第十八話 消しゴムと参考書
月曜日、私は梅崎くんの三組の下駄箱の前で待っていた。その日もやっぱり雨で、梅崎くんは黒い折り畳み傘を差して、現れた。
「梅崎くん。」
声をかけると、梅崎くんがこちらに気づいて、笑顔を見せた。
「おはよう、望月さん。」
「この間は、傘をありがとう。」
お礼を言って、傘を返して、日曜日に凛音と行った文房具屋で買った梅崎くんへのお礼の品を渡す。
「これ、たいしたものじゃないんだけど、お礼。」
「いや、別にお礼なんて良かったのに、気を使わせたね。」
「ううん、濡れなくて済んで、ありがたかったけど、梅崎くんが濡れたんじゃないかと心配で。体調は大丈夫?」
「僕は全然…僕の駅前、今どき珍しく、アーケードのついた商店街があるんだけど、そこの商店街で、この折り畳み傘買ったんだ。」
真新しい折り畳み傘を丁寧に畳んで、にっこりと笑う梅崎くん。そのまま、ふたりで教室までの廊下を歩きながら、話をする。
「もともと折り畳み傘を買う予定だったから、望月さんに傘を貸しても全然問題無かったんだけど、それをごちゃごちゃ説明する時間が無駄だと思って、押し付けちゃった。いらない心配させちゃったね。」
「そっか、ほんとに助かった。ありがとう。」
「僕も、お礼までもらって、かえって得しちゃったね。明日の物理の時間、ちゃんと参考書持っていくから。見てみてよ。」
「ありがとう。理論が大事なんだよね。あれから梅崎くんの言うように、物理の教科書とか読み返して、引っかかってるところ、チェックしてるんだよ。」
「そっか。僕の参考書もなかなか役立つと思うから、まあ使ってみてよ。」
「ありがとう。じゃあ、また。」
私は教室に入った。すると、すぐ後に凛音が入ってきて、私の肩に飛びついてきた。
「ね、ね、あれが噂の理系男子?」
「どういう意味?あ、梅崎くんのお礼一緒に選んでくれて、ありがとうね。」
「そんなのいいって!それより、二人いい感じだったじゃん。お似合いだったよ!黒髪眼鏡男子と、黒髪ロング美女の真面目そうなカップルって感じで。」
「やめてよ…そもそも美女じゃないし。」
……女の子って、どうして簡単に友達を持ち上げるんだろうな。
「いやー、いい雰囲気だったって。つきあっちゃえばいいのに。」
「私は誰ともつきあいません!」
そんなことを言っていたら、帆乃夏たちが入ってきて、「ねえねえー、昨日のバスケの試合さあー。」と別の会話で盛り上がりはじめて、話が梅崎くんから逸れて、私はちょっとほっとした。授業の準備をしていたら、帆乃夏に肩を叩かれる。
「ねえねえ、楓もそう思ったでしょ?」
「え、ごめん、なに?聞いてなかった。」
「だーかーらー。荒川くんがカッコイイって話よ。」
「あー、あの8番の人ね。私はじめて見たわ。いっぱい点を決めてたね。」
私がそういうと、帆乃夏ががっくりする。
「感想、それだけー?楓らしいっちゃらしいけど…。」
帆乃夏にぶつぶつ言われる。
「あー、すごく人気があるって聞いたよ。」
申し訳ないので、ちょっと言葉を付け足す。
「大人気だよねー。うちの高校だけじゃなくって、他校にもファンクラブあるって聞いたよ?」
「へー、そうなんだー、すごいねー。」
一応、気持ちがこもって聞こえるように、相槌を打つのは得意。私にとっては非常にどうでもいい話題なんだけど。
「んーでも、荒川くん、すごく女の子に手が早いって聞いたよ?」
凛音が眉をしかめて言う。
「『荒川は狙ったシュートと女の子は外さない。』って彼氏の高校のバスケ部で言われてるって。」
「やっかみじゃない?私、何回も試合見に行ってるけど、顔も覚えてもらってるかどうかも怪しいもん。」
帆乃夏が言うと、
「それは帆乃夏のメイクに問題があるんじゃ…。毎回顔が違いすぎるから。」
他の誰かが突っ込んで、帆乃夏はその子を怒って追いかけまわす。凛音はくすっと笑って言う。
「だって、帆乃夏って、バスケの試合の時のメイクの盛りよう、すごいもんね。見たでしょ?ああ言われてもしょうがないよね。」
それに私が相槌を打つ前に、チャイムが鳴って、担任が教室に入ってきた。
次の日の火曜日の物理の時間、梅崎くんに会うと、なぜか爆笑される。
「ん?どうしたの?私の顔になんかついてる?」
顔をごしごしこすってみる。
「いや、そうじゃないよ、あの、傘のお礼、楽しくて良かったよ、ありがとう。」
「あー、お役立ちでしょ?あれ?」
私は胸を張る。
「うん、役立つし、見た目と中身のギャップがすごくてさ。」
梅崎くんにあげたのは、ちょっとした小袋になってたんだけど、それが今、小学生に人気のゆるキャラで、ちょっと高校生が持つには恥ずかしいかな?みたいなシロモノ。
「俺、てっきり、中はキャンディか、クッキーか、もしくはキャラ物の小物みたいなのが入ってると思ってさ、開けたらびっくりだよ。」
袋の中身は、ただの消しゴムだった。ただのありがちな小さな四角い白い消しゴムなんだけど、それが十個以上入ってる。全部、一応メーカーや機能がそれぞれ違って、「消しクズがまとまる」とか「紙が傷みにくい」とかみんなちょっとずつ特徴が違う。
「なんかね、消しゴムって、似たようなのが多くて、どれがいいか買うの迷っちゃうよね?いろいろ試したくなったりして、でも、一つがなかなか無くならないから、結局、どれが良かったのか比較しにくいよね。だから、モニタリングしてみてよ、どれが良かったか、教えて?」
私がすまして言うと、梅崎くんはまだ笑っていて、
「望月さんには似合わないような、子どもっぽい袋くれるなあと思って開けてみたら、中が素っ気ない消しゴムでしょ?隣の席の荒川とかもスッゲーうけてたよ。」
「素っ気なくてごめんね。…荒川くんて、バスケ部の?」
最近、荒川くんの名前をよく聞くな…と思いながら、私は相槌を打つ。
「そうそう、あいつ、女の子からめちゃくちゃ人気あるから、よくプレゼントもらうらしいんだけど、こんな印象的なのは記憶にない、って爆笑してた。」
……へえ。世の女子、荒川くんにプレゼントするなら、消しゴムがいいですよ。と私は心の中で思った。
「荒川くんて、ほんとに有名だし、人気あるんだね。私、先週まで全然顔も名前も知らなかったから、友達に驚かれちゃった。」
私が言うと、
「なんか、その、世の中に流されない感じが、望月さんらしくていいね。」
そう梅崎くんに言われてしまう。
「そう…かな?」
そんなことを言っているうちに、物理の岩田先生が来てしまい、貸してもらうはずの参考書は受け取れないまま、授業が始まってしまった。そして、授業が終了後、梅崎くんに呼び止められる。
「ごめん、望月さん…あのさ、参考書、持ってくるつもりだったけど、忘れちゃったから、明日絶対持ってくる、で、携帯の連絡先教えてもらっていいかな?待ち合わせするのに便利だし。」
「え…金曜日の授業の時でいいよ、別に急がないし。」
私がそう言うと、梅崎くんが真面目な顔で、
「ダメ、約束破ったの、僕の方なんだから、絶対明日届ける。でも、一組まで行って望月さん呼び出したら、目立つだろうし、望月さん、そういうの嫌でしょ?」
うーん…。そうなのかな…と思ったが、しょうがないので連絡先を梅崎くんと交換する。物理の時間が終わると昼休憩なので、私はそのまま教室に戻った。




