第二十七話 水曜日に、屋上で。
水曜日、屋上の物置の横の梯子を上ると、荒川くんが寝ていて、むっくりと起き上がった。
「いつも早いね、荒川くん。」
「ああ、四時間目サボったから。」
「悪い人…。」
私がくすくすと笑うと、荒川くんは目をそらした。
「これでも気を使ってんだよ。誰にも見つからないように。」
「誰にも?」
そう言えば荒川くんは、誰にも言わずに、とかやたらと内緒にするようなことを言う。
「ああ…俺の追っかけのなかにしつこいのがいて、俺と女の子が一緒にいると、やたらその子を貶めるような、変な噂を流す奴もいるんだよ。」
「そ、そうか…、荒川くん、バスケ部のエースだもんね、大人気だとかクラスの子も言ってたわ。」
「別にバスケを好きでやってるだけで、そんなの望んでないんだけどな、俺。」
荒川くんはため息をつく。
「有名になると、いろいろ自由がきかなくて大変なんだね。」
「別に有名ってほどでもないんだけど、早々にレギュラー獲って、いろいろ目立つと、やっかむ奴らがいるんだよな。」
そう言えば凛音もなにか、荒川くんの良くない噂があるとか言ってたな。まあ、噂は噂だ、気にしないでおこう。
差し込み形式のちいさなアルバムを、荒川くんは見せてくれる。小学校の三・四年生ぐらいからの駆の写真がたくさんある。小学校の修学旅行とか、運動会の写真とか。
「懐かしい…。」
ランドセルのふたをパカパカさせて走っていた、チビだったころの駆を思い出して、私は笑みがこぼれる。
「駆の友達、たくさんいたんだろうけど、あんまり覚えてないな…。どれが荒川くんだろ。すごく駆、友達多かったよね。」
「そうだな…いっぱいいたよ。でも、俺ら、常につるんでた。」
どの子だろう…。
「あ、この子は覚えてるよ。タケって駆から呼ばれてた。駆と同じぐらいちびっちゃかったよね。いっつも一緒にいて、いっしょに悪いイタズラして校長室に二人で呼ばれたこともあるって、駆が言ってた。」
駆と同じような髪型をして、歯をむき出して笑ってるやんちゃな顔を指さして、私は言った。
「あ、それが俺。」
ごく自然に荒川くんが言って、私は驚く。
「え?タケちゃんが荒川くんなの?全っ然、今と違うね。」
写真のなかのタケは、駆と同じような丸顔で、ちょっと八重歯を出して笑っていた。
「そ、俺ら顔も似てて、背も同じぐらいで、名前も似てるから、よく間違われてたよ。」
「名前?」
「俺、荒川 武琉って言うからね。」
ハヤカワ カケルと、アラカワ タケル…。
「確かに似てるね。」
「…だからさ、俺のこともタケルって呼んでよ、楓。」
不意に荒川くんから言われて、言葉に詰まる。
「でも、そんな、私、荒川くんのこと、何にも覚えてないのに…。」
「タケっていう名前と顔、覚えてくれてたじゃん。充分だよ。」
「………。」
「タケルって呼んでくれたら、この写真、あげてもいいよ。駆といっしょに写ってる写真。」
「タケル…。」
「駆の写真が絡むと、素直だね。」
にっこりと笑って、荒川くん…タケルが写真をくれた。タケルと一緒に写っている、駆の笑顔。小学校四年生ぐらいかな?チビっちゃくて可愛い。この上着、見覚えがある。並んで歩くと、少し大きめの上着の袖で、駆の手首が隠れて、それがより駆を小さく見せてた。懐かしくて、自然に笑顔がこぼれる。
「ね、駆と校長室に呼ばれた悪いイタズラってなに?」
タケルに聞いてみる。
「あー。」
タケルも懐かしそうな顔をする。
「俺ら、四年生の時の担任が大嫌いでさ、覚えてるかな?穴井っていう女の先生なんだけど、俺ら、アナグマって呼んでた。」
「あ…覚えてるかも。担任は持ってもらわなかったけど、音楽習ったことがある。ちょっとヒステリックな先生だよね?」
「うん、すっごくなんでもないことでも、声裏返して、キーキー叱りつける先生でさ、それで、俺ら、いつも怒られてばっかりだから、仕返ししてやろうって、駆が言い出して、それで、俺ら、アナグマが蛙嫌いだからって、雨上がりの日に、蛙をいっぱい集めて、アナグマの机の引き出しにいれたんだ。」
「うわあ…。」
「次の時間さ、アナグマ、引き出し開けて、絶叫して泡吹いて倒れた。」
「あーあ…。」
「もう、保健室の先生とか呼びに行く子がいたり、泣きだす子とかもいて、教室大パニック。目撃証言から、すぐに俺らがやったってバレて、校長室でさんざん絞られた。」
タケルが懐かしそうに話してくれるので、私も思い出す。
「その日さ、珍しく駆がへこんでたの。帰りたくないってぐずぐずしてた。で、何したのって聞いたら、『タケと一緒にやったイタズラで、校長室呼ばれた。あとで担任から家に電話があるだろうから、母ちゃんにも叱られる。』って。だから、その日は遅くなるまで、家の近くの神社で一緒に遊んでた。」
「そっか。」
「そしたらね、駆のお母さんと、うちのお母さんが一緒に私たちを探しに来て、『もう怒ってないから、帰っておいで。』って言われて、私たち一緒に帰ったの。駆のお母さんには、『遅くまで駆が引っ張りまわして、ごめんね』って謝られた。」
「うんうん。」
タケルも楽しそうに聞いている。
「そしたら、お母さんにはおこられなかったけど、仕事から帰ってきたお父さんには死ぬほど叱られたって、次の朝、駆がぼやいてた。」
「そっか、俺もメチャメチャ家で怒られたよ。その時言われた。駆といっしょに悪いことばっかりするぐらいパワーが余ってるんなら、なにかスポーツ始めろって。」
「そっか。そう言えばそのあとから、すぐに野球とかやってたね、駆。」
「うん。で、俺が小学校五年の時にスラムダンクって漫画にハマって、五年の途中から、バスケ始めたんだ。」
「そっか。」
「でも、俺、全然なにやっても、駆にかなわなかったな。全部、駆に負けてた。身長ぐらいだ、俺が駆に勝ったの。先に大きくなったの、俺だから。」
「え……、駆、そんなにうまかったの?」
「すっげえ駆、センス良かったよ。野球もバスケも。」
タケルの顔が曇った。そのまま、その場に寝そべる。
「何やっても、あいつ速いし、飲み込みいいし、悔しかった。……でも、一緒にやってて、こんなに楽しい相手はいなかった。」
「そっか……。」
タケルが黙り込んでしまったので、私はお弁当を広げる。
「ごめん、先に食べさせてもらうね。」
「あ…俺も食おう。」
二人で並んで、昼食を取るとかおかしな感じだ。タケルはまた、おにぎりだけを五つぐらい持ってきてる。
「おかず、無いけど大丈夫?」
「うん、いつもは学食だけど、今日は購買。購買はおにぎりとパンだけは豊富だけど、弁当は不味いし、おかずもろくなのないし、おにぎりだけでいい。」
「そっか…から揚げ食べる?」
「いいの?もらう。……うまっ。」
から揚げを一口で食べて、嬉しそうな顔をするタケル。そういう顔されると、小学生のタケの顔をちょっと思い出す。
「ふふっ。」
私が笑うと、タケルは怪訝な顔をする。
「なに?」
「いや、タケル、子どもみたいな顔して食べるな、と思って…。卵焼きもいる?」
「いる。悪かったな、ガキくさくて。」
「ううん、小学生の時のタケちゃんの顔を思い出して、懐かしかったよ。」
「そう?」
そう言いながら、タケルは卵焼きをやっぱり一口で食べる。
「これもうまい。俺の好きな味付け。甘すぎなくていい。」
「そう?今朝、あんまり時間がなくて、急いで焼いたから、ちゃんと味がついてて良かった。」
私がうっかり言うと、
「え、なに?朝から自分で作ってるの、弁当?」
タケルに驚かれてしまう。
「あー、うん…、うち、両親が仕事で忙しいから。でも、だいたい昨日の残り物を詰めてるだけだよ。それに卵焼きとプチトマトかブロッコリーを添えるぐらいで…。」
「じゃ、なに?夕飯も自分で作ってるとか?」
「まあ…、両親遅いことが多いから…。」
私はあいまいに答える。天野くんに、あんまりひとり暮らしってこと、簡単に人に言わないほうがいいって言われたしな。
「そっか…。やっぱ、楓はしっかりしてるんだな…。アイツが言った通り。」
「アイツって?」
「梅崎……。」
そっか、タケルって、梅崎くんと友達だったな、確か。なんか不思議。物静かで、勉強熱心な梅崎くんと、体育会系でバスケ部のエースのタケルが、仲がいいとか。
「梅崎くん、……なにか私のこと、言ってた?」
「うん、周りに流されず、しっかり自分持って生きてる感じの子だから魅かれたけど、流されなさすぎて、目にも入れてもらえなかった、木っ端みじんに振られたって笑ってた。」
「そっか…梅崎くんに申し訳ないことしたなって、気になってたの、でも、笑い飛ばせてたなら、よかった。……それで、梅崎くんと話して、私のこと、思い出したの?それとも、髪を切ったから気がついたの?」
私は尋ねてみる。肩のところを、何の抵抗もなく風が通り抜けて行って、首筋を直接空気が触れることに、まだ慣れない。
「いや…、俺は入学してすぐから、楓がこの学校にいることに気がついてたよ。」
意外な返事が返ってきて、私は沈黙する。そのあとは、何も言わず、私たちはそれぞれの昼食を摂った。
予鈴の少し前、私は梯子を降りようとした、すると、タケルに言われた。
「また来週の水曜日、ここへ来てくれる?…まだ、駆のこととか、話したい。」
タケルにそう言われて、私は黙って、うなずいた。
その夜、私はソファーの前の太郎に、静かに語りかけていた。
「……太郎が出てきてからね、太郎は駆に似てるのに、駆のことを何にも知らなくて、私、ちょっとフラストレーションが溜まってたの。だから、タケルに会えてよかったよ。」
「そっか。」
「なんで今になって、タケルが私に近づいてきたのかはわからないけど、でも、とても懐かしかったよ。駆のことだけじゃなくて、小学校の頃のこととか、普通に話せて、そういうことが自分にとって平気になってることに気がついて、とてもよかった。」
「良かったね。楓。」
「うん。」
「僕は楓に髪を切ったことを怒られなくて、良かったよ。今夜も野宿かと思ってたから。」
太郎はニヤッと笑う。
「そうだ、そのことは私、全然許してないからね。」
私がにらみつけると、
「ひゃあっ。」
太郎が天井近くまで飛び上がる。顔面蒼白になったその様子に、私はぷっと吹き出した。
「うそうそ。もう怒ってないから、降りておいで。」
「うん、ごめんね。でも僕が楓の髪を切ったから、タケルくんも懐かしくなって話しかけてきたんだと思うな、たぶん。」
「自分に都合よく解釈しないでよ。……まあ、そうかもしれないんだけどさ。」
私はケタケタと笑った。そう言えば、またタケル、話をしようって言ってたな。二人だけの同窓会みたいで、いいんだけど、こそこそしないといけないっていうのだけが気がかりだな…。




