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狡兎死して良狗烹らる①

 二百年が過ぎた。

 高毅は世の中をさまようことに、すっかり飽きていた。

 あの劉邦が項羽を倒して天下を統一し、平和が訪れると、どこまでも大陸を旅してみた。何日も砂漠をさまよったり、海の上を歩くことができることに気がつき、果てしなく広がる海原を歩き続けたりもした。

 そして、いつしか泰山に戻って来ていた。

 ここで千年方士と出会い、今の体となった。千年方士なら、もとの体に戻してくれるのではないかと探し回ったが見つからなかった。

 そして、山の上にいた。

 毎日、山の上から日が昇り、日が暮れるのを飽きもせずに眺め続けた。

 ある日、麓が騒がしいことに気がついて、山を降りて見ると、天下は再び、戦乱の世を迎えていた。

 劉邦が建てた漢は皇后の外戚の一人だった王莽が権力を掌握し、摂政となり、幼い皇帝の業務を代行すると、ついには禅譲を受けて皇帝となった。

 漢に変わり新を建国したが、内政、外交で失敗を重ね、赤眉軍、緑林軍といった農民反乱軍が各地で蜂起した。

 天下は再び大乱の世となった。

 群雄が割拠する中華の大地で、最も天下に近い男、それが劉秀だった。

 漢の第六代皇帝、景帝の七男で長沙王となった劉発の末裔だと言われている。兄、劉縯と共に旗を上げ、兵を募ると、緑林軍に加わった。兄弟が政府軍を撃破すると、緑林軍内での名声が高まった。

 劉縯を新たな皇帝にという声があったが、本家筋の劉玄が更始帝として擁立されると、劉縯は誅殺され、劉秀は地方に追いやられた。

 ここから劉秀の反撃が始まる。河北で勢力を蓄えると、自立し、光武帝となった。更始帝を滅ぼした赤眉軍を攻め滅ぼすと、中華全土の統一を目指し、各地を転戦していた。

 高毅が山を降りたのは、そんな時代だった。

 荒廃した町を歩く。

 華々しい戦果の陰には、亡くなった兵士や荒れた畑、荒廃した町がある。

 町の惨状を見ながら歩いていると、対面からやって来た男が「おっ!」と声を上げた。足を止め、高毅がやって来るのを見ていた。

(私が見えるのか?)

 考えてみれば、張良がこの世を去ってから、誰かと話をした記憶がない。一人で黙然と生きて来た。

「よう」と男が手を挙げた。

 見えるのだ。

「私が見えるのですか?」と聞くと、「それは私の台詞だ」と男が答えた。

「不老不死の身となって、こうして世の中を漂っております。あなたも?」

「そうだ。誰に習った?」

「千年方士という方に術をかけられてしまいました」

「なるほど。やつか。あれは、私の弟子の一人よ」

「弟子の一人? であれば私をもとの体に戻すことができるのでしょうか?」

「出来ぬこともないが、おぬしのもとの体が必要になる。どこにある」

「それが・・・」

「千年方士しか分からぬのだな」

「はい」

「あれにも、あれの考えがあるのだろう。暫く遊んでおれ」

「暫くと申されますたが、もう二百年以上、こうしております」

「はは。たかが二百年。不老不死なのだ。この先、千年でも生きることができる。その為に体を捨てたのだろう。体を持っておる限り、病から、老いから、死から逃れられぬわ」

「なるほど・・・あなたは、どのくらい、この世をさまよっておられるのですか?」

「忘れたわ」

「お名前は? 名前を聞いても良いでしょうか?」

「人であった時のことなど、忘れてしまった。そのくらい、長く、この世をさまよっておる」

「はあ・・・」空恐ろしくなった。

「どこに行く?」

「あてもなく、さまよっております」

「そうか。では、さまよい続けろ」

 男が立ち去ろうとするので、「今しばらく、お待ちください。人と、いえ、話をするのが久しぶりなのです。もう少し、相手をしていただけないでしょうか?」と頼んだ。

「無用のこと。聞こえぬと思うから悪いのよ。聞いていなくても話しかけよ。そうすれば、返事をしてくれることがある。天の声とでも思うのだろう」

 そう言えば寝ていた始皇帝と話をしたことがあった。

「おお、そうだ。関中に(ふう)()という面白い男がいる。この男、何かに夢中になると、私の言葉が聞こえているとしか思えない反応をする。会話が成り立ってしまうのだ。はは」

 男はそう言い残して、去って行った。

「馮異・・・」

 高毅は関中を目指すことにした。

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