プロローグ
下駄箱に入っている便箋といえば相場は決まっている。いわゆるラブレターというやつだ。
放課後教室まで来てくださいとか書いてあって、のこのこと向かうと女子が待っていて告白されるっていうイベントだ。短い青春時代に、そんなイベントにお目にかかることができるのは稀だ。少なくとも自分の場合は一生ないだろうと思っていた。
けれど、現実に自分の下駄箱に一枚の便箋が置いてあるんだからもしかしたらそういう星に生まれたのかもしれない。
正直高揚感に包まれている。人生何度とないチャンスに巡り会えて、俺は今幸せなのである。
中身はどんなもので、誰からだろうか。先輩、後輩、同級生、クラスメイト。様々な可能性に想像を膨らませながらその封を開けようとすると、
「五月くん?」
いきなり背後から声をかけられてた。驚いて思わずのけぞってしまった。立っていたのは、黒い長髪が揺れるクラスメイトの女子だった。
「平瀬さん、おはよう」
平瀬帆奈美さんは、挨拶を返しながら、俺の持っている便箋に目を向ける。
「おはよう。ラブレター、もらったんだ?」
「ラブレターかはわからないけど」
ふーん、と平瀬さんは声のトーンを変えずに相槌を打つ。
「ラブレターだといいね」
そしてそう付け加えたあと、踵を返していった。俺はそんな平瀬さんの背中と風に揺れる黒髪を見ながら、思わず呟いた。
「そうだと、いいけどな」
この便箋がラブレターにせよ、そうでないにせよ。この一通の便箋からすべてが始まりだしたのは、たしかなことだった。




