表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/39

第39話 記憶を“消した”理由

翌朝。


起きて、支度をして、いつも通り外へ出る。今日は図書院のアルバイトの日だ。


昨日あんなことがあった後でも、生活は止まらない。もちろんレオンさんには止められたけれど、「大丈夫です」と押し切って、半ば無理やり出勤した。


図書院に着くと、カウンターの向こうで同僚のカリナが書類の山に埋もれていた。


「あ、ミナ。ちょうどよかった」


「おはよう。相変わらず大変そうだね」


「大変なんてもんじゃない」


カリナは私の返事を聞くより早く、封筒と札のついた箱を二つ、どん、と机に置いた。


「悪いんだけど、これ。王宮の公文書館に届けてほしい」


「全然いいよ。外に出る用事って、仕事の時間が短く感じるから好きなんだよね」


「私は寒いの苦手だから、中で仕事してる方が好き」


「王宮まで、ここからすぐだよ?」


「そう言ってくれると思った。だからミナに頼んだの」


(つまり、私が断らない前提で押しつけたな)


「はいはい。任せて」


口では軽く返したものの、最後に王宮へ行ったのは――地下へ忍び込んで本を探したとき以来だ。胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。


カリナは私の顔色など気づきもしないまま、さっさと説明を続ける。


「行き方は分かるよね。手続きはいつも通り。納品確認のサインをもらって戻ってきて。箱も一応、封はしてあるから」


「了解。……箱、重くない?」


「うん。たぶん」


「たぶんってなに」


カリナは肩をすくめるだけで、もう視線は書類に戻っていた。


「それと、帰ってきたら声かけて。あとでご飯行こう」


「分かった。じゃあ、いってきます」


封筒を懐にしまい、箱を抱える。


そして私は、王宮へ向かった。







王宮。


門をくぐった瞬間、空気が変わった。


広い。白い。高い。

人の足音ですら、少し遅れて響く気がする。


(何回来ても迷いそうになる)


案内されたのは、図書院の納品で何度か来たことのある公文書館だった。


受付で納品書を出し、箱を運ぶ。


「こちらで確認いたします。少々お待ちを」


公文書館の職員が封を確かめ、内容物と照らし合わせていく。私はその横で背筋を伸ばして待った。


(早くサインもらって、カリナとご飯――)


そう思った瞬間、視界の端に見覚えのある姿が入った。


義姉(あね)様?なぜここに?お久しぶりです!」


第二王子のアレクだ。


義姉(あね)様……?)


「お久しぶりです。仕事で、こちらに少し用があって――」


アレクは納品箱を見るなり、目を輝かせた。


「ああ、届いたんですね!よかった!それ、実は私が図書院に依頼した本なんです」


「そうだったんですね。……じゃあこちら、どうぞ」


箱を差し出すと、アレクは受け取りながら、どこか懐かしむように私を見た。ふっと目を細める。


「ありがとうございます。……それにしても、義姉(あね)様が王宮にいらっしゃるのは久しぶりですね。ここでまた会えるなんて、正直嬉しいです」


「嬉しい……?」


頭のどこかが、かすかに揺らいだ。


「だって義姉(あね)様、王宮が嫌いだったでしょう」


「え?」


「ああ……義姉(あね)様は記憶を失われているんでしたね。すみません」


あなたのお兄さんに記憶を消されたから何も覚えてない、と言いたいところだけど我慢だ。殿下がどこまで知ってるかも分からないし、黙っておこう。


アレクは、悪びれた様子もなく続ける。


「それに、義姉(あね)様が働いているとは正直驚きです。兄上も変わられたなぁ。……あ、別に悪く言ってるわけじゃないですよ?兄上は少し厳しいところはありますけど、本当に頼りになる方ですから!」


(レオンさんのこと、嫌ってはいないのかな。王族の兄弟って、もっとギスギスしてるイメージだったから意外だ)


「兄弟、仲がいいんですね」


当たり障りのない返事をしたつもりだった。


「仲がいい……?」


アレクの笑みが、ふっと消えた。

周囲の音が急に遠ざかる。





「たしかに兄上が死ねと言えば、私は死ねますね」





冗談めかした調子じゃない。

声の温度だけがすっと落ちて、目だけがこちらをまっすぐ見ている。


そして彼は一歩近づき、私の耳元へ唇を寄せて囁いた。


「ああ、そうだ、義姉(あね)様。兄上はなぜあなたの記憶を書き換えずに、『消した』と思いますか?」


「え……?」


「なんだ、まだ分かってないのかあ。まあ、兄上が以前とは変わったとはいえ、どうせ逃げられないんだし。無駄なことは考えないのが一番だと思いますよ」


(な、なに?さっきと雰囲気が全然違う……)


怖い。そう感じてしまった。


「あはは。今のは、いろいろ言葉が悪かったですね」


次の瞬間、張りつめた空気を自分でほどくみたいに、アレクは肩をすくめた。

そして何事もなかったように、さっきまでの人懐っこい笑顔へ戻る。


(今の、冗談には見えなかった。悪い人じゃないとは思うけど……腹の中が見えなくて、怖い)


「では、私はこの資料を使って仕事に戻りますので!義姉(あね)様もお仕事、頑張ってください」


「あ、ありがとうございます」


笑おうとしたのに、頬がひきつるのが自分でも分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ