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負傷した広尾が木村家に運び込まれた頃、保は哲夫を含む鬼たちに囲まれ山の祠へと向かっていた。
松明を持ち白装束に身を包んだ鬼たちが黙々と登っていく。
前を見ても後ろを見ても広尾を乗せた籠の行列がなかったので、すでに祠の前に運ばれているのかもしれないと保は思った。
下働きばっかりで大切なことはいつも蚊帳の外だったが、今回こうやって祭りに参加させてもらえるのは広尾を発見した褒美なのかもしれないと考えた。
だが、どうして自分は赤装束を着せられているのだろう。保は哲夫に訊ねたかったが、重々しい雰囲気がして訊くのを躊躇った。
一番後ろの暗がりに白装束を着ていない三人の鬼たちがいた。面だけを着けた鬼は普通祭りには参加できない。それもいつもとは違っている。
岩屋に近づくと周辺に灯された篝火が昼間のように明るく照らしていた。
俎板岩の上には広尾の姿がなく、かといって祭りが中止というわけでもない。
岩屋の前の祠には新しいしめ縄が張られていた。保は毎年祭りを覗き見ていたがこんなのは初めてだった。風に揺れる紙垂が赤いのもいつもとは違う。
なんだかおかしい――
保が身の危険を感じた時にはもう遅かった。鬼たちに両脇から羽交い絞めにされ、俎板岩の上に無理やり寝かされた。
「ちょっと待って。テツさんどういうことなの?」
祠の周囲には篝火に揺れる鬼の顔が並んでいたがどれが哲夫なのかわからない。誰一人として保に口をきく者もいない。
「まさか、ぼくが生贄? 違うよね。だってぼくはこの村の鬼だもの」
「そうだ。鬼だ」
聞き慣れた声がした。振り向くと後ろにいた面だけの鬼が一人、俎板岩の横に立っている。
「おじいちゃん?」
それに対しての返事はなかったが小柄な背格好や見慣れた普段着が確かに祖父だった。その背後に男女の鬼も立っている。
「お父さん? お母さん?」
やはり返事はない。女の鬼が隣の鬼の腕に縋っている。
わけがわからないまま保の両手両足が俎板岩の四方に打たれた鉄杭に縄で固定された。
「待って。広尾さんは死んだの? だからぼくが代わり? それともあんなことした罰?
ごめんなさい。もう二度としません。だから許して下さい。お願いします。
おじいちゃん。お父さん。お母さん。助けてっ」
三人の鬼は体を捩って抵抗する保をただ黙って見つめていたが、祖父の鬼が一歩前に近づいた。
「保や。お前はきょうからおにがみ様になるんだよ。わしらの家からおにがみ様が出るなんてなんとありがたいことか。立派なおにがみ様になり、この村を末永く守っておくれ」
おにがみ様が村人の間から生まれることがあると、祖父から聞いた話を保は思い出した。
「はあ? ぼくがおにがみ? ふざけるな、くそじじいっ」
さらに四肢を捩って暴れたが拘束された体は自由にならなかった。
白装束を着た一人の鬼が数人の鬼たちに無言で合図を送る。鬼たちは頷くとそれぞれの役割を果たすため移動した。
一人の鬼が暴れる保の頭を押さえた。次の鬼が汚い言葉を罵り続ける保の口の中にやっとこを突っ込み舌をつかみ出す。次の鬼がその根元を小刀で切り落とした。
母親の膝が崩れ落ちるのを父親が支える。
「おにがみ様に呪い言を吐かれる前にその舌を切り落とさねばならない」
祖父が誰にともなく囁いた。
頭を押さえている鬼が保の頭を持ち上げ、口からあふれる血を小さな甕に流し入れる。
「おにがみ様の血を無駄にしてはならない」
祖父が囁き続ける。
痛みに呻き苦しむ保が鬼たちを睨むように目を見開いた。だが、錐を持った鬼がその両目を左右順に突く。言葉にならない絶叫が山にこだました。
「邪眼に睨まれる前にその目を潰さねばならない。
人声を聞き我が身を振り返らぬようその耳を閉じねばならない」
火箸を持った鬼がそれを保の耳の穴へ順に突き刺し鼓膜を破る。
「そして逃げ出さぬよう四肢を落とさねばならない」
鉈を持った鬼が両腕、両脚の付け根を切り落とした。
出た血はすべて甕に溜められた。
息も絶え絶えの保はもう叫ぶことも呻くこともできないようだったが、肩と太腿の切断面に火を当てられ簡単な止血を施されると再び咆哮を上げた。
その後静かになった保を二人の鬼がそれぞれ頭と腰を持って岩屋に運び込んだ。ござの敷かれた一畳ほどの大きさの地面に保を寝かすと格子戸を閉め厳重に鍵をかけた。
「あのこ、死んでしまいます」
一部始終を見ていた母親が面の内から涙声を響かせる。
「それでいいんだ。それで完了なんだ。
あれはもうわしらの子でも孫でもない。おにがみ様だ」
保の祖父は息子夫婦にそう言い聞かせた。
その横を血甕を持った鬼が通り過ぎる。
「おいっ。それをどこへ」
血相を変えた祖父が鬼を呼び止めた。
「木村のお屋敷に――」
「どういうことだ。それはわしらのものだ」
おにがみ様の血肉は生贄から採れたものより遥かに効能が優れたこの上ない薬となる。
そしてその血肉はおにがみ様の家族に返されることになっていた。
「朝子様のご所望ですよ」
哲夫の声が横から現れ甕を持った鬼に目配せすると、一礼して鬼が去った。
「――朝子様が言うなら仕方ない」
保の祖父が首を横に振りながら唸る。
「肉もいただきますが、あなた方の分もちゃんと分けてお返ししますので心配しないでください」
俎板岩の上では切り取った四肢の皮膚を剥ぎ、肉を削ぎ取る作業が手際よく行われていた。
爪、骨を含めすべて二等分されて二つの盆の上に並べられている。
作業が済むと鬼が盆の一つを持って祖父たちの前を通り過ぎ、山を下りて行った。
哲夫がもう一つの盆を持ってきて差し出す。
祖父は両手でそれを受け取った。朝子に持っていった盆とほぼ同じ量だが、受け取った盆には一つしかない保の舌が入っていた。
祖父は哲夫に深々と頭を下げ、忙しく立ち働く鬼たちにも同じように礼をした。保の両親もそれに倣う。
鬼たちはいったん手を止めて保の家族に黙礼すると後始末に戻った。
外の篝火が岩屋の中をまだ仄かに照らしていた。
いまだ息のある保が苦しみに呻き、蟻に集られた芋虫のように頭を持ち上げては身悶えしている。
火に映るその影には二本の角がはっきりと浮かんでいた。




