所だったので、私はバスを乗り継いで、指定された体育館へ向かう。予定時刻より、少し早く着いたけれど、私は、コンビニで時間をつぶして、わざと試合が始まった後に観客席に入った。体育館はすでに熱気に包まれていて、この間の時のような大歓声に包まれている。

 帆乃夏の後姿を確認して、私はそこから対角線で離れた遠くの席へ、そっと腰を下ろす。「今度は一緒に見よう。」と言ってくれた帆乃夏。そんな帆乃夏と、こんな形で同じ空間を共有することになってしまって、私は心苦しく思う。

 今日も帆乃夏は、手作りの応援幕を両手で掲げて、熱心に声も出して応援している。今日の対戦相手は、この間の相手と違って、少し実力差があるようで、タケルは面白いようにシュートを次々と決めていく。そして、インターバルには、私に気づいたのか、タケルはこちらに手を上げてくれた。私も小さく手を振る。タケルは嬉しそうに笑った。

 点差がかなり開いたからだろう。最後の第四クウォーターには、タケルはベンチに下げられた。たぶん、タケルはもう出てこないんだろうと思って、私は、そっと体育館を後にした。そして、さっきのコンビニで待っていることをタケルの携帯にメッセージで伝えて、しばらく雑誌を立ち読みしていた。

 試合終了後、二十分ぐらいして、タケルは現れた。

「お待たせ。」

 タケルはにっこりと笑って、私の手を取る。

「楓、腹、減った?」

 タケルに聞かれる。時刻は、午前の十一時半に近づいていた。私が首を振ると、タケルは、

「じゃあ、バスに乗って、目的の場所へ行こうか。ここから、案外、近いんだ。」

「うん、目的の場所って?」

「行けばわかるよ。」

 私が乗ってきたバス停で、タケルと二人、並んで立つ。タケルは身長が高いから、嫌でも目立つ。試合を見に来た子も、少しは残っていたみたいで、何か後ろでタケルの名前をささやく声が聞こえるけど、タケルが私の手をしっかり握りしめているせいか、近づいて来ようとはしない。やがて来たバスに、二人で乗り込む。

「ね、どこへ行くの?」

 隣に座るタケルの顔を見上げて、もう一度問うと、タケルはにっこりと笑って、

「動物園。」

 と言った。

「動物園?」

「うん、俺ら、小学校五年の時に、バス遠足で遠くの動物園に行ったの覚えてない?あれ、ここから割と近いんだ。」

「覚えてる…、懐かしい。」

「だから、着いたらそこで昼メシにしよう。」

「うん。」

 私はうなずいた、タケルは嬉しそうに私の手を握りなおした。

「今日、楓、試合、最後までいなかっただろ。」

 タケルに低い声で言われる。

「うん……。点差が開いたし、タケル、もう出てこないだろうな、と思って、出入り口が混む前に、早めに体育館出たの。」

「最後のあいさつの時、姿が見えなくて、ドキッとした。家に帰ったかと思った。」

「まさか…。」

 私は下を向いて、小さく笑う。

「約束してるもの。帰ったりしないよ。うちのクラスにも、タケルを応援してくれてる子がいて、私、その子と前は少し仲良かったから、ちょっと顔を合わせづらくて、先に体育館出たの。」

「そっか……ごめんな、俺のせいで。」

「タケルのせいじゃないよ、私が悪いんだけどね。」

 私がそう言うと、タケルは両手で私の右手を掴んで、「楓が寂しくても、俺がいるからな。」なんて言う。帆乃夏との問題は、寂しい寂しくないの問題とは、少し違う気がしたんだけれど、うまく説明できなくて、私は黙ってうなずく。

 路線バスは、やがて、動物園前に着いたので、二人で降りる。動物園の入場門の前に立つと、すでに動物の鳴き声が聞こえてくる。

「懐かしい…、楓、覚えてる?」

「うん、覚えてる。最初がキリンだよね。」

「だったな。いきなりあの背の高さに圧倒されるんだよな。」

「今はタケルも、なかなかの高さだよ。」

「ちょっ、俺とキリンを比べるなよ。」

 学校の閉ざされた空間と違って、開放的な空気のせいか、いつもよりも気楽に会話ができる。チケットを買ったタケルは、「行こうか」と私の手を取って、中に入る。パンフレットを見ながら、なんの動物を見たいか、二人で話合う。

「俺はやっぱ、猛獣系かな。」

「私は…うーん、ミーアキャット?」

「ミーアキャット?またマニアックなとこ突いてくるな。」

「そう?あの立ち上がって、背伸びして周りをキョロキョロ見るとこが可愛いんだよね。」

 そう言いながらも、順路通り、順番に動物を見ていく。キリンの隣には、ダチョウと象がいて、それから、モモイロペリカンが姿を見せた。

「こうしてみると、ペリカンて、想像以上にデカいな。」

「そうだね。」

 私はくすっと笑う。

「モモイロペリカンて、名ばかりで、全然ピンクじゃないね、こうしてみると。真っ白ていうか、薄ねずみ色っていうか。」

「そうだな…あ、ここに説明してある。繁殖期にだけ、薄桃色に変わるって書いてある。それがモモイロペリカンの名前の由来らしいぞ。」

「そっか…モモイロペリカンに罪はないんだけど、恨みはあるのよね。」

「恨み?」

「うん、あとで説明する。」

 いろいろな動物を見て、緩やかな丘を登ると、見晴らしのいい高台に出てきた。

「懐かしい…、ここで、お弁当食べた。タケル、覚えてる?」

「覚えてる。俺と駆、あの木の近くで食べた。」

「そっか、私は、友達と、あのあたりで。」

 いつも、懐かしい思い出が隣り合わせの、私たち。

「今日は、この坂を下りたところに、レストランがあるから、そこで昼飯食おうか。」

「うん。」

 大きな池のそばのレストランの、オープンテラスで食事をする。

「寒くない?楓?」

「ううん、大丈夫。」

 季節は十一月半ばに差し掛かっているけれど、日差しが暖かくて、景色がいいから、そんなに寒さは気にならない。池にはオシドリの家族が泳いでいた。

「オシドリって、オスは派手なのに、メスは意外と地味なんだな。」

「そうだね、私とタケルみたい。」

「俺、あんな派手か?」

「派手ってわけじゃないけど、目立ってるじゃん、なにかと。」

「試合以外では目立ちたくないけどな…、別に。それに楓は可愛いよ。あんなに地味じゃないだろ。」

 さりげなくそんなことを言われるので、ちょっと困る。

「地味だよ…私。」

「服装とかファッションがおとなしいだけだろ。顔は可愛いよ、笑顔が特に。」

 褒められ慣れていないので、返答に困って、目をそらして池を見つめる。

「……オシドリ夫婦って、仲良しの象徴みたいに言われるけど、結構オスは浮気するらしいね。」

 オシドリを眺めていたら、うっかりそんなことを口にしてしまう。

「俺は、浮気しない。楓一筋だから。」

 思いがけず真剣な声で言われるので、思わずタケルの顔をじっと見つめると、タケルは真面目な瞳で、じっと私を見据えていた。私が無言でタケルの顔を見返すと、

「だから、信じて、俺を。」

 まっすぐな目をして、タケルは私の目を見つめて、そう言う。私は、下を向いて、ふっと笑った。

「はいはい。」

「あ、まったく信じてないだろ、その軽い返事。」

 タケルは口をとがらせる。その顔が子どもっぽくて、私はまた微笑んだ。

「食べたら、行こうか、タケルの好きな猛獣系。」

「今度は話をそらせたな。」

 タケルの抗議は無視して、私は食事を終えたトレイをさっさと片付けた。


 ライオンの檻の近くに、二人で向かうと、タケルが言う。

「懐かしい、今日はライオン近くにいるな。遠足の時は、ライオンが奥に引っ込んでて、ライオンと記念写真撮れないからって、駆と俺が、二人がライオンになるっつって、ライオンの吠える真似して、檻の前でゴリに記念写真撮ってもらったな。」

「あはは、今度、その写真も持ってきてよ。」

「わかった…あれは実家にあったかな?今度持ってくる。」

「楽しみにしてる。」

 そんな会話をしながら、動物園の北のはずれまで来た。動物園はここで終わり、そこから先は、動物園に隣接する、ちょっとした遊園地につながっている。遊園地と言っても、本格的なものではなくて、ゴーカートや、回るティーカップ、メリーゴーランドのようなおとなしい低年齢向けの遊具が少し置いてあるだけなんだけど…。

 その入り口の前は、大きな水辺になっていて、ピンクのフラミンゴがたくさん立っていた。

「遠足ってさ、班で回ってたよね?タケルのクラスもそうだった?」

「うん。五人ぐらいで回ってたな、確か。」

「うちもそうだったんだけどね、うちの班の男子三人が、どうしても、こっちの遊園地に行くってきかなくて…。先生からダメって言われてるのに。」

「あ、男はそんなもんだろ。俺も駆と一回だけゴーカートに乗ったぞ。」

「やっぱり?……でも、私たちは先生たちに見つかるのが怖くて、嫌だって言ったんだ、それで、男子と女子で別行動取ることになってね…。」

「うん。」

「そしたら、男子のひとりが、『じゃあ、出入り口のところの、ピンクのでかい鳥のところで集合な』っていうから、私たち、このピンクのフラミンゴのことだと思って、ウサギを見に行ったあと、ここに戻ってきて、男子をずっと待ってたの。」

「うん、それで?」

「ずっと待ってたのに、全然、班の男子が戻ってこないの。私、もう焦って、『もうバスが出ちゃうかもしれないから、戻ろうよ』って言ったんだけどもう一人の子が、『班で別行動してたのがバレちゃうから、ここで待ってよう』って聞かないの。」

「そっか。」

「遊園地の中まで探しに行こうかと思ったんだけど、すれ違いになると行けないから、私たちずっと待ってた…。」

「うん。」

「そしたらね、駆が焦った顔してやってきて、『かえで!何やってるんだよ!もうバス出るぞ!』とか言って教えてくれたんだ…それで、私たち急いで駆といっしょに動物園の出口に走って戻ったんだけど、駆、足が速いから、あっという間に置いてかれちゃった。」

「そうだったんだ…。」

「バスに戻ったら、班の男子、全員ちゃっかり乗り込んでて、『おまえら、なんで待ち合わせに来なかったんだよ?俺ら怒られたじゃん。』とか言うわけ、で、聞いたら、ピンクの大きい鳥って、男子はモモイロペリカンのことを言ってたらしい。動物園の入り口のところの。」

「あ、それで、ペリカンに恨みか。」

「そうそう。」

 私は笑った。悠々と歩くフラミンゴは、鮮やかなピンク色で、自然な色と言うより、絵の具か染料で染めた色みたい。

「ピンクって、こういう色を言うよね、普通。モモイロペリカンなんて、名前だけじゃん。」

「だったな。」

 タケルも笑う。

「あの時、なんで、駆は私たちがここにいたこと、知ってたんだろうって思ったんだけど、タケルと一緒にゴーカートしてたんだったら、その時、見てたのかもね。」

「かもな。俺らも結構ギリまで遊んでて、急いでバスに戻ったから。」

 タケルは、じっと何かを思い返していた。そして、静かに口を開いた。

「俺、その時のこと、覚えてるよ。俺らのバスは全員乗り込んだんだけど、隣のバスの女子が二人、まだ帰ってないからって、まだバスは発車しないで、俺、駆と隣の席で、ずっとバスが出るの、待ってた。そしたら、駆は珍しく黙り込んでて、窓の外、じっと見てたんだ。」

「うん。」

「駆は、隣のバスの方、じっと見てて、ちょうど空席が、俺らの向かいの席だって、気づいたんだ。駆、そっちをじっと見てたんだけど、突然、『先生、俺、トイレ!』って言って、バスを降りたんだ。」

「うん。」

「動物園入ったところに、トイレあるから、すぐ戻ってくるかと思ったら、なっかなっか戻ってこなくて、やっと駆、戻ってきたら、なんかめっちゃ汗だくなんだよな。『なっげえトイレ』とかみんなにからかわれても、『うっせえ、近くのトイレが詰まってたから、遠くのに行っただけ』とか言ってさ。」

「そうだったんだ…。」

「あれ、楓を探しに行ってたんだな…。なんか、あいつ、さりげに優しいな…。」

「そうだね。」

 私とタケルの、記憶がつながる。リンクする駆の記憶。かけがえのない思い出。私の手を握り締めるタケルの力が強くなる。

「私、タケルと一緒にここに来れて、よかったよ。ありがとう、タケル。」

「俺も、楓と一緒に来れてよかった。」

 私たちは、目を見合わせて、笑い合った。

 帰りのバスの中では、疲れたのか、タケルは言葉少なになっていた。タケルはなんて言っても、午前中、試合した後だもんね。だから、私が主に喋って、タケルは相槌を打つ。

「結構、遅くなっちゃったね。」

「だなあ…。」

「でも、楽しかったよ。タケルといっぱい、駆の話が、できて嬉しかったな。」

「そうだな…。でも、楓と駆、小学校の時から、そんな名前で呼び合うほど、親しかったなんて、俺、知らなかったな。」

「『隣のデカ女』だもんね。」

 私はくすっと笑う。

「一緒にいた女の子にも、『早川くんとどうして知り合いなの?』て不思議がられた。駆、運動会とかで目立つから、知られてたみたいで。隣の家、って言ったら納得されたけど。」

「そっか。」

「駆、学校の知り合いがいるところでは、絶対私に話しかけてこなかったから、その時、よっぽど焦ってたんだろうね。小学校の時も一緒によく帰ってたけど、ぜったい、駆も私も、一人でいるときにしか、駆、声をかけてこなかったから。」

「そうなんだ。だから、あれほど俺と駆、一緒にいたのに、俺、楓のこと全然知らなかったんだな。」

「駆、からかわれたりするの嫌だったんだろうね。なんか、男女が二人でいると、小学生、すぐからかってくるもんね。」

「だろうな。あいつ、クラスの女子とも、ほとんど喋ってなかったから。」

「なのに、中学に入ったら、一緒のクラスになって、そしたら、普通に駆が『楓』とか話しかけてくるようになって、びっくりした。」

「そっか。」

「一緒に帰ろう、ってみんなの前で言ってくるようになったのも、中学になってからだし、どういう心境の変化だったんだろうね?」

「さあな…。駆と女の子の話なんて、全然しなかったからな。」

 ちょっとタケルは眉を寄せて不機嫌そうな顔になって、私は気づく。私、そういえば、駆の思い出ばっかり話してるけど、今はタケルとつきあってるんだよね…。

「ごめん、私、さっきから、駆の話ばっかりしてるね。」

 私が謝ると、タケルは、はっとしたような顔をする。

「いや、別に、全然嫌じゃないから。ていうか、もっと話してたいんだけど、ちょっと疲れてた。」

 そして、私の頬にタケルが触れる。

「駆の話とかしても、全然嫉妬とかするわけないから、もっと話していいよ。楓が嬉しそうにしてると、俺も嬉しい。」

「ありがとう…。でも、タケルも疲れてるみたいだから、私、少し静かにしておくね。」

「ごめん、気を遣わせて。」

 そう言って、タケルはバスの座席にもたれて、目を閉じて本当に寝てしまった。疲れてるのに、悪いことしちゃったな。

 

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