第十七話 偽装結婚?
「そんなことより、夕飯の準備しよ。遅くなっちゃった。」
私は立ち上がって、キッチンに行った。スケッチブックと鉛筆を片付けた天野くんは、なぜかキッチンで私の横に立つ。
「なんか用?」
「手伝う。」
「は?いいよ、それより帰りなよ。もう描いたんでしょ?」
「だって、俺も腹が減った。」
「まさか、食べて帰るつもり?」
「そうだけど?だから手伝ってやるの。」
天野くんは平然と言い放った。
「なんでよ、図々しい。」
私はあきれた。そんな私にかまわず、天野くんが言う。
「結構俺、役立つよ?下ごしらえなら得意。りんごの皮むきとか得意だし。」
「なんでりんごの皮むき?」
「静物画の練習の時に、散々やった。絵になる剥き方とかいろいろ研究したし。」
天野くんらしい答えを言ってくる。それだけ豪語するなら、とためしにペティナイフと洗ったジャガイモを渡してみると、ほんとうに器用にくるくる剥く。しっかり芽も取ってるし。
「……ほんと、手先が器用なんだね。」
「そうだよ、ほら、剥く野菜全部よこせ。」
「へえ、人間ピーラー。」
そう言いながら、ニンジンや玉ねぎなどの野菜類を全部渡す。その間に冷凍しているホワイトソースを三つ分出して、サラダにする野菜も出す。
「今日のメニューは?」
「ホワイトシチューとサラダ。」
「それだけ?肉とか無いわけ?」
「シチューにチキンが入ってるじゃん。」
「なんか、女メニューって感じだな…。しかも夏にシチューかよ。」
「嫌なら帰ってよ。」
「しょうがない、それでがまんするから、大量に作れよ。」
天野くんの勝手な言い草に腹が立つが、逆らうのも面倒なので、いつもよりも少し大き目の鍋でシチューを作る。
「米は炊かないわけ?」
「土曜日にまとめて一升炊いて、お茶碗一杯ずつに分けて冷凍してるの。光熱費の節約。」
「ふうん、じゃ、俺、三杯分ね。解凍よろしく。」
好きなことを言いながら、天野くんは手際よくコールスローサラダのキャベツを千切りにしていく。千切りキャベツの上にきゅうりにプチトマトとツナを添えて、コールスローサラダも出来上がった。フレンチドレッシングを添えてテーブルに出す。
まさか大量のホワイトシチューを作る羽目になるとは思わなかったけど、ホワイトソースが余分にあって良かった。天野くんの働きもあって、夕飯は二十分足らずで出来た。
天野くんと、向かい合って夕飯を摂るとか、なんかおかしな感じだ。
「うん、旨い。結構あんた、料理上手だな。」
「それはどうも。」
天野くんに褒められても、全然嬉しくないが。
「天野くんこそ、あざやかな包丁さばきで。」
「ああ、当然。言われなくても知ってる。」
なんていう褒め甲斐のない男。
「しかし、あれだよな、こうやって一緒に食事してると、夫婦みたいだな、あんたと俺。」
「はあ?」
天野くんがバカなことを言いはじめる。
「いっそ、将来は偽装結婚するか、俺ら。」
「何言ってるの?」
「だって、あんた理系ってことは、週末休みの企業とか医療機関に勤めるんだろ?で、俺は土日が忙しいホテルマン、てことは、休みが合わないから、こうやって夜会うしかないじゃん?」
「はい?会わなくていいって別に。」
「それは俺が困る。描けなくなる。」
「別の人にあたってよ。」
「嫌だね断る。定期的に描くのはあんただけでいい。でも、いい年した男女が夜会ってたら、いろいろ勘ぐられるから、もういっそ結婚するか。」
「冗談じゃないわよ。」
「男も女も、一生独りでいたら、親からいろいろ言われるよ?いいと思わない?この提案。」
「嫌だよ親や世間を騙すとか。それに偽装結婚って犯罪じゃない?」
「借金消すためとかに、戸籍を悪用する目的で使ったら犯罪だけど、俺らはただの実質仮面夫婦じゃん、罪には問われないでしょ。」
天野くんの言っていることがもう変すぎて、話する気も起らない。
「ま、真面目に考えてみてよ。」
冗談なのか本気なのか、そんなことを言って、シチューを三杯お代わりして、天野くんは帰って行った。




