10話:魔女さまの落とし穴
嫌な予感がする。リュウを心配する理由は、それだけしかないのに、居ても立っても居られない。
ロトスは何も言わず、リュウ探しを引き受けてくれた。わたしが探すとすれ違いや迷子になる可能性があるので、一人、集合場所でじっとリュウを待っている。
通り過ぎる人々を見逃さないよう、しっかり目を見開く。12歳程度の修行服をまとう少年の情報を聞けないかと、耳を澄ます。
そうして、夕刻をすぎ、日が沈んだ。
王都よりは南に位置するが、大陸全体からみればどちらかというと北寄りなトリッシュの夜は冷える。なにより、風が強く、冷たかった。
それでも待ち続けるつもりだったけれど、来たのはリュウではなく、汗だくになったロトスだ。
息が上がっているロトスは、口を開かず、ただ首を横に振った。
「まだ、待つよ。ありがとう、ロトス。先に休んでて」
「……すまん、手掛かりはなかった。お前も今日はもう休め」
「いやだ」
「待っていても来ないだろう。明日にしよう。自警団には連絡してある」
「いやです」
即座に切って捨てると、ロトスが無言で睨んできた。負けじと睨み合う。
さすがに露店は店仕舞いだけれど、夜だというのに、街はまだ賑やかだった。大通りの建物のあちこちから、馬鹿騒ぎの声が聞える。けれど、その中にリュウの声はないのだ。
「祭り時の治安は荒れる。酒が入ったやつらが増えるからな。女が夜中に出歩くな」
「わたしを誰だと思ってるわけ。全部叩きのめしてあげるもの」
「……やめてくれ」
ナンパ程度でも大乱闘にしそうだ、とロトスは嘆息した。
何を言われようとリュウを待つ気でいたけれど、夜になっても現れないならば、やはり何かあったのだ。それならば集合場所にいても意味はない。
「ロトスはもう一度大通りを一周してきてくれない?それでも見つからなければ、今日はあきらめる」
本当だなと念を押されたので、くどいと返事をすると、ロトスは踵を返し、駈け出した。
うーん、恩を売ってあるって便利だなー。
さて。1人になったことだし、本格的に探しますか。もちろん、わたしの得意分野で。
少し移動して、大通りの十字路のど真ん中に立つ。本来は馬車が行きかう場所だけど、夜中は安全だろう。
冷たい夜の空気に指をかざす。
『エザク』『エザク』
両手で描き、街の東西へ向けて、風を走らせる。
『エザク』『エザク』
同じように街の南北へ風を走らせる。これで準備オッケー。先に別の魔術で準備が必要なのは、多くが大魔術と呼ばれるものだ。魔力をごっそり持っていかれて、発動が面倒くさいというシロモノ。
『イロヤト・ネザク』
ばきぃん、と派手な音を立てて大魔術が発動したのを感じた。
そっと目を伏せ、聴覚に集中する。
轟音の渦の中に放り込まれ――いや、自分から渦の中へ飛び込んだ。
「やだなあ無駄遣いしちゃった」「酒とつまみ、お代わりよろしく!」「ぼく、お祭り楽しみなんだ」「今日は儲かったなー」「ご、ごきぶりよ、あなたー!」「トリッシュには人間が多すぎる!街の品位が疑われ……」「お疲れ様!今日はもう上がっていいわよ」「お父さん!邪魔!」「ここにもいない、か」「明日も早いな……」「見て御覧、綺麗な夜空だ。素敵だろう?」「お母さん、お姉ちゃんがー!わたしの人形とったー」「知ってるー?あの人ってホントは腹黒って噂」「お集まりの皆さま、御覧あれ!」「ごちそうさまでしたー!」「歩き疲れた。シャワー浴びてくるね」
様々な声が頭の中を横切っていった。
一度目を開けて、深呼吸。額をいくつも汗が流れて、べたべたする。
風の大魔術の1つ、風の便り。四方に風を送って、その風が聞きとった情報を集める魔術で、戦闘用ではなく明らかに密偵用だ。姑息な手段の上に、頭の中で音が響いて非常に疲れる。けれど、情報集めには手っ取り早いはずだ。
今のところ、リュウ関連の情報はなかった。ごきぶり大丈夫かな。お父さんに優しくしてあげてね、娘さん。ちらっとロトスの声が聞えた気がしたけど、まあいいや。
ロトスが戻ってくる前にもう一回。すごく疲れるから、ロトスに見られたら止められそうだし。
「このセクハラ親父!どきなさい!」「ちょっと寒い。窓閉めて」「馬の調子が悪くてさ、薬を……」「生で獣人族が見れるのってトリッシュだけだよね!」「団長ー、迷子の捜索依頼が来てます」「お嬢さん、占いはどうじゃ?」「もうすぐ草原も冬だ。ここで防寒具を買っておこう」「荷が重くてな。腰が痛いのう」「また明日ねー!」「ユ族は儲けているそうだ」「あ、このスープおいしい!」「光魔術師だろう?それくらいできるはずだ」「私の新しい唄、聞いてください!」
――光魔術師。
そのワードに反応して顔を上げる。今や光魔術を使える人間なんて滅多にいないはず。この声を追えば、もしかすると!
声の方向は西だ。西にもう一度風を起こし、大魔術を放つ。
少し足元がふらつくけど、手掛かりさえ掴めればこんな疲労なんでもない。
はやる気持ちを抑えながら、再び目を閉じた。
***
その時のわたしは、魔術師として失格だったと反省しています。ごめんなさい師匠。
風の便りを使う最中は、目を閉じている上に、普通の聴覚は遮断しているため、自分の周囲の様子は全く分からない。
使う時と場所を選べ、という教えを忘れていたわけじゃないんです。
そう、ただ、油断していたので。
近づいてきた馬車の中に、いきなり連れ込まれてしまいました。馬車が来ることにも気がつかなかったです。
これってもしかして、誘拐ですか。
2次災害起こしちゃいました。
困るのはきっと、ロトスでしょう。
鈍足更新でごめんなさい!ようやく10話です。すごい魔術師のはずが被害拡大。ロトスは将来はげるのだと信じています。