あなたのために勇気を振り絞った人がいる 1
「帰らないのか、陽一郎」
「ちょっと寝てから帰る」
「珍しいやつだなあ。じゃあな」
「じゃあな」
「……ラブレター開けるためだなんて言えるわけないよな」
結局便箋を開けずに放課後まで来てしまった。
開けるチャンスはなかったわけではない。最悪トイレの個室にでもこもって開ければいい。でも、なぜか開ける気にならなかった。それがラブレターっていう保証はないし、
教室で一人残って思案していると、朝と同じように声がかかった。
「……帰らないの?」
平瀬さんだった。
「ちょっと考え事」
ふーん、とまたトーンを変えずに相槌して、僕の隣の席に腰かける、
「平瀬さんはどうして」
「忘れ物しちゃって」
なるほど、と僕は返す。
それきり、静寂が訪れる。
どうしよう、会話が続かない。
何を言ったものかな、と思っていたら、口を開いたのは平瀬さんだった。
「ラブレター、開けたの?」
「いや、開けてない」
「開けた方が、良いと思うよ」
静かだったけどとても芯があって、あわよくば怒気を含んだような声だった。
「だって、もしどこかで五月くんを待っていたら、かわいそう」
平瀬さんは切なげな顔かつまっすぐにそう訴えた。
「あなたのために勇気を振り絞った人がいるんだから、答えてあげないのは罪だと思う、よ」
もしかして、説教されてるのだろうか。
反論できずにいると、平瀬さんはしまったというような顔をして、申し訳なさそうに目を逸らした。
「ごめんなさい。開けるか開けないかは、五月くんの自由だよね」
どんな想いを込めてこの手紙を下駄箱に入れたのか。そこまで思いを巡らすことができていなかった。
「……どうしてここで開けるの?」
「思い立ったら何とやら。それに、平瀬さんだって知りたかったから発破かけたんじゃないの?」
「私は、別に……」
わざと明るく言って平瀬さんを混乱させているうちに、封を切った。やはり平瀬さんは気になっているのか、隣からからひょこっと覗き込んでいた。
目に入ってきた文面だけで、それを書いた人物が誰だかわかった。
開けなきゃよかった。
平瀬さんには申し訳ないけど、心からそう思った。この先に待っていることが何なのかは予想できない。けれどきっと、そこで待っている人が告げるのは愛の告白でないことは間違いない。
そんなことわかっているのに、俺の身体は手紙に書いてあった場所へと走りだしていた。階段を何段も飛ばして駆け上がり、廊下を真っ直ぐに突き進む。俺が便箋を開けなくても、あの人は待っているはずだ。たとえ俺が行かなくても、先生たちに帰れといわれるまでずっと待っている、
指定場所にたどりついて、息を整える。そして、心も整える。この先で待っているのは俺の想像通であって欲しいと思うけど、やっぱり全然別の人で愛の告白をされる展開であってほしい。
失礼します、と部屋のドアを開けると、待ち人はパイプ椅子にちょこんと腰を掛けて小説を読んでいた。待ちくたびれた風だった彼女は、俺の顔を見るなり相好を崩した。
生徒会室で待ってます、だなんて、思い当たる人は一人しかいない。
「来てくれないかと思ったよ、陽ちゃん」
生徒会長の綾川朋奈が、はにかみながら俺の名前を呼んだ。




