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第三十五話 凛音の怒り、タケルの宣言。

 月曜日、登校すると、なぜかクラスメイトの視線が集中するのを感じた。こんなに見られるのは、髪を切って登校した始業式以来だけど、あの時の視線とは違って、なにか冷たいものを感じるのはなぜだろう。

「おはよう、帆乃夏。」

 私は近くに座っていた帆乃夏に、あいさつをする。

「おはよ…。」

 帆乃夏は素っ気なく、目もあわさず私に言う。

「メッセージありがとう。嬉しかった。」

 私がお礼を言うと、「別に…。」と帆乃夏は枝毛をいじりながら、そう言う。何か、不機嫌そうな表情で、それ以上話しかけづらい。凛音のところにもお礼に向かうと、凛音も表情が硬かった。

「おはよう、凛音。」

 私はややびくつきながら、凛音にあいさつをすると、凛音はあいさつもそっちのけで、

「ねえ、楓、私に嘘ついてることや黙ってることって、無い?」

 と怒りの表情で聞いてきた。突然のことで、私は黙り込む。凛音に黙ってること…、いっぱいある。

 ひとり暮らしなこと、毎週日曜日、天野くんのモデルしてること、タケルと同窓会していたこと、そして、駆のこと…。でも、嘘って、なんだろう。そんな凛音をここまで怒らせるような。

「心当たり、無いわけないよね?ていうか、ありすぎてむしろわかんないのか。楓、秘密主義だもんね。」

 そう言って、凛音は私から目をそらす。

「楓、人あたり良くて、なんでも私の話、うんうん、て聞いてくれるけど、自分のこと、なんにも話さないよね。私の家に誘っても遊びに来てくれないし、楓の家なんて、私、場所も知らないことに気がついた。」

「…………。」

 凛音は時々、自分の家に遊びに来るように誘ってくれていた、でも、私はそれをいつも断っていた。凛音にお招きされたら、こっちも自宅に招待せざるを得ない。そうすると、私がひとり暮らしってわかってしまうのが、私は怖かったのだ。

「結局親友だ、って思ってたのは、自分ばっかりなんだな、って思い知らされたわ。」

「そんなこと…。」

「ない?いや、そうでしょ、実際。」

 凛音の剣幕に、何も言えず黙り込む。その時、天野くんが教室に入ってきた。女の子たちがわっと天野くんを取り囲む。

「匠くん、もう大丈夫?木曜日早退してから、金曜日も学校来ないから、心配だったの!」

 私とは違って、ひどく歓迎されている天野くんが、にこやかに答えているのが聞こえる。

「大丈夫だよ。ちょっと急な親戚の用事で遠出しただけだから。みんなの顔が見られなくてつまらなかったな、今日、誰か描かせてくれるかな?」

「じゃあ私描いて!」

「いいよ、じゃあ、紗枝ちゃんからね。昼休憩でいいかな?」

「次は私!」

「じゃあ、梨絵ちゃんは放課後ね。」

 振り向かなくても分かる、王子様スマイルで天野くんはそう言っているんだろう。そんな華やかな雰囲気に背を向けて、私は凛音と無言で向き合っていた。なにも言えないまま、時間は過ぎて、チャイムが鳴ったので席につく。

 私が休みの間、いったい凛音になにがあったんだろう。まさか、天野くんが私の看病に来てくれたのが、わかってしまったのかな。悩みながら午前中の授業が終わるのを、ただ、過ごした。

 昼休憩、私はお弁当を持って、凛音の席へ向かう。

「あの…凛音、私とお昼一緒にしてくれるかな?」

 いつもだったら、こんなこと、聞きはしない。自然に二人で、どこで食べるか相談したりしているのに。凛音はじろりと私を見て言う。

「私なんかと食べていいの?もっと他に、一緒に食べる人、いるんじゃないの?」

 意味が分からなくて、お弁当を持ったまま、私は立ちすくむ。その時、教室の出入り口のほうから、声がした。

「あ、いた、楓。やっぱり今日は登校してたんだ。」

 その声に驚いて振り向くと、タケルがちょっと背をかがめて、覗きこむようにこちらを見ていた。

「あ、昼まだだったね、間に合った。今日は一緒に食べようと思って。」

「え……?」

 タケルは教室に入ってきて、私のお弁当を手に取り、もう一方の手で私の手を掴んで、教室から出ようとする。

「待って、タケル、私、今日は友達と…。」

 私がそう言って抵抗すると、

「…あ、そうなの?ごめん、ちょっと楓、借りていい?」

 タケルは振り向いて、凛音に言う。

「どうぞ、ご自由に。別に楓と約束なんてしてないし。」

 そう言って、凛音は私に背を向けて、

「帆乃夏、一緒に食べよう。」

 と、帆乃夏に声をかけていた。呆然とした私の腕をつかんで、タケルは教室の外へ出て、私を引っ張ったまま、ずんずん歩く。廊下を行きかう生徒たちの視線が痛い。

「待って、タケル。ちゃんと一緒に行くから、手を離して。」

 そう言うと、タケルはやっと手を離してくれた。横を並んで歩きながら、うつむいて、

「どういうつもり?」

 と問うと、

「別に。楓と昼飯食いたくなっただけ。楓、こそこそするの嫌なんだろ?だから堂々と一緒にいることにした。」

 と、タケルは平然と言う。

「でも、こんなの誤解を生むよ…。」

「なんの誤解?別に誤解されるようなことも何もないじゃん。」

 取りつく島もないタケルの言葉。

「でも…。」

 と言っているうちに、学食に着いた。タケルは私にお弁当を返して、

「楓、席、取っておいて。俺、料理取ったらそっち行くわ。」

 と、さっさと踵を返して、料理の並んでいる列にトレイを持って並んでしまった。私は仕方なく、ごった返す食堂の中から、二人掛けの席を確保して、座り込む。そこへ、

「あっれー。珍しい。望月さんじゃん。」

 隣から男の子の声がした。そちらを見ると、理系のクラスで一緒の三組の谷澤くんだった。

「学食で見るなんて珍しいね…って弁当だし、ウケる。」

 谷澤くんは私を見てゲラゲラ笑う。理系のクラスは比較的おとなしい男の子が多いけど、谷澤くんはだれかれ構わず話しかけて、賑やかなタイプで…そして、私はちょっと苦手だ。

「ちょっと、友達に誘われて…。たまにはいいかと思って。」

「へえー、友達って誰?」

 とか谷澤くんが言っているうちに、あっというまにタケルが戻ってきて、私の前に座る。

「って、荒川!?」

 谷澤くんが驚いた声を上げると、タケルはじろりと谷澤くんをにらみつけたので、谷澤くんはそれきり黙ってしまった。

 タケルは食事の前に、ノートを一冊取り出してきて、それに丁寧に何か書きこんでいる。

「なに書いてるの?タケル。」

 見慣れない光景に、なんとなく私は尋ねてみる。

「食事の記録。何のメニューをどれだけ摂取してるか、記録してる。だいたい毎食やってるよ。アスリートにとって、食事は大切だから。」

「そっか…。」

 私は小声で相槌を打つ。ふだん見たことのない、タケルの学食での姿。私がお弁当を広げると、タケルも割り箸を歯でパキっと折って、食事を始める。

「ふだんの楓の弁当って初めて見るけど、やっぱり結構あっさり目と言うか、和風なんだな。」

 私のお弁当をまじまじと見て、タケルがそう言う。

 今日の私のお弁当は、サワラの西京焼きに、きんぴらごぼう、卵焼きにゆでブロッコリーと、いたって地味。

「水曜日、意図的にガッツリメニューにしてきてただろ?肉中心とかにして、俺のために。」

 そう言われて、私はうなずく。

「別に俺、そういう和風メニューでも全然いけるし、また今度作ってよ。」

 そう言われて、私は戸惑う。

「え、でもそういうの、もう終わりにしたんじゃ…。」

「俺はそんなつもり無いけど?」

 タケルは平然と言う。タケルの考えていることがわからないし、どうも食堂中の視線を浴びているような気がして、私はお弁当が喉を通らない。

「楓、残すんなら、もらっていい?」

「あ、うん。」

 タケルに言われて私がうなずくと、タケルは残っていた卵焼きを、ぱくりと一口で飲み込んだ。

「うん、やっぱ旨い、楓の卵焼き。」

 タケルはいつもと変わらない笑顔を見せる。なんでタケルは、こんな普通にしてるんだろう。そこへ、横でラーメンを食べ終わった谷澤くんが、

「ねえねえ、聞いていい?荒川と望月さんて、いったいどういう取り合わせなの?なんの知り合い?」

 と、無神経な笑顔で聞いてきた。

「どういう取り合わせって、つきあってるけど?俺ら。彼女とメシ食うのなんて、普通だろ?」

 表情を一つも変えずに、タケルは言い切った。

「え……。」

 思いもかけないことを言われて、私は呆然とする。あまりにも堂々とタケルが言うので、谷澤くんだけではなくて、周りの人間も固まっている。

「行くぞ、楓。」

 タケルはさっさとトレイを持って立ち上がった。私も慌てて立ち上がって、タケルの後を追った。

 タケルは、屋上に私を連れて行き、ポケットから鍵を出して、扉を開けた。

「屋上のカギ、タケルが持ってるの?」

「これ、屋上だけじゃないよ、学校のマスターキー。学校中の部屋の、たいていのカギを開けることが出来る。」

「…なんでそんなもの、持ってるの?」

「拾ったみたいなもん。…でも学校側が紛失したと思って、カギを作り直さないように、合鍵作って、そのあと本物のマスターキーはちゃんと戻しておいた。」

「すごいことするね。」

「駆と一緒に悪いイタズラたくさんしたせいか、悪知恵だけは働くんだ、俺。」

 タケルはそう言って悪戯っぽく笑った。屋上に出て、また鍵をかけるタケル。屋上はかなり風が強くて、寒く感じる。私は身体を抱えて、ぶるっと震える。

「病み上がりだもんな、楓。今日は寒かったか、ここ。別の場所にすればよかったかな。」

 タケルはそう言って、自分のブレザーを脱いで私にかけてくれる。タケルの厚意を、どう受け取っていいか分からない。

 

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