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常春に骨を埋める(同期トリオ)


「おーい、裏切り者ー」


 友好的な声でもって、しかし正反対な呼びかけを受けたアンリ・ロンシャールは、人好きのする笑みを浮かべて振り向いた。


「やあ」

「そこは振り向くなよ。素知らぬ顔して颯爽と歩いて行けよ」

「自覚はあるからね」


 ロンシャールは小首をかしげながら笑う。垂れ気味の翠の目がふにゃと細まり、赤みの強い金髪の間から煌く様は、それだけでも十分にしながあった。

 相対するオリヴァー・フォン・ベルツとニクラス・アンハイサーは一度顔を見合わせて、小さく肩を竦めた。あぁこういうのでやられるんだろうなぁ、とその心中は重なっている。


「君たちだって、場合によっては一緒だろう?」

「まあな」

「そうなる可能性は十分あるだろうな」


 ベルツは頭の後ろ手に手を組み、アンハイサーは首肯する。

 三人の共通点は、士官学校の同期であること。魔導師であること。そして、ハノーニア・ノイゼンヴェールと浅からぬ縁があると言うこと。これに、エルグニヴァルの配下ということが加わったのは少し前だ。


「あぁでも…やっぱりいいなぁ。君たちは『バイカラー』になれて…」

「はっはっはっ。いいぞ、もっと羨ましがれ」

「俺としては、お前の諜報スキルだって十二分に羨むものだがな」


 腰に手を当てて笑い声を上げるベルツの隣で、アンハイサーが普段通りの落ち着いた声でそう返す。ロンシャールも「ないものねだりだね」と柔らかく苦笑した。

 魔法が使える魔導師は、確かに単騎で見れば常人よりもはるかに強い。ただし、総数に占める割合は少ない。

 数では勝る常人が、そんな魔導師(脅威)に対してただ手をこまねいているだけ、なんて愚かでもないのは当然で。技術を磨き、練り上げ、対向してきた。それは科学や工学の発展にも繋がった。

 魔導師同士が仲良しこよしという訳でもない。こと戦争など有事の際において、魔導師の相手は魔導師が未だに基本だ。つまるところ、魔導師だって魔法ばかりに頼ってはいられない。魔力を抑えて常人に紛れたり、強化なしの己の腕っぷしのみで切り抜けた方が安全かつ早いと言ったことは往々にしてある。


「まぁ、仲良く共存共栄といこうじゃないか。同志諸君」

「共存共栄は望むところだが、最後のそれはやめろ。なんというか気に入らないし、そもそも聞くものによっては志半ばで散りかねん」

「相手がな」

「君たち二人は強化がなくったって強いからいいだろうけど…僕は散っちゃうかなぁ、バラみたいに」

「赤毛だけに?」

「それもあるけれどね。知ってるだろうけど、バラって色んな色があるんだよ。その色ごとに花言葉だってあるし」


 連れ立って歩き出しながら、おしゃべりは続く。


「それも憶えてんのか? すげぇな」

「オリヴァーだって、階級的にはそういう物も憶えておいて損はないでしょう? 君たち(貴族)にとって社交は重要任務の一つだったよね」

「おべっかを使うこともなー」


 けらけらと笑うベルツに、アンハイサーとロンシャールは彼らしいなんて肩を竦める。


「彼女にも?」

「んな訳ないだろうー」

「いつもの確認だよ。ごめんってば。そんなに尖らないで」

「んー、悪い…」


 つい煌かせてしまった『バイカラー』を解きながら、ベルツは頭を掻く。

 この三人において、さや当ての時期はとうに終わっていた。最初からなかった気もする。

 彼女は。楽園の色を灯すその目は。自分たちではない視線と結ばれていたから。


「…はぁあ。まぁ、仕方ないさ。ないもんはない。違うモノは違う。俺たちじゃなかった。それだけ。

 ……それだけで、よかったんだけどなぁ…神さま」


 適当に歩いていたつもりだったが、三人の足は礼拝堂に辿り着いた。

 堂内には人っ子一人いない。靴音が響く度、虚しさが増す気がした。

 三人は誰もいないことをいい事に、像の前まで進み出て膝をつく。演算珠を両手で包み込むように持ち、祈りの姿勢となる。


「神さま、神さま。お願いです。どうか、どうか…叶わないのは、初恋だけにしてください。

 俺たちのではなく、どうか彼女の柔い心が、体が、彼女の柔い何もかもが、もうこれ以上傷付きませんように。傷みませんように」


 代表して、ベルツが願いの口上を述べる。

 あぁなんと稚拙で、困難な願いだろうか。口にするたびに思うけれど、望まずにはいられないのだ。

 彼女のため、ではく。彼女を想っているから、なんて。

 どれほどきれいに包み込んでみても、どこかにある隙間から漏れ出てくるこの想い。せめて何かの糧になれば、ただ幸いに尽きる。

 しばらく祈りと願いを捧げて、三人はやおら立ち上がる。


「…何か、見えた?」


 演算珠を撫でながらロンシャールに尋ねられて、ベルツとアンハイサーは正面のステンドグラスを見ていた『バイカラー』の目を戻して首を振る。

 『バイカラー』であるが、『薄明』ではない。狭間の明かりを灯してはいない目を凝らしても、世界はいたって変わらない。分かってはいるが、それでも今度こそ、次こそは、と事ある毎に繰り返してしまうのだった。助言助力を貰えるのならなんだっていいという気持ちもあるが、それでも出来ることなら善きものでありますように、と場所は選んでいる。


「そう…。

 じゃあ、この後時間ある? ハノンへの新作お菓子の試食、付き合って」

「空いてっけど。菓子も嫌いじゃねぇけど、それだけじゃ腹膨れないぞ? 特にニクラスが」

「俺にだけ押し付けるな」


 そんな言い合いをしながら、三人は礼拝堂を後にする。

 そうして、昼間の礼拝堂は静けさを取り戻すのだった。



(22/02/13)

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