第十九話 太郎へ相談
凛音とお弁当を食べていると、
「浮かない顔してるね、楓。」
と凛音に指摘される。
「うん、梅崎くんが、参考書忘れてきたって言ってさ。」
「え、そんなに参考書借りたかったの?」
「うーん、そういうわけでもないけど、梅崎くんて、そういう約束、忘れそうにない人だと思って、意外で。」
……もしかして、私の連絡先を聞き出すために、わざと持ってこなかった?とかそんな邪推をしてしまう。だって、別に忘れたからって、次に持って来ればいいものを、必ず明日、持ってくるから連絡先教えろって、そんなこと言うかな?普通。
うの嫌いだから、無理は言えないよ。」
とか天野くんが言っている。無理は言えないって、いっつも日曜日無理やり家に上り込んで、強制的に描いてるのはどこのどいつだよ、とは思うけど、口には出せないので、乱暴に卵焼きをつつく。
「へえ、望月さんのお弁当、美味しそうだね。」
天野くんがそんなことを言ってくる。
「でしょ?楓のお母さん、お料理上手だよね、うらやましい。うちの母さんは冷食ばっかだよ。」
凛音が代わりに答えている。
「いいねえ、料理上手のお母さん。」
天野くんの言葉にからかうような笑いが含まれてるのにムカムカする。私が一人暮らしなのを知ってるのに、しらじらしいったら。そうこうしてたら、天野くんが一年生の女の子に呼ばれた。
「んー、似顔絵描きの予約かな?」
と楽しそうに微笑みながら、天野くんが出て行った。
「相変わらず爽やかだねー、似顔絵王子。で、さ、楓はその理系男子にそんなに早く参考書借りたかったら、連絡先聞いちゃえばいいじゃん。」
……だから、もう交換しちゃったんだよ、それで悩んでるんだよね、とは言えず、私はため息。こういうのって、どうやって友達に相談すればいいんだろうな。ただの自意識過剰だって思われるだけな気がする。たかだか携帯の連絡先聞かれたぐらいで。
天野くんには上手いこと言いくるめられて、連絡先を交換させられたけど、梅崎くんのは、そういうのとはちょっと違う気がするんだよね、うまく言えないんだけど。
「凛音はさ、彼氏と、どうやって知り合ったんだっけ?」
梅崎くんのことを相談する代わりに聞いてみる。ま、知ってるんだけど。合コンだよね。で、普通に仲良くなって、二人で遊びに行くようになって…。凛音が楽しそうにキャッキャと馴れ初めのことを語っていると、天野くんが浮かない顔で帰ってきて、私たち二人の近くの席に腰を下ろした。
「匠くん、凹んでるね、どうしたの?似顔絵の予約じゃなくて、もしかして告白だった?」
凛音が尋ねると、
「ご名答…。……ああいうの、疲れるね。誰とも付き合わないっていうのじゃ、納得できないって泣かれるんだよ。」
「ふうん…。匠くんはなんで誰とも付き合わないの?」
「実際、僕、時間があんまり無いんだよ。月曜から土曜日は、夕方から夜九時近くまで、美大受験専門の予備校に行ってるし、土曜日の朝からはずっと、師匠のところでレッスンだし、日曜日はバイトだし…。」
「そうなんだ…週六日も予備校って、ほんと時間が無いんだね。」
「で、予備校が始まるまでの放課後は似顔絵の練習したいしさ、実際、女の子とつきあうとか実質無理な相談なんだよ。」
「そこまで頑張らないといけないなんて、すごく芸大って狭き門なんだねー。やっぱ、将来は画家?」
「なれるもんならね。でも、画家になったって食える人間なんて一握りだし、だから、つきあうとか結婚とか、そういうの自分の中ではあり得ないんだよ。」
「ストイックでカッコイイ…。」
凛音がなぜか目をキラキラさせている。
「そういうこと説明しても、引かない子は引かないから、心にもない酷い言葉を言わなきゃいけないし、すごく疲れる。」
「そっか…。私だったら、『彼氏いまーす、ラブラブでーす』で終了なんだけどね。」
「凛音ちゃんがうらやましいよ。それで終わらせられて。」
「モテる男子は大変だね。でも、一生、パートナー不在でいいの?匠くんは。」
「さあ……大人になった先のことまでは、わかんないけどね。」
私はそれを聞きながら、天野くんは変な人だけど、やっぱり人を傷つけることに平然としていられるほど、悪い人でも無いんだな、この間私に持ちかけた偽装結婚の話だって、結局、他の女の子を不必要に期待させないための、彼なりの知恵なのかな、と思った。だからって、天野くんの偽装結婚話に、はいそうですか、って乗るわけにはいかないんだけど…。
「匠くんと違って、楓はいっぱい時間があるんだから、『忙しくて彼氏が作れない』なんて言い訳はできないよ、いいから、その理系男子とくっついちゃいなよ。」
「なんでそういう話になるのよ。」
不意に話がこっちに戻ってきて、私は二人から顔をそむける。
「え、望月さんにそんな浮いた話があるの?」
「そーなの!いい感じなのよ、二人。こないだは私と楓、その男子へのプレゼント、選びに行ったのよね!」
凛音って、口軽…。とてもじゃないけど、梅崎くんのことを相談なんて、できないな。ため息をつきながら、二人が楽しそうに会話してるのを横目に、お弁当を黙々と平らげた。
家に帰って、観葉植物たちの手入れをしていたら、早速、梅崎くんからメッセージが届いた。
「明日、昼休憩のときに参考書持っていくから、一緒にお昼ごはんどうかな?」
悪い予感は当たった気がする。なんか、参考書を口実に、ちょっとずつ梅崎くんが近づこうとしてきてる気がするんだよね。
「昼は、友達とお弁当食べる約束してるんだよね。放課後でもいいかな?」
「じゃあ、方向も同じだし、また一緒に帰ろうか。」
……こういうのって、どうやってかわせばいいのかな…。私は慣れない経験に思い迷う。とりあえず、明日一緒に帰るのだけは、避けられそうにないのかな…。簡単に了承のメッセージだけ送って、携帯を机に放置して、私はベッドにあおむけに寝転ぶ。
「私は、駆以外いらないのにな…。」
ひとりごとを、あえて口に出す。この部屋のどこかにいる、太郎に聞いてもらうために…。明日は、太郎が来る日でもある。この間は八つ当たりして、太郎を傷つけちゃったけど、今は無性に太郎に会いたい、会って、この気持ちを吐き出したい。
私は、駆が今でも大好きなんだって、駆以外いらないんだって。
水曜日、学校から帰ると、気まずそうな顔で太郎が立っていた。床に立って、太郎が私を待っていてくれるなんて初めてのことだ。
「ただいま、太郎。」
「お帰り、楓。」
「この間は、ごめんね。」
「こっちこそ、ごめんね、駆くんじゃなくて。」
お互いに謝りあって、私たちはちょっと微笑みあった。
「太郎が駆じゃないことは、もうしょうがないことだし。それより太郎にまた会えて、私は嬉しいよ。いろいろ相談したいこともあったし。」
「うん、わかってる、梅崎くんのことだよね。先にソファーのところに行って待ってる。」
「うん、あとね…もう歩く練習は、無理にしなくていいから。」
「なんで?」
「太郎は太郎だから。駆じゃないから。太郎は太郎らしく飛んで動いていいよ。」
「そっか、じゃあ、そうする。」
太郎は、素直にそう言って、すうっと飛んでソファーのほうへ向かって行った、その後ろ姿を見て、私はちょっと安心して微笑んだ。手を洗って、寝室に行って着替え、私は太郎の前に座る。
「これ、何かわかるでしょ、太郎。」
太郎に一枚の封筒を見せる。
「うん、梅崎くんにもらった、映画のチケットだよね。」
週末に、梅崎くんに映画に誘われた。土曜日は梅崎くんは予備校に行ってるらしいから、日曜日しか行けないみたいなんだけど…。映画の中身は、海外で映画賞をもらった、国内監督の文芸作品。ハリウッドの超大作じゃないところが、梅崎くんらしいチョイスだな、とは思うんだけど…。
「今週封切になったばかりだから、まだ少なくとも三回は見れるチャンスがあると思う。そのいつでもいい、決心がついたら、僕と一緒に見に行ってくれるかな?」
梅崎くんに、真剣な顔をしてそう言われた。
「日曜日は天野くんが来る日だよね。」
「天野くんは、この際どっちでもいいの。ほんとに用事があるときは、連絡すればいいことだし。」
太郎の口から、天野くんのことを出されると、ちょっとイラッとする。
「私が行くかどうかも分からないのに、映画のチケットを先に購入しちゃうなんて、梅崎くんにしては合理的じゃないな、と思うんだけど…。」
「でも、その分、心理的には断りづらいよね。彼はそこまで計算してるんじゃないかな。」
「意外と、押しが強いんだよね…。私、こういうの経験なくって、困る…。」
太郎はふわっと浮き上がって、くるっと回った。そして、口を開いた。
「今週の日曜、すぐに行かなくてもいいんだったら、天野くんに今週は来てもらって、梅崎くんのこと、天野くんに相談してみればいいじゃん。」
「え?」
太郎の意外な言葉に、私は驚いて、ふわふわ浮かんでる太郎の顔を見上げる。
「天野くん、モテるんでしょ?でも、パートナー作る気が無くて、みんな断ってるんでしょ?うまい断り方を教えてくれるかもよ。」
「太郎は、梅崎くんのことは勧めないんだね、私に…。」
「僕は、もう、誰のことも、楓に勧めたりしないよ。僕に勧められたからって、楓がその気になるもんでもないって、わかったしね。」
「そっか。」
「で、梅崎くんのこと、悩んでるんだったら、友達に相談したいんでしょ?女友達には相談しづらいなら、天野くんならぴったりじゃん。口外しなさそうだし。」
「そうなのかな…。」
「いい答えが、楓の中で見つかるといいね。僕は、いつでも楓の幸せを願ってるだけだよ。」
にっこりと笑う太郎の顔が、とても優しくて、私の胸は温かいもので満たされた。
「ありがとう、太郎。」
「ううん、僕、今日は楓が泣かずに笑ってくれて、満足だよ。さ、ごはん食べなよ。僕、見てるから。」
「うん。」
太郎に見守られながら、私はいつもの日常の生活を送って眠りについた。




